卒業生のキャリア起業

チームで「海の見える化」を目指す! 「興味のあることに没頭した」高専時代から、起業家になったキャリアを辿る

SHARE

この記事のタイトルとURLをコピーしました
公開日
取材日
チームで「海の見える化」を目指す! 「興味のあることに没頭した」高専時代から、起業家になったキャリアを辿るのサムネイル画像

本田技研工業(以下、Honda)の社員を対象とした新事業創出プログラム「IGNITION」への参加をきっかけに、2025年1月に株式会社UMIAILEを設立した板井亮佑さんは、大分高専の卒業生です。「海の見える化」に挑む起業家の軌跡を、高専時代から辿りました。

担任の言葉がきっかけで、専門分野を変える

―大分高専に入学された経緯を教えてください。

高専を意識したきっかけは、小学生のときに在籍していたサッカーチームのコーチでして、その方が現役の高専生でした。そういう身近なところに高専生がいて、すごく憧れを感じたのが出発点だったと思います。

また、ものづくりが好きで、工学系に進みたい思いは小学生の頃からありました。中学生になるとプログラミングにも興味が出てきましたので、大分高専の制御情報工学科に入学することになります。

取材中の板井さん
▲取材をお引き受けいただいた板井さん

―実際に入学してみて、いかがでしたか。

高専へ抱いていたイメージ通りの勉強ができました。1年生の頃からどっぷりと専門的な勉強ができ、やりたかったことに全力で向き合えた5年間でしたね。

実は、私には双子の兄がいまして、小・中学校は同じだったのですが、兄は県内トップクラスの進学校に進みました。そのため、進学校と高専の校風の違いを強く感じていたんです。高専は大学受験がない分、自分が本当に興味を持っていることに5年間を使うことができ、そのような自由な校風がすごく魅力的だと当時から思っていました。

―高専時代に最も力を入れて取り組んだことは何ですか。

いろいろありますが、あえて挙げるとしたらバイクです。いかんせん学生なのでお金はなく、ボロボロのバイクを買ったり、貰ったりして、自宅の庭でいじって、それで日本全国いろいろなところへ旅をする——そういう学生生活でした。手に入れたバイクはすべてHonda製でして、3,4台はいじったと思います。

高専生の頃の板井さん。自身のバイクにまたがった写真
▲高専生の頃の板井さん

もちろん、学業も部活も真剣に取り組んでいました。5年間を共にした仲間とは今でもやりとりがあり、自分の人生においてとても大きな存在です。

―高専卒業後は広島大学の機械システム工学系に編入されています。高専では情報系でしたが、なぜ機械系に転向したのでしょうか。

ソフトウェア(情報)だけではできることが限られていると思い、ソフトウェアもハードウェア(機械)も扱えるようになりたいと思ったことがきっかけです。

その背景には、高専4年生のときの担任の言葉が大きく影響しています。「これからはI型ではなくT型の人間が求められる。幅広い知識を携えたうえで、自分の専門性を1つ深掘りしなさい。もっと言うと、T型ではなくπ(パイ)型、つまり専門性が2つあると、さらに強みになる」——この言葉が自分の中でとても響き、専門を変えて大学に編入することを決めました。

―広島大学では鳥人間コンテストにも取り組まれていますね。

編入後にその活動を知って、「こんなに面白いことをしているんだ」と思い、すぐに入部しました。飛行させるその一瞬のために、40人ほどのチームで汗水垂らして1年間かけてひとつの機体をつくることは、最高の経験でした。高専生のときはどちらかというと個人で自分の好きなことに取り組むスタイルが多かったので、1つの目標に向けてチームで寝食を忘れてものづくりに没頭する経験は、それが初めてだったんです。

私はチームの中で設計も製作もパイロットも担当しましたが、みんなでつくった機体で実際に自分が飛んだ体験は、本当に良いものでした。このチームでのものづくりの経験は、Hondaでも、UMIAILEでも、ずっと生きています。

鳥人間コンテストの活動の様子。機体を飛ばす直前の写真
▲鳥人間コンテストの活動の様子

起業の発端は、純粋な技術的興味

―大学卒業後、なぜHondaに入社しようと思ったのですか。

一番の理由は「バイクをつくりたい」ではなく、「自分の技術やアイデアで新しいモノをつくり、社会の役に立ちたい」という思いがあったからです。ASIMOやジェット機をはじめ、Hondaはそれまで世の中が取り組んでこなかったことに挑戦していて、その姿がとてもカッコよかったんです。Hondaの社風は自分に合っていると思い、入社したいと思いました。

Hondaに入社された頃の板井さん。二足歩行ロボット「ASIMO」と一緒に
▲Hondaに入社された頃の板井さん

ただ、新しいモノをつくって社会に貢献したいという思いはありましたが、起業したいとは一切思いませんでした。そもそも、起業を人生の選択肢として認識していなかったです。

―Hondaではどのような仕事に取り組みましたか。

ロボットや無人搬送台車などの開発・設計業務が中心で、10年ほど携わりました。高専ではソフトウェアを、大学ではハードウェアを、と浅く広く学んできたことが、チームでの開発において役に立ったと実感しています。例えば、自身の担当領域と他領域とで調整やすり合わせをする際に相手の立場や主張が理解できる——これは私の大きな強みだったと思います。

―板井さんは入社9年目である2023年にIGNITIONへ応募されています。その経緯を教えてください。

最初は純粋な技術的興味からでした。鳥人間コンテストや業務外の製作活動で培った飛行機の技術を水上で使ったらどうなるのかと、仲間内で水上モビリティ(無人ボート)の模型をつくり始めたのが発端です。会社の設備などを利用して自分が興味を持っていることに取り組む自己啓発活動が、Hondaでは盛んなんです。

※基本的に業務外での活動だが、特別自己啓発活動としてHondaが予算を出す場合もある。

そして、ある程度の技術的な見通しが立ってきた段階で、今度はこの水上モビリティで人の役に立ちたいという思いが生まれました。当初はHonda社内の研究テーマとして立ち上げようとしたのですが、その進め方の難しさも感じました。いくら開発が速いHondaといえども、スタートアップのように高速で仮説検証を繰り返すやり方は得意ではなく、この技術をHondaの製品として世に出すには時間がかかりすぎるという焦りもありました。

そこでIGNITIONの存在を知り、参加に至りました。Hondaの外で開発することで、開発初期の段階からお客様に見ていただき、検証と開発のサイクルを速く回すことができると考えたのです。起業を初めて意識したのは、このタイミングでした。

―IGNITIONで得たものは何でしたか。

エンジニアとして技術の目途を立てることはできても、収益性や市場規模などを踏まえてビジネスを成立させる点においては全くの素人でしたので、IGNITIONを通じて仮説検証をPMO(Project Management Office)と一緒に実践できたことが一番だと思います。

IGNITIONに取り組む様子
▲IGNITIONに取り組む様子。写真のUSV(無人水上艇)は初期試作機

実は、最初は水上モビリティを漁業者に向けた魚群探知・魚群予報の商品として販売することを検討していましたが、仮説検証を重ねるうちに、「最初のお客様は漁業者ではない」と気づきました。

そこで「漁業者向け」から「海の見える化」へと視野を広げて、例えば海底地殻変動観測や、安全保障といった、BtoGの事業から先に取り組むことに舵を切ったのです。

また、IGNITIONではHondaのデザイナーや知財担当者といった各専門のプロがいらっしゃったことも心強かったですね。PMO、デザイナー、知財担当者による伴走支援はIGNITIONの本当にありがたい部分でしたし、PMOの中島と一緒に事業を立ち上げることができたのも、私としては大きかったです。

結果的に中島にはUMIAILEのCOOとしてジョインしてもらっていますし、デザイナー・知財担当者の方とは今でも相談させていただくことがあります。

―CTOの海野さんは、Hondaでの同期だそうですね。

はい。ただ、仕事での接点はなかったんです。ところが、2020年にNHKの番組『魔改造の夜』にHondaのチームとして参戦したことで一緒になり、鳥人間コンテストのときと同じように、1つの目標に向かってお互いの専門性を生かしながらものづくりをするという濃い時間を過ごしました。

そして、UMIAILEを立ち上げるとき、技術を司るメンバーとして一番初めに頭に浮かんだのが海野でした。「一緒に本気でモノをつくった経験」がある仲間と会社をしているのは、すごく心強いです。

UMIAILEの海野さん、板井さん、中島さん3人での写真
▲左からUMIAILEの海野さん、板井さん、中島さん

板井さんが見据える、UMIAILEの10年後

―起業を初めて意識したのはIGNITIONに応募したときでしたが、起業を決断したのはいつですか。

投資家から投資を受けるタイミングだと思います。IGNITIONで事業開発をしているのだから、すでに起業を決断していると思うかもしれませんが、起業を決断して、IGNITIONで事業開発をして、投資家から投資してもらう、という直列的な順番ではありませんでした。

自身の事業計画に確信をもって起業を決断するまでには、多くの顧客候補や投資家候補に事業アイデアを当ててみて、フィードバックを受けながら仮説をつくっては壊し、仮説検証によってひたすらにアイデアを練り直す——それを繰り返すことで、社会へのインパクトや事業の将来性、勝機を明確に描くことができるようになります。

そして、この繰り返しの中で、起業への覚悟が決まっていった感覚です。おそらく多くの起業家も同じ道を辿っているのではないかと思います。

―現在のUMIAILEの状況を教えてください。

チームとしては、役員3名と内定者を含めて正社員18名、業務委託・アルバイトも含めると30名近い人数になりました。特にこの1年は、仲間集めにかなり力を入れましたね。

最初に一人で取り組んでいた頃と比べると、できることの幅も広がり、スピードもかなり速くなりました。3人になって、4人になって、10人になっていくと、それが本当に実感できるんです。スタートアップならではのスピード感を、日々忙しいながらも、すごく楽しんでいます。

そして、2026年3月には製品の1号機をお客様に納品できました。対価をいただいて製品をデリバリーできたのは、1つの大きなマイルストーンだったと思っています。

UMIAILEの最新USV
▲UMIAILEの最新USV

―今後のUMIAILEの「10年後の目標」と「1年後の目標」を教えてください。

10年後には、地球になくてはならない社会インフラになりたいと思っています。海の上に無人機のネットワークを張り巡らせて、空中のドローンや宇宙の衛星、水中ロボットとも連携させながら、これまで解明できていなかった海を「見える化」するインフラを実現したいです。

その10年後に向けた最初の一歩を、今後1年でつくりたいと思っています。私たちの製品が、規模を問わず特定の現場で実際に使われ、そこで得られたデータが誰かの役に立ち、対価をいただける——その状態をまず実現したいです。そこをファーストステップとして、2年後、3年後……9年後と徐々に規模を大きくしていき、10年後には国家規模・地球規模のインフラになることができればと思います。

―最後に、現役の高専生、そして起業を考えている高専生へメッセージをお願いします。

中学生の時点で高専を選んでいますので、すでに自分の好きなことがはっきりしている人が多いと思います。高専では大学受験のための勉強がありませんので、好きなことにとにかく没頭する15歳~20歳の5年間にしてほしいです。私の場合はバイクや部活動でしたが、そういう経験が今につながっているとすごく実感しています。

また、当時は全然好きではなかったですが(笑)、高専時代に大量のレポートをこなしてきたことが、工学的で論理的な思考力の土台となっていると感じます。例えばBtoGの事業で官公庁へ提出する文書を作成する際など、とても役に立っています。

起業について言えば、「若さ」は強みです。仮に20歳で起業して、10年間いろいろな試行錯誤をしても、今33歳の私より若いというアドバンテージは、上の人たちがどう頑張っても勝てない部分です。昨今のアントレプレナーシップ教育によって、高専生のときから起業が選択肢の1つとして含まれるようになったことは、本当に面白いことだと思います。

一方で、仮に私が今高専生になったとして、卒業後すぐに起業するのだろうかと考えると、正直なところ分かりません。Hondaという大企業でチャレンジングなモノづくりをしてきたからこそ、今できていることはたくさんあると思っています。IGNITIONも改めて考えてみると、普通では考えられない制度ですよね。アントレプレナーシップのある高専生に対して、Hondaは自信を持っておすすめできる選択肢です。

板井 亮佑
Ryosuke Itai

  • 株式会社UMIAILE 代表取締役CEO

板井 亮佑氏の写真

2013年3月 大分工業高等専門学校 制御情報工学科 卒業
2015年3月 広島大学 工学部 第一類 機械システム工学系 卒業
2015年4月 本田技研工業株式会社 入社
2025年1月 株式会社UMIAILE 設立、以降現職

SHARE

この記事のタイトルとURLをコピーしました

大分工業高等専門学校の記事

出発点は高専にある! 28年間の社会人経験を生かし、学生時代の恩返しのために教職へ
微細加工オンライン
写真の現像技術を応用した「フォトリソグラフィ」とは? 呉高専で微細加工技術オンライン講習会を開催
藤本先生
気持ちは登山家——宇宙という山に“みんなで”アタックし続ける、研究者の挑戦

アクセス数ランキング

最新の記事

板井亮佑さん
チームで「海の見える化」を目指す! 「興味のあることに没頭した」高専時代から、起業家になったキャリアを辿る
“運と縁とタイミング”を学生へつなぐ。高専生の「やりたい」を引き出し、支える教育者へ
高専が好きだから、高専全体をよくしたい。モーターに夢中だった少年が、高専プロコンを支えるに至るまで