進学者のキャリア大学等研究員

演劇の道を志すも、研究の楽しさに開眼。人々の豊かな生活のために「ソフトロボティクス」を追求中

SHARE

この記事のタイトルとURLをコピーしました
公開日
取材日
演劇の道を志すも、研究の楽しさに開眼。人々の豊かな生活のために「ソフトロボティクス」を追求中のサムネイル画像

大阪工業大学でソフトロボティクスを研究されている谷口浩成先生は、津山高専の電子制御工学科のご出身であり、母校で8年間教員を務めた経験の持ち主。高専での学びから現在の研究にたどり着くまでの道のりは、まさしく「波乱万丈」でした。

広い世界が見たくて、東京へ

―進学先として高専を選んだ理由を教えてください。

実家が金型をつくる町工場を経営していたため、後を継ぐなら工業系の知識を身につけられる学校がいいだろうと思い、中学入学時から高専に行くことを意識していました。

あと、従兄弟が楽しそうに津山高専に通っていた姿を間近で見ていたことも大きなきっかけです。さらに言うと、おしゃれが好きだったので、私服で通える自由さも魅力的でしたね(笑) 進学した電子制御工学科は私が1期生だったため、先生方も手探りで進めているようなところが多く、手広くいろいろな挑戦ができて楽しい5年間でした。

原付バイクでツーリング中の谷口先生
▲高専4年生の頃、原付バイクで津山から牛窓港まで約70kmをツーリング

―高専卒業後、東京農工大学に編入学されたのはなぜですか。

「もっと広い世界が見たい」と思ったからです。地方出身で限られたコミュニティしか知らなかったので、東京に行けばもっとたくさんの経験ができるのではないかと、早い段階から考えていました。成績が優秀な学生でなければ編入学ができないので、それも見据えて2~3年生の頃から勉強にも力を入れていました。

そうして無事に進学できた東京農工大学では、太陽光発電システムの研究室に配属されました。当時、「これからは自然エネルギーが重要になる」と言われ始めていて、単純に興味があったんです。一見すると高専での学びは関係ないように思われますが、日射量を予測するシステムを研究する課程で、電子制御工学科で身につけたプログラミングの知識が非常に役に立ちました。

ポスターの前にいらっしゃる谷口先生
▲博士1年のとき、アメリカ・アラスカ州で開催された国際会議でポスター発表

回り道をしながらも、研究の楽しさに目覚める

―博士課程修了後は、どのような進路を歩まれたのでしょうか。

システムエンジニアとして一般企業に就職しました。でも、自分には合っていないと感じ、1年ほどで退職。その後は実家を継ぐために、地元の岡山県に戻りました。実は、大学生時代から演劇の魅力にひきこまれ、この頃は「演劇をメインに生きていきたい」と思っていたのです。後継ぎの修業をしつつ、演劇の道を諦めきれない日々が続きました。

最終的に、諸事情から実家を継ぐのは断念し、今度は派遣社員として働く道を選択しました。やはり仕事より演劇のほうが大切だったので、派遣なら融通が利くと思ったのです。しかし、ここでも思っていた以上に仕事に時間をとられてしまい、再び断念。次の仕事を探す中で、岡山県がとあるプロジェクトのために期間限定の技術職員を募集している知らせを目にしました。

そこで面接に行くと、グループのリーダーを当時務めていた岡山大学の鈴森康一教授(現・東京工業大学教授)が「博士号をもっているなら、技術職員ではなく研究員として一緒に働いたほうがいい」と言ってくださり、思いがけず岡山大学の研究員として働くことになったのです。これが、人生の転換期でした。

―教員を志したのも、この頃ですか。

はい。研究自体はこれまで学んできた電気系ではなく機械系だったのですが、研究室の学生と一緒に研究を進める中で研究の面白さ、学生と一緒に学ぶ楽しさを改めて感じ、「教員になりたい」と初めて思いました。あれだけのめり込んでいた演劇も、研究の楽しさのほうが勝り、次第に熱が冷めていったのです。

研究員のプロジェクトが終わったら教員を目指そうと思っていた矢先、タイミング良く母校である津山高専が教員募集をしていて、エントリーしたところ採用されました。

―高専の教員になっていかがでしたか。

研究室の学生さんと写真に写る谷口先生
▲津山高専 谷口研究室の集合写真(2015年)(前列中央:谷口先生)

正直に言うと、思っていた以上に大変でした(笑) 授業の準備にも時間がかかりますし、授業以外にも校務や部活動の指導なども多い。学生の頃は意識したことがありませんでしたが、「先生ってこんなに色々なことをやっていたんだ」と、ようやく知りましたね。

改めて、教員をしながら研究で成果をあげている高専の先生方は本当に素晴らしいと思います。8年間勤めましたが、「もっと研究がしたい」との思いから、大阪工業大学に移ることを決め、現在に至ります。振り返ってみると、なかなかユニークな経歴ですよね。こんな楽しい人生で、ありがたい限りです。

工学は、人類の幸福のためにある

―現在の研究内容を教えてください。

ソフトロボティクスに関する研究をしています。形状記憶合金アクチュエータ、空気圧を用いたソフトアクチュエータなどの開発と、それらを応用した医療・福祉機器、環境・サービス・産業分野を対象とした各種ロボットの研究に取り組んでいます。アクチュエータとは、エネルギーを機械的な運動に変換する装置のことです。

「ロボット」と聞くと、「硬い」「精密機器」「大きい」などを連想しませんか? もちろん、そうしたロボットは産業分野において欠かせない存在ではありますが、人とロボットが共存していくには、人間と同じような「柔らかさ」や「アバウトさ」も大切だと考えています。それを兼ね備えているロボット工学のひとつの分野が「ソフトロボティクス」です。

シンポジウムで講演をする谷口先生
▲形状記憶合金協会主催のシンポジウムで基調講演

―ソフトロボティクスの魅力を教えてください。

人間の動きは、精密に動くようで、ある程度の感覚で動かす曖昧さも備えています。例えば、肘を曲げるときに「30度の角度で……」なんて考えず、おおよそ目的に合わせて動かします。また、環境に合わせた動作をすることができます。

ソフトロボティクスでは、人の関節を動かしたり、運動させたりするためのロボットは、ある程度の運動が安全にできる、それも複雑な設定をしなくても様々な人に合わせた運動が簡単にできるのではないかと考えています。

現在は関節の運動装置を高齢者の方々に使っていただいて、実証試験をしているところです。もし、この装置が実用化できれば、理学療法士がいなくても関節を動かすリハビリが可能になります。すると、理学療法士は他のことに時間が使えるようになりますし、患者も診療時間にとらわれずに自分でリハビリができるようになるかもしれません。

工学は人類の幸福のため、社会に有用な人工物を創出する学問です。社会から求められているものは何かを常に考え、これからも研究を追求していきます。

―高専生へメッセージをお願いします。

タイ旅行中の谷口先生
▲大学3年生の春休みに、バックパッカーでタイへ旅行された谷口先生

高専生は工学への関心が高く、行動力も高い印象があります。そこに知識や理論が加われば、さらに実社会で活躍できるようになると思います。そのためにも「自分で考えてみる」「人の意見を聞いてみる」「まずはやってみる」など、自分自身で視野を狭めることなく、さまざまな経験をしてほしいと思います。

私は遠回りをしながらではありましたが、その都度、目の前にあるものに対してしっかりと取り組んできたつもりです。だからこそ、今があると思っています。一見すると無駄なように思うかもしれないことでも、どうか真摯に向き合ってみてください。きっとどこかに意味があり、役に立つ日がくるはずです。前を向いて挑戦していけば、道はつながっていくと私は思います。

谷口 浩成
Hironari Taniguchi

  • 大阪工業大学 ロボティクス&デザイン工学部 ロボット工学科 准教授

谷口 浩成氏の写真

1996年 津山工業高等専門学校 電子制御工学科 卒業
1998年 東京農工大学 工学部 電気電子学科 卒業
2000年 東京農工大学 大学院工学研究科 電子情報工学専攻 修士課程 修了
2003年 東京農工大学 大学院工学研究科 電子情報工学専攻 博士課程 修了
2003年 トランスコスモス株式会社 開発サービス事業部
2005年 岡山大学 大学院自然科学研究科 研究員
2008年 津山工業高等専門学校 電子制御工学科 教員
2016年より現職

SHARE

この記事のタイトルとURLをコピーしました

津山工業高等専門学校の記事

学生に伝えている真の「Think Rugby」――力を入れる「部活動を通した学生の教育」
北野様
アルバイト、闘病、フリーランス、転職——人生のさまざまな場面で道を切り拓く、高専で培った知識と技術
これからの時代は手に職を。仕事と育児を通じて感じた「できることが増える喜び」とは

アクセス数ランキング

最新の記事

杉本先生
モンゴルの環境づくりに20年以上従事! 研究者・大工・実業家など、いろいろな顔を持つ先生に迫る
礒山先生(TOP)
大切なのは、「やってみよう」と踏み出すこと。高専生の時には苦手だった分析化学の分野で、紙の検査デバイスをつくる!
“天職”に巡り会えたのは、自分で進む道を決めたから。不可能と分かるまで研究する「イオン液体の、電池への応用」