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問いと志が社会を動かす。起業家教育の最前線をゆくカリキュラムディレクターの仕事

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2023年4月に徳島県で開校した神山まるごと高専でカリキュラムディレクターを務める齋藤亮次さん。「モノをつくる力で、コトを起こす人」の育成を掲げる同校が実践する、新しい学びのスタンダードとは何なのか。起業家教育の最前線に迫ります。

フィールドワークを原点に

―教育の道を志したきっかけを教えてください。

原点は小学校時代の少年野球です。当時の監督が、特に運動神経が際立っているわけでもなかった私を突然キャッチャーに抜擢したんです。周りも驚いていましたし、自分でも「なぜ?」と思いましたが、そこから野球で力を発揮できるようになりました。

人間は、きっかけや環境、そして役割で大きく変わる。そのときの発見が、今でも教育活動の根幹となっています。中学生になった頃には教員を目指そうと心に決めていました。

高校卒業後は早稲田大学の教育学部 社会科 地理歴史専修に進学しました。ただ、もともと地理が好きだったわけではありません。地理学の研究室が重視していたフィールドワークを魅力的に感じ、その道に引き込まれていきました。

例えば、インドでは牛は神聖な生き物とされていますが、道路にいる牛に過度に配慮するわけではなく、仲良くなったイスラエル人には「あなたは何を信仰し、何のために人生の時間を使うのか?」と問われました。教科書通りではない世界を歩きまわり、人や暮らしに触れるうちに、「世界はこんなに面白いのか」と、その魅力にのめりこんでいきました。

そして、今まで47都道府県と50カ国を回りましたが、「真実は現地に行かないと見えない。知識は世界を見るためのレンズになり得る」という確信が、地理教育の出発点になっています。また、教師は答えを提示するだけではなく、学習者の見方が変わるような原体験を設計できる。この発見が現在の仕事にもつながっています。

▲大学時代、インドのフリースクールの学生たちに地理の授業を届けました

―大学卒業後の進路について教えてください。

早稲田大学大学院に進学し、2013年3月に修士課程を修了。その後、公文国際学園中等部・高等部の専任教諭として12年間勤務しました。

公文国際学園は、「公文式」でおなじみの公文(KUMON)がスイスと横浜で運営している、世界で2校だけの学校です。寮も併設しており、日本全国から生徒が集まっている教育環境が特徴で、自分で考え、判断する力を育てることを大切にしています。その教育理念に魅かれ、生徒たちとさまざまなチャレンジをしてきました。

社会科の授業に加え、ベトナムや南アフリカへのフィールドワークを企画したり、地域や企業と連携した探究プロジェクト、評価改革にも取り組みました。なかでも印象深い経験は、生徒と一緒につくり上げた「SDGsを漫画で学べるトイレットペーパー」のプロジェクトです。米国へのトイレ留学を経て、日本全国の学校やパナソニック、美術館などへトイレットペーパー2万個を届けたこの取り組みは、「日本トイレ大賞2021」を受賞しました。

▲公文国際学園の生徒や卒業生らと作成したSDGsを漫画で学べるトイレットペーパー

こうした生徒たちの動きを間近で見るなかで、学力だけでなく行動力や共感力、自分で問いを立てる力こそが、社会で必要な力だという確信が深まっていきました。一方で、高校3年生の担任や進路部として多くの進路面談を重ねるなかで、生徒の自己決定を本当に支えられているのか、という問いが強くなりました。進路決定は重大な出来事なのに、教師である私たち自身の社会経験が乏しいことも気になっていたのです。

その問いに向き合うために国家資格のキャリアコンサルタントを取得し、哲学、心理学、キャリア理論を学び直しました。これまで延べ3,000人以上の中高生のキャリアに向き合ってきた経験と理論をまとめた単著『高校生の自己決定を支援する進路面談』も、そうした実践の積み重ねから生まれたものです。

カリキュラムディレクターの仕事

―神山まるごと高専で働くことになったきっかけを教えてください。

公文国際学園でのキャリア教育や探究学習の改革に長く携わってきましたが、一人の教員として現場で動ける範囲には限界があるとも感じていました。「より大きなインパクトを出す方法はないか」と考えていた時期に、「テクノロジー×デザインで人間の未来を変える」をミッションに掲げた神山まるごと高専にご縁をいただきました。学校の理念に深く共感していたことが、大きな決め手となりました。

神山まるごと高専は、2023年に開校した全国に4つしかない私立の高専です。徳島県の山間部・神山町に位置し、全寮制で全国から学生が集まっています。デザイン・エンジニアリング学科のみの高専であることも特徴のひとつで、「モノをつくる力で、コトを起こす人」を育てることを理念として掲げ、テクノロジー・デザイン・アントレプレナーシップ(起業家精神)・リベラルアーツをひとつながりの学びとして設計しています。

私は2025年4月に教学マネジメント室長・専任講師として着任し、2026年4月からカリキュラムディレクターに就いています。

▲2026年5月に実施したスタッフ向けのAI社会実装合宿にて

―具体的にどのようなことをされているのでしょうか。

カリキュラムディレクターの役割は、時間割や科目配置を整えるだけではありません。「モノをつくる力で、コトを起こす人」という人物像から逆算して、授業、寮生活、地域との協働、企業との連携、課外活動まで、学校内外のあらゆる機会を学びとして接続することを目指しています。

教員も職員も「スタッフ」と総称するフラットな組織であることも特徴で、私自身、今年度は全学年の授業を担当しながらカリキュラム改革や海外研修の運営なども担っています。

授業では、倫理やアントレプレナーシップ教育(人と地域という隣人を探究する「ネイバーフッド」)を担当しています。ネイバーフッドの授業でとりわけ大切にしているのは「課題解決を急がず、まず人と土地に出逢い、そして耳を傾ける」という姿勢です。

▲ネイバーフッドの授業で訪れた神山の棚田

一例として、前期は神山町の人々の記憶をデジタルで記録する「KAMIYAMA DIGITAL ARCHIVES」に取り組みました。地域の方々にインタビューし、最終的にはその方の人生をポスターにまとめて展示したのです。実施後は、「自分の人生が肯定された気持ちになった」「家族全員で大喜びした」などという声をいただきました。「目の前の誰かのためを想い、何かを届ける喜びをまず実感してもらいたい」というねらいで設計した授業でした。

倫理の授業では「もうひとつの未来展」と題した展示を行いました。まだ起きていない未来を作品として展示し、「この未来が本当に自分たちの欲しい未来なのか」を問い直す試みです。アプリやゲーム、自己修復する神社の構想など、学生一人ひとりが1作品を制作して互いに対話を重ねました。

▲倫理科目「もうひとつの未来展」で制作したカードゲームにトライする学生たち

授業以外では、全寮制という環境を活かして夜の焚き火を囲む「哲学Night」も学生とともに主催しています。「自信ってなんだろう?」「大人になるとはどういうことだろう?」と問いを持ち寄ることで、当たり前の言葉を問い直し、言葉や価値観の解像度を高める場です。自分と相手の対立がどこから来ているかをメタ視点で捉えられるようになると、ものをつくる前に「何のために、誰のためにつくるのか」を問う力につながると考えています。

▲哲学Nightの時間、火を囲みながら語り合う学生たち

自分なりの羅針盤を見つけよう

―神山まるごと高専の学生の印象はいかがですか。

外からは「キラキラした優秀な人たち」というイメージを持たれることも多く、たしかにユニークで志ある学生が多いですが、実際には良い意味で普通の10代としての一面も持っていて、青春を謳歌していますよ(笑)

入学時点では9割近くが起業を志望していますが、いざ取り組むと、もちろんさまざまな壁があります。その壁を前にして諦めないGRIT、つまり、情熱と粘り強さが、コトを起こす上で本当に大事な資質だと感じています。現在は全校で8社が登記し、活動しています。

スタッフ全員が全学生の顔と名前、興味関心を把握できるほど小さなコミュニティだからこその密度と熱量も魅力です。来年度には1期生が卒業となり、「第一章」が一区切りを迎えます。これからは、先輩から後輩へ憧れや経験が受け継がれていくエコシステムを、学生とともに育んでいくことが課題となるでしょう。

▲自慢の給食をいただきながら学生と対話、神山の日常風景

学生たちには幅広い体験をしてほしいと願っています。「サンプリング・ピリオド」という考え方では、若い時期にいかに多くの点(ピリオド)を打てるか、つまり分野を越えてさまざまな経験を積めるかが、複雑な問題に対して多角的にアプローチできる力を育む、と言われています。

課題が複雑化する現代社会において、一分野だけを見続けていると頭打ちになることがあります。人間は自分の知らないものを選択肢として認知できないので、選べないわけです。だからこそ学校や大人にできることは、「ああしろ、こうしろ」と答えを示すよりも、心が動く体験の機会をどれだけ幅広く用意できるかだと思っています。

神山まるごと高専がテクノロジーだけでなく、デザインやリベラルアーツ、そして日常的に起業家との出会いをカリキュラムに組み込んでいるのも、その考え方からきています。

―AIとカリキュラムの関係性についてはどのようにお考えですか。

学生・スタッフ全員がChatGPTの有償ライセンスを使える環境が用意されています。今年度は「AI社会実装力」を全校的なテーマとして掲げ、有形無形に取り組みを進めています。ただ、AIで誰でもアプリをつくれる時代になったからこそ、「構造を理解する」ことの重要性はむしろ高まっていると考えています。AIが出したものに対して、最終的に価値判断して意思決定し、責任を持てるかどうか。それがないと、セキュリティホールだらけのプロダクトが生まれてしまいます。

学生たちには「AI社会実装力」と伝えているので、まず自分自身も実践せねばと考え、個人としても、進路面談をAIでサポートする高校向けのプロダクト「キャリタンAI」を開発しています。

これは、3,000人以上の進路面談で培った構造化された知識やキャリアカウンセリング理論をAIに学習させ、生徒の興味関心や価値観、強みなどを対話で言語化しながら、盲点も含めた選択肢を提案し、進路意思決定に伴走してくれるサービスです。ビジネス経験豊富なマーケターやエンジニアたちのチームで社会実装を目指しています。

―高専生や、これから高専を目指す中学生へのメッセージをお願いします。

夢を持つことも素敵ですが、単数系の夢を考えるのが難しい人は、自分の人生に「仮説」を持つことをオススメしたいと考えています。

仮説は、複数あっても大丈夫です。「これも面白そう」「あの未来も望ましい」という選択肢が複数あれば、どこに進んでも人生きっと楽しめるはずです。また、まずは小さく試して「検証」してみることで、仮説の精度はだんだん高まっていくと思います。逆に、一つしか選択肢がないと苦しいですし、失敗した時に行き詰まってしまうかもしれません。

現役高専生の皆さんには、つくることをゴールにせず、「それを誰に、どんな価値として届けたいのか」を問い続けてほしいです。皆さんの技術は強力な手段ですが、問いと志があって初めて社会を動かす力になります。ぜひ外の世界に踏み出して、異なる価値観を持つ人と触れあい、対話を重ねてみてください。

▲神山の授業風景

そして、これから高専を目指す中学生のみなさんへ。神山まるごと高専の入試は、単純な学力だけで判断しておらず、マッチング重視です。必ずしも入学前から技術や起業経験がある必要はありません。運動部に打ち込んでいた方が在学中に起業したケースもあります。モノづくりへの関心と、情熱と粘り強さを持っている人は、ぜひ一度ホームページを覗いてもらえたら嬉しいです。

そして、「なぜだろう」「もっとこうなればいいのに」という小さな違和感や好奇心を、大事にしてください。必要なのは完成した地図ではなく、自分なりの羅針盤を育てていくことです。その羅針盤のために必要な「問いを立てる力」を、ともに培っていきましょう。

齋藤 亮次
Ryoji Saito

  • 神山まるごと高専 デザイン・エンジニアリング学科 カリキュラムディレクター(社会科・アントレプレナーシップ教育)

齋藤 亮次氏の写真

2011年3月 早稲田大学 教育学部 社会科(地理学) 卒業
2013年3月 早稲田大学大学院 教育学研究科 社会科教育専攻 修士課程 修了
2011年4月〜2013年3月 早稲田実業学校中等部・高等部 非常勤講師
2012年4月〜2013年3月 早稲田大学本庄高等学院 非常勤講師
2013年4月〜2025年3月 公文国際学園中等部・高等部 専任教諭
2019年4月より現在 早稲田大学 教育総合研究所 特別研究員
2025年4月 神山まるごと高専 専任講師
2026年4月より現職

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