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高専が好きだから、高専全体をよくしたい。モーターに夢中だった少年が、高専プロコンを支えるに至るまで

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津山高専の寺元貴幸先生は、中学生時代に自作したモーターをきっかけに電気の世界へ進み、母校の教壇に立って30年以上になります。地元企業や農家との共同研究から、高専プログラミングコンテストの競技設計、全国51国立高専の統一ネットワーク構築まで、その活動は津山から日本全国に広がっています。「高専全体をよりよくしたい」と語る寺元先生に、これまでの歩みと教育への思いを伺いました。

理科好きの少年が、恩師に導かれ母校の教壇へ

―津山高専に進学されたきっかけを教えてください。

おそらく一番のきっかけは、小学校4年生のときに理科の授業で先生に褒められたことです。そこから理数系がずっと好きで、英語をはじめ他の科目はさっぱりだったのですが、理科と数学だけは夢中でした。

中学校では理科研究部のような文化部に所属していて、部活の先生に紹介してもらってエナメル線のモーターをつくりました。その成果を地区の自由研究発表会で発表したところ、多くの先生に褒めていただきましたね。

また、当時はオイルショックの影響もあって、子どもながらにエネルギー問題を意識していました。これから先、電気に関する仕事がなくなることはないだろうと考え、進学先を調べたところ、津山高専に機械・電気・金属の3学科があることを知りました。実は電気工学科が倍率も一番高かったのですが、やるなら一番を目指そうと思い、そこを志望。理科の先生には「お前の成績では無理だ」と言われましたが、推薦入試を受けることにしたんです。

―推薦入試はどのような様子でしたか。

3人一組の面接で、エナメル線モーターについてとにかく一生懸命語りました。後から同じ面接を受けて一緒に合格した友人に聞いたら、「横から見ていて、すごく熱心に語っていたよ」と教えてくれたほどです。筆記試験だと受からないと思っていましたから、面接で熱く語ったことが好印象につながったのではないかと、今でも思っています。

―高専ではどのような学びがありましたか。

電気工学科での学びは期待以上でした。当時の高専は学科によらず本当に幅広いことを学生に経験させていて、溶接や旋盤の使い方まで教わりました。中でもエネルギーや制御に興味があり、卒業研究では制御のシミュレーションを選びました。研究室にようやく1台あったNECのPC-9800シリーズを使って取り組んだのが、電気とコンピュータがつながった最初の体験です。

同時にシステム研究部にも所属して、学校にあった汎用機でいろいろなプログラムをつくっていました。文化祭の「弥生祭」で自分の作品を展示するのがとても楽しかったですね。部活動では、中学まで続けていた剣道を「暑くて寒くて臭い」という理由で卒業して(笑)、もう少しおしゃれなスポーツがしたいとテニス部に入りました。今もテニスは続けています。

―高専卒業後は長岡技術科学大学に進学されています。大学・大学院ではどのような研究をされていたのでしょうか。

長岡技術科学大学で慣性核融合を研究している研究室があると知り、それを目指して進学しました。小学校のころに抱いていたエネルギー問題への関心が、ずっとあったんです。

慣性核融合というのは、直径1センチほどの燃料ペレットの周囲からレーザーやイオンビームを一斉に照射して瞬間的に圧縮し、核融合反応を起こす方式です。いわば、ものすごく小さな水爆を繰り返し起こしてエネルギーを取り出す原理ですね。

当時は実験ができなかったので、コンピュータシミュレーションで研究を進めていました。FortranによるプログラミングやUNIX、並列計算、スーパーコンピュータの世界に触れたのはこの研究がきっかけです。実験はできなくても、コンピュータ上であれば世の中にまだ存在しないような強力なイオンビームを当てるシミュレーションもできる。その面白さに惹かれました。

▲大学院生の頃の寺元先生

近年ではアメリカでレーザー技術が飛躍的に進歩し、慣性核融合の実用化に向けて企業が巨額の投資を始めています。当時の研究テーマが改めて注目されているのは感慨深いですね。

―大学院修了後、母校の教員になられた経緯を教えてください。

実は大手メーカーから内定をいただいていました。ロケットや原子力関連の事業もある会社で、慣性核融合のシステム開発に関われるかもしれないと考えていたんです。ところが大学院修了間際の冬、津山高専時代の恩師がわざわざ大学院まで訪ねてこられて、「教員を探しているのだが、戻ってこないか」と声をかけてくださいました。

当時はバブル期で就職先の選択にはかなり自由がありましたが、恩師が自分のことを覚えていてくださったのが何よりうれしかったです。また、実家から車で30分の距離であることを、私以上に両親が喜びました。「息子が帰ってくる」と。長男でもありましたし、迷った末に内定を辞退して母校に戻りました。

▲高専教員になられた当初の寺元先生

―母校に教員として戻られてからは、どのような研究をされてきたのでしょうか。

高専は大学のような大規模な実験設備を持つのが難しいため、核融合の研究をそのまま続けるのは現実的ではありませんでした。パソコンの中でできる研究にシフトしたほうが将来につながるだろうと考え、コンピュータを使った課題解決へ軸足を移していきました。

ちょうどインターネットが出始めた時期で、岡山大学と電話回線でつないで1時間に1回メールを取りに行く、というような時代です。今とは想像もつかないタイムラグが生じるのですが、そういう通信の仕組みを手探りで構築していました。学生時代の立場と教員の立場はまったく違いましたね。限られた施設と予算の中で研究を続けながら学生を育てるという現実に、教員になって初めて気づくことがたくさんありました。

▲高専教員になられた当初の寺元先生。学生と一緒に研究に取り組む様子

地域の課題解決からプロコン、全国ネットワークまで

―地元企業との共同研究はどのように始まったのでしょうか。

津山高専には「技術交流プラザ」という組織があり、津山市周辺の企業140社ほどが加盟しています。そこを通じて困りごとのご相談がたくさん来るんです。

最初に形になったのは、津山市内のオーダーメイド家具メーカー「すえ木工」さんとの共同研究でした。壁面収納家具の組み合わせや色をiPad上でシミュレーションし、見積もりまで出せるツールを、学生の卒業研究として2〜3年かけて開発しました。

月1回のミーティングで企業の方と進捗を共有しながら、試作品を実際に使ってもらって改善を繰り返しました。色を切り替えられるようにしたり、壁の形状が変則的な場合にも対応できるようにしたりと、要望に応じてアップグレード。企業の方に喜んでいただけるのが何よりの励みですし、学生にとっても実社会のニーズに応える貴重な経験になっています。

▲すえ木工との共同研究の様子

地元の農家さんとの共同研究にも力を入れています。トマト農家様と共同で、品種ごとの収穫量を自動集計できるデジタル秤を開発したり、ハウス内の温度・湿度を多地点で測定してクラウド上で管理し、そのデータを元に「灰色カビ病」などの病害虫の発生を予想するシステムの開発を行っています。

いずれも農家の方が容易に購入できて、卒研レベルで改良・メンテナンスできる「安価で簡単」を重視した設計で、この取り組みは2022年度のデジタル・ソリューション・アワードやJAPAN DX Player AWARD 2024のサステナブル部門でも評価していただきました。

▲トマト農家との共同研究の様子

また、真庭市からの依頼で、ユネスコ無形文化遺産に登録された「大宮踊り」を広く知ってもらうためのVTuber「大宮あをい」を学生たちと制作しました。キャラクターの衣装や髪飾りに地元の名産品をデザインとして盛り込み、踊りの動きは保存会のベテランの方にモーションキャプチャーで協力していただいて再現しています。どう実現させるのかを学生自身が考え、手を動かして形にしていく。このプロセスを大切にしています。

▲【Vtuber大宮あをい】ユネスコ無形文化遺産大宮踊【踊ってみた】

―高専プログラミングコンテストには、どのように関わっているのでしょうか。

学生時代のシステム研究部つながりで、教員になってからも引率として参加していたのですが、2007年に津山高専が主管校になった第18回大会で、競技部門の責任者を任されたのが転機になりました。プロコンの競技部門はプログラムの性能を競う部門で、毎年新しい競技ルールを設計する必要があります。そのルールづくりを一から任されたんです。

津山大会では、津山城の石垣をモチーフにした競技を考えました。木工で精密につくられた「石垣」のピースを、架空のインターネットオークションで競り落とし、制限時間内に石垣を組み上げるという内容です。オークション戦略を考えるプログラミングの要素と、落札したピースを実際に手で並べる人間の作業が融合した競技でした。

ピースの製作はちょうど共同研究をしていたすえ木工さんにお願いしたのですが、木工の精度が高すぎてはめたら取れなくなるという想定外のトラブルもあって、吸盤で取り外す仕掛けを考えることになるなど、準備自体がものづくりの醍醐味でした。

▲準備中の石垣のピース

―競技設計で大切にしていることは何ですか。

純粋なアルゴリズムの強さだけでなく、人間とコンピュータの関係にも目を向けてほしいと思っています。例えばある大会では、山のように積まれたサイコロの個数を画像処理で推定する競技をつくりました。当時の画像処理技術では人間が目で見て推測した数のほうが正確で、「人間が一番強い」という結果になったんです。今なら逆にコンピュータが勝つかもしれませんが、人間にしかできないこと、コンピュータが得意なこと、その境目に気づいてほしいという思いを込めて、毎年テーマを考えています。

▲第18回高専プロコンの競技部門の様子

この活動を20年近く続けてきましたが、私は競技を設計する側なので、自分の高専の競技部門の学生は指導できないんです。ルールやシステムの構成を知っていると、有利ではないかと疑念を持たれかねないので。それでも全国の学生たちが楽しんでくれて、かつ将来に生かせるものになっていれば嬉しいですね。

ちなみに競技中に流れるBGMも、知り合いの音楽の先生に毎年オリジナル曲をつくってもらっています。プロコンの入場テーマとして定着し、過去にはCDとしても発売しました。

▲【試聴動画】Virtual Your Beats – 高専プロコン競技部門オリジナルサウンドトラックCD

―津山高専以外にも、高専機構全体に関わるお仕事をされているのでしょうか。

高専機構本部で情報基盤整備専門部門の部門長を兼任しています。かつて各国立高専はバラバラにネットワークを設計・構築しており、セキュリティの方針も学校ごとに異なっていました。これをコスト面とセキュリティ面の両方から統一していこうという取り組みで、15年ほど前から関わっています。

5年に1回のリース更新に合わせて機器を入れ替えるのですが、ネットワークを止められるのは3日間だけ。以前はバラバラの設計だったため、業者の方が「1校分の設定をコピーすれば他校でも使える」と思ったら全然そうではなかった、ということもありました。次の更新は来年度に控えていて、今回こそ本当に統一されたルールで全校に展開できるところまで来たかなと思います。

苦労するのは現場との調整です。教育・研究のためにネットワークを自由に使いたいという先生方の要望と、セキュリティの確保は、本質的に相反する面があります。独自の設計思想でネットワークを組んでおられる高専には、出かけていって共通の設計思想に揃えていただくよう直接説得に回ったこともあります。地味ですが、こうした一つひとつの積み重ねが全国高専の情報基盤を支えていると感じています。

▲ネットワーク更新作業の様子

ここまでお話ししてきた取組は、どれも私一人の力で成し遂げられたものではありません。共同研究はもちろん、高専プロコンも、ネットワークの統一も、本当に多くの方々に支えていただきながら進めてまいりました。そして、うまくいかないときには、一緒に頭を抱え、一緒に悩みながら道を探っていただきました。この場を借りて、日頃から支えてくださっているすべての皆様に、心より感謝申し上げます。

高専生に伝えたい、外に出て広い世界を見ること

―学生を指導するうえで大切にしていることを教えてください。

寺元研究室では地元企業や自治体との共同研究を基本にしているので、依頼元の方と必ず月1回ミーティングを行い、進捗報告と方向性の確認、試作品の評価を繰り返すようにしています。学生にとっては負担の大きい卒業研究だと思いますが、相手の要望を聞き取り、自分たちの技術で何ができるかを考え、形にしていくプロセスは、将来企業で働くときに必ず生きてくるはずです。

部活動ではテニス部、システム研究部、写真同好会の顧問を務めていて、技術の向上だけでなく、各種大会やコンテストに積極的に参加することで広い世界を体験してもらいたいと思っています。

▲写真同好会の引率での一枚

国際交流ではタイの高専からの受入研修のうち特別活動を担当し、プログラミングコンテストへの参加を見据えた教育も行っています。

―今後の先生の目標を教えてください。

現在、高度情報人材育成事業やアントレプレナーシップ推進事業を担当していますので、まずはこの二つの事業を軌道に乗せることが当面の目標となります。特に高度情報人材育成事業は10年計画の3年目になり、今年度の新1年生からこのプログラムの対象となります。まずは、予定していた学内の組織は構築できたので、実際に新しいカリキュラムや取り組みを進めて行きたいと思っています。

また、プライベートでは、四国八十八ヶ所巡りや西国三十三所巡りを経て、現在は「全国一の宮巡り」に取り組んでおり、全108か所のうち98か所まで参拝しました。バイクで全国を走る「にっぽん応援ツーリング」にも参加しています。

▲SSTR(サンライズ・サンセット・ツーリング・ラリー)に参加されたときの一枚

プロコンの全国大会で各地を訪れるのも、実は旅好きの自分にはぴったりなんです。高専全体がよくなってほしいという思いが、すべての活動の根底にあります。全国にキャンパスがあるという高専ならではの特性を生かして、学生たちがさらに広い世界で活躍できるよう、これからも支えていきたいですね。

▲全国16極点ツーリングで足摺岬に訪れた寺元先生

―高専を目指す中学生や、現役の高専生に向けてメッセージをお願いします。

私自身が高専の卒業生ですし、3人の子どものうち2人も津山高専の卒業生です。私が学生だったときも、インターンシップや部活動での経験がその後の人生に大きな影響を与えました。子どもたちも海外留学や部活動で多くの経験を積み、それが今の仕事に生かされています。

高専の強みは、最初から全国レベルの舞台に立てることだと思います。一般の高校ではまず県大会を勝ち抜く必要がありますが、高専のイベントは最初から全国規模です。プロコンにしても、アントレプレナーシップ関連のイベントにしても、全国から集まる仲間や企業の方と出会える機会が本当にたくさんあります。多すぎて選べないくらいですが、どんな出会いも無駄なものはありません。ぜひ積極的にいろいろなことにチャレンジしてほしいと思います。

寺元 貴幸
Takayuki Teramoto

  • 津山工業高等専門学校 総合理工学科 情報システム系 教授

寺元 貴幸氏の写真

1987年3月 津山工業高等専門学校 電気工学科 卒業
1989年3月 長岡技術科学大学 工学部 電気・電子システム工学課程 卒業
1991年3月 長岡技術科学大学大学院 工学研究科 修士課程 修了
1991年4月 津山工業高等専門学校 情報工学科 助手
2001年4月 同 講師
2011年3月 博士(工学)(宇都宮大学)
2011年6月 同 准教授
2012年9月 同 教授
2016年4月より現職

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