進学者のキャリア大学等研究員

音響心理学をメインに、農業や医療分野まで。社会に役立つ「音」の研究と、その可能性について

SHARE

この記事のタイトルとURLをコピーしました
公開日
取材日
音響心理学をメインに、農業や医療分野まで。社会に役立つ「音」の研究と、その可能性についてのサムネイル画像

広島市立大学の情報科学部で音響心理学を研究する石光俊介先生。音響メーカーから高専教員を経て、現在は学部長、大学院情報科学研究科長を務められています。「音」を通して農業から医療まで、企業や大学との共同研究に取り組み、地域や社会に役立つ研究を続ける石光先生に、お話を伺いました。

企業から大島商船高専の教員に。留学先のイギリスで研究を決意

―進学先として高専を選んだ理由や、教員になったきっかけ等を教えてください。

高専を志望している友人をきっかけに、高専には専門的な学びがあることを知り、徳山高専を受けました。友人は不合格でしたが(笑)、友人が誘ってくれなかったら、普通高校に進学していたと思います。人生が大きく変わりました。

高専生の頃の石光先生
▲高専生の頃、工場見学のバスにて

高専時代は非常に楽しかったですね。部活動では応援団に入ることになるんですが、野球の応援をしました(笑) 新聞部の部長もしていて、討論会の企画などを通じて、高専から大学編入の道があることを知り、驚いたことを覚えています。

また、前園先生の電気研究室に配属され、卒業研究ではAIの一種であるエキスパートシステムに取り組みましたね。就職も考えていましたが、高専での学びに魅力を感じ、専門的な教育に力を入れていた豊橋技術科学大学に編入学することになります。

前園先生の電気研究室にて
▲前園先生の電気研究室にて(1番右:前園先生、中央:石光先生、1番左:山下技官)

豊橋技科大学は修士課程とセットになっていて、学部で卒業して就職する学生は少なく、大学院へ進学します。私はシンセサイザーの音楽が趣味だったので、大学院のインターンシップでは、ヤマハの音響研究所に3カ月間いました。

大学生のころに、豊橋から山口へバイクで帰省中のお写真
▲大学生のころの石光先生。豊橋から山口へバイクで帰省中のお写真

そして、結局はご縁もあってパイオニアに就職します。一方、研究者になりたいというわけではなかったのですが、卒業時に修士論文副査の先生からいただいた「この修士論文は、博士論文でも通用する」というお褒めの言葉を真に受け(笑)、働きながら大学院に通い、博士論文まで完成させました。

パイオニアに勤められていたころ、恩師の北川教授と国際会議へ行った際の写真
▲パイオニアに勤められていたころ、恩師の北川教授と国際会議へ

―パイオニアでの勤務から高専教員、そして大学教員になられたのはなぜですか?

家族が実家の山口県に帰りたいとの希望があったので、転職を考え、山口県に里帰りしていた際に、徳山高専時代の前園先生に相談しました。そしたら、大島商船高専で求人があり、学位を持っているなら応募してみたらどうかとアドバイスされたんです。

パイオニアに勤められていたころの石光先生
▲パイオニアに勤められていたころの石光先生

そこで、書類を提出し、校長と面接し、翌々日には内々定をいただきました。まだもう少し会社には勤めたかったのですが、家族としても良い決断だったと思っています。

大島商船高専では電子機械工学科で、マイコンのプログラム教育を担当しました。特にZ80(マイクロプロセッサ)を使用するハードウェアとソフトウェアについて教えていまして、当時、このような電子技術系教員に空きがあり、タイミングが良かったのだと思います。

大島商船高専の教員時代に、学生と撮った記念写真
▲大島商船高専の教員のころ、寮務主事補として学生と記念撮影

大島商船高専には8年間在籍しました。高専は高等教育機関ですが、研究も求められるため、大変な責任があります。私は現在大学の教員であり、学部長も務めていますが、高専教員の方が大変だったかもしれません。

ただ、2002年は在外研究員としてイギリスのサウサンプトン大学で半年間過ごし、その間いろいろな出会いがあって、より研究を深めたいと思いました。帰国後は高専へ戻りますが、その後、兵庫県立大学、広島市立大学で教えることになりましたね。

ウサンプトン大学にて、受け入れ先である音響振動研究所のエリオット教授と共に
▲サウサンプトン大学にて、受け入れ先である音響振動研究所のエリオット教授と共に

「音響」を通して、企業と共同研究を進める

―現在ご研究されている音響心理学、ANC(Active Noise Control)についてお聞かせください。

音響心理学は、音を聞いたときに人がどのように感じるかを研究する分野です。例えば、車の運転中における周囲の騒音に対して“気になり始める”と“気がつかない”との違いとかですね。順応という過程や、脳の認知機能である選択的注意なども関連しており、生理学や心理学的なアプローチで人々の音の感じ方を研究しています。

実はイギリスからの帰国以降、高専で同様の研究を学生と一緒に行いました。国内での音響心理学の研究は比較的少ないですが、音響学会などで一定の研究が行われています。現在ですと、多くの企業が快適性や心地よさを提供するために音響心理学を活用し、音の評価を行っているんですよ。

兵庫県立大学に赴任された石光先生
▲大島商船高専の後、兵庫県立大学に赴任された石光先生

そして、ANCはデジタル処理で騒音をなくす手段で、打ち消したい騒音の波と逆の波を出すことによって打ち消しています。この技術はイヤホンでよく使用されているほか、車内のエンジン音を打ち消すためにも使用されています。特にホンダでは、ANCが気筒(※)停止する車に搭載されていますね。

※エンジンの燃焼機関となる金属の筒。シリンダー

具体的には、エンジンの走行モードを制御することで燃費を改善するために、半分の気筒を一時的に停止し、車内にマイクとスピーカーを配置して、ANCで低周波音を打ち消しています。同様のアプローチを船舶でも行いましたが、船内全体の音を制御するのは難しかったですね。

船舶にてANC実験をしている様子
▲船舶にてANC実験中の1コマ

また、マツダや東洋紡などの企業と車の音に関する共同研究も行っています。特にマツダはデザインに力を入れていることで知られていまして、心地よいエンジン音をつくり出すため、心理学的な知見を活用してサウンドデザインに取り組んでいますね。

―研究では、時間周波数解析という方法も使用されているそうですね。

時間周波数解析は、短時間で局所的に変化する音響空間を分析するのに適した方法です。大学時代のヤマハでのインターンシップで関わりました。ヤマハはコンサートホールの設計に携わっているので、建築音響の研究を行っているんです。音の評価のためにプログラムを作成し、ホールの音響特性を調査していました。

ヤマハの研究者のみなさんは音楽に造詣が深く、コンサートホールが完成すると地元の人々を招待し、自ら演奏して楽しんでもらっていました。今はヤマハの研究所は解散しましたが、多くのメンバーが大学教員として活動しており、交流が続いています。

―石光先生はそのほかにも、農業や医療の分野で、企業との共同研究も進められています。

農業分野では、豚の耳にセンサーを取り付け、心拍や呼吸の信号、体内の音を拾ってクラウドに送信し、そこでAIによる判定を行うことで、農家に豚の健康状態を伝えるシステムを開発しています。この研究は現在7年目で、再来年には企業に提供し、実用化を目指しているところです。

豚の耳にセンサーを取り付けて実験している様子
▲豚の耳に実際にセンサーを取り付けて実験中

医療分野では、日本大学の松戸歯学部との共同研究で、アデノイド肥大が起こっているかを患者の声から判定する方法を研究しています。アデノイドは鼻から喉に移るところにあるリンパ組織の塊で、2歳から5歳の頃に最も大きくなり、それが大きくなりすぎると鼻づまりや口呼吸、ひどくなると睡眠時無呼吸症候群が起こる病気です。

アデノイド肥大の診断にはX線などが使用されるケースがありますが、幼少期からのX線被曝には慎重な対応が必要になります。ですので、声から診断する方法を開発しようとしているのです。

日本大学 松戸歯学部と共同研究中のお写真
▲日本大学 松戸歯学部と共同研究中のお写真

「来たときよりも美しく」——研究を通して魅力ある学生に

―先生の教育方針について教えてください。

「来たときより美しく」と学生には言っています。研究室に入る前よりも人間的に・スキル的に魅力ある能力を身につけることが大切という意味です。

石光先生のゼミの風景
▲石光先生のゼミの風景

人間性を完全に評価することはできませんが、少なくとも学生たちが卒業する際には、何らかの成長を感じるようになってもらいたいと思っています。そのためには、例えば国際会議での発表や留学制度などの機会を提供することが重要です。

学生が海外で経験を積んで帰ってくると、大きな成長を感じることができます。そのような機会をできる限り提供することが私の役割です。そのためには学生自身も費用を負担する必要がありますが、企業などからのサポートを受けて、学生の発表や経験の場を提供していますね。

NYで学生と撮った写真
▲学生とNYへ

―高専生の印象や、これから高専を目指す中学生へのメッセージをお願いします。

高専から編入学される学生は、一度卒業研究を終えてから大学に入るので、研究の進め方やまとめ方が分かっているなと思います。ただ、英語がちょっと弱いかと思うんです。ちなみに私の研究室では、朝英語ゼミを毎日導入しています。

中学生の方には、目的意識を持って努力を継続できる人、受験勉強の間も柔軟に長所を見いだして伸ばせる人にとって、高専という環境はかなり魅力的であるということを言いたいです。自分の可能性を伸ばすためには、専門分野を深く学ぶことが重要ですので、それに特化した高専のカリキュラムは非常に有効です。今でも私は、高専に進学して本当に良かったと感じていますよ。

石光 俊介
Shunsuke Ishimitsu

  • 広島市立大学 情報科学部 学部長、教授
    同 大学院情報科学研究科 研究科長

石光 俊介氏の写真

1986年 徳山工業高等専門学校 機械電気工学科 卒業
1988年 豊橋技術科学大学 工学部 卒業
1990年 豊橋技術科学大学 工学研究科 博士前期課程 修了(修士)
1990年 パイオニア株式会社 入社
1995年 博士(工学) 論文による,豊橋技術科学大学
1997年 大島商船高等専門学校 電子機械工学科 助教授
2005年 兵庫県立大学 大学院・工学研究科 助教授
2007年 広島市立大学 情報科学研究科 准教授
2011年 同 教授
2023年 同 研究科長・学部長

SHARE

この記事のタイトルとURLをコピーしました

徳山工業高等専門学校の記事

「学生の心に火をつけるチャッカマンでありたい」。学生と同じ目線で共感する海田先生のスタイルとは。
高専在学中の転科や、文系大学への編入学を経験したからこそ言える「進学の良さ」とは
宮崎先生
科学の魅力を広めたい! 「まるごと徳山高専」を通して挑戦する地域社会との共創

アクセス数ランキング

最新の記事

交流会
月刊高専主催「高専教員×企業交流会」。具体的な質問も飛び交っていた当日の様子をレポート
アイキャッチ画像
研究職からプロアドベンチャーレーサーに転身! 「自分の選んだ道こそが正解」と胸を張って言える人生に
宮下様
高専は何でも学びになるし、人間としての厚みが出る。「自立して挑戦する」という心意気