中学時代は部活動に明け暮れ、高校受験を機に学びへの姿勢が大きく変わったという鶴岡高専の倉田かりん先生。恩師や留学生との出会いに導かれて研究の道へ進み、現在は高専におけるアントレプレナーシップ教育に取り組んでいます。これまでの歩みや、高専生のアイデアを引き出し、形にする教育への思いについて伺いました。
サッカーに明け暮れ、勉強とは縁遠かった中学時代
―中学生の頃は、どのような毎日を過ごされていたのでしょうか。
中学校3年間は、ほとんど部活動の記憶しかありません。男子サッカー部に女子が数人入っているような環境で、練習メニューも男子と同じ。試合に出ると、自分以外は全員男子ということも珍しくありませんでした。
練習はほぼ毎日で、休みは1年に3日ぐらい。部活に明け暮れる生活だったので、正直、勉強をしていた記憶はありません。

―どのように高校受験を乗り越えたのでしょうか。
当時、仲の良かった教頭先生がいて、私が部活を頑張っていたことも知ってくださっていました。高校受験が本当に厳しい状況だったので、「数学を一から教えてください!」とお願いして、放課後に数学を本当に一から教えていただきました。
その先生のおかげで高校に進学できたようなものです。卒業式のときには、先生のネクタイの裏に「ありがとうございます」と刺繍をしてプレゼントしたのも思い出です。
―その経験は、高校時代の過ごし方にも影響しましたか。
高校受験が本当にきつくて、「二度とこんな思いはしたくない」と思いました。高校に入ってからは、大学受験を見据えて、学力を高めるためにできることは全部やろうと決めたんです。
運動部には入らず、生徒会長やESS部長、英語弁論大会、英語スピーチコンテストなど、勉強や文化系の活動に力を入れました。「頭が良さそうに見えることは片っ端からやろう」と思ったんです(笑)。
その甲斐あってか、進路指導も担当していた国語の先生が、英検2級や課外活動の実績を見て、立命館大学のAO入試を勧めてくださったんです。面接練習では話し方まで厳しく指導していただきました。その先生がいなければ、立命館大学に進学することも、今こうして高専で働いていることもなかったと思うので、本当に感謝しています。

―立命館大学の経営学部では、どんな学生生活を送りましたか。
入学前は学力面に不安がありましたが、実際に入ってみると、周囲には帰国子女や留学生など英語が得意な学生が多く、とても刺激を受けました。仲良くなった留学生の多くは、自国の政府機関や企業で働いた経験を持ち、国に知識を持ち帰るために日本で学んでいる方々でした。
特に印象に残っているのは、サモアから来ていた留学生です。その方は、サモアでの洪水被害を防ぐために、日本の排水技術を学んでいました。そのプレゼンテーションを聞いたとき、「研究は人を救うことにつながるんだ」「社会の役に立つんだ」と強く感じたんです。それが、研究者という仕事に憧れを持つきっかけになりました。

就職活動のことを考えると、どこか「運試し」のような感覚もあったんです。それよりも、研究を続けたり、教員になったりする道の方が自分には合っているのではないかと思い、そうして大学院への進学を決めました。
アントレプレナーシップは“カメレオン”のような学び
―修士課程では、アントレプレナーシップの実践に特化した研究室に所属されたそうですね。どのような経緯だったのでしょうか。
最初からアントレプレナーシップを研究したかったわけではなく、研究室を探していたところ、たまたま受け入れてくださったのがアントレプレナーシップを専門とする先生の研究室でした。本当に運が良かったと思います。
そこでこの分野に触れ、アントレプレナーシップは自由自在な学びだと感じました。七変化するというか、カメレオンのようだなと。
アントレプレナーシップは「起業家精神」とも訳されますが、起業だけに限られるものではありません。問題解決にも、お金稼ぎにも、ものづくりにも、教育にも使える。この考え方ひとつでいろいろな道が拓ける、その可能性に面白さを感じました。
―その後、鶴岡高専の教員になられたのはどのような経緯だったのでしょうか。
きっかけは、指導教員から公募が出ていると教えてもらったことです。修士2年のときに鶴岡高専から内定をいただき、2023年の4月から勤務しています。
当時は就職活動をしながら、博士課程にも進みたいと思っていました。そんな中で、鶴岡高専の公募があり、指導教員から「条件に合うから受けてみたら?」と勧められたんです。正直、受かるとは思っていなかったので、かなり驚きましたね。
―文系分野を専門にされていた中で、工学系の高専に進むことに不安はありませんでしたか。
緊張はありました。私の専門ではない部分を、学生から「教えてください」と言われたときに対応できるのかという不安はありましたし、それは今でもあります。だからこそ、鶴岡高専で働きながら博士課程にも進み、工学やものづくりに関する知識を身につけたいと考えました。
―現在、鶴岡高専ではどのような授業を担当されていますか。
2年生・3年生の工学実験実習やデータサイエンス概論などを担当しています。データサイエンス概論では、アントレプレナーシップの考え方を取り入れながら、学生が製品をつくり、その評価をPythonで分析するような授業です。
また、今年からは「総合工学Ⅲ」という授業で、アントレプレナーシップ教育にも取り組んでいます。授業では、学生が身近な課題を見つけ、その解決につながる製品やサービスのアイデアを考えます。その際に大切にしているのは、「それは本当に必要とされているのか」を確認することです。ただ自分がつくりたいものをつくるのではなく、人が欲しいものは何か、困っていることは何かを知ったうえで形にしていくプロセスを大切にしています。

また、昨年度までは、他の高専で1日型のアントレプレナーシップ体験授業も行っていました。身の回りで困っていることを出し合い、どう解決するかを考えて、ビジネスモデルキャンバスというフレームワークにまとめるグループワークです。ビジネスがどのように成り立っているのかを体験的に学ぶ授業ですね。
―先生が考えるアントレプレナーシップ教育の魅力は、どのようなところにありますか。
高専生の考え方が柔軟になって、アイデアをどんどん出せるようになったり、自分たちで課題を解決しようとしたりする姿を見ることです。
高専生はとても努力家で、実現可能性もきちんと考えられます。ただ、その分「これは間違っているかもしれない」「成功しないかもしれない」と、最初から自分でブレーキをかけてしまうこともあります。
そのブレーキを少し外して、「いいじゃん!」「こうしたらもっと面白くなるんじゃない?」と声をかけていく。学生が少しずつ自由に考えられるようになっていく過程に、アントレプレナーシップ教育の楽しさを感じています。
人との出会いに支えられ、今度は学生を支える側へ
―高専生がアントレプレナーシップを学ぶ意義は何だと考えていますか。
これからは、エンジニアの仕事もAIに代替される部分が増えていくと思います。その中で大切になるのは、ただ与えられた課題に答える力だけではありません。自分たちで課題を見つけ、考え、試行錯誤していく力です。
高専生は、面白いアイデアを持っていても、なかなか言葉にしないことがあります。でも、私はもっと自分の考えを発信して、行動に移してほしいと思っています。エンジニアが、指示される側、使われる側になるのではなく、自分の考えをきちんと話せるようになる。そのための力としても、アントレプレナーシップが生きてくるのではないかと思います。
―研究室での指導では、どのようなことを大切にされていますか。
どんなアイデアでも一度は必ず受け止め、最初から否定するのではなく「そのためにはどうしたらいい?」と問いかけるようにしています。自分で考えて、形にしようとする過程に意味があると思っています。
研究室でも、最初は既存研究の探し方やデータの集め方をサポートしますが、やり方が分かってきたら基本的には学生自身に任せます。私自身、「やらされている」と感じる研究も経験したことがあるからこそ、学生には自分がやりたいことを見つけ、それを追究する楽しさを知ってほしいです。

―今後、研究や教育で取り組んでいきたいことを教えてください。
今後は、海外と日本のアントレプレナーシップ教育の比較に取り組みたいと考えています。さまざまな方法がありますが、まずは日本で実施した授業を、同じ情報を使って海外でも行い、その違いを見ていく形が現実的かもしれません。
今年は、海外から学生を招いて課題解決型の授業を行う予定もあります。ニュージーランド、タイ、ベトナムなどから10名ほど学生が来るグローバルキャンプです。研究としてデータ化するにはまだ人数が少ないのですが、取り組みとしては大きな第一歩になると思っています。
将来的には、学生のアイデアを実際の製品やサービスに近づけるための環境も整えていきたいです。3Dプリンターを使ったものづくりにはすでに取り組んでいますが、今後はさまざまな材料や設備を使いながら、学生が「つくりたい」と思ったものを形にできる体制をつくっていきたいです。
―ここまでのお話を伺うと、中学・高校時代の先生や大学時代の留学生など、人との出会いが進路に大きく影響しているように感じます。倉田先生にとって、「人との出会い」はどのような意味を持っていますか。
そうですね。これまでの出会いがなければ、今の私はなかったと思います。指導教員がよく「運と縁とタイミング」と言っていたのですが、本当にその通りだと思います。私は、多くの先生方に支えられてここまで来ました。だから、同じようなことを学生にもできたらいいなと思っています。学生たちが一番幸せになれる道を選べるように関わっていきたいです。
―インターナショナルスクールの園長をされていたお母さまの影響も大きいのでしょうか。
とても大きいです。ペルー人の母は、時にはすごく厳しい人でした。子どもたちからも怖がられていたと思います(笑)。でも、母は一番厳しい先生でありながら、一番生徒を守ってくれる先生でもありました。そのことは子どもたちにも伝わっていて、だからこそ厳格ながらも慕われる先生だったのだと思います。真剣に子どもたちと向き合っていた母には尊敬しかありません。
母はイベント毎に子どもたちの写真をたくさん撮ってクラスのアルバムを夜遅くまで家で作っていたりしました。お遊戯会で使うお花を念入りに準備する姿を見て、「そこまでやらなくてもいいのでは」と思うくらいでした。
でも、今の自分も少し似てきている気がします。学生が課題を達成できたらシールを貼っていくような仕組みをつくるために、模造紙を用意したこともあります。そういうところは、母の影響を受けていますね。まだまだ先ですが、いつかは母のような教員になれたらと思います。

―最後に、高専を目指す中学生や、高専生へのメッセージをお願いします。
中学生には、少しでも高専で学びたい気持ちがあるなら、ぜひ来てほしいです。高専は専門性を高められる場所ですし、手に職をつけたい人にも合っていると思います。卒業後は就職もできますし、大学に進学する道もあります。まずは数学と物理を頑張って、理系科目を学びながら、自分の趣味や興味のあることも、とことん追究してほしいです。
高専生は、テストやレポートは大変だと思いますが、自分の興味のあるテーマや課題に落とし込んで再度レポート課題を実施してみてください。今やっていることが、実社会でどのように活用されているかを理解すると少しでも取り組みやすくなると思います。
もう一つは、やりたいことを早めに見つけて、取り組んでほしいです。いろいろな授業を受ける中で、自分が本当にやりたいことは何かを考え続けていれば、将来学びたいことや就きたい仕事も見えてくると思います。
倉田 かりん氏
Karin Kurata
- 鶴岡工業高等専門学校 創造工学科 情報コース 講師

2017年3月 姫路市立飾磨高等学校 卒業
2021年3月 立命館大学 経営学部 国際経営学科 卒業
2023年3月 立命館大学 経営学研究科 修士課程 修了
2023年4月 鶴岡工業高等専門学校 創造工学科 情報コース 助教
2026年3月 名古屋市立大学 芸術工学研究科 博士課程 修了
2026年4月より現職
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