
神戸高専の都市工学科で講師を務める今井洋太先生。教員になるまで高専のことはあまり知らなかったと話す今井先生には、高専がどのように映っているのでしょうか。現在の研究テーマやプライベートの過ごし方も併せてお伺いしました。
ターニングポイントは卒業研究
―現在の研究内容を教えてください。
日本には、都市部に人口が流出するなどの原因によって過疎地域化した集落がたくさんあります。こうした場所の多くは防災力を高めるための資金が少なく、例えば、川の氾濫を防ぐために堤防を十分に整備することができません。しかし、だからと言ってそのまま放置していては、“もしも”が訪れた場合にひとたまりもないのです。
そこで、目をつけているのが「耕作放棄水田」です。これは、以前耕地だった場所で過去1年間以上作物を作付けしていない・これからもする予定がない土地のことを指します。ここをダムのように活用すれば浸水被害を軽減できる可能性が高いと考え、治水手法を研究しています。

耕作放棄水田はもともとあったものなので、堤防をつくるよりも予算を抑えられます。また、使われていないままの水田が再び活用されるという点では自然環境の保全にもつながりますから、このようなちょっとしたアイデアで地域の課題を解決できるというのは、研究の大きなモチベーションです。一刻も早く社会実装できるように研究を進めているところです。
―この研究に出会ったきっかけを教えてください。
大学の卒業研究で、沖縄本島にあるマングローブ林をテーマにしたことです。マングローブはインパクト抜群の見た目から観光地として有名ですが、そもそもは沿岸地域を暴風雨から守る重要な役割があり、ほかにも様々な動物の生息場として機能しています。ところが、河川の埋め立てや伐採によって沖縄本島のマングローブ林は減少の危機にあるのです。

そこで、どのような水の流れや土壌の環境であればマングローブを衰退させることなく保全できるのかを調査しました。当然のことながら、研究には答えがありません。仮説を立てて、どうすれば道筋をつくれるのかを何度も試行錯誤しながら模索します。この繰り返しが非常に楽しく、次第にのめりこんでいきました。また、研究で欠かせない地理情報システム「GIS」を扱うのも楽しかったと記憶しています。

―もともと自然環境に興味があったのでしょうか。
正直に言うと、卒業研究のテーマに出会うまでは勉強にまったく力を入れていない学生でして……。ただ、幼い頃から祖父に連れられてあらゆる場所に出かけていたので、自然に触れることは好きでした。こうした経緯もあって、研究室を選ぶ際には「フィールドワークでさまざまな場所に出向く」という点に惹かれました。わりとカジュアルな理由で研究室を選択しているわけですが、今思うとこの選択が現在の研究につながっているので、間違いではなかったと思います。
実は、大学に進学した当初は漠然と「建築関係の仕事に就きたい」と思っていたのです。しかし、勉強は思っていた以上にハードで、次第にやる気がなくなってしまいました。そんなときに研究の楽しさを知り、最終的には博士課程まで進んだので人生は不思議なものですね(笑)

道を模索し続けた学生時代
―高校時代はどんな学生でしたか。
小学生から続けていたサッカーを極めたくて、地元で強豪校と言われる高校に進みました。サッカーを頑張っていればそのまま推薦で大学に進め、さらに卒業後はスポーツ推薦で就職できるのではないかという考えもありました。
しかし、あるときふと「将来の道が見えきった状態の人生って楽しいのか?」と思ってしまったのです。そこで、高校2年の冬にはサッカーに別れを告げました。そもそも実力が高いわけではありませんでしたし、自分なりに「強豪校で頑張った」という納得感もあったので「次は勉強に力を注ごう」と、意識を切り替えたのです。
そして高校3年にあがる頃には特進コースを選択し、もともと好きだった理科や数学の知識を深めて理系の大学に進もうと決断。しかし、結局、大学受験シーズンになってもあまり勉強には身が入りませんでした……。
―勉強よりも頑張りたい何かを見つけたのでしょうか。
友人がギターを貸してくれたことがきっかけでした。サッカー以外に好きなものを見つけたいと思っていた自分にとってギターの存在は何とも輝かしく、練習しているうちにどんどん夢中になっていきました。友人と音楽の話をしたり、好きなバンドの曲をコピーしたりするのが楽しくて、本来であれば勉強するための時間を、ギターに捧げてしまったのです。
気付いたときには、進学できる大学の選択肢はほぼありませんでした。就職や専門学校への進学も考えましたが、両親から「大学には絶対に行ってほしい」と言われ、建築関係の仕事に興味があったこともあって建設工学科がある徳島大学に進学を決めました。その後、卒業研究に出会って今に至るという流れです。

―大学の卒業後、高専の教員になったのはなぜですか。
もっと研究がしたかったからです。博士課程の最後の方は兵庫県でも研究をしていたので「せっかくならこのまま関西圏に就職すれば、研究が続けられるかも」と思いました。研究を仕事にできる職業を探すなかで行き着いたのが、神戸高専です。
研究室で後輩指導をするのはなかなか楽しかったですし、人に教えることに抵抗はなかったので「教員をやりながら研究が続けられるなら良いな」という気持ちで選ばせていただきました。
コーヒーは研究に似ている
―高専の教員を務めて4年。いかがですか。
高専は勉強を頑張る真面目な学生が多い印象です。自分が大学生だった頃と比べると、本当にみんな素直で熱心で、素晴らしいなと思います。
ただ、真面目すぎるがゆえに“いい子”な学生が多いのも事実。自分で考えて行動を起こす学生が少なく、時々「もったいないな」と感じます。教員の立場でこんなことを言ってはいけないかもしれませんが、ルールの隙間をついて周りがあっと驚くようなことをしでかす人がいてもいいのではないかと思いますね。
―学生に指導する上で心がけていることはありますか。
自分はあまり優秀な学生ではなかったので、勉強が苦手な学生に寄り添いたいと思っています。失敗を経験しているからこそ、さまざまな立場の学生の気持ちがわかるのは、私のひとつの強みではないか、と。
私は高専出身ではありませんし、教員になるまで高専のことも詳しくは知りませんでした。だからこそ、フラットな視点で高専や学生を俯瞰できているのではないかとも感じます。「高専生はこうでなければ」「高専生だからこうなってほしい」という思いは一切なく、「目の前にいる人が向いている道はどこにあるのか」を考えるようにしています。「高専生」という枠組みで学生を見たことは、一度もありません。

―今後の目標を教えてください。
研究に関して言うなら、社会実装することです。プライベートではコーヒーが好きなので、今後もイベントに出店して、いろいろな方にコーヒーをふるまいたいなと密かに考えています。

コーヒーは研究と一緒で答えがなく、組み合わせや淹れ方によって味がまったく変わります。「これとこれを組み合わせたら美味しくなるのではないか」「今度はこの方法を使ったらどうなるだろう」と考えるのが本当に楽しいのです。私が一番好きなのは、エチオピアのコーヒー豆。華やかな香りでコクがあり、上品な味わいです。ぜひ飲んでみてください。

今井 洋太氏
Yota Imai
- 神戸市立工業高等専門学校 都市工学科 講師

2011年3月 私立報徳学園高等学校 卒業
2015年3月 徳島大学 工学部 建設工学科 卒業
2017年3月 徳島大学大学院 先端技術科学教育部 博士前期課程 修了
2021年3月 徳島大学大学院 先端技術科学教育部 博士後期課程 修了
2021年4月 神戸市立工業高等専門学校 都市工学科 助教
2022年4月より現職
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