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自分と音声の「認識」について学ぶ——高専生のころに研究室をめぐって出会った音声認識の研究

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広島市立大学の准教授として音声信号処理や音声認識の研究をされている中山仁史先生は、かつて大島商船高専の学生であり、香川高専の教員でもありました。そんな中山先生に、学生時代のエピソードや研究内容をお伺いしています。

全科目の先生の研究室に訪問した高専生時代

―大島商船高専の電子機械工学科を志望した理由を教えてください。

私が中学生だった1995年は、Windows 95を皮切りに、一般家庭にパソコンが普及し始めた時期でした。子どもながらに「今からはコンピュータを使って仕事をする時代がくるはずだ」と感じ、そうした技術が身に付けられる学校に進学しようと思ったのが最初のきっかけです。

工業高校や工業高専に行くことも考えたのですが、地元にあった徳山高専は当時倍率が非常に高く、自分には無理かもしれないと思いました。そんなある日、「君の未来へ、アクセス!」と書かれた大島商船高専のポスターを見つけて、「アクセスされてみるか」と思い、電子工学や機械工学など幅広い技術が学べる大島商船高専の電子機械工学科を選びました。

―実際に入学してみて、いかがでしたか?

大島商船高専時代に、バレー部の皆さんと
▲大島商船高専では、バレー部に所属

「この中で一番成績が低いのは自分だな」と、なんとなくそう感じたんです。でも、成績が良ければ授業料免除の制度や奨学金が利用できると知り、入学してから勉強を頑張るようになりました。そして、成績を上げて、翌年度からは2つの制度を使えるようになったんです。

大島丸に乗っている中山先生
▲大島丸での1シーン

それまで、小学校も中学校も授業は退屈なものでしかなかったのですが、「勉強が面白い」と感じたのは高専が初めてでした。まさに自分にとって人生の転換期。高専の先生や友人たちとの出会いや生活が人生を変えたと思います。

大島商船高専時代の中山先生
▲大島商船高専では、学生会長も務められた中山先生

―研究室訪問などのエピソードがあれば教えてください。

インターネットがあまり無い当時、先生の研究内容などが書かれた冊子を見て、「これってどういう研究なんですか」と、気になった部分は片っ端から研究室へ訪ねて質問していました。たぶん、全科目の先生の研究室に訪問していたと思います。高専の先生はそれぞれ研究室を持っていて、自由に学生も出入りできる。それが、当時15歳の自分にはすごく新鮮でした。

先生方は私の疑問について真剣に考えて答えてくださるので、放課後になると研究室に行ってお茶を飲みながらたくさん楽しく話しましたね。その中で出会ったのが、今の研究をするきっかけとなった石光俊介先生です。その後、私も高専教員になるのですが、学生がよくお茶を飲みに来ていました。世界がループしていますね。

香川高専に勤められていたころ、お茶を飲みに来た学生と
▲香川高専に勤められていたころ、お茶を飲みに来た学生と

世界は自分の思考で出来ていると気づいた

―「音声認識」の研究を始めた経緯を、詳しく教えてください。

「5年生になったらどこの研究室に行こうか」と考えていたときに、石光先生が骨伝導を使った音声認識の研究をされていることを知りました。当時、詩吟部に入っていたこともあって「人の声」に興味があったんです。中学生の頃からの「コンピュータを使った技術を身に付けたい」という思いが合致して、「音声認識」というワードにピンときました。

その頃、石光先生はイギリスに留学されていたので、「石光先生の研究室に入りたいです」と即座にメールを出しました。石光先生はすごくアグレッシブで、話す内容もユニーク。「この先生なら間違いない」と思いました。もし、石光先生に出会っていなかったら、自分は今ここにいないかもしれません。その後、事あるごとに石光先生よりチャンスをいただくことになります。

石光研で音声認識の勉強をしているときに、『確率モデルによる音声認識』(著:中川聖一)という1冊の本に出会いました。中身を読んでみると、難しい数式ばかりで全く理解できなかったです。

そして、この本の著者である豊橋技術科学大学の中川先生は、石光先生の博士論文の副査の先生だと伺い、「音声認識を勉強したいのであれば、中川研がいいんじゃないかね。でも厳しいらしいよ」と言われました。それから、いろんな音声認識に関する本を学ぶ中で、当時の日本における音声認識の最先端であると確信をし、中川先生の門戸を叩きに行きます。

日本機械学会へ、石光先生と参加した際の写真
▲日本機械学会へ、石光先生(1番右)と参加

―高専教員になったのも、そうした出会いが大きかったのでしょうか?

高専卒業後は豊橋技術科学大学、同大学院……と進み、その間に色々ありました。まあ、そこは割愛するとして(笑)、自分はやはり研究者になることが性に合っているなと気づいたのです。知りたいこと興味のあることを学び続けるのはまったく苦ではなかったし、それを仕事にできるなら、なんて最高なんだろう、と。その中で、高専の先生方の姿が浮かんで「高専教員になろう」と決意しました。

意志を固めたあと、大学・大学院の指導教員である中川先生に「高専教員になることに決めたので、博士の学位を取ろうと思います」と言うと「まだ修士課程の入学すら決まっていないのに、何を考えているんだ。競争社会だから無理やぞ」と半ば呆れられましたね。でも「自分が思ったことは必ず実現するので大丈夫です」と宣言しました。

中川先生より学位記を授与した時の中山先生
▲中川先生より学位記を授与。多忙な中川先生をバックに記念撮影

時が過ぎて修士課程を修了する前ごろに、石光先生より「今度、広島市立大学に移るので、君も来たら?」とご連絡をいただき、大学院博士課程にて再び石光先生の下で教えを請いながら、同時に高専への就職活動も開始しました。そして、博士課程1年の終わり頃に、縁あって高松高専(現・香川高専 高松キャンパス)で働けることが決まったのです。

―高専生には、どんな印象を抱いていますか?

香川高専にて、糸電話の最長距離をチャレンジする実験中
▲香川高専にて、糸電話の最長距離をチャレンジする実験中

とにかくよく手が動く。明確にやりたいことを持って入学している学生が多いからか、実験や作業が伴うときも、すぐに行動に移せるのは「さすが」だと思います。私自身、高専で様々な先生に出会い救われた部分もありますから、自分の周辺からも「高専の先生になりたい」という学生が巣立っていったらいいなという思いで指導にあたっていました。

高専教員をしていた数年間、本当に面白かったです。身近で学生の成長に触れていたので、非常にやりがいを感じていました。でもある日、石光先生より広島市立大学で公募が出ているの教えていただき、「これもチャンスかな。縁があるのかな、受けてみよう」と思い、現在に至ります。

想像することから自分と未来を創造する

―現在の研究内容について教えてください。

高専の頃から続けているのは、骨伝導を使った音声認識及び音声インターフェースです。骨伝導は発声した音声が体内の皮膚や骨を伝搬して、体表で振動として音を得る仕組みです。この性質に注目すると、どんなに騒がしい場所であっても騒音や雑音の影響を受けずに会話や音声認識が可能になると考えています。音声から雑音を取り除くよりも、骨伝導からダイレクトに音声をつくった方が最強のマイクができると判断したからです。

現在は、音声認識を用いた口腔内環境分析・医用診断の開発、音声や音に含まれている情報を自動で発見・分析する研究も行っています。人の声を分析することで体内にて生じている病気、身体的特徴、感情や心理状態など様々なことが分かるのです。

そして、このような技術をつくるために他大学と共同で研究を行っています。変わったテーマとしては、詩吟歌唱の研究や音声の新しい音声分析表現などについても研究をしています。基本、声や歌声に関する研究は何でもやりたいですね。

―最後に、学生へのメッセージをお願いします。

将来、何をすべきか迷っている方が多いと思いますが、仕事内容や労働環境は自分の性格や考え方のクセに合ったものを選ぶのが1番だと思います。私は勉強や研究がすごく楽しめる性格で、「仕事」というより「遊び」と捉えていますので、ある意味、一生遊んでいるようなものです。

学生と一緒に仮説を立てて実験して、研究結果が証明へと導いたり、プラスに働けば「やったー!楽しい!」という気持ちで日々研究をしています。皆さんの身の回りにいる楽しそうな先生を見つけ、一緒に遊んでみてください。

高専教員のころ、台湾にて学生が表彰された際の写真
▲高専教員のころ、台湾にて学生が表彰

中学校までは勉強がつまらないものでした。しかし、高専に入学して様々な考えや人と出会う中で、自身における人生や世界の認識がガラリと変わりました。そして、高専教員になると決めたときも、中川先生からの「絶対に無理だ」という一言でスイッチが入りました。尊敬する一流の研究者が解決出来ないと判断した問題に挑むのだと逆にやる気になったのです。

皆さんの人生にはそれぞれのスイッチやチャンスが何処かにあるはずです。そして、誰かが皆さんのスイッチやチャンスを握っています。隣にいるかもしれませんし、海外や宇宙にいるかもしれません。私の場合、チャンスは高専で出会った石光俊介先生、スイッチは学ぶ中で出会った中川聖一先生が握っていたのです。

学生と一緒に、産業技術総合研究所へ見学に
▲学生と一緒に、産業技術総合研究所へ見学

人生の出来事全ては問題解決であり、将来の夢やなりたい職業を叶えることも問題解決の1つです。目標や問題に対する自分の位置や課題を正しく把握し、足りない能力や条件を日々の努力で積上げ・解決しなければなりません。そして、人や運を味方につける日常を真摯に過ごすことで、その可能性が高まり、未来を拓きます。

他人と過去は変えることができませんが、自分自身と自分以外に対する認識は瞬間で変えることができます。今までの「できない」を「できる」と思うことから、あなたとその周りの現実が変わるのです。ある種の才能があれば瞬間的に可能ですが、多くの人は日々の経験や体験の積み重ねで認識を変えていくことになると思います。そして、今回の取材記事が、「君の未来へ、アクセス!」し、新たな高専教員、研究者・技術者となるチャンスやスイッチが見つかることを期待します。

中山 仁史
Masashi Nakayama

  • 広島市立大学 大学院情報科学研究科 准教授

中山 仁史氏の写真

2003年 大島商船高等専門学校 電子機械工学科 卒業
2005年 豊橋技術科学大学 工学部 情報工学課程 卒業
2007年 豊橋技術科学大学 大学院工学研究科 情報工学専攻(修士課程) 修了
2007年 国立研究開発法人産業技術総合研究所 人間福祉医工学研究部門 テクニカルスタッフ
2008年 高松工業高等専門学校 電気情報工学科 助教(2009年10月に詫間電波工業高等専門学校と統合。現・香川高等専門学校 高松キャンパス)
2010年 広島市立大学 大学院情報科学研究科 情報科学専攻(博士課程) 修了
2014年 広島市立大学 大学院情報科学研究科 助教
2018年 同 講師
2022年より現職
2023年 株式会社中山技研工業 技術開発顧問(兼業)

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