高専教員校長

地域で生きる力を“パスポート”に——学生が生き生きと活躍する釧路高専を目指して

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弓削商船高専で長年にわたり学生と向き合い、2025年4月に釧路高専の校長に就任した長尾和彦先生。校長となった今も自ら校内を歩き、学生の様子を見守っています。教員時代から大切にしてきた教育観や学生支援、地域とつながる学び、そして釧路高専で実現したい学校づくりについて伺いました。

校長になって変わった視点と教育観

―弓削商船高専での35年の教員生活を経て釧路高専の校長に就任されました。決まられたときは率直にどう感じましたか。

これまでの教員生活の中で、諸先輩方が様々な課題に対処するのを拝見しながら、自分ならどうするか、何ができるかを常に意識して行動してまいりました。そのような過程で校長という機会をいただき、大変光栄でありがたく感じております。

釧路および北海道には以前から深い憧れを抱いていました。開拓の歴史を持つ土地ならではの力強さと釧路湿原を代表とする自然環境には、大変惹かれるものがあります。この魅力あふれる釧路の地に校長として着任できましたことを、心より感謝しております。

一方、引っ越しには苦労しました。引越しシーズンに加えて弓削商船は離島にあるので、一部業者には見積もりさえ断られることもあり大変でした(笑)。

―弓削商船高専と釧路高専では、どのような違いを感じましたか。

まず、学校の規模が違います。弓削商船は3学科で、比較的こぢんまりとした学校でした。学生や教職員の状況が見えやすく、何か問題が起きたときにも把握しやすい環境だったと思います。

一方、釧路高専は1学科ながら3コース5分野で、学生も教職員も多いため、学校全体を見渡すうえでは弓削商船とは違った難しさがあるように感じています。

―校長に就任されて、教員時代と見え方が変わったことはありますか。

一番大きいのは、学生と直接関わる機会が減ったことです。教員時代は、授業や研究室、部活動を通じて学生の様子を感じることができました。しかし校長になると、学生の状況を間接的に聞くことになります。その分、限られた情報や先入観から誤った判断をしないように気をつけなければいけません。学生を十分に把握できているかという点では、まだまだだと感じています。

学生との距離ができたことには寂しさもあります。週に1、2回は授業を見学したり、校内を巡回しています。こちらからできるだけ挨拶をするようにしています。校長は暇なのかと思われているかもしれません(笑)。できるだけ普段の様子を知りたいと思っています。

▲七夕の時期、看護師と学生たちと

また、学校運営に関わる立場になったことで、寮の改修やエアコンの設置など、教育以外の環境整備にも意識が向くようになりました。北海道ではエアコンのない建物も多いのですが、近年は暑さへの対応が必要です。学校全体の環境をどう整えるかを考える機会が増えました。

―教職員との関わり方にも変化はありましたか。

基本的な課題は、教員時代と大きく変わりません。忙しい中での対応の遅れや疲労の蓄積によって、トラブルにつながるケースは以前からありました。教員時代は、そうした先生に伴走しながらサポートする立場でした。

今は校長として、全体を見て判断し、必要な指示を出さなければなりません。無理難題を言うわけにはいきませんが、ダメなものはダメと伝え、やるべきことを進める必要があります。教職員の状況を見ながら、学校全体として何を優先し、どう差配するかを考えるようになりました。

▲入学予定の生徒たちに向けて

一人ひとりを支え、挑戦する力を育てる

―釧路高専の教育方針や、力を入れている取り組みを教えてください。

釧路高専では、「人格をそなえ、自己を律する人物を育てる」「広い視野を持ち、創造力豊かな技術者を育てる」「チャレンジ精神に富んだ人物を育てる」の3つを教育目標として掲げています。いずれも、高専の目的に即した大切な方針です。

学生には自分の力で考え、判断し、挑戦する力を身につけてほしいと考えています。そのためには、学生一人ひとりへの支援が欠かせません。近年は少子化の影響もあり、学生募集の面では苦労もあります。それに伴い、学生への接し方や支援のあり方も進化しています。

釧路高専には学生相談室・学生サポートセンターがあり、組織的に学生を支援できる体制が整っています。一方で、支援が手厚くなるほど教職員の負担も大きくなります。どのように持続可能な形で運営していくかは、学校としての課題です。

―具体的には、どのような支援を行っているのでしょうか。

学習習慣が十分に身についていない学生に対し、勉強の仕方そのものを学ぶ伴走型の学習支援を行っています。成績向上はもちろんのこと、「勉強の仕方がわかった」「相談できる場所が見つかった」といった声もあり、自分から助けを求められる環境づくりにもつながっています。

また、先生方には、授業の中で学生同士が一緒に課題を解き合う時間を設けてもらうようお願いしています。人に伝えることで理解が深まり、相手に伝える力も育ちます。学力だけでなく、コミュニケーション力を育てる意味でも重要です。

▲中島高専機構理事長の釧路高専訪問。学生を交えて学生寮で昼食

―これから特に伸ばしていきたい分野はありますか。

大きくは、既存分野のクリエイティブ志向化と半導体分野です。

建築分野では、ご存知のように設計だけでなく、デザインや表現の力が重視されます。また、既存の工学分野の中にもその応用によって「クリエイティブ」と呼べるものがあります。例えば釧路高専には「バーチャルライブ研究会」があり、3Dモデルを使ったバーチャルキャラクターのコンサートを行っています。会場設営、ライト・スモークの制御、3D CGによるビデオエフェクトなど、既存分野の技術の融合によって観客に感動を与えています。

▲「バーチャルライブ研究会」ステージ設営

この活動を通して、既存技術への理解を深めるとともに、ものづくり・作品づくりへの意欲を高めてもらいたいのです。この取り組みは文化庁のクリエイター等支援事業にも採択されました。

プログラミングも、ゲームという形で日本を代表する重要な産業につながります。3Dデザインなど、高専で当たり前に学んでいる技術が、クリエイティブ産業へ広がる可能性があります。今後はこうした活動を高専全体にも展開していきたいです。

もう1つが半導体分野です。釧路高専は、北海道ブロックにおける半導体教育の拠点の1つとして、教材開発や実験・演習、他高専を招いた研修に取り組んでいます。釧路に大規模な半導体施設はありませんが、人財(学生は財産である)育成の面から北海道全体の産業に貢献したいと考えています。

―釧路高専の学生には、どのような特徴や強みがありますか。

釧路高専には、北海道内だけでなく全国から学生が集まっています。北海道出身の学生が約6割で、残りの多くは関東など道外の出身者です。

高専で学びたいという共通項で結ばれた異なる地域や文化で育った学生が集まり、切磋琢磨できることは大きな強みです。一方で、違いを理解できなければ摩擦が生まれることもあります。特に寮では、多様な学生が一緒に生活するため、厳しさの反面大きな成長の機会となります。

▲体育大会後の一コマ、ジリ(海霧)が包むグラウンドにて

また、留学生が多いことも特徴です。留学生との交流をきっかけに、海外研修へ挑戦する学生もいます。多様な価値観に触れられる環境は、釧路高専の利点だと思います。

―学生たちには、技術力に加えて、どのような力を身につけてほしいですか。

コミュニケーションの力です。学生を見ていると、他者を理解する力や、配慮する力が弱くなっていると感じる場面があります。自己主張できることは大切ですし、海外との取引などでは強みになることもあります。ただ、自分のことを分かってもらうためには、相手のことも理解しなければなりません。

高専には、成果発表やプレゼンテーション、グループ活動など、コミュニケーション力を発揮する場面が多くあります。自分の考えを伝え、相手の考えも受け止めながら、より良いものをつくれる学生に育ってほしいと思います。

地域とともに、安心して挑戦できる高専へ

―釧路という地域で、高専にはどのような役割があると考えていますか。

釧路は、以前は水産業や炭鉱で栄えていましたが、現在は産業構造の変化や人口減少といった課題を抱えています。だからこそ、高専には技術力を生かし、地域に新たな仕組みや仕事を生み出す役割があると考えています。

先ほどお話ししたクリエイター育成もそのひとつです。地域産業の変化に左右されるのではなく、自分の力で仕事をつくり、地域で生きていけるスキルを身につけてほしいです。そうした力は、自然豊かで過ごしやすい地域で暮らしていくための“パスポート”になると思っています。

▲グラウンドに現れた丹頂鶴

一度東京や海外で経験を積み、その後釧路に戻るという選択肢もあります。そうした人財を育てることが、地域の活性化につながるでしょう。

また、釧路公立大学や北海道教育大学釧路校とも、単位互換やゼミ交流を検討しています。地域の高等教育機関が連携し、学びの環境を維持・発展させることも重要です。

―学生の技術が、地域課題の解決につながっている事例はありますか。

分かりやすいのはIT分野です。釧路は動物と自動車の衝突事故が多い地域で、学生たちが企業と共同で、事故を防ぐためのシステムを開発しています。車両から取得した情報をサーバーに集約したり、レーダーで障害物を早期発見したりする仕組みで、この取り組みでDCON2024で賞を受賞し、実証実験も進めています。

▲DCON2024にて企業賞を受賞した釧路高専の学生チーム

また、駅の再開発後に人の流れがどう変化したかを分析する研究など、地域を題材にした卒業研究も行われています。釧路駅周辺の再開発に関するプロジェクトでは釧路公立大学の学生と共に自治体関係者に向けて成果を報告する機会もありました。

―今後、特に力を入れたい取り組みを教えてください。

カリキュラムの見直しです。現在は夕方まで授業が入る日も多く、学生が自由に使える時間を確保しにくい状況があります。今後の学科改組では、授業や単位を整理し、学外で学ぶ時間も増やしたいと考えています。

また、現在は4年生から行っている演習を2年生から始め、学年や分野を越えて地域課題に取り組むPBL(課題解決型学習)を進める構想があります。さらには、年間をクォーター(4期)制にし、授業の少ない期間を設定し、インターンシップや課外活動、専門外の学習に取り組めるようにしたいです。

評価についても、試験の点数だけで測るのではなく、学生がどのような体験をし、そこから何を得たのかを評価できるようにしていきたいと思っています。

―校長として、釧路高専を今後どのような学校にしていきたいですか。

まず大切なのは、学生と教職員が安心して過ごせる環境を整えることです。悩みを抱える学生に必要な支援が届く体制づくりや、釧路沖地震・津波に備えた防災対策などを進めています。何かが起きても対応できる学校であることが、学生や保護者の安心につながりますし、安心があってこそ学生は思い切って挑戦できます。

また、教職員が少しでも働きやすい環境を整えることも重要です。学生支援を充実させる一方で、負担をどう軽減していくかも考えていかなければなりません。

中長期的には、「釧路高専はこれがすごい」と言える特色をつくりたいです。現状ではまだ模索している段階ですが、学生が挑戦できる場を増やし、ロボコンやビジコンなどのコンテストの成果や、学生が生き生きと活躍している姿を、釧路高専の魅力として発信できるようにしていきたいと思っています。学生が主役の学校を目指します。

▲中島高専機構理事長や学生たちと一緒に記念撮影

―最後に、高専生や、高専を目指す中学生へメッセージをお願いします。

高専は本当に魅力的なところです。私自身、高専が大好きです。社会の役に立つ技術者を育て、学生たちが実際に活躍しているからこそ、高専は評価されているのだと思います。

高専には、好きなことに打ち込み、自分で考え、挑戦しながら技術を身につけられる環境があります。中学生の皆さんには、進路を考える際に「高専という選択肢がある」ことを、ぜひ知ってほしいです。

▲釧路高専校舎(正面玄関)

釧路は羽田からの飛行機の便も多く、首都圏からも比較的訪れやすい場所です。「羽田から一番近い高専」と言ったら、少し言い過ぎかもしれませんが(笑)、都会から少し離れた、日本で一番涼しくて、空気の良い場所でじっくり学びたい人は、釧路高専に興味を持ってもらえたらうれしいです。みなさんの訪問を待っています。

長尾 和彦
Kazuhiko Nagao

  • 釧路工業高等専門学校 校長

長尾 和彦氏の写真

1983年3月 土佐高等学校 卒業
1987年3月 名古屋工業大学 工学部 情報工学科 卒業
1989年3月 名古屋工業大学 工学研究科 電気情報工学専攻 博士前期課程 修了
1989年4月 弓削商船高等専門学校 情報工学科 助手
1991年4月 同 講師
2001年4月 同 助教授
2005年3月 名古屋工業大学 工学研究科 電気情報工学専攻 博士後期課程 修了
2008年4月 弓削商船高等専門学校 情報工学科 教授
2025年3月 弓削商船高等専門学校 名誉教授
2025年4月より現職
2026年4月 国立高等専門学校機構 理事

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