釣りの際に海へ失われたルアーが、海洋プラスチックごみの一つになってしまう——そんな課題にものづくりで挑んだのが、東京高専の学生たちです。4年生後期から5年生前期にかけて取り組む「社会実装プロジェクト」の一環として、海洋生分解性プラスチックを使ったルアーの開発に挑戦。企業やルアービルダーと連携しながら、設計、試作、改良を重ね、実際の販売まで実現しました。
釣りやルアーに関する知識がほとんどない状態から始まった開発は、どのように形になっていったのでしょうか。社会で実際に使われるものづくりを通して得た学びと、その開発の裏側に迫ります。
社会課題をものづくりで解決する「社会実装プロジェクト」
―「社会実装プロジェクト」とはどのような授業なのでしょうか。
白圡先生:社会実装プロジェクトは約1年間かけて取り組む授業で、学生たちが社会課題に対し、自分たちの技術を生かして解決策を考えます。試作品を作るだけでなく、実際の利用者の意見を取り入れて改良し、社会で役立つ製品へ磨き上げることを重視しています。
―今回の「海洋生分解性ルアー」は、どのような経緯でテーマになったのでしょうか。
白圡先生:釣りや河川・海岸清掃への参加を通じて海洋プラスチックごみ問題を身近に感じる一方、根掛かりなど海中に残ることで環境負荷の一因となることを知りました。
そこで調べていく中で知ったのが、海洋環境下で微生物の働きによって分解される性質を持つ「海洋生分解性プラスチック」です。「水中で失われる可能性のあるルアーだからこそ、この素材を活用できるのではないか」と考えました。もちろんルアーを海に残さないことが大前提ですが、どうしても失われてしまうものの環境負荷を少しでも減らしたいと思ったんです。
ちょうどその頃、学生たちの社会実装プロジェクトのテーマを検討していたこともあり、機械工学科の強みである設計やものづくりを生かしながら社会課題の解決につながるテーマとして、「海洋生分解性ルアー」の開発を提案しました。
高専時代の同級生で、ルアービルダーとして活動するHUNCHBACK中務さんにも協力していただきながら開発を進めています。

―学生のみなさんはこのテーマを初めて聞いたとき、率直にどう思いましたか。
藤嶋さん:実は第一希望のテーマではなく、参加が決まったときは、釣りの経験もほとんどなかったので「よくわからないな」という印象からのスタートでした。
平さん:私も釣りは子どもの頃に数回やった程度で、ルアーについてもほとんど知らないなか、直感でこのテーマを選びました。知識がないからこそ、「どうすれば本当に良いものがつくれるのか」を考えながら取り組んでいました。
高橋さん:ほかの候補がコーヒー関連のテーマで、私はコーヒーが飲めなかったため、消去法でこのテーマを選びました。父が釣り好きで何度か一緒に行ったことはありましたが、ルアーに関する知識はほとんどありませんでした。
―海洋プラスチックごみ問題については、当時どのくらい知っていましたか。
藤嶋さん:環境問題にはもともと興味があったので、海洋プラスチックごみ問題についてはある程度知っていました。ただ、ルアーが環境負荷になることは、このプロジェクトで初めて知りました。
平さん:海洋プラスチックごみという言葉自体は知っていましたが、ルアーのロストも原因になると知って驚きました。
試作から販売まで——社会で使われるルアーができるまで
―海洋生分解性プラスチックでルアーを作る場合、一般的なルアーとはどのような違いや難しさがあるのでしょうか。
白圡先生:今回はHUNCHBACK中務さんが制作した木製ルアーを原型として3Dスキャンし、海洋生分解性プラスチックで3Dプリントする方法を採用しました。
ただ、形を再現するだけではルアーとして使えません。浮き方や重心、重さを調整しながら、木製ルアーと同じような使い心地を目指す必要があります。学生たちは設計と造形の両方で試行錯誤を重ねていました。

―そうした難しさがある中で、開発は何から始め、どのように進めていったのでしょうか。
高橋さん:まず、HUNCHBACK中務さんから提供いただいた木製ルアーを3Dスキャンしました。ただ、角度や形状によって読み取れない部分があり、角が丸くなるなど実物と異なるデータになることもあります。スキャン方法を変えながら測定を繰り返し、欠けた部分を補って木型に近づけていきました。
藤嶋さん:私はスキャンデータをもとに、CADでルアーを設計しました。複雑な曲線を再現することに加え、木とプラスチックでは重さや性質が異なるため、木製ルアーと同じように浮き、操作できるよう調整する必要がありました。内部を空洞にしつつ下部に厚みを持たせ、造形のしやすさと適切な重さを両立できるよう、何度も設計を見直しました。

平さん:3Dプリンターで造形する段階でも、海洋生分解性プラスチックに適した加工条件の情報が少なく、先生方と相談しながら温度や造形速度を検証しました。条件を変えては試作を重ね、改善を繰り返しました。


―平さんは、パッケージや広報物のデザインも担当されたそうですね。どのような点を工夫しましたか。
平さん:ルアーを販売する際のパッケージや、活動を紹介するポスター、ロゴ、ステッカーなどを担当しました。
パッケージには東京高専のキャラクターを使用しましたが、キャラクターの形を変えてはいけないなど、使用上のルールがあります。その制約を守りながら、HUNCHBACKさんの個性的なデザインの雰囲気も取り入れ、見やすくシンプルにまとめました。
―完成したルアーをイベントで販売し、啓発活動も行ったそうですね。来場者からは、どのような反応がありましたか。
平さん:パッケージには海洋生分解性プラスチックの説明と、「釣りをもっと環境に優しいものにしよう」というメッセージを掲載しました。ルアーを販売するだけでなく、環境問題を知ってもらうことも意識しました。

藤嶋さん:経験豊富な釣り人からは、「釣りをする側も、こうした問題を意識しなければいけないよね」と言っていただきました。一方、若い方からは「釣りにもこのような環境問題があるんだ」と驚かれることが多かったです。釣りの経験によって受け止め方が異なることが印象的でしたし、活動を通して問題を知ってもらえたことに、取り組んでよかったと感じました。
―自分たちが作ったルアーが実際に売れたときは、どのような気持ちでしたか。
平さん:自分たちが苦労してつくったものを「欲しい」と言って購入していただけたことに感動しました。購入した方から「このルアーで魚が釣れたよ」と連絡をいただいたこともあり、実際に使われ、社会に届いていることを実感しました。
高橋さん:冬に参加したイベントでは約60個を販売し、その後のイベントでも用意した分が完売しました。そこまで購入していただけるとは思っていなかったので驚きましたし、環境に配慮したルアー需要についての手ごたえも感じました。
藤嶋さん:売上の一部は環境保全団体へ寄付し、ルアーは子ども向けのワークショップでも活用されています。販売を通して、環境問題を知ってもらう機会にもつながりました。

―社会実装教育フォーラムでは、プレゼンテーション賞も受賞されました。受賞したときの気持ちを教えてください。
藤嶋さん:まさか賞をいただけるとは思っていなかったので驚きました。完成したルアーを実際に展示し、手に取れる状態で説明できたことも、評価につながったのではないかと思います。
平さん:多くの方に活動を評価していただいただけでなく、改善につながる意見もいただきました。受賞をゴールにするのではなく、さらに良いルアーを作るための一歩になったと感じています。

社会とつながるものづくりが教えてくれたこと
―プロジェクトを通して、海洋環境問題に対する考え方に変化はありましたか。
平さん:環境問題そのものは知っていましたが、「自分が何か貢献しよう」と考える機会はあまりありませんでした。環境問題を発信する活動にも取り組み、ものづくりが社会に与える影響の大きさを実感しました。
藤嶋さん:このプロジェクトをきっかけに海洋環境への関心が深まり、現在の研究テーマにもつながりました。ルアーに使用している材料は分解に時間がかかるため、より早く分解しながらも、ルアーとして必要な強度を保てる材料の研究を進めています。
高橋さん:私もこのプロジェクトをきっかけに、海洋生分解性材料に関する研究に取り組んでいます。現在は牡蠣の殻を活用した新しい材料をテーマに、環境負荷をさらに低減できる可能性を探っています。

―このプロジェクトを通して、技術面以外で苦労したことや、成長したと感じることを教えてください。
藤嶋さん:一番難しかったのは、相手の要望に応えながら期限内にものづくりを進めることです。今回は企業やルアービルダーの方の要望を形にする必要がありました。相手と相談しながら進める力や、納期を意識したスケジュール管理が身についたと感じています。
平さん:企業や関係者の方々と連携しながら、1つの製品をつくり上げることに苦労しました。それぞれの要望を取り入れながら完成まで進める経験を通して、コミュニケーション力や協力してものづくりを進める力が身についたと思います。
高橋さん:私はチーム内でのコミュニケーションに苦労しました。自分の考えを伝えたり、メンバーの意見をまとめたりすることは簡単ではありませんでした。ただ、これまで長期間のプロジェクトを最後までやり遂げた経験がなかったので、チームで話し合いを重ねながら完成までたどり着けたことは、大きな成長につながったと思います。
―先生から見て、学生のみなさんの成長や、プロジェクトを通して感じた手応えを教えてください。
白圡先生:当初はそれぞれが別々の方向を向いていましたが、活動を重ねる中で1つのチームになり、自分たちで相談しながら進められるようになりました。企業や地域の方々と関わり、実際にルアーを購入していただいたことで、「社会で使われるものづくり」の楽しさや喜びを実感できたと思います。
小さく始まった取り組みに多くの企業や団体が共感し、学生たちのルアーが社会に受け入れられたことは、私の想像以上でした。今後も改良を続けながら、海洋生分解性プラスチックをほかの製品にも応用し、新たな社会実装につなげていきたいです。

―東京高専ならではの社会実装教育の魅力を教えてください。
白圡先生:先日、1年間の成果を発表する報告会がありましたが、本当にさまざまなテーマに取り組んでいました。地域の歴史をバーチャルで残すプロジェクトや、コーヒーかすから蓄電池を開発する研究など、学生ならではの自由な発想が形になっています。
そうした取り組みを通じて、「東京高専って面白いことをやっている学校だな」と、多くの方に知っていただけたらうれしいです。
―このルアーが今後どのような存在になってほしいと思いますか。
藤嶋さん:今は話題になっているということは、まだ特別な存在なのだと思います。将来は、環境に配慮したルアーを選ぶことが当たり前になってくれたらと思います。
平さん:もっと多くの方に使っていただき、この活動がさらに広がっていけばうれしいです。ルアーをきっかけに、環境問題について考える人が増えてくれたらと思います。
高橋さん:「環境に優しいルアーが広まるきっかけの一つが東京高専だった」と認識してもらえるくらい、長く続く取り組みになってほしいです。後輩たちにも引き継ぎながら、「東京高専では環境問題に取り組んでいる」と多くの方に知っていただけたらと思います。

―最後に、高専への進学を考えている中学生へメッセージをお願いします。
平さん:東京高専には、自主的に研究や開発へ取り組める環境があります。先生方も協力的で、学校全体でものづくりを支えてくれます。1〜3年生で学んだ知識を、4・5年生で実際の研究や開発に生かせることも大きな魅力です。
藤嶋さん:「自分で何かをつくりたい」「アイデアを形にしたい」という人には、とても良い環境です。そういうことに魅力を感じる人には、ぜひ東京高専に来てほしいです。
高橋さん:大変なこともありますが、その分、ここでしかできない経験がたくさんあります。普通ではなかなか体験できないことに挑戦できる、とても魅力的な学校です。
◇
白圡先生より、本プロジェクトにご協力いただいた皆様へ
本プロジェクトは、多くの皆様のご支援・ご協力のもと実現することができました。HUNCHBACK 中務様、生分解性プラスチック振興協会様、日本バスプロ協会(JB)様、日本バスクラブ(NBC)様、SDGsまなび館様、ホッティーポリマー株式会社様、TopTou 工藤様、LowBite 小松様、HolyLures 青木様、ならびに東京工業高等専門学校技術専門員 藤野様をはじめ、ご協力いただきました皆様に、プロジェクトメンバー一同、心より御礼申し上げます。
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