古典文学を専門としながら、高専で「古典×ものづくり」というユニークな教育にも取り組む、佐世保高専の大坪舞先生。江戸時代以前の資料から人々の思考を読み解く研究の面白さや、古典とものづくりを組み合わせた教育の実践について、これまでの歩みとともにお話を伺いました。
本好きから始まった、古典文学への道
―立命館大学へ進学し、日本文学を専攻された理由を教えてください。
京都という地で日本文学、特に古典文学を勉強したいと思っていたことが大きな理由です。小学生の頃から読書が好きで、子ども向けに書かれた『源氏物語』や『平家物語』などにも自然と触れ、そうした作品を読むうちに、古典の世界に惹かれていきました。
高校生になると、平安京の建物の構造や当時の暮らしなどに興味があり、図書館で関連する本をよく読んでいました。ただ、地元の佐賀では調べものをしようとしても利用できる図書館が限られていて、必要な本を取り寄せてもらうことも多かったんです。その点、京都では他大学の図書館からも本を借りられると知り、また多くの古典文学作品の舞台としての憧れもあったため、大学ではそういった環境で勉強したいと思っていました。

―特に古典文学に惹かれたのは、どのような点だったのでしょうか。
現代とは異なる歴史的な制約の中で物語が展開していくところに、面白さを感じていました。たとえば身分制度のようなさまざまな制約がある世界で、人がどのように行動し、そこからどのようなドラマが生まれるのか。そうした時代背景も含めて物語を読むことに、大きな魅力を感じていたんです。
―そこから大学院まで進学され、研究者の道を歩み始めたのですね。
はい。大学3年生でゼミに入り、地域に伝わる伝説などを調べる研究を経験したことで、「研究って面白い」と強く感じるようになりました。自分ではもともとそれほど勉強が得意なタイプだとは思っておらず、少し迷いもあったのですが、指導教員からの助言もあって、進学を決めました。
同じゼミの同級生は、私以外はみんな就職していきましたし、将来に対する不安がまったくなかったわけではありませんが、「何とかなるだろう」という感覚が強かったと思います。当時は、就職してお金を稼ぐということを強く意識していたわけでもなく、正直、進路について明確なビジョンを持っていたわけでもありませんでした。
―高専の教員になられたきっかけを教えてください。
研究を続けながら今後の進路を考える中で、大学教員の公募を調べていました。ただ、大学では任期付きのポジションが多く、長く研究を続けていく環境としては難しさも感じていました。
一方で、民間企業などへの就職も選択肢として考えはしましたが、私の研究は現地に足を運び、資料調査を行うことが欠かせません。そのため、調査を続けていくうえでも、「研究者」として現地に赴ける立場でありたいという思いが強く、進路についてはさまざまに模索していた時期でした。
そうした折、学会や研究会でお会いした先輩研究者の中に、高専の教員として働いている方が何人かおられました。そこで初めて、「高専の教員」という道があることを知ったんです。調べてみると、ちょうど地元・佐賀にも近い佐世保高専で公募が出ており、思い切って応募しました。結果として佐世保高専に採用していただき、現在に至っています。

歴史ミステリーを解くように——鷹書から見える人々の思考
―先生の研究テーマについて教えてください。
室町時代から戦国時代にかけての「鷹狩」と、それに関する文化について研究しています。大学院時代から続けているテーマです。
研究では「鷹書(たかしょ)」と呼ばれる伝書を手がかりにしています。鷹書とは、鷹狩の方法や鷹の飼育、道具の扱い方などについて記された書物で、江戸時代以前に書かれたものが各地に残されています。こうした資料を読み解きながら、「なぜこの本が書かれたのか」「誰がどのように使っていたのか」といった背景を明らかにしていきます。大学院生の頃は、各地の文庫や資料館を訪ねて、原本の調査を続けていました。

古い資料を扱う研究では、書かれている内容だけでなく、本そのものから読み取れる情報も重要です。紙の質や筆跡、墨のかすれ方から書かれた状況を推測したり、暦の裏紙に書かれていれば年代の手がかりになったりすることもあります。
そうした小さな情報を積み重ねながら当時の状況を読み解いていくところが、この研究の面白さです。ミステリーのように、断片的な証拠をつなぎ合わせて背景を探っていく感覚に近いかもしれません。
また、こうした資料が現在まで残っていること自体、とても貴重なことです。江戸時代には火事も多く、虫害などで失われた資料も少なくありません。そうした長い年月のあいだに守られてきたものに触れられることは、研究者として本当にありがたいことだと感じています。
―研究の中で印象に残っている経験はありますか。
大学院生の頃、旧加賀藩主・前田家の古書籍などを所蔵している東京の尊経閣文庫を訪ねたことがあります。夜行バスで東京に向かったのですが、バスに財布を忘れてしまったようで、ほとんどお金がない状態で現地にたどり着いたことがありました。
そんな状況でも、文庫の方々は貴重な室町時代の巻物を見せてくださりました。当時はまだ実績の少ない学生でしたが、多くの方に研究の機会を与えていただいたおかげで、いまの研究が続けられているのだと思います。
―研究の中で印象的な言葉として「文学は嘘をつく」という言葉を挙げられていました。
これは大学院時代の指導教員から教えていただいた言葉です。書物に書かれている内容は、必ずしもすべてが事実とは限りません。誤写のような単純な間違いもありますし、権威を高めるために意図的に書き換えられていることもあります。
歴史学では、そうした創作や誇張は史実ではないものとして排除されることが多いのですが、文学研究ではむしろそこに注目して、「なぜその嘘が書かれたのか」を考えることができます。
人は、自分を大きく見せたかったり、何かを正当化したかったりするときに、事実とは異なることを書く場合があります。つまり、そうした「嘘」には、当時の人々が本当に大切にしていた価値観や願いが表れていることもあるのです。そんな「嘘」を楽しみながら当時の生活や文化を紐解いていくのが、この研究のとても面白いところです。
古典×ものづくり。高専だからこそ育つ「思考の余白」
―高専での古典教育について、力を入れている取り組みを教えてください。
高専における古典教育も研究テーマの1つです。現在は鶴岡・豊田・舞鶴・鈴鹿・佐世保の5高専と元高専教員の先生方を中心に「高専古典教育研究会」を立ち上げ、教材開発や実践の共有を続けています。
高専古典教育研究会の会議。育休中のため子連れで参加していました。.jpg)
メンバーは年齢の近い女性教員が中心で、地域や専門もさまざまですが、多様な視点で古典教育について考えています。これまでに『結ひの古典(ゆいのこてん)』という教科書を出版したほか、「古典×ものづくりコンテスト」というイベントを開催しました。
高専の古典の授業では、高校の教科書を使うことが少なくありません。しかし、高校向けの教科書は大学受験を前提に構成されているため、古典そのものの面白さが十分に伝わりにくいと感じることもあります。
大学受験のない高専だからこそ、「受験のための古典」ではなく、「古典の面白さや、そこから得られる視点をどう届けるか」を検討する余地がある。『結ひの古典』も、読みやすさや面白さを大切にしながら、既存の教科書にはあまり載っていない内容を盛り込み、高専生に合った教材として制作しました。

また、「高専古典教育研究会」が主催する「古典×ものづくりコンテスト」は、日本の古典作品の学習や調査をもとに、科学技術を用いてその世界観を可視化・表現する取り組みです。
もともとは鶴岡高専の森木三穂先生が先駆的に取り組まれていた教育実践でしたが、それを各校にも導入し、コンテスト形式へと発展させました。現在は、研究会メンバーである九州産業大学・森あかね先生のゼミナールや、佐世保高専のEDGEキャリアセンターにも共催いただきながら、運営を行っています。
これは一見すると、工学と古典は遠い分野のように思えるかもしれませんが、私たちはこの活動を「技術者版デザイン思考の実践」と捉えています。文学と工学、学問の垣根を越えた分野横断型の学びを行うことで、エンジニアとしての基礎力を養うことがねらいです。
―古典×ものづくりコンテストでは、学生と一緒に先生のご専門「鷹狩」をテーマにしたVRプロジェクトに取り組まれたそうですね。
はい。鷹狩は実際に体験することがとても難しい文化です。鷹を扱うには専門的な技術が必要ですし、日本では体験できる機会もほとんどありません。

そこで、高専生の技術を活かしてVRで再現できないかと考えました。鷹匠※として有名な武雄市の石橋美里さんにご協力いただき、実際の鷹狩の動きを撮影し、それをVRとして体験できるようにしました。文学や歴史の研究と、高専生の技術が組み合わさることで、新しい形の学びにつながるのではないかと期待しています。
※訓練された鷹を自らの手で操り、害鳥駆除や自然保護活動、民間イベントなどに活用する技能者のこと。単なる飼育者ではなく、鷹と人間との信頼関係を築き、飛行訓練や狩りの指導も行う高度な専門技能が求められる。
文化祭での鷹狩VR体験。.jpg)
―佐世保高専では、1年生の「文学探究」の授業でもこのプロジェクトを実施したとお聞きしました。学生はどのような作品をつくったのでしょうか。
学生の発想力には、本当に驚かされます。例えば『方丈記』に登場する「方丈の庵」をテーマに、建物と映像を組み合わせて作品を制作したチームがありました。外側は段ボールハウスのような構造で、内部の細かな部分は3Dプリンターで制作し、ホログラムを投影するなど、技術と表現がうまく融合していました。
『方丈記』では、最初は都で華やかな暮らしをしていた主人公が、災害や社会の混乱を経験する中で、最終的に小さな庵で質素に暮らすようになります。いわば、現代でいう「ミニマリスト」のような生き方です。学生たちはその世界観を建物と映像で表現し、災害と向き合う現代社会にも通じる視点として読み替えていました。
ほかにも、物語を動画化したり、ゲームやすごろくとして再構成したりと、作品の形はさまざまです。社会実装を目的としないからこそ、自由な発想のものづくりが生まれていると感じます。古典を題材にしながら、リベラルアーツの価値を問い直す取り組みでもあります。
―高専で古典を教えることには、どんな意味があると考えていますか。
人はどうしても「今すぐ役立つこと」に目が向きがちですが、何かを生み出すときには、頭の中にどれだけ多くの知識や視点のストックがあるかが重要です。素材が多いほど、想定を超えたアイデアが生まれることがあるからです。
古典には、恋愛や人間関係の悩みなど現代にも通じる部分がある一方で、身分制度のように現代とは大きく異なる仕組みも描かれています。そうした「近さ」と「遠さ」の両方に触れることで、世界の見え方が広がる。そこに古典教育の意義があると思っています。
役に立つかどうかだけにとらわれない価値判断の軸を持つことが、結果として思考を自由にし、新しいものを生み出す力につながるのではないでしょうか。
―古典教育のほかにも、地域と関わる探究学習にも取り組まれているとか。
「グローカルリテラシー」という科目の立ち上げに関わりました。3年生がゼミ形式で地域の課題に取り組み、グローバルな視点も織り込みながら考えていく授業です。来年度(令和8年度)からはこの取り組みを発展させた、2年生向けの「地域課題探究」という科目も始まり、私が主担当を務めます。

この授業は、学生に「単位を取るための学び」ではなく、これからの時代に必要な、前に踏み出す力、考え抜く力、チームで協働する力、さまざまな知識を統合して考える力を身につけてほしいという思いから生まれました。
高専には、1つのキャンパスに多くの専門家が集まっているという強みがあるため、各教員のゼミの中から学生がテーマを選び、地域の企業や行政の方々とも関わりながら課題に取り組む形にしています。
―佐世保高専の学生には、どのような印象をお持ちですか。
佐世保高専の学生は、とても素直だと感じています。理系の学校なので、最初は「国語や古典はあまり興味を持ってもらえないのではないか」と少し不安もありました。でも実際には、みんな真面目に授業に取り組んでくれます。

むしろ、専門分野を学んでいる理系の学生だからこそ、物事に真面目に向き合う姿勢があるように感じます。どのような内容を伝えると高専生にとって意味のある授業になるのか、最初の頃は試行錯誤しながら考えていました。
―最後に、高専生、そして高専を目指す中学生へのメッセージをお願いします。
AIの進歩によって、考えなくてもそれらしい答えが出せる時代になってきています。でも、身につくのは、実際に手を動かし、脳を使って考えたことだと思います。筋トレと同じで、自分で動いた分だけしか鍛えられません。
そしてもうひとつ、学生には「今しかない感性」も大切にしてほしいと思っています。勉強だけではなく、友達との会話やイベント、人間関係で悩んだこと、うまくいかずにもがいた経験。そうしたすべてが、あとから振り返ると財産になります。
高専には、受験に縛られずにチャレンジできる時間と環境があります。その自由さの中で、自分の手で考え、つくり、試していってほしいですね。
大坪 舞氏
Mai Otsubo
- 佐世保工業高等専門学校 基幹教育科 准教授

2007年3月 立命館大学 文学部 文学科 日本文学専攻 卒業
2009年3月 立命館大学大学院 文学研究科 人文学専攻 日本文学専修 博士前期課程 修了
2010年〜2013年 日本学術振興会特別研究員 DC1
2013年4月 立命館中学校高等学校 国語科 非常勤講師
2015年3月 立命館大学大学院 文学研究科 人文学専攻 日本文学専修 博士後期課程 修了
2015年4月 立命館大学 文学部 非常勤講師
2016年4月 佐世保工業高等専門学校 一般科目 国語 講師
2020年4月 佐世保工業高等専門学校 基幹教育科 講師
2021年4月より現職
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