「未来のものづくりに欠かせない技術」と言われ、今や医療現場や半導体製造、農業といった幅広い分野に使われている「プラズマ」の研究を進めている大島商船高専の中村翼先生。母校で教壇に立ちながら、プラズマの魅力を学生たちに伝える中村先生にお話を伺いました。
さまざまな景色を見た学生時代
―高専に進学をしたきっかけを教えてください。
中学生のとき、理科の授業で電気や機械に興味を持ち、「高校は電子機械工学科へ進学したい」と思っていました。しかし、私の地元である山口県には、電子機械工学科のある進学先が当時2校しかなくて、そのうちの1つが大島商船高等専門学校だったんです。
―大島商船高専では、どのような学生生活を過ごされたのでしょうか。
今もそうなのですが、学生時代から休みの日に部屋にいたくないタイプで、よく旅をしていました。
「旅」と言っても海外旅行など大それたものではなく、車に乗って地元の友だちと一緒に行くプチ旅行です。特に九州方面はよく遊びに行っていましたね。「初日の出を見よう」とわざわざ数百キロを走ったこともありました。
勉強面で力を入れていたのは、電子機械工学の主に電子機械制御です。特に高学年からは、産業ロボットのアームの機械制御をテーマに研究していました。
また、研究自体も楽しかったのですが、友人や後輩から学習面で質問されて回答する機会が増えてくると、教えることが自身の理解力の向上に直結すると考えるようになったんです。この頃から教員という仕事に興味を持ち始め、4年生のときには進学を決めていました。
―長岡技術科学大学を進学先に選んだ理由を教えてください。
当時は専攻科という選択肢がなく、「高専から進学するなら、豊橋技科大と長岡技科大だろう」と、2つの進学先候補で悩んでいました。
長岡技科大を選んだ決め手になったのは、新潟に行ったことがなかったからです。「こんなきっかけがないと信越方面に行くことはない」と思いました(笑) もともと旅が好きだったことにも影響されたのかもしれません。
入学式があった4月。忘れもしないのは、上越新幹線で東京から新潟に向かう道中の出来事です。川端康成の名作長編小説『雪国』の一節にある「国境の長いトンネルを抜けると雪国であった。」をリアルで体感し、4月なのに雪景色が広がる新天地にカルチャーショックを受けたのを今でも覚えています。
―長岡技科大でも、電子機械制御の研究をされたのでしょうか。
高専の時に行っていた電子機械制御の研究を希望していたのですが、諸事情があり、今までに学習・経験したことの無かった、「パルスパワー」と呼ばれる高電圧の電気エネルギーの研究をしていました。電気エネルギーを瞬間的に圧縮して、大電力・高エネルギー密度状態をつくり出す「パルスパワー」は、現代のさまざまな技術に応用できます。思い返せば、これが今の研究の基盤となっています。
身近なモノでいうと、「自然現象の雷」のように瞬間的(短時間)に大きなエネルギーを生み出すもので、そのキーポイントになるスイッチの特性に関する研究をしていました。この「パルスパワー」を使うことで、プラズマを発生させることができます。「プラズマ」は、物質の第4状態と呼ばれ、気体を構成する原子や分子にエネルギーを加え、その一部またはすべてが電子とイオンに分離された状態のことを指します。
自然界で言うと、太陽やオーロラ、もっと身近であれば蛍光灯の中などもプラズマです。今でこそ一般的な「プラズマ」ですが、当時は現在の「IoT」や「AI」、「ディープラーニング」にあたる最先端の領域でした。
そして、高専時代に学んだ基礎知識や技術を生かす応用研究が楽しかったこともあり、企業へエンジニアとして就職する進路を考えました。教員になる夢もありましたが、「タイミング次第でもあるし、いつかなれたらラッキーだ」という気持ちでしたね。
そんな中、内定をいただいていた修士課程修了の直前のことです。恩師から募集の話を聞き、母校の大島商船高専で教壇に立つチャンスが訪れました。
―運命を変えたタイミングだったのですね。
はい。これを逃すと、いつ次のチャンスがくるかもわからない。夢の実現や自分の母校への恩返しなどさまざまな思いがあり、結果的には母校の教職に就く道を選びました。
プラズマを応用した「塗装剥離システム」を導入したい
―夢の高専教員になってからはいかがでしたか。
1年目は新米教員としての仕事を覚えるため業務に徹し、2年目からは教員をしながら長岡技科大の博士課程に在籍して、高専の研修制度などを使いながら、単位の取得と論文執筆のための研究に励みました。
―教職と博士号取得を両立されたのですね。
長岡技科大の博士課程に在籍した当初の約10カ月は、それはもう大変でした(笑) 平日は博士課程の単位を取るための授業と研究で、休日も自分の研究に関する勉強。休む暇なんてもちろんありませんでしたが、それなりに研究室のみんなとも研究に関するディスカッションをしたり、他愛もない話で笑ったり、飲んで食べてと楽しんでいましたね。
この10カ月が過ぎた後も、たまに大学へ行く楽しみの1つは、やはり旅でした。大島商船高専がある山口から長岡技科大がある新潟まで、同じ目的地でも「今回は日本海ルートで行ってみようか」「今回は車で行ってみようか」と、ルートや交通手段を変えるんです。すると、今までに見たことのない景色に出会えて、その時間がとても楽しみになりました。
―現在の研究内容についてお聞かせください。
大島商船高専に着任してからは、大気圧プラズマの応用について研究を展開してきました。大気圧プラズマとは、従来は真空の状態で発生するプラズマを大気圧下で安定して発生させたもので、主に基材表面の洗浄や有機物除去、親水化(物質の表面が水になじみやすくなること)などの表面処理に使用されます。
私が行っているのは、所属している大島商船高専の特色の1つである船をキーワードにして、この技術を応用した塗装剥離システムの開発です。
従来、船の修理時などに塗り替えが必要となる塗装は、剥離剤や研磨工具を使い、物理的に剥がされてきました。この方法だと、塗装部分だけでなく、船体やパーツまで傷を付けてしまうことがあるんです。その問題を解決するために、プラズマを応用した塗装剥離システムを導入できないかと研究を続けています。基礎研究の成果も出てきていますので、今後は船舶用に技術を応用して展開する段階に移ります。
瀬戸内海の西部に位置する周防大島(屋代島)にある大島商船高専には「商船学科」があるので、船や海などの研究環境に恵まれています。早ければあと3年で実証実験まで進めたいと考えています。
―教育面で力を入れている活動があれば教えてください。
2012年から、プラズマに関連のある長岡技科大の教員をはじめ、全国の高専教員19名が所属している「高専-技科大プラズマネットワーク」に在籍しています。これは、長岡技科大時代の恩師である原田信弘先生(現在は退職)を中心に立ち上げたネットワークです。そして、高等専門学校における放電・プラズマ・パルスパワー技術教育に関する調査専門委員会を今年度から立ち上げ、委員長を務めています。
立ち上げ背景には、高専教育においてプラズマ工学を専門的に学ぶ機会が非常に少ないことがありました。プラズマは化学反応などに広く応用される技術で、半導体の製造工程には放電・プラズマ・パルスパワー技術が切っても切り離せません。にも関わらず、現場の高専教育におけるプラズマの学習は断片的で、教育方法に改善の必要がありました。
私たちはこれらの技術教育の現状を調査し、必要なポイントや要素を明らかにして技術教育に役立てようとしています。「プラズマ」は社会のために使える素晴らしい技術である一方で、使い方を間違えると生命を脅かす危険なものにもなる。だからこそ、安全性をきちんと理解しながら、プラズマ技術を応用できるエンジニアや研究者を育成したいと考えています。
興味を突き詰め、答えに近づこうとする姿勢が大切
―ズバリ、中村先生が感じられている「プラズマ」の魅力とは何でしょうか。
「プラズマの技術を使えば何でもできる」。そう言い切れるくらい可能性を秘めている物質であることが魅力だと思っています。だからこそ、高専というネットワークを通じて、医療分野や機械分野、生物分野、農業分野など多種多様な分野とのコラボレーションができたら、いろんな発想ができておもしろそうですよね。
―最後に学生へのメッセージをお願いします。
「なぜ」を考えていますか。例えば、電気の実験。豆電球を1つ光らせるだけでも「なぜ光るか?」と考えているでしょうか。答えがすぐに出なくても考えてみてください。「電流が流れるから」とわかったら、次は「なぜ電流が流れるのか」を考えてみましょう。「なぜ」に気付き、深める姿勢が大切だと思うからです。
答えは勉強すればすぐにわかりますが、「なぜ」を考える訓練は早い時期から積み重ねることが重要です。少しでも興味を持ったことから、「なぜ」を考える練習を始めてみてください。
中村 翼氏
Tsubasa Nakamura
- 大島商船高等専門学校 電子機械工学科 准教授
2000年3月 大島商船高等専門学校 電子機械工学科 卒業
2004年3月 長岡技術科学大学大学院 工学研究科 電気・電子システム工学専攻 修了、修士(工学)
2004年4月〜2007年3月 大島商船高等専門学校 電子機械工学科 助手
2007年4月〜2011年3月 大島商船高等専門学校 電子機械工学科 助教
2009年12月 長岡技術科学大学大学院 工学研究科 エネルギー・環境工学専攻 博士課程修了、博士(工学)
2011年4月〜2015年3月 大島商船高等専門学校 電子機械工学科 講師
2015年4月より現職
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