高専教員教員

見えないものをどう見るか。渦構造の研究から地域課題まで、工学で世界を捉え直す

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大分高専で機械工学の教育と研究に携わる稲垣歩先生。流体研究との出会いをきっかけに、企業での自動車開発、そして高専での研究と指導へと道を進めてきました。その根底には常に、目には見えない現象をどう捉え、どう解き明かすのかという探究心があります。研究から教育まで幅広く向き合いながら、地域や社会とつながる工学の可能性を追い続ける稲垣先生にお話を伺いました。

震災を機に踏み出した新たな挑戦

―子どもの頃から、機械や工学の分野に興味があったのでしょうか。

はっきりと「工学系に進もう」と決めていたわけではありませんが、高校進学では工業高校に行き就職しようと考えていました。ただ、中学校の担任の先生から普通科への進学を勧められたため、普通科高校と工業高校の両方を受験し、結果として普通科高校へ進むことになりました。

高校2年生で模試を受ける時に志望校を書く必要があったのですが,工学部という以外には決め手がなく。漠然とエネルギーに関する分野に関心があったので、教室の後ろに貼ってある大学ランキングの表で「エネルギー」と名称がつく学科を探しました。その時の記憶として、九州大学と大分大学に「エネルギー」を冠する学科があり、九州大学は上の方に書かれていて、「難しそうだな」と思ったことを覚えています。

加えてそれぞれの学科内容を調べると、九州大学は原子力系が中心だった一方、大分大学は機械エネルギーシステムということで、「興味があるのもこっちだな」と感じ、結果として大分大学へ進学しました。

▲高校時代の稲垣先生(手前)。この頃から自転車競技を始め、大学ではインカレに出場することもできたそうです

―大分大学ではどのような分野を学び、どのように研究の道へ進んだのでしょうか。

機械エネルギーシステム工学科は電子機械工学科に近く、機械系4力学から設計製図、電気回路や電子物性など幅広い分野を学びました。研究室選びの時期になって、機械系に進むか電気系に進むか最後まで迷っていました。どちらも興味はありましたが、最終的には流体の研究室を選びました。流体の現象は直接観察できない部分が多く、「見えない流れをどう見るか」を考えるところに惹かれました。

研究室では、物体の後流に発生する渦構造を調査する実験に取り組みました。4年生の研究室配属時点で企業から内定をいただいており、研究を進める中で大学院に進学したいという気持ちも生まれましたが、親にあと2年分の学費を頼むのは申し訳ないと思い「今は就職しよう」と決めました。就職後に「月5万円ずつ貯めれば5年で300万円になる。5年後にそれでも大学院に行きたいと思っていたら、自分のお金で行こう」と考えていました。

▲大学時代の稲垣先生(右端)。当時の研修で登った久住山にて

就職すると決めたなら大学院に行くのと同じぐらい研究しようと思い、詰め込んで実験をした記憶があります。バイト終わりに大学に戻り深夜に実験したり、指導教員に志願して学会発表に参加させてもらったりもしました。卒業研究の最終発表のあとに、一人の先生から「君の発表よかったわ」と言われたことを覚えており、今となって振り返ると1年間詰め込んだことを認められたこの経験が、後の研究という道に進もうと思うきっかけになったと感じます。

―大学卒業後はどのような企業に就職されたのでしょうか。

就職活動のときは、大学進学時の「エネルギー」への関心から気持ちが変化しており、車が好きになっていたため自動車業界を中心に受けました。最終的にはトヨタ系2社から内定をいただきました。

1社目は愛知で量産車の空力設計に関わる部署での採用が決まっており、2社目は横浜で救急車やレースカーに関わる会社で配属先は決まっていませんでした。大学の教員のアドバイスで「場所・カネ・内容のどれを優先するか」という言葉をもとに、内容最優先の自分はレースカーの空力設計に携われる可能性が少しでもあるなら「レースだろ!」という気持ちで横浜の会社を選ぶことにしました。

▲会社員時代の稲垣先生。同僚と富士スピードウェイで行われるママチャリレースに出場した際の一枚

ですが結局、配属は希望どおりにはいかず、大学で電気も学んでいたことが影響したのか、レクサスの電技設計の部署になりトヨタ自動車の中での勤務となりました。とはいえ、日本を代表する会社の中で働けたことは、いまでもよい経験となっています。

―高専教員への転職を決めるまでに、どんなことがあったのでしょうか。

入社3年目の2011年、東日本大震災が起きました。そこで「自分のやりたい仕事は本当にこれなのか」と考えるようになったのは大きかったと思います。

2011年の夏ごろに、大学の指導教員から「大島商船高専の公募に出さないか」と連絡をいただきました。入社3年目は悩む時期とよくいわれるように、仕事に対するモチベーションが上がらず、震災後の空気感もあり、当時はいわゆる「鬱っぽい」状態だったのかもしれません。ですが、「今の仕事が嫌だからという理由で転職すると、次の仕事も嫌になった時に辞めそうだ」と思い、断りました。

そのあと冬頃に、再募集がかかったと再び連絡が届きました。その時は仕事も楽しく、前回断った「今の仕事が嫌だから」という理由もなくなっていたため「これも運命か」と感じ、もし採用されたらそのときに決めようと考え応募しました。ご縁があって採用いただき、高専教員としてのキャリアが始まりました。

自動車「業界」で設計という仕事よりも、車以外でもよいので研究や実験といった「職種」を選んだ結果だと思います。いざ高専教員が始まると教育という要素も追加されることを知るのですが、今は教育にも興味をもって取り組んでいます。

謙虚さと自信の両方を大切にしてほしい

―大島商船に赴任されて、高専の環境にはすぐ馴染めましたか。

生活環境と言う意味では,赴任先の周防大島町は過疎地域として全国上位にも入る場所で、学生がそのことを笑いながら教えてくれたことが印象に残っています。最寄りの大型スーパーまで10km程度の距離がありました。横浜から友人が来た際に、「何もないよ」と言うと、「何もないことが良い」と返されたことを覚えています。学生時代に大分へ行った時もそうですが、「住めば都」と言う言葉の通り、親しみのある地域の雰囲気を感じました。

▲大島商船に勤められていた頃の稲垣先生。学生と実験にて

―教員になってすぐの頃、企業での働き方との違いをどのように感じていましたか。

企業時代と大きく違ったことは「決断する立場になる」という点でした。企業では、最終的な判断を下す上司が存在しましたが、教員になると学生から「先生、どうしますか?」と判断を求められる立場になります。

企業時代に判断した経験を積んでいないため、「本当にこれでよいのか?」と迷ったまま上手く決断できない場面もありました。しかし、教員側が判断を先延ばしにすると、学生の動きも止まり、信頼関係にも影響が出ることを実感しました。たとえ迷いがあっても「これで進めよう!」と決めることで学生も動きやすく物事が進むことを経験し、判断することの重要性を学びました。

また、部活動の指導などでコメントを求められる場面が増えました。その時に「自分の価値観は本当に正しいのか?」と不安になる時期がありました。どこかで聞いた「旅をしろ、本を読め」という言葉を信じ、その答えを探るために、1年間で100冊ほど本を読み込んだこともあります。今では年齢を重ねたため、自分の価値観が時代とズレているのではないかという意識も強くなり、時代の変化や学生との距離感をどうするべきか考えるようにしています。

▲大分高専に赴任後、顧問を務める部活動で全国大会3位になった時の一枚。表彰式後、学生とともに「勝てなかった~」とたそがれるご様子

―働きながら博士課程へ進学されたと伺いました。当時の生活はどのようなものでしたか。

学部卒で就職しており修士を持っていなかったため、まず転職1年目で学会発表を複数行い、その実績をもとに「修士相当」の資格を得る試験を受けて、博士課程に入るルートで社会人学生として進学しました。大島商船高専で教えながら大分大学で研究を進めるという、すべてが重なる時期でした。

特に印象に残っているのは、授業後の夜に大島商船高専を出てから大分の研究室まで300km以上の道のりを車で移動していたことです。今は開通している東九州自動車道も、当時は整備されていない区間があり、深夜の到着となるため車で仮眠したこともあります。毎回ホテルに宿泊するとコストもかかるため、研究室や漫画喫茶に泊まったり、後輩の家や先生の家にもお世話になったりもしました。それでも当時の生活は楽しかった記憶が残っています。

―現在取り組んでいる研究について教えてください。

現在の研究テーマの一つは、渦の干渉構造や崩壊過程に関するものです。渦は大きな構造から小さな構造へと連続的に変化し最後は熱として消滅しますが、その変化の過程についてはまだ十分に理解されていません。この目には見えない現象をどう捉えるかを行っています。

例えば、素線を織り込んだ金網と、素線を並べただけの格子は、一見似た構造を持ちながら、流れに対しては整流と乱流という相反する作用を示します。その要因となる流れ構造を研究しており、振動・騒音の低減や、伝熱・混合の促進などの流れ制御への応用を目指しています。

▲稲垣先生の流体工学に関する研究内容。金網と格子の流れの比較

また、企業との共同研究で、ガスタービン発電の効率改善や水素燃焼に関する研究を行っています。脱炭素の必要性が叫ばれる現代において、ガスタービン発電では既存設備の大部分を活かしたまま水素燃料が利用できる可能性を秘めており、共同研究を通じて社会に影響を与える技術に関わる機会も増えてきています。

さらに、地域企業との共同研究として、スギ・ヒノキの枝葉をバイオマスエネルギーとして活用するプロジェクトにも携わっています。枝葉は山に残されると災害の原因になる一方、運び出してもお金にならない現状があります。この枝葉から付加価値を創出するため、乾燥方法の改善や、乾燥時に出る液体のもつウイルス不活化効果の可能性検討など、工学的な視点から地域の課題解決につなげる研究を進めています。

大学4年時の就職活動では車関係の仕事を選びましたが、一周回って高校時代に見ていた「エネルギー」という分野に戻ってきたことを感慨深く思います。現在進めているプロジェクトが5年後、10年後に形になり、自分の研究がどこかで役に立つなら、非常にやりがいがあります。

▲大分高専にて、研究室で実践的学習として自動車のエンジンオーバーホールを行ったときの一枚

―教育面で大切にしていることはありますか。

マズローの5段階欲求を参考に「所属」と「承認」を満たせるように努めています。また、クラスに40人も居れば稲垣を嫌いな人もいるでしょうし、学生同士で合う合わないがあることは当然です。しかし、同じクラスというチームに所属する仲間として「協力すべき場面では協力しよう」という共通の価値づくりを大事にしています。

※アメリカの心理学者であるアブラハム・マズロー(1908-1970)の唱えた説で、人間の欲求は5段階に分けられるというもの。「生理的欲求(食事・睡眠など)」「安全の欲求(安心な生活)」「社会的欲求(集団への所属)」「承認欲求(他社から認められる)」「自己実現欲求(自分がなりたい自分になる)」の順番で人間は欲求を満たしていくとマズローは唱えている。

また、高専生は能力が高いのに自己評価が低いケースが多いと感じています。やったことのないことに対して謙虚でいることは必要ですが、やったことに対しては胸を張っていい。その両方を学生に伝えることを心がけています。

▲2026年1月に行われた「大分高専×MENOU AIコンテスト」の集合写真。大島商船時代の卒業生が立ち上げた企業・株式会社MENOUと協力してコンテストを開催しています

教育は教員が努力してもその成果がすぐ見えるわけではありませんし、上手くいったときはその学生の実力だと思います。しかし、大先輩の先生から「例えば、苦労は買ってでもしろというだろ」「10回苦労しないと気づけないことが、君が言うことで3回の苦労で気づけるかもしれない」「それだけで君のしていることに意味があると思わないかい?」と言っていただいたことがあり、それが自分の軸になっています。すぐに変化が見えないことをどこまで言い続けられるのかという不安もありますが、焦らず向き合っていきたいと考えています。

―最後に、学生へのメッセージをお願いします。

自分の価値観を作った「旅をしろ、本を読め」。そして車やスキーで言われる「見ている方向に向かっていく」は大分に進学し結果としてエネルギーに携わる自分からは、人生にも当てはまると思います。多くの経験を積み、その経験を踏まえて、進むべき道を眺めてみてください。

また、海外へ行くと、日本人は本当に良い印象を持ってもらえていると実感します。それは上の世代の方々が積み重ねてきた結果であり、私たちはその信用の上に立っています。この信用を次の世代に伝えていくこと、そしてたった一つの行動でこれまで築き上げてきた信用を壊してしまうこともあるということを、学生には伝えたいと思っています。

▲ご趣味の旅行でエジプトの砂漠に行った時の一枚

目の前の経験を積み重ねていくことが将来につながっていく。そう信じて日々過ごしてほしいと思います。

稲垣 歩
Ayumu Inagaki

  • 大分工業高等専門学校 機械工学科 准教授

稲垣 歩氏の写真

2005年3月 愛知県立西尾東高等学校 卒業
2009年3月 大分大学 工学部 機械エネルギーシステム工学科 卒業
2009年4月 トヨタテクノクラフト株式会社(現:株式会社トヨタ カスタマイジング&ディベロップメント) 入社
2012年4月 大島商船高等専門学校 電子機械工学科 助教
2016年3月 大分大学大学院 工学研究科 物質生産工学専攻 博士後期課程 修了
2016年4月 大分工業高等専門学校 機械工学科 助教
2018年4月 同 講師
2021年4月より現職

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