木更津高専の情報工学科で教授を務める大枝真一先生は、人工知能や機械学習を専門としています。AIで人の成長を支える「Empowerment AI」という考え方を掲げ、学生にも生成AIの利用を禁止するのではなく、上手に付き合いながら学びに生かすことを勧めています。「学問ほど面白いものはない」と語る大枝先生に、研究への思いと教育にかける信念を伺いました。
宇宙への憧れから、学問にのめり込むまで
―科学や工学への関心は、幼い頃からあったのでしょうか。
父は漁師だったのですが、魚を獲るための道具を自分で工夫してつくっていました。「これどうしたらいいと思う?」とよく聞いてきてくれて、高校生のときには、円錐形の重りの重さを求めるのに「積分を使えば計算できるんじゃない?」という話をしたこともあります。試験でしか使わないはずの数学が、目の前の実物とつながった経験でした。
ものづくりの面白さは父親から受け継いだものだと思いますが、漁師としての腕では父親に絶対に勝てないと感じ、それなら学問の世界で勝負しようと思っていました。そして、人類にとって未到の地はどこかと考えたときに、宇宙工学に行き着いたんです。高校2年生のときに宇宙飛行士の毛利衛さんの講演を聞き、会場の外で出待ちをして「僕、毛利さんのロケットつくりますから」と伝えたのをよく覚えています。
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―そこから情報工学の道に進まれたのは、どのような経緯だったのでしょうか。
残念ながら宇宙工学系の大学にはご縁がなく、広島市立大学の情報科学部に進むことになりました。正直なところ、「知能情報」というものが何のことかわからないまま入学しました。

ただ、4年生になって研究室に配属されてから、一気にのめり込みました。自分で課題を見つけて、先行研究を調べて、理論を理解して、プログラムを書いて、動かす。理論を理解できたということ、それを正しく実装できたということ、そしてその結果がグラフとして目の前に現れたということ。その3つが重なったときの感動は、与えられた課題をこなすだけでは味わえないものでした。
―修士課程に進まれてから、いつ研究者の道を意識されるようになったのでしょうか。
修士課程で初めて国際会議で英語の発表をしたときです。準備は大変で、行きの飛行機ではずっと練習しているような状態でしたが、その分だけ、発表を終えたときの達成感と解放感がすごかったんです。帰りの飛行機では喜びを噛みしめていました。課題を見つけて、解決して、発表準備をして、発表が終わる。その繰り返しの中で「これをずっと続けたい」と思うようになりました。
そして、いずれは教わる側ではなく、学生と一緒に研究できる側になったら楽しいだろうなと思い、博士課程への進学を決めました。ただ、将来への不安はずっとありましたね。博士号を取る瞬間まで、本当にこの道でやっていけるのかという不安は消えませんでした。
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―博士課程では東京都立科学技術大学(現:東京都立大学)に進まれていますね。
高校生のときに目指していた宇宙工学の学科が、まさに東京都立科学技術大学だったんです。私が進んだのはインテリジェントシステム専攻で、分野はまったく違いますが、「もし当時進学していたら、ここで過ごしていたんだな」と感じながら3年間を過ごしました。そこで宇宙工学系の方とも友人になって、分野は違いますが、今でも共同研究をしたりしています。
博士課程で最初に苦労したのは、実は研究のことよりも孤独でした。修士課程から博士に進んだのは私一人だけで、しかも広島から東京に移り、八王子のキャンパスには知り合いもいない。研究室に行っても誰もいなくて、朝から晩まで一人で誰とも話さない日が続きました。後輩が入ってきて話せる相手ができたときは本当に嬉しくて、歓迎ムード全開でしたね。
―木更津高専に着任された経緯についても教えてください。
博士課程3年生の9月末に、指導教員の先生から「いい加減どうするか決めなさい」と言われました。それまで研究に没頭していて、将来のことをちゃんと考えていなかったんです。慌てて、国の研究機関から大学までいろいろな公募に応募しました。十件ぐらい出したと思います。その中の一つが木更津高専でした。
公募を通じてご縁をいただき、2004年に着任することになりました。それから20年以上が経ちましたが、学生と一緒に学び、研究する日々が本当に楽しく、ここまで教育と研究を続けてこられました。
振り返ると、情報系に進んだのも、都立科学技術大学に行ったのも、木更津高専に来たのも、最初からすべて計画していたわけではありません。でも、すべてがいいご縁だったと思います。

生成AIで「思考の外部化」が可能になった
―先生が提唱されている「Empowerment AI」とは、どのような考え方なのでしょうか。
2022年11月にChatGPTが登場したとき、本当に椅子から転げ落ちそうになりました。大学院時代から「受け答えができるAIができたらすごいことだ」と仲間と話していたものが、突然現実になったんです。衝撃でした。
同時に、大規模な計算資源やデータを必要とするAIそのものの性能競争で勝負するよりも、自分がこれまで培ってきた研究や、高専という教育現場を生かせる方向に進もうと考えました。これまで培ってきた研究を改めて見つめ直し、「自分だからこそできる研究は何か」を何度も考え、突き詰めた末に行き着いたのが、AIを使って人間の能力をどう向上させるかという方向性でした。それを言葉にしたのが「Empowerment AI」です。
―従来のAIを使った研究とは、どのような点が異なるのでしょうか。
これまでAIは、人間がしていた作業を代わりに行う「自動化」や「効率化」の方向で発展してきました。しかし教育では、AIがすべてを代わりにやってしまうと、学生自身が成長する機会を失ってしまいます。
たとえば、学生がわからない問題に直面したとき、AIがすぐに答えを出せば問題は解決しますが、学生が自分で解けるようになったわけではありません。Empowerment AIでは、AIに人間の代わりをさせるのではなく、AIを使うことで人間自身ができるようになることを支援します。
学ぶきっかけをつくり、その人に合った課題を提示し、試行錯誤を支え、最終的には自分の力で到達できるようにする。考え、判断し、行動するのはあくまで人間であり、AIはそれを支える存在です。
―具体的にどんな研究に取り組まれていますか。
プログラミング課題の自動採点、学習履歴の分析、個人に合わせた学習支援、生成AIを活用した教材作成などを進めています。これらの研究成果は国際会議でも発表しており、今年9月には、アイルランドのダブリンで、プログラミングの自動採点に関する研究成果を発表する予定です。

私がこの研究の背景として考えているのは、人間と知識の関わり方の歴史的な変化です。かつて知識は限られた人々の間でしか共有されませんでしたが、活版印刷によって広く共有されるようになりました。その次に起こったインターネットと検索エンジンの登場は、「記憶の外部化」だと思います。必要なことを自分の頭で全部覚えておかなくても、調べればわかるようになったということです。
そして、私は生成AIがもたらした変化を「思考の外部化」と捉えています。調べた情報を組み合わせて考え、文章やプログラムにするところまでAIが支援できるようになりました。自分でインターネット検索していたときは、自分のスキルレベルより高い内容が出てきたら別のページに移動していたと思いますが、生成AIは、対話を重ねることで、その人の理解度に合わせて説明の仕方を変えてくれます。これは革命的な転換点だと思っています。
―今後の研究目標について教えてください。
50代では、これまでの研究をさらに発展させて、AIを使って人をどう評価するか、AIによって人の能力をどう伸ばすか、そしてAIによって人のモチベーションにどう働きかけるか、というテーマに取り組みたいと考えています。これまでは「AIに何ができるか」を研究してきましたが、これからは「AIによって人間は何ができるようになるのか」を研究したいと思っています。

―学生には、生成AIの使い方についてどのような指導をされていますか。
まず、生成AIは使ってもいいと伝えています。道具は隠すのではなく、使い方を教えるべきだと思っているからです。私自身、幼い頃から両親に、マッチやライターは「危ないから触るな」ではなく、正しい使い方を教えれば、何が危険なのかも理解できるはずだ、と教わって育ちました。
ですから、生成AIを使ってレポートを書いても構いませんと伝えています。ただし、私が学生に伝えているルールは、「自分が理解していることだけを書く。理解していないことは書かない」ということです。そのため、提出されたレポートについては、内容を理解しているか確認するために学生と問答します。もし答えられなくても、そこで終わりにはせず、「大丈夫だよ。もう一回AIに聞いて、理解して書いてきてごらん」と返しています。重要なのは、生成AIを使ったかどうかではなく、最終的に本人が理解しているかどうかです。
最終学年の授業でデータサイエンスのコンペに取り組んでもらう時には、「リミッター解除」と宣言し、AIを駆使してとにかく結果の数値を上げてくださいと言っています。すると学生が「“なんとか法”を使ったら5ポイント上がりました」と報告してくるんです。そのときは「すごいね!」と結果を認めたうえで、「せっかく数値が改善しているのに、それを理解できていないのは悔しくない?」と声をかけます。すると次の週に、その手法について60ページのレポートが提出されることもありました。
―先生ご自身は、生成AIをどのように活用されていますか。
ここ1年ぐらい、仕事のプログラムは自分でコードを書く機会が減りました。AIに指示を出せば、私が一から書くよりも短時間でコードを作ってくれるので、使わない手はありません。一方、競技プログラミングや教材用のゲームプログラムは自分で書いていますが、これは趣味として割り切っていますね。
趣味といえば、私はたまに短編小説も書くのですが、友人や知人に「読んでくれ」と頼むのは少し気が引けます。その点、AIなら気兼ねなく作品を読んでもらえます。以前、潜入捜査をテーマにした小説で「赤いポルシェで乗りつける」と書いたところ、AIから「血の色のポルシェ、というのはどうですか」と提案されました。
AIに作品そのものを書いてもらうのではなく、ほんの一言のアドバイスで、自分の作品がより良くなる。まさに添削をしてくれる国語の先生のような役割で、これこそEmpowerment AIだと感じました。
学生は「共同研究者」。共に学問の楽しさを追いかける
―学生を指導するうえで大切にしていることを教えてください。
一番伝えたいのは「学問ほど面白いものはない」ということです。知らなかったことを知り、できなかったことができるようになり、自分で新しいことを発見する。私は、学問は最高のエンターテインメントだと本気で思っています。
「勉強しなさい」と一方的に言っても響かないかもしれませんが、私自身が楽しそうに研究していたら「じゃあ自分もやってみようかな」と学生も思ってくれるのではないかと考えています。
―研究室ではどのように学生と接しておられますか。
研究室に入ってくる学生には最初に「研究では、あなたと私は共同研究者だと思っています」と伝えます。もちろん教員と学生という立場の違いはありますが、研究については対等に議論したいと思っています。私は先行研究や理論を示し、学生はそこに自分のアイデアを加えながら、実装や実験を進めていきます。
学生が見つけてきたアイデアは否定せず「それいいね」と返すようにしています。ただ、指導教員としての意地もあるので、最後の最後に「こういうのもあるよ」とちょっと見せる。すると「そんなものがあるんですね、来週までにやってきます」と返ってくる。このやりとりがとても楽しいです。
この考え方に至ったのは、東京大学に一年間研究員として在籍したときの経験が大きいです。「お茶部屋」と呼ばれる小さな部屋で、分野の異なる学生たちが対等にディスカッションしている姿を見て、強く感銘を受けました。先輩も後輩もなく、みんなが笑いながら議論している。そうした学問の文化に強く心を動かされ、学問に対する向き合い方が大きく変わりました。そして、あの文化を自分の研究室でも再現したいと思いました。

―学生の活動の中で、特に印象的だったことはありますか。
昨年、HPC-AI(High Performance Computing and Artificial Intelligence)という国際コンテストに学生たちが出場しました。きっかけは、廊下ですれ違ったときに学生から「先生、HPC-AI Competitionっていうのがあるんですけど、出ていいですか」と声をかけられたことです。「何それ。いいよ!」と二つ返事でOKを出しました。
驚いたのは、その後の彼らの動きです。勉強会を自分たちで主催して、私にも「2週間後の水曜日に、ニューラルネットワークの基礎を説明してください」と担当を振ってくるんです。学生に授業を要求されるって面白いですよね。

#RIKENStudentChallenge
最終的に、理化学研究所さんのサポートを受けて出場し、英語での質疑応答も30分から1時間ほどこなして、Excellent AI Performance賞を受賞しました。本当に心からすごいと思いましたし、尊敬しています。高専生は、好きなことを見つけたときの行動力がとにかくすごい。授業で教えた範囲をあっという間に超えて、自分で調べて、自分でつくり始める。そういう学生を見ていると、高専という環境との相性の良さを感じます。

―これから高専を目指す中学生に、メッセージをお願いします。
中学3年生で進学を考えるとき、まず「将来こんなことをやってみたい」というものを、一つ仮に置いてみるとよいと思います。なんとなく進学するのではなく、将来やりたいことから逆算して考える。その企業に入るには大学院が必要なのか、大学で十分なのか。工学系に行くことが決まっているなら、高校を経由するのではなく高専を経由したほうがいいのではないか。そういう順番で考えてみてほしいです。
もちろん、夢は途中で変わってもいいと思います。私自身、宇宙工学から情報工学に変わりましたし、変わるたびにパワーは必要ですが、あくまでも選択の一つです。高専がすべての人に合っているとは限りませんが、何かを知ることや作ることが好きなら、高専はとても面白い場所です。
高専で一番身につけてほしいのは、特定の技術や知識だけではなく、知らないことに出会ったときに自分で学び、自分で挑戦し、自分自身を成長させることができる力です。自己研鑽ですね。自分で自分を伸ばす力があれば、卒業後に技術や社会がどれだけ変化しても、自分で新しい未来を切り拓いていけると思っています。

未来をつくるのはAIではなく、人間です。これからの世界を担う若い学生たちが、自ら学び、自ら考え、自分の力で未来を切り拓いていけるよう支えること。それが、私の使命だと思っています。
大枝 真一氏
Shinichi Oeda
- 木更津工業高等専門学校 情報工学科 教授

1995年3月 山口県立萩高等学校 卒業
1999年3月 広島市立大学 情報科学部 知能システム情報工学科 卒業(学士)
2001年3月 広島市立大学大学院 情報科学研究科 知能情報システム工学専攻 博士課程前期 修了
2004年3月 東京都立科学技術大学大学院(現:東京都立大学大学院) 工学研究科 インテリジェントシステム専攻 博士課程後期 修了
2004年4月 木更津工業高等専門学校 情報工学科 助手
2007年4月 同 助教
2009年4月 同 講師
2011年4月 同 准教授
2012年5月~2013年2月 東京大学大学院 情報理工学系研究科 数理情報学専攻 国内研究員
2020年4月より現職
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