高専教員教員

材料工学も教育も、“根っこ”にある──手を動かす学びで、AI時代のものづくり人材を育てる

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風力発電の研究を通じて材料工学の重要性に気づき、その道へ進んだという神戸高専の早稲田一嘉先生。現在取り組む3Dプリンタの研究や教材開発、2026年4月から新たに始まった知能ロボット工学科での実践、そして学生への向き合い方について伺いました。

ものづくりへの関心を原点に、機械工学の世界へ

―早稲田先生は茨城大学の機械工学科に進学されています。どのように進路を選ばれたのでしょうか。

地元仙台で学区トップの普通高校に進学しましたが、高校では部活動で卓球ばかりしていて、センター試験は思うようにいきませんでした。ただ、浪人する選択肢はなく、志望大学を変えてでも機械工学科に進みたいと思い、合格可能性の高かった茨城大学を選びました。

高校生の頃の早稲田先生。卓球部のみなさんと
▲高校生の頃の早稲田先生。卓球部のみなさんと

他にも候補の大学が東北にあったのですが、何となく「人生は南や西へ進みたい」という気持ちがあったんです(笑) 雪国出身なので、雪が嫌だったこともあるかもしれません。

―当時から、機械工学に関心があったのですね。

子どもの頃からものづくりは好きで、段ボールで工作をしたり、レゴで遊んだりしていました。ファミコンが流行り始めた時代でしたが、あまり興味がなく、自分で何かをつくる方が好きだったんです。車にも関心がありました。そのため、機械工学という分野に進みたい気持ちはぶれませんでした。

―大学では、どのように専門分野を深めていったのでしょうか。

入学直後は教養科目が中心で、あまり成績も良くありませんでした。ただ、2年生以降に専門科目が増えてからは、一気に面白くなりました。

ただ、もともと自動車が好きだったので熱力学に興味が向くと思っていましたが、授業を受けてみるとあまりしっくりこなかったんです。そこで、近い分野の流体力学に目を向けると、内容が面白く、自然と良い点数も取れるようになりました。卒業研究でも流体力学の研究室を選んでいます。

機械工学は、材料、加工、制御など幅広い分野を含みます。「同じ授業料でたくさん授業を受けられるならお得だ」という感覚で、興味のある授業を多く受け、卒業に必要な120単位を大きく超えて、最終的には190単位ほど取得しました。

―その後、同大学院へ進学されています。

大学4年生になったとき、このまま社会に出て、自分に専門性が身についているのだろうかと不安になったんです。そこで、大学受験のリベンジの気持ちもあり、第一志望だった大学の大学院を受験しました。ただ、結果は不合格。茨城大学の内部推薦を断っていたので、改めて学力試験を受けて、茨城大学大学院に進学しました。

高専生から進路や受験の相談を受けたとき、この自分の失敗も含めて話すことができるので、今となっては良い経験だったと思っています。

風力発電の研究で知った、材料の重要性と面白さ

―大学院では、風力発電の研究に関わられたそうですね。

はい。修士課程では筑波にある研究所で、風力タービンのブレードまわりの空気の流れを調べる実験を担当していました。

当時の私は、いわば“流体バカ”でした。空気や水の流れがスムーズで、効率よく力を生かしている形はとても美しい。翼型の性能をどう上げて、どのような形状にすれば、美しくて効率がよくなるか、そこばかりを考えていました。

ところが、企業との共同研究で考え方が変わりました。実験では最も性能が良かった翼型が、商品化としては採用されなかったんです。性能は高くても、ブレードにねじれが生じやすく、それを防ぐためにはブレードを厚く、重くしなければならない。

最終的には、流体性能としては少し劣っても、強度や材料、製品としてのバランスを考えた翼型が採用されました。そのときに、「エンジニアリングは全体を見なければならないのだ」と強く感じました。

―それから、材料分野に目が向いていったのですね。

実際に製品にしようとすると、材料や構造を無視することはできません。材料が変わると、つくれる形も変わる。以前は難しかった形状が実現できるようになれば、流体力学のあり方も変わっていきます。そのことに気づいて、もっと根本的なところを見たいと思うようになりました。

研究所や企業の方に相談する中で、「自由な研究は学生時代しかできない」と言われたこともきっかけのひとつです。そうして博士課程で材料分野に進学することにし、セラミックス同士の接合メカニズムを解き明かす研究に取り組みました。

大学院生の頃の早稲田先生
▲大学院生の頃の早稲田先生

―教育に目を向けるようになったのは、どのようなきっかけだったのでしょうか。

研究そのものの面白さを感じる一方、後輩たちと研究を進める中で、少しずつ教育にも関心が向いていきました。機械工学科で最初から材料を志望する学生は多くありませんが、一緒に研究をするうちに、後輩は少しずつ興味を持ち、主体的に進めるようになっていきます。その姿を見るのが面白かったんです。

自分ひとりが材料研究を突き詰める道もあります。ただ、材料の面白さに気づく人を増やす方が、自分にとって良い社会還元なのではないかと思うようになりました。材料がものづくりの「根っこ」にあるように、教育もまた社会の「根っこ」にある。そう考えると、教育も自分に合っていると思いました。

―なぜ、高専教員という道を選ばれたのでしょうか。

研究室には福島高専や茨城高専から編入してきた学生がいて、彼らが優秀だったんです。よく勉強しているし、実践的な力もある。そうした後輩たちと接する中で、高専という教育機関に目が向きました。

また、ひねくれ者の私は、大学教員よりも高専教員の方が合っているのではないかと思ったのも理由としてあります。当時、材料系の高専教員の公募は多くありませんでした。その中で神戸高専の公募を見つけ、「南へ、西へ」という自分の中の感覚に従い、応募することにしました。

―神戸を選ばれた背景には、阪神淡路大震災の記憶もあったそうですね。

1995年1月、センター試験を受けた2日後に、ニュースで神戸の街が燃えている映像や、高速道路が倒れている映像を見ました。特に印象に残っているのが、避難所の映像です。大きなドラム缶に崩壊した家の木材をくべて暖を取り、そのそばで赤本を持って受験勉強をしている同世代の学生が映っていました。

自分はセンター試験がうまくいかなかったと落ち込んでいましたが、あの状況でも勉強している人がいる。その姿を見て、「自分は甘かったな」と感じました。

神戸に縁があったわけではありません。でも、その映像はずっと頭に残っていました。神戸高専の公募を見たときは、まだ街も完全に復興したとは言えない時代でした。大げさかもしれませんが、神戸の若い学生たちに材料の面白さを伝えることで、少しでも何か貢献できるのではないかという思いもありました。

―実際に神戸高専に着任されて、神戸の街や学生にはどのような印象を持ちましたか。

神戸の街は、仙台出身の私にとって規模感が似ていて、とても居心地が良かったです。すぐにしっくりきました。

学生については、最初は面食らいましたね。本当に優秀でした。自分が20歳の頃に苦労していたような内容を、高専の学生たちはすらすら解いていくんです。中には、物足りなさそうな顔をしている学生もいて、とても驚かされました。

レスキューロボットコンテストでの工作教室終わりの1枚(2006年)
▲レスキューロボットコンテストでの工作教室終わりの1枚(2006年)

AI時代の今こそ、手を動かす経験を

―現在は、3D造形物に新たな付加価値を見出す研究に取り組まれているそうですね。

3Dプリンタが安価に手に入るようになり、神戸高専でも取り入れるようになりました。ただ、学生の使い方を見ていると、単純な形のものをプリントすることが多かったんです。

近隣企業からも、「3Dプリンタで部品をつくってほしいと言われるけれど、従来の加工方法の方が安くつくれる」という話を聞きました。つまり、3Dプリンタを導入しても、その強みを十分に生かしきれていない。3Dプリンタだからこそできる複雑な形状や機能を考える必要があると思いました。

そこで、必要な強度を保ちながら無駄な部分を削る「トポロジー最適化」を取り入れた実習や、小中学生向けの公開講座を行っています。例えばコロナ禍には、ドアノブを直接触らずにドアを開けるための、ドアノブに引っかける取っ手を3Dプリンタでつくりました。細かい理屈までわからなくても、まずは「こういうものづくりの世界がある」と体験してもらうことが大事だと思っています。

トポロジー最適化を取り入れた実習の様子
▲トポロジー最適化を取り入れた実習の様子
3Dプリンタでトポロジー最適化したプルタブオープナーをプリント中
▲3Dプリンタでトポロジー最適化したプルタブオープナーをプリント中

―「Tinkeringを促す教材」の開発にも力を入れているそうですね。先生の考えるTinkeringとは、どのような学び方でしょうか。

Tinkeringは、簡単に言えば手を動かしながら試行錯誤することです。3Dプリンタの実習を行う中で、ものづくりの経験が少ない学生が増えていると感じています。画面上では部品のモデルをつくれても、実際に出力するとすぐに折れてしまう。一発で完成させようとして、うまくいかないとすぐ諦めてしまうこともあります。

私自身、子どもの頃は厚紙で工作をしたり、レゴで遊んだりしていました。そうした手の感覚は、ものづくりにおいて大切です。だから公開講座でも、家に持ち帰った後も続きを試せるような、余白のある教材を用意しています。

生成AIによって頭脳労働やプログラミングのあり方が変わるからこそ、実物を前に手を動かしながら考える力が、これからの強みになると思っています。中学校でも情報分野の内容が増え、木工などの時間が削られていると聞きます。だからこそ、高専に入る前の段階から、手を動かして考える機会をつくりたいですね。

Tinkering教材によるロボット工作の様子
▲Tinkering教材によるロボット工作の様子

2026年4月から学科新設・再編によって、システム情報工学科と、先生が在籍している知能ロボット工学科が新設されました。実際の雰囲気はいかがですか。

1期生としての自覚があるのか、学生たちは授業をとても真剣に聞いてくれています。最初の4週では、モーターとプラスチックボールを使ったロボット工作を行いました。中学生向けのロボコンルールに準拠した内容で、「教科書を眺めるだけでなく、実際にやってみよう」という実習です。

学生たちも、ようやくものづくりの授業が始まったという感じで喜んでいるようでした。今年度の後半には、電気、無線通信、プログラミング、3Dプリンタなど、ロボット製作に必要な要素を一通り体験してもらう予定です。授業で学んだことを、すぐに実践で試せるようなカリキュラムが、新学科の特徴です。

―学生を教育・指導するうえで、大切にしていることは何ですか。

「成長を邪魔しない」ことです。学生を「成長させてあげた」と言うことは、おこがましいと思っています。本来、学生は自分で伸びていくものです。

そのためにも、すぐに答えを言わないようにしています。こちらが「それは難しいかも」と思っても、まずは「やってみたら」と言う。うまくいかなさすぎると諦めてしまうので、そこはフォローしますが、かすり傷くらいならOKという距離感です。

兵庫県の出石にある時計台「辰鼓楼」の機械時計を科学調査するプロジェクトに参画している学生のみなさんと
▲兵庫県の出石にある時計台「辰鼓楼(しんころう)」の機械時計を科学調査するプロジェクトに参画している学生のみなさんと

無理に引っ張り上げるのではなく、羊飼いのように見守る。導きすぎると、こちらが用意したレールにはめてしまう気がするんです。世の中はどんどん変わっているので、私たちの考えが将来も必ずフィットするとは限りません。だからこそ、できるだけ学生自身が伸びる余地を残しておきたいと思っています。

卒業式にて、3年生のときに担任したクラスのみなさんと
▲卒業式にて、3年生のときに担任したクラスのみなさんと

―最後に、これから高専を目指す中学生と、現役の高専生へメッセージをお願いします。

ものづくりが好きな人にとって、高専は天国のような教育機関だと思います。機械やロボット、情報などに興味があり、工学系の仕事をしたい人にとっては、本当に良い環境です。

一方で、親や先生に勧められたからという理由だけで選ぶと、つらいかもしれません。数式や理論、専門用語がたくさん出てくるので、自分が本当に興味を持てるかどうかは大切にしてほしいです。

現役の高専生には、10代の早いうちから自分の興味のある専門分野に触れられるのは、幸せな環境だと気づいてほしいと思います。その環境をぜひ生かして、さまざまなことに挑戦してみてください。

早稲田 一嘉
Kazuyoshi Waseda

  • 神戸市立工業高等専門学校 知能ロボット工学科 教授

早稲田 一嘉氏の写真

1995年3月 宮城県立仙台第一高等学校 卒業
1999年3月 茨城大学 工学部 機械工学科 卒業
2001年3月 茨城大学大学院 理工学研究科 機械工学専攻 修士課程 修了
2004年3月 茨城大学大学院 理工学研究科 環境機能科学専攻 博士課程 修了
2004年4月 神戸市立工業高等専門学校 機械工学科 助手
2005年4月 同 講師
2008年4月 同 准教授
2020年4月 同 教授
2026年4月より現職

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