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メキシコから日本へ、そして医師から昆虫材料の研究者に。学生にも「水のように」柔軟に歩んでほしい

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鶴岡高専の創造工学科 情報コースの助教として2025年に着任されたグアンゴレナ・ギシェルモ先生。メキシコで医師として働かれたのち、日本に渡り、長岡技術科学大学の博士課程で昆虫由来の高分子材料の研究に取り組まれてきました。医学、材料科学、情報技術という異なる分野を横断してきた先生に、これまでの経験や研究の魅力、学生への思いを伺いました。

メキシコとアメリカの国境の街から、日本へ

先生が生まれ育った街について教えてください。

私が生まれ育ったメキシコ北部のシウダー・フアレスは、リオ・グランデ川を挟んでアメリカのテキサス州エルパソと隣り合う街です。他のメキシコの地域と比べると、アメリカの文化が混ざっている独特な環境でした。友達の中にはアメリカで生まれてメキシコで育ち、大人になったらまたアメリカに戻るという人もいましたね。

日本でも「カルディ」というお店でメキシコの食品が買えますが、「オールドエルパソ」というブランドをご存じでしょうか。あれは「テクス・メクス」と呼ばれる、メキシコとアメリカの文化が融合した料理のブランドです。私の子ども時代の感覚も、まさにそんな混ざり合った文化の中にありました。そういう環境だったからこそ、英語にも自然と親しむことができたのだと思います。

日本のアニメやゲームにも子どもの頃から触れていたそうですね。

子どもの頃からドラゴンボールなどのアニメを見ていましたが、最初はそれが日本で作られたものだとは知りませんでした。メキシコではドラゴンボールはみんな子どもの頃から見ていたんです。高校生くらいになって初めて「これは日本の人が作ったものなんだ」と気づいて、興味を持つようになりました。

ゲームも同じです。バイオハザードやストリートファイター、NINTENDO 64のドンキーコングやマリオ、スマブラなど、子どもの頃からたくさん遊んでいました。少しずつ「これも日本の会社が作ったのか」と分かるようになって、日本への関心が深まっていったんです。今も時間があるときはゲームをしますよ。最近は妻と一緒にバイオハザードを遊んでいます。

大学では医学部に進まれましたが、どのような経緯で医師を目指されたのでしょうか。

正直に言うと、18歳で将来を決めるのは難しいことでした。高校時代の最後に進路適性テストを受けたときは、私の関心はバイオ系の分野にあるという結果が出ました。ただ、将来の就職先も考えて比較検討すると、生物学の専門は面白いけれど仕事の選択肢が少ないように思えました。

一方で、子どもの頃から「なぜ目が見えるのか」「なぜ耳が聞こえるのか」「脳は学習するときに何をしているのか」といったことに興味がありました。それで、医学ならそうした疑問を深く学べると思い、進学を決めたんです。最初は純粋な興味からでしたが、医学部で学ぶうちに研究への関心も少しずつ芽生えていきました。

▲メキシコでの医学生時代

―医学部在学中に、研究者としての道を意識するきっかけがあったそうですね。

はい。当時、親しい友人が、身内を亡くしたことで深く傷ついて気力を失ってしまったことがありました。そこで私は、テキストメッセージを通じて心理療法へのアクセスを支援する仕組みを考え、メッセージアプリを開発しました。まだスマートフォンのアプリが広く普及する前でしたが、若い人にとっては、電話で話すよりもテキストのほうが気持ちを打ち明けやすいこともあると考えたのです。

この取り組みをきっかけに、2017年にはメキシコのメンタルヘルス分野の全国賞を受賞し、アメリカのバブソン・カレッジでイノベーションを学ぶインターンシップにも参加しました。

▲メッセージアプリを開発したときの一枚

こうした経験を通じて、一人ひとりを診察する医師としてだけでなく、研究やイノベーションによって、より多くの人を助ける道もあるのではないかと考えるようになりました。

実際に医師として働かれた経験の中で感じたことを教えてください。

私は患者さんに本当に必要な薬だけを処方したいと考えていました。家にある薬で対応できるなら、わざわざ新しく買わなくてもいい。いつも「家に何が残っていますか」と聞いて、不要な薬は飲まないようにお伝えしていました。

ただ、メキシコの医療制度は、半分が公的な制度で半分がプライベートなシステムです。薬局から「もっとプロモーション中の薬や、ビタミン剤も出してほしい」という要求があり、私にとってはそれが非常にジレンマでした。もちろん「先生、いつも丁寧に説明してくれてありがとう」と言ってくださる患者さんもいて、そういう出会いは嬉しかった。ただ、このシステムの中で働き続けることには限界を感じていました。

一方で、医師の仕事と並行して、高校で保健科学の授業を担当する機会がありました。若い生徒たちの明るいエネルギーに触れて、教えることの楽しさに気づいたんです。「先生の仕事をしているときは、仕事という感覚がなかった」というくらい、楽しい経験でした。

▲メキシコの高校で教員を務められていた頃の一枚。このときはハロウィンでした

日本への渡航を決め、実際に来日されるまでの経緯を教えてください。

大学時代、医学部で研究方法論の授業を担当していた先生が、長岡技術科学大学で博士号を取得して帰国された方でした。その先生と交流するうちに、長岡の研究室ではバイオマスから材料を作る研究をしていることを知りました。先生から「医学の知識があるなら、そうした材料の医療応用研究ができるのでは」と言われ、自分の関心とつながっていると感じました。

日本へ行く費用を貯めるため、1年間、3つの仕事を掛け持ちしました。朝は高校で保健科学を教え、夕方はクリニックで一般診療を行い、土日は内視鏡専門の医師のアシスタントをしていました。大変な日々でしたが、5年一貫制博士課程に入学するという目標が支えになりました。この課程は期間内に修了できれば学費の負担が軽減される制度があり、それも大きな励みになっていました。

昆虫から医療材料を生み出す挑戦

現在取り組まれている昆虫を使ったバイオリファイナリーの研究について教えてください。

農業や食品産業から出る廃棄物を昆虫に食べさせて、そこからタンパク質素材やバイオディーゼルの原料となる脂肪、さらに医療材料に使えるキチンという高分子を回収する——これが昆虫バイオリファイナリーの考え方です。キチンはエビやカニにも含まれる天然の高分子ですが、昆虫から本格的に回収・活用する研究はまだ十分には進んでいませんでした。

博士課程では当初、テキーラの製造で残るバイオマスからセルロースを取り出す研究をしていました。しかし、指導教員の研究室ではセルロースの研究がすでに進んでいた一方、昆虫由来のキチンにはまだ誰も手をつけていなかった。そこで私がその領域を開拓することになったんです。

昆虫の研究に取り組むきっかけは何だったのでしょうか。

博士課程中にイノベーションコンテストへ参加した際、「昆虫にプラスチックを食べさせ、タンパク質を生産することができる」という発表を聞きました。ただ、医学の立場から考えると、昆虫が食べてもプラスチックのすべてが分解されるとは限らず、体内にマイクロプラスチックが残るのではないかと気になったんです。調べてみると、まだ十分に明らかになっていない部分があると分かり、自分で確かめてみたいと思いました。

そこで、まずは研究室で、昆虫に食品廃棄物を与える実験を始めました。指導教員の小林先生に内容をお話しすると、「それはいいね。ぜひ進めてみて」と言ってくださったことも、研究を進める大きな後押しになりました。

それまでは研究テーマがなかなか定まらず、苦しい時期もありました。しかし、与えられたテーマではなく、「自分はこれを知りたい」という思いから始まった研究に取り組めるようになったことは、私にとって大きな転機でしたね。

▲長岡技術科学大学のラボメンバーと一緒に

研究の面白さは、どのようなところに感じていますか。

一番面白いのは、もともと昆虫だったものが、加工を経て医療分野に使える材料へと姿を変えていく過程です。「これはもう昆虫には見えない。新しい材料になっている」と実感できる瞬間に、研究の醍醐味を感じます。自分の手で作ったものを実際に目で見て確認できるというのは、やはりワクワクしますね。

それから、「分からなかったことが分かるようになる瞬間」も大きなやりがいです。知らないことに出会ったときに、調べて、考えて、理解できたときの感覚が好きなんです。研究はその連続ですから、飽きることがありません。

今後、実用化に近い研究テーマはありますか。

今はキチンを加工して得られるキトサンを使い、猫用のサプリメントの開発に取り組んでいます。猫は腎臓の病気にかかりやすく、リンの蓄積が大きな問題になります。キトサンにはリンを吸着する機能があるんです。

既存のサプリメントには粉末状で食べにくいものが多いので、食べやすくて品質のよいものを作りたいと考えています。将来的には、高齢者向けの高タンパク食品にも挑戦したいですね。歯が弱くなると肉が食べづらくなりますが、タンパク質が不足すると筋肉量が減り、健康リスクが高まります。昆虫由来の安価で良質なタンパク質をおいしく届けることができれば、多くの方の役に立てるはずです。

医学、材料科学、情報技術と異なる分野をまたぐ難しさと面白さについて教えてください。

一番大変なのは、新しい分野をゼロから学ぶことです。特に、化学や生物学とプログラミングを組み合わせるときは、それぞれの専門用語やツールの使い方を身につけなければなりません。地道な努力の積み重ねですね。

ただ、私はプログラミングがこの先、英語のような基本スキルになると考えています。30年前は「英語が話せる」というだけで驚かれましたが、今では珍しいことではありません。プログラミングも、あと10年ほどで同じような存在になるのではないでしょうか。

異なる分野の知識を組み合わせることで、一つの専門だけでは生まれないアイデアや解決策にたどり着けることが、この研究の面白さだと思います。

▲国立研究開発法人新エネルギー・産業技術開発機構(NEDO)が主催するNEDO Entrepreneurs Program (NEP)「開拓コース」に採択されたときのイベントにて

「水のように」柔軟でいること

学生を指導するうえで大切にしていることを教えてください。

学生自身が「なぜ自分がこれを学ぶ必要があるのか」という個人的な理由を見つけられるよう支援することです。これは以前の先生からいただいたアドバイスで、簡単なことではありませんが、とても大切なことだと感じています。

研究室を選ぶ場面でもこの考え方は生きてきます。卒業後に就職を考えている学生なら、自分が入りたい企業の仕事に近い技術を学べる先生を選ぶとよいでしょう。進学を考えている学生なら、研究の方法論をしっかり学べる先生や、他大学の研究者とネットワークを持っている先生を選ぶことも大切です。自分の長期的な目標から逆算して考えてみてほしいですね。

先生が大切にされている考えがあれば教えてください。

医師から材料科学の研究者へ、メキシコから日本へと、私自身が大きな変化を経験してきました。人生には計画があっても、道がどこに向かうかは分からない。硬すぎると動けなくなりますし、柔らかすぎると続かない。ブルース・リーが「水のようになれ(Be water, my friend.)」と言ったように、どんな器に入ってもその形に合わせて、それでも流れを止めないことが大事だと思います。

もう一つ大切にしているのは、どんなことがあっても自分らしく幸せであり続けることです。今やっている仕事が全体の中でどんな意味を持つのか分からなくなると、人は苦しくなります。たとえば昔の船大工は一生懸命働いた先に自分が作った船を目にすることができました。でも、今の時代は自分の仕事の成果が見えにくいことも多い。だからこそ、自分なりの目的を持って歩んでいくことが大切だと思っています。

▲鶴岡高専の学生たちと一緒に

最後に、高専の学生やこれから高専を目指す中学生へメッセージをお願いします。

高専で働けることにとても満足しています。若い人たちが「何かをやってみたい」と思ったときに発する光のようなものを、ここでも感じることができます。学生たちは一生懸命で、私自身も学生たちから多くの面で助けられています。

現役の高専生には、努力を続けながら自分が本当に好きだと思えるものを見つけてほしいと思います。そして変化にも柔軟であってほしい。

これから高専を目指す中学生のみなさんには、高専は伝統的な知識を学ぶだけでなく、自分の興味ある分野に早い段階から触れられる場所だと知ってほしいです。情報コースならプログラミングを早くから学べますし、研究プロジェクトを通じて問題解決の方法論も身につけられます。もし鶴岡高専に来てくれたら、私と英語やスペイン語の練習もできますよ。

グアンゴレナ ギシェルモ
Guillermo Ignacio Guangorena Zarzosa

  • 鶴岡工業高等専門学校 創造工学科 情報コース 助教

グアンゴレナ ギシェルモ氏の写真

2019年12月 Universidad Autónoma de Ciudad Juárez 医師養成課程(Médico Cirujano)修了
2019年〜2021年 Escuela Preparatoria Central de Ciudad Juárez にて保健科学の常勤教員として勤務
2020年4月 長岡技術科学大学大学院 5年一貫制博士課程 技術科学イノベーション専攻 入学
2025年3月 同課程 修了
2025年4月より現職

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