技術者の父の姿を見て「土木の仕事がしたい」と思うようになったという神戸高専の宇野宏司先生。福井高専の学生だった頃の恩師との出会いや、フィールドワーク中心の研究、環境コンサルとしての経験を経て、現在は環境・防災分野の研究や出前授業に力を入れています。研究や教育への思いについてお話を伺いました。
設計技師の父の姿を見て憧れを抱き、高専へ
―子どもの頃は、どのようなことに興味を持っていましたか。
父が土木技術者で、ダムの設計技師をしていました。家族旅行でも、父の仕事現場だった山奥のダムへ行くことが多く、小さい頃からそうした風景を見て育ちました。なんとなく憧れるようになり、気づけば「将来は土木の仕事がしたい」と思うようになっていました。
一方で、子どもの頃はいろいろな夢がありましたね。「グリコ・森永事件の犯人とされる「かい人21面相」を捕まえる警察官になりたい」「相撲取りになって千代の富士を倒したい」など、今振り返ると、夢を多く持っていた子どもでした。
―福井高専へ進学された理由は何だったのでしょうか。
普通高校への進学は、中学校の勉強の延長のように感じ、せっかくならもっと専門的なことを早く学びたいという気持ちがありました。父の影響も大きかったと思います。
私は大阪府の南部、和歌山に近い地域の出身で、当時の大阪にも土木系の学科をもつ高専はありました。ただ、家から片道2時間ほどかかり、それならいっそ寮のある高専に入ったほうがいいのでは、と思っていました。
そんな中、父の高校時代の恩師が福井高専で教員をされていて、中学3年生の秋にその先生に話を聞きに行きました。その場で「寮に入るなら、明石でも和歌山でも福井でも同じだぞ」と勧められ、親元を離れ、福井高専へ進学することを決めました。
―高専時代に影響を受けた先生もいらっしゃったそうですね。
高専1〜2年生の時の担任だった、宗教学がご専門だった文系の先生からは大きな影響を受けました。高専は理系の学校なので、専門分野や技術系の話を聞く機会が多いのですが、その先生は全く違う視点を持っていらっしゃったのです。
先生の紹介される本や映画を通して、「自分の知らない世界」をたくさん教えていただきました。口癖は「1日1冊、岩波文庫」でしたね(笑) 成績のことを厳しく言うタイプではなくて、むしろ人生の話をしてくださる先生でした。
寮では、先生方が交代で泊まりに来る寮監の制度があったのですが、その日は、先生を慕う寮生が学年を問わず集まってきて、先生のおススメの映画を見たり、たわいのない話で盛り上がり、夜遅くまで過ごしました。その時間のおかげで、自分の世界が広がっていった感覚があります。
その先生は私が2年生のときに県外の大学へ移られることになり、本当にショックでした。ただ、帰省のたびに先生の家へ遊びに行かせていただき、第二の父親のような存在だったと思います。
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―福井高専卒業後は、徳島大学へ編入し、博士課程まで進まれています。
当初から強く進学を希望していたわけではなく、父のように土木関係の仕事に就くことや、公務員で働く道も考えていました。ただ、高専時代に先生や先輩から大学編入の話を聞くうちに、「大学ってどんな場所なんだろう」と興味を持つようになりました。
修士進学も、当時は「理工系なら修士まで進むのが一般的」という時代で、指導教員からも勧められていたため、自然な流れでした。
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一方で、研究への面白さを感じるきっかけもありました。4年生の時、隣で研究していた学生の現地調査型のテーマがとても魅力的に見えたんです。実際に現場へ行って調べる研究に惹かれたことが、現在のフィールドワーク中心の研究スタイルにつながっています。
現地調査を仕事に。環境コンサルタントとの出会い
―大学院時代は、どのような研究をされていたのでしょうか。
河口域の干潟環境についての研究です。四国の吉野川河口には、多くの生物が生息している広大な干潟があります。一方で、当時その場所では橋の建設計画が進んでいました。橋脚を設置すると川の流れや砂の堆積状況が変わり、生き物の住環境に影響が出る可能性があります。
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私が徳島大学にいた2000年前後は、長良川河口堰(かこうぜき)の大規模な建設反対運動をはじめ、全国的に環境問題への関心が高まっていた時期でした。そうした社会背景のなかで、「自然環境の保全とインフラ整備をどう両立させるか」につながる研究を行っていました。
―その頃、就職につながる出会いもあったそうですね。
修士時代、定期的な調査で吉野川へ通っていた時のことです。ある日、大きな車が停まっていて、私たちと同じように調査機材を広げている方々がいました。話を聞くと、環境コンサルタントの方々でした。
川や海を調査し、環境について分析することを仕事にしていると知り、大きな衝撃を受けました。それまで私は、こうした現地調査を「研究」としてしか捉えていなかったんです。
特に、対応してくださった女性技術者の方がとても親切で、「こういう仕事もあるんだよ」といろいろ教えてくださいました。その出会いをきっかけに、会社見学にも行かせていただきました。そこが、後に就職する総合環境コンサルタント会社でした。
―会社でのお仕事はいかがでしたか。
主に、水環境に関するデータ整理やシミュレーション解析を担当しました。学生時代の研究では、調査計画から現地調査、分析、論文執筆まで、最初から最後までを自分で行っていましたが、会社では完全な分業制です。私は解析担当だったため、現場を見ないままデータだけを扱うことも多くありました。
「この海はどんな場所なんだろう」と思いながら報告書を書く日々で、仕事自体は嫌ではなかったものの、「この働き方をずっと続けていいのか」と考えるようになりました。
―そこから、高専教員への道を選ばれたのですね。
実は、もともと「いつかは高専の教員になりたい」という思いはありました。技術者として経験を積み、その経験を学生に伝えたいと考えていたんです。当初は、10〜20年ほど社会人経験を積んでから40歳くらいで戻れたらと考えていました。
そんな中、社会人2年目の30歳の時に、いま勤める神戸高専の公募の話を聞きました。当時はまだ技術士資格も取得しておらず、「今の自分で大丈夫か」という不安もありましたが、「受からなくて当然。出さなければ何も始まらない」と思い、応募することにしました。

―神戸高専には、以前からご縁があったそうですね。
博士課程2年生の頃に熊本で開催された学会で、自分の研究を初めて査読付き論文として発表したことがありました。その時、質疑応答で質問をしてくださったのが、神戸高専の先生だったんです。
私が高専生だった頃は、高専の先生が学会に参加するイメージはあまりありませんでした。でも、その先生は、大学の研究者と同じ土俵で堂々と研究の話をされていたんです。
「高専でも、こんな研究活動ができるんだ」
その時の衝撃が、ずっと印象に残っていました。神戸高専に対して特別な関心を持つようになったのも、その経験が大きかったと思います。
フィールドワークと出前授業に込める教育への思い
―現在はどのような研究に取り組まれているのでしょうか。
瀬戸内海や兵庫県内の水辺環境の保全、防災に関する研究に取り組んでいます。
例えば、近年は「ブルーカーボン」と呼ばれる、海洋生態系による炭素の貯留機能に注目が集まっています。神戸はため池が多い地域なので、「一見すると普通のため池に、どのような環境的価値があるのか」を調べたりもしています。

また、地球温暖化による海水面上昇が進むと、砂浜や海岸植生にどのような影響が出るのか、といった研究も行っています。動物は移動できますが、植物はその場から動けません。そうした自然環境への影響を考えることも重要だと感じています。
防災分野では、津波・高潮・洪水などの災害リスクについて、地域や施設がどのように備えるべきかを研究しています。文化財や公共施設の立地とハザードマップを重ね合わせて被災リスクを分析したり、地域へのアンケート調査を行ったりすることもあります。
テーマは幅広いですが、「その時に面白そうだと感じたこと」を大切にしています。
―研究では、フィールドワークを重視されているそうですね。
はい。私自身、ずっとパソコンの前に座っているのが苦手なんです(笑) ただ、それだけではなく、現場でしか得られない学びがあると思っています。
現地調査は、実験やシミュレーションのように簡単にやり直しができません。潮の満ち引きや天候など、限られたタイミングの中でデータを取るため事前準備も重要です。
忘れ物をしたり、予定通りに進まなかったり、失敗もたくさんあります。でも、そうした経験を通じて、段取りやトラブル対応など、社会に出てからも役立つ力が身につきます。
今でも学生時代を振り返ると、フィールドワークで苦労した経験が強く残っています。暑かったこと、寒かったこと、失敗したこと——そういった記憶です。だからこそ、研究だけでなく、教育の面でもフィールドワークを大事にしたいと思っています。
―現在は、小中学生向けの出前授業にも力を入れられています。
実を言うと、最初から積極的だったわけではありません。当初は、「もっと研究やほかのことに時間を使いたい」という気持ちがありました。ただ、高専として地域にどう貢献できるかを考える中で、「自分の学校の学生だけを教えていればいい時代ではない」と思うようになりました。
近年は、防災教育への関心も高まっています。阪神・淡路大震災から30年という節目もあり、小学生向けに実施した「防災すごろく」の授業が話題になったことをきっかけに、出前授業にもより力を入れるようになりました。
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今は、環境と防災の両方を伝えられる授業を意識しています。一見別のテーマに見えますが、実は深くつながっているんです。そのことを子どもたちにも伝えたいと思っています。
最近では、海水を使った実験授業も行っています。海水は本来、弱アルカリ性ですが、温暖化によって増えた二酸化炭素が海に溶け込むと、海洋酸性化が進みます。
授業では、ペットボトルに海水と二酸化炭素を入れて振り、pHによって色が変わる試薬で変化を観察します。二酸化炭素が溶け込むことでペットボトルがへこみ、水の色も変わるので、小学生にも分かりやすく、反応も良いですね。高専での授業より「必要とされているな」と感じるくらいです(笑)

―出前授業に力を入れるようになった背景には、恩師との出会いもあったそうですね。
はい。10年ほど前、出前授業で訪れた中学校で、同じように出前授業に来られていた理科の先生でした。その先生の授業を見学した時のことは、今でもよく覚えています。授業が終わった瞬間、生徒たちが一斉に先生の周りへ集まっていったんです。「こんな授業があるのか」と衝撃を受けました。
その先生に「高専で授業をしてほしい」とお願いしたことをきっかけに、2017年頃から先生の勉強会にも参加するようになりました。小学校から大学まで、さまざまな先生方が集まり、授業の工夫や実践を共有。授業づくりに対する考え方が大きく変わったきっかけです。教員になってから「恩師」と呼べる方に出会えたのは、本当に幸運だったと思っています。
―先生の活動といえば、ブログ「uno研通信」も長く続けられていますね。
神戸高専で最初に担任を持った2007年から続けています。教員として学生たちに「頑張れ」と言っているうちに、これはフェアな関係じゃないなと思ったんです。学生に努力を求めるなら、自分も何か続けようと。そこで、「毎日250文字、学級通信を書く」という約束を学生たちとしました。
「卒業後も学校の様子が分かるものがあったほうがいい」と思って続けているうちに、気づけば2026年になりました。遅れてでも毎日書くようにしています。今では卒業生や保護者の方が読んでくださっていて、お会いした時に話のネタにしていただけるのがとてもありがたいです。
―最後に、進路に迷う中学生や高専生へのメッセージをお願いします。
高専は、中学卒業後の早い段階から、自分の好きなことや専門分野に打ち込める、とても自由な学校です。
一方で、「高専に入ったから必ず技術者にならなければいけない」というわけではありません。専門分野を深めながらも、ぜひいろいろな世界に目を向けて、自分で考え、自分なりの道を見つけてほしいと思っています。
高専は、自分のやりたいことを実現するには本当に恵まれた環境です。その環境を存分に生かして、自分らしく挑戦していってほしいですね。
宇野 宏司氏
Kohji Uno
- 神戸市立工業高等専門学校 都市デザイン工学科 教授
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1997年3月 福井工業高等専門学校 土木工学科 卒業
1999年3月 徳島大学 工学部 建設工学科 卒業
2001年3月 徳島大学大学院 工学研究科 博士前期課程(建設工学専攻) 修了
2004年3月 徳島大学大学院 工学研究科 博士後期課程(マクロ制御工学専攻) 修了
2004年4月 国土環境株式会社(現:いであ株式会社)
2006年4月 神戸市立工業高等専門学校 都市工学科 助手
2007年4月 同 講師
2009年4月 同 准教授
2022年4月 同 教授
2026年4月より現職
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