インタビュー

「高専生はかっこいい!尊敬する!」学生に厳しかった安里先生の、考えが変わったきっかけとは

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静岡大学大学院修了後、都立高専(現:産技高専)・タイ高専を経て、現在は新居浜高専で教壇に立たれている安里光裕(あさとみつひろ)先生。「高専生が大好き!」という安里先生に、高専生の魅力や教育への思いを伺いました。

飛行機が好きで、「パイロット」が夢だった幼少期

-安里先生はどんなお子さんだったんですか?

小さい頃は飛行機が大好きで、将来の夢は「パイロット」でした。ただ、中学3年生の時の視力検査で、それまで2.0だった視力が突然0.1になってしまって。ファミコン世代でドラクエなどに熱中していたので、看護師さんに「あんたもファミコンか」って言われたことを覚えています(笑)

今はコンタクトレンズなどがOKらしいのですが、当時はそんな規定がなかったので、パイロットの夢を諦めるしかなくて。漠然と「このまま高校大学と進学して就職かな」と思った記憶がありますね。

第一志望に落ちたからこそ、恩師と出会えた

-先生は沖縄の高校から静岡大学に進学されたんですね!

なぜか大学は沖縄県外へ行くのが当たり前だと思っていまして。飛行機は好きだったので「航空工学」などに進めば、何かきっかけはあるのかなと思っていました。でもセンター試験の結果がイマイチで、いっそ浪人しようと思っていたんです。しかし先生や家族の勧めもあり、静岡大学に進むことに決めました。

世界的にも有名な企業がいくつもあるので「工学を勉強するなら、浜松かな」と思ったことが静岡大学を選んだ決め手ですね。

学部時代はバイクに乗られていました。
▲静岡大学時代、カメラを持って遠くまでよく走っていました。度々転倒したので、このままでは危険だと感じ、学部卒業と同時にバイクも卒業しました。

-静岡大学での生活はいかがでしたか。

当時は視野が狭かったので、「受験し直そう」と思って入学後も真剣に勉強していたんです。第一志望がダメだったからといって、それで人生が終わるわけではないし、この先もいろんな可能性があるということは今だからこそ分かるのですが、当時は悶々としていました。

気持ちが変わったきっかけは大学3年生の時の、星野敏春(としはる)先生との出会いです。星野先生は応用数学の授業を担当されていたのですが、出席するだけで内容が分かって、とても楽しかったんです。

ただ、星野先生は数学・物理・化学などの一般共通科目の先生だったので、卒研を担当されてなくて。星野先生と学科主任の先生に相談に行き、特例で星野先生の研究室に配属させていただきました。そこで道が1つ開けましたね。

学部の恩師と記念撮影。
▲学部4年生時代、星野先生(前列右)や研究室のみなさまと(安里先生は後列右)。卒業研究を通して、研究の面白さを知りました。

「状態図」の一部を、理論だけで再現できた

-星野先生の研究室では何を研究されたのですか。

大型計算機を使っての理論研究です。これは材料研究なのですが、例えば金属材料などは、元素の種類や組み合わせで原子や分子の相互作用が変化し、「硬さ」や「加工のしやすさ」などが決まります。私の研究は、新しい材料を作るときの「組み合わせから起こる結果の予測」の研究でした。

材料にはそれぞれ、さまざまな圧力・温度においてどのような状態であるかを示した「状態図」があります。ですが、なぜそうなるのかまだよく分かっていない時代だったので、新しい材料を作るときもその多くが、それまでの経験や勘などで元素を混ぜていたんですよ。それでは実験コストもかかりますし、毒性があるものだと危険なので、実験の前に理論計算で結果をある程度絞ることができるよう進めていきました。

大学では計算手法を星野先生と一緒に確立し、大学院では状態図を理論だけでことを目標に研究を続けていきました。最終的に、一部ではありますが再現することができて嬉しかったですね。

星野先生には本当に息子のようにかわいがっていただきました。学会発表などで日本国内だけでなく、海外にも一緒に行きましたし、学会発表の時には「良かったよ」と褒めていただいて。厳しい研究でしたが「また頑張ろう」と思えましたね。

ドイツ人に囲まれ、早朝から深夜まで研究した短期留学時代。
▲博士課程2年の頃、共同研究先のドイツ・ユーリッヒ中央研究センター固体物理研究所へ1か月の短期留学。早朝から深夜まで研究に没頭しました。

高専生は昔も今もかっこいいし、尊敬する

-その後、都立高専(現:産技高専)に着任されていらっしゃるんですね!

修士の時から「研究の道に進めたら」という思いがありました。研究も好きだったのですが、人に教えることも好きだったので、「研究と教育」両方のウエートが大きい高専には魅力を感じていました。

実は、大学の時に忘れられない強烈なワンシーンがあって。頑固で厳しい先生が担当していた流体力学の授業があったんですが、もう難しすぎて私は設問の意味すら分からなかったんですよ(笑) でも、授業中に当てられた高専出身の編入生は、黒板にカツカツ歩いていって、解答をスラスラと書いたんです!

都立高専時代 サッカー部顧問時代。
▲都立高専での教員3年目。目覚ましいスピードで成長していく10代後半の学生達を最も身近で見ることができ、やりがいを感じていました。当時の学生たちや教職員のみなさまに感謝しています。

それがもう強烈で、高専生の優秀さを垣間見ましたね。また、私たちは大学の後半に入ってから実習を行うのですが、もちろん全然できないんですよ(笑) でも高専生は、実習を10代の時に終わらせているので、「こんな難しいことをすでに終わらせているなんて」と思っていましたね。

本当に高専生は尊敬しています。15歳の時に自分で将来の夢を決めて入学して、好きなことを好きなだけやっている。赴任した20年前から、今も変わらず高専生は本当にかっこいいなと思います。

信念があり学生に厳しく接していたが、考えが変わった

-安里先生が教育で大切にしていることは何ですか。

実は私、もともとすごく厳しく学生に接していたんですよ(笑) 学生の授業中の姿勢も細かく注意し、成績も厳しく採点するので、不合格点を取る学生が多く、「物理だけなぜ赤点が多いのか」と他の先生から言われていたほどです。

ただ、「一定のレベルに達するまで学生には頑張ってほしい」という信念があって、厳しくしていたんです。もちろん補習や再試験などをくりかえし、最後には全員合格してもらうんですけどね(笑)

新居浜高専に着任してからもそのスタンスは変わらなかったのですが、学生たちは、全国の高専で一斉に行う「学習到達度試験」で毎回素晴らしい結果を残してくれて。学生の頑張りを見た時にすごく嬉しかったですし、彼らを誇りに思っていました。

新居浜高専に初着任時の新学期集合写真。
▲新居浜高専で初めて担任をした学年団。

このようにずっと厳しく接していた時に、「学生相談室長」をさせていただくことになりました。それをきっかけに、いろんなクラスの学生とじっくり話すようになったのですが、学生は手を抜いて失敗しているわけではなく、中には「完璧でなければ課題を出してはいけない」と考えている子もいることを知ったんですね。

そこから考えが変わって、学校生活を送ることが少し難しそうな学生を見たときに、いきなり注意するのではなく、まず声を掛けて探ることから始めようと思うようになったんです。イベントも積極的に楽しむようになりました。集合写真にも笑顔で写るようになったので、写真を見た卒業生からは「厳しい顔じゃない!」と驚かれます(笑)

国領祭(学園祭)終了後の集合写真。
▲新居浜高専祭(国領祭)にて。学生たちの創造力や企画力、実行力にはいつも感心させられます。

タイ高専と新居浜高専、教え子同士をつなげたい

-現在はタイ高専にいらっしゃるんですね!(2022年3月現在)

タイも日本も本質は同じで、「好きなことにまっしぐら!」という「ザ・高専生」が集まっています。タイは時間におおらかなので、そのあたりは日本との違いを感じますが、私が沖縄出身なこともあり、ストレスを感じることはありません。

タイ高専での担任クラスで記念撮影。
▲タイ高専(KOSEN-KMITL)にて。タイでも担任としてクラスを受け持ちました。

4月からは新居浜高専に戻るので、ぜひタイ高専と新居浜高専を結びつけることができれば嬉しいですね! タイ高専は、学生が4年生になった時に日本の高専で研修を受ける制度があり、受け入れ先に新居浜高専も入っているので、あわよくば「担任を受け持った学生たちを新居浜高専で受け入れることができれば…」と夢を持っています(笑) もちろん、どうなるかは分かりませんが、教え子同士をつなげたいですね。

タイ高専での授業風景。
▲タイ高専での授業は英語で実施。コロナ禍のためオンラインと対面での授業を繰り返しました。

何かを諦めるのではなく、全部にチャレンジしてほしい

-最後に高専生にメッセージをお願いします。

高専はやってみたいことがあれば、好きなだけできる環境があります。それを支援してくださる先生も必ずいるので、エンジニアリングを養成する学校ではあるのですが、人間力も抜群に成長させられる場所だと思います。

創立記念モニュメント前で腰掛けて記念撮影。
▲新居浜高専玄関前にある創立50周年記念モニュメントと石碑の前にて。石碑には第9代校長・鈴木幸一先生の書による校歌の一節が刻まれています。

あとは、「これをするからあれを諦めよう」と思うのではなく、全部チャレンジして楽しんでもらえたらと思います。どうにか全部かなうように時間管理も身に付けながら、勉強や遊び、恋愛や旅行など、やりたいことを全て叶えていただきたいですね。

また、いろんな文化に触れることで視野が広くなると思います。オンラインが身近になって、世界も近くなったので、国際交流を通じて、日本国内だけでなく世界に目を向けた5年間にしてほしいですね!

(※取材はタイ高専ラカバン校に在任中のものです。)

安里 光裕
Mitsuhiro Asato

  • 新居浜工業高等専門学校 機械工学科 教授

安里 光裕氏の写真

1993年 沖縄県 昭和薬科大学付属高等学校 卒業   
1997年 静岡大学 エネルギー機械工学科 卒業  
1999年 静岡大学 理工学研究科 博士前期課程 機械工学専攻 修了   
2002年 静岡大学 電子科学研究科 博士課程 電子材料科学専攻 修了   
1999~2002年 日本学振興会特別研究員(DC1)
2002年 東京都立工業高等専門学校 一般教養科(現・産業技術高等専門学校品川キャンパス)講師
2007年 新居浜工業高等専門学校 数理科 准教授
2015年 新居浜工業高等専門学校 数理科 教授
2018年 カリフォルニア大学ロサンゼルス校 客員研究員
2019年 新居浜工業高等専門学校 機械工学科 教授
2020年 国立高専機構本部事務局 教授 国際参事
兼 タイ高専ラカバン校(KOSEN-KMITL)客員教授
2022年より現職

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