幼い頃から地理に魅了され、縁あって高専教員になられた沼津高専の佐藤崇徳先生。文系分野の先生が、なぜ高専へ足を踏み入れたのか。社会科教育にかける思いや現在の研究について伺いました。
地図を広げて知った、地理学の奥深さ
―学生時代は、どんな子どもでしたか?
小学生の頃から地図帳や時刻表を見て“仮想旅行”を計画するのが好きでした。
中学の社会科の授業で国土地理院の地形図に出会い、さらに地理に興味を持った私は、高校の選択授業で地理を選んだんです。社会科教室には地形図が入った棚があり、それを眺めるだけでも楽しかったですね。
そんなある日、地理の授業で、自宅周辺が「自然堤防(※)」という地形だということに気づきました。幼い頃から見ていた家の周りの風景や、聞かされていた昔の水害の話などが地形を見ることで上手く説明づけられることがわかって、地理という学問の素晴らしさを意識するようになり、大学の地理学専攻に入学したんです。
※自然堤防:河川の岸に、洪水であふれた土砂が堆積してできた、周りの平野に比べて少しだけ高い地形のこと。そのため、洪水時は比較的安全とされ、居住地に選ばれることが多い。ただし、大規模な洪水だと、その限りではない。
―大学では、どのようなことを学ばれたのでしょうか。
地理学のなかでも、主に「地形」についての学びを深めました。高校までの地理は、なぜそうなっているかまであまり深入りせず、“暗記もの”となりがちですが、大学では地域を自然環境や経済活動などあらゆる視点から理論的に考えます。
卒業論文では、広島県三原市の沼田川下流域をフィールドに、平野の地形がどのような歴史を経て形成されたかを研究しました。沼田川のほとりには中世の遺跡があるらしいという話を聞いたのがきっかけです。一見するとわからない長い歴史が記録された地形を調べる研究は、とてもロマンがありました。
―大学院へ進学されたきっかけを教えてください。
大学の在学中に「地理情報システム(GIS)」の存在を知り、興味を持ちました。
GISとは、位置に関する情報を持ったデータを可視化して分析する仕組みのことで、現在は災害対策や都市開発に利用されているんです。
当時の大学院進学といえば、学部生の頃の研究を引き継いで進学する人がほとんどのなかで、同じ地理学でも大きく異なる方面へ方向転換する私のようなケースはイレギュラーだったと思います。
先生方にはGISを使った地理学研究に取り組みたいと相談し、地理学教室にGISソフトを入れていただきました。一からの勉強でしたが、地理をさらに広い概念で考えるようになり、楽しかったですね。
そして、農村に関する統計データや阪神淡路大震災のデータを分析するなかで、地図をベースにした位置関係の分析だけでなく、地図によって情報を表現する(伝える)ことに着目するようになり、インターネットと組み合わせた地図情報の発信についても考えるようになりました。
社会や世の中の見方を伝える高専教員へ
―修士課程修了後は、研究職に就かれたのですね。
広島大学の「総合地誌研究資料センター」という小さな研究所に助手として採用されることになりました。総合地誌研究資料センターは、長年、主にインドでの海外地誌研究を軸に活動してきた組織で、その研究活動にGISを導入して新展開を図ろうとしていたんです。
1カ月間のインドでの農村調査にも参加し、都市近郊の農村の変化を探りました。私が滞在したのは200軒ほどが集まってできた小さな村でした。現地の人々の暮らしをリサーチするため、調査チームのメンバーで手分けして一軒一軒聞き取り調査をして回りました。フィールドワークを通じて、地図には載っていない情報を足で稼ぐことの大切さを実感した、貴重な体験でした。
その一方で、インド政府統計局で国勢調査のデータを取得して、GIS化を実現しました。成果は論文だけでなく、デジタル地図帳としてウェブで発信しました。
―どのような経緯で高専教員として働き始めたのでしょうか?
大学院の指導教員の先生から、沼津高専の教養科のポストに空きが出るという話をもらったんです。それまで「高専」にも「沼津」にも縁がなかったので、最初は少し戸惑いましたね。
着任当時、沼津高専の入試科目は社会を除いた4教科でした。そのため、社会が苦手な学生も多く、入学後間もない1年生から直接、「高専なのに、なぜ社会を勉強しないといけないのか」と聞かれたこともあったんです。
それから、いかにわかりやすく表現して伝えるか、深く考えるようになりました。知識や技能を習得するよりも、世の中をどのようにとらえる(認識する)かという「社会の見方」を身に付けることが重要だと考え、それを意識した授業づくりをするようになったんです。
現在は、専門の地理以外にも、「18歳成人」などに関連した主権者教育や金融教育など、社会的なニーズがある課題についての授業も進めているところです。例えば、金融教育は起業を考える学生にとって必要不可欠な知識です。社会参画していくうえで必要な知識を学ぶ教育を通して、彼らの将来にも貢献できたらと考えています。
ものづくりは、地域の上に成り立っている
―現在の研究についてお聞かせください。
これまでの研究を継続して、GISなどの「コンピューターを使った地図表現」が、地理の教育や研究においてどのように役立つかを研究しています。
過去には、アナグリフ(赤青メガネを使った立体視)による地形の立体表示について研究したほか、ここ10年くらいはウェブ地図(地理院地図やGoogleマップのようなウェブで見る地図)を使った地理教材の開発などに取り組んでいます。教材用に開発を始めたウェブ地図でしたが、地理教育界のみならず多くの人に関心を持ってもらっているようです。
これからも、地図上にどのような情報を追加し、何を伝えるかについて検討していきます。ICT分野は進歩が著しいので、新しい技術を取り入れつつ、地理教育として学習者に伝えるべきことは何かという本質を見失わないよう、教材開発などを進めていきたいと考えています。
―研究のほかに力を入れている活動があればお聞かせください。
教養科の教員ですから卒業研究を担当することはないのですが、その代わりに希望者を対象にした課題研究を積極的に開講するようにしています。低学年からでも活動を楽しみながら研究のしかたも学べるようにしています。
2019年度の課題研究では、伊豆半島ジオパークを題材にして学生たちと立体視画像を作成して施設で展示し、学生たちが来場客に説明をしました。その成果は学生たちと論文にまとめています。
また、2021年度からは、校内の樹木を学生や教職員に知ってもらおうと「沼津高専の樹 この木なんの木 プロジェクト」に取り組んでいます。
―最後に、高専生へメッセージをお願いいたします。
ものづくりは、すべて地域の上に成り立っています。土地柄や気候、地形、そこに住む人々の生活文化や経済活動。日本でつくったものが海外では通用しないケースがあるように、「地」が変われば、必要とされるものも変わります。「地」を知ることで、ものづくりに生かせることが必ずあると私は考えています。学生たちには、身近な地域社会や世界に関心を持ってもらい、視野を広げて、地に足をつけたものづくりを忘れないでほしいですね。
そして、「好き」という気持ちも同じくらい大切です。私も「好き」を大切にしていたら、幸せな仕事に巡り会えました。自分だったら何ができるか、自分の好きなことや得意なことを社会的なニーズとどのように交差させるか。それを探す過程で、みなさんもきっと「自分らしさ」ができてくるはずです。
佐藤 崇徳氏
Takanori Sato
- 沼津工業高等専門学校 教養科 教授
1991年3月 広島大学附属福山高等学校 卒業
1995年3月 広島大学 文学部 史学科 地理学専攻 卒業
1997年3月 広島大学大学院 文学研究科 博士課程前期 地理学専攻 修了
1997年4月 広島大学 総合地誌研究資料センター 助手
1999年4月 沼津工業高等専門学校 教養科 講師
2007年4月 同 准教授
2015年10月 広島大学大学院 教育学研究科 博士課程後期 文化教育開発専攻(社会認識教育学分野) 修了
2018年7月より現職
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