2024年から北九州高専に勤める奥真裕先生は、中央アジア・トルクメニスタンの国家語であるトルクメン語研究の第一人者。現在は英語を教えながら、留学生との交流を深める課外活動にも力を入れています。多言語を学ぶ奥先生に聞く、言語を学ぶ魅力やコツとは……?!
独学でさまざまな外国語を学習
―幼いころから外国語に興味があったのですか。
出身地の福岡県みやま市はのどかな田舎町で、のんびりとした雰囲気でした。ですので、中学で学んだ英語がいわゆる初めての外国語。町にひとつしかない中学校にALT(Assistant Language Teacher, 外国語指導助手)の先生が常駐していたことが大変貴重で、私にとって初めての海外との接点になりました。
その先生は日本語がほとんど話せなかったので、積極的に英語を使う私がクラスの中でも特によく先生と会話する生徒になりました。休み時間に話しに行ったり、日誌を英語で書いて出したりと、自分なりにできる方法でコミュニケーションを取っていましたね。そのおかげもあり、英語は比較的できたほうでしたが、どちらかというと数学や生物など理数系のほうが得意だったと思います。
家から通える場所に有明高専があり、進学した同級生が何人かいたので、高専の存在は当時から認識していました。しかし、私自身は工学系の分野に関心があったわけではなく、普通科の高校へ進みました。
高校では英語とは別の外国語に興味を持つようになり、ラジオの番組でドイツ語やフランス語を聞いていました。また、休眠状態だった「英語部」を「語学部」に名前を変えて活動を再開し、アラビア語やロシア語などにも幅広く触れていきました。
そうしたなか、「日本語の文法と構造が似ている言語がある」と知り、大阪外国語大学(現:大阪大学 外国語学部)のトルコ語を受験。今考えると「S(主語)+O(目的語)+V(動詞)」の語順をとる言語はそれほどめずらしいわけではないのですが、当時は面白いと思い、その道へ進むことに決めたのでした。
—大学生活や渡航経験について聞かせてください。
大学ではトルコ語のほかに、ドイツ語、ロシア語、アラビア語、ハンガリー語などたくさんの語学を学んでいました。19歳で初めてトルコへ行き、3年生(20歳)のときには1年間イスタンブールに留学。語学学校に断続的に入学し、夏休みなどには近隣の国をいろいろと放浪して過ごしました。
現地ではトルコ語の仲間の言語を話す人も多く、ウズベク人、アゼルバイジャン人、トルクメン人、ウイグル人など、さまざまな留学生と出会い、近い関係にある言語を学ぶ楽しさに魅了されていきました。
トルコにいる間はアゼルバイジャンに1カ月、それからかつてオスマン帝国領だった国などを周ろうと、1カ月で20カ国ほど巡りました。ブルガリア、セルビア、ボスニア、クロアチア、スロベニア、ハンガリー、チェコ、スロバキア、ポーランド……。どこも2、3泊ずつの滞在だったのでハードでしたが、25歳以下の割引料金で鉄道に乗り、各国で辞書を買いながらトルコ語の影響を肌で感じて喜んでいました。
そして、トルコや周辺の国・地域の言葉を知るにつれ、「トルコ語よりもマイナーな言語を研究したい」と考えるようになりました。一般的にはマイナーと思われるトルコ語ですが、言語学の世界では比較的研究が進んでいる言語です。「研究が進んでいない言語であれば、研究しやすいだろう」と考えるうちに、トルクメン語(トルクメニスタン、イラン、アフガニスタンを中心に話されている言語)との縁が生まれました。
トルコ語からトルクメン語へ
—トルクメニスタンはどんな国ですか。
中央アジア南西部に位置する国家で、1991年にソ連から独立しました。人口は約650万人、多民族国家で、イスラム教スンニ派が大半を占めます。国土の85%が砂漠で、豊富な石油や天然ガスを埋蔵する資源国としても知られています。
―トルクメン語を深めることになったきっかけは何でしたか。
日本語教育ボランティアをしていた友人です。その友人が日本語を教えていた相手が、トルクメニスタンの方でした。今では留学生もだんだん増えてきましたが、当時はトルクメン人が国内に10人もいなかった時代です。この貴重な機会を逃すまいと手元の資料を駆使してつたないトルクメン語で手紙を書き、友人を介して交流を始めました。
そのうち、日本語教師の需要があることがわかり、そのニーズに応じて私も資格を取得して、トルクメニスタンの大学の日本語講座で約1年半教鞭をとりました。しかし、修士課程に在学中でしたので、いったん帰国することに。その後、縁あって駐日トルクメニスタン大使館で通訳・翻訳官を経験するなど、日本と海外をつなぐ外交の仕事に携わるようになりました。この頃、外交をはじめ、経済、学術などあらゆる面で日本との国交が盛んになっていきました。
博士課程では在トルクメニスタン日本国大使館の専門調査員として勤務する機会を得ました。この間に経験した大使館関係の業務では、国内外の要人を交えた会談や国家行事に立ち会うことも多かったですね。
その後、家族の生活を考えて日本で仕事を探すことになりました。2度目の修士論文では認知言語学の分野で英語や日本語も研究対象に加えていたので、「トルクメン語に限らず言語に関わる職に就けたらいいな」という気持ちがありました。そうして見つけた就職先が、北九州高専の英語教員でした。
言語の真のおもしろさに触れてほしい
—高専に赴任して約6カ月が経ちました。高専でのお仕事はいかがですか。
現在は1年生の英語表現の授業と、4年生の資格試験対策などを担当しています。高専生はみなさん真面目で、授業もしっかりと聞いて勉強に向き合っていると感じます。あくまで英語教諭なので、トルクメン語の存在はそれほど出さないようにしているのですが、「トルクメン語では何て言うんですか?」と、なかには話題を振ってくれる学生もいます(笑)
マイナー言語の研究者として思うのは、「語学に幅広く関心を持ってほしい」ということ。就職や進学に必須とされる英語だけではなく、世界にはいろいろな言語があるということを考えて勉強してほしいと願っています。
また、授業では日本語や方言など、身近な言語の文法にも関心を持ってもらうことを大事にしています。最も身近な言語である日本語の文法を客観的に理解することによって、学習している英語についての理解が深まると考えています。外国に行くと、現地の言葉で日本語や日本文化の説明を求められることが多いので、そうした時にもきっと役立つでしょう。
—その他の学校活動について教えてください。
サッカー部と英会話研究部の顧問をしています。本校は留学生の数が少ないので、日本人学生と留学生が交流できる仕組みづくりを進めたいと思っていますが、これについては今後の課題としています。
—高専で学ぶことのメリットは何だと思われますか。
私は高専卒ではありませんし、これまでも大学生や大学院生を対象に教えてきました。高専のことはこれから深く知っていけたらよいと思っています。
高専では5年間を通して教育に携われるので、学びの本質や研究の魅力に触れられる機会が提供できたらと思っています。これからのエンジニアにとって、英語は当たり前の時代。情報収集にもコミュニケーションにも、外国語は不可欠です。高専生は理系科目が得意な一方、英語に苦手意識を持つ学生も多いのですが、まずは身近な言語に関心を持つことがスタートラインではないでしょうか。
—最後に、語学学習のコツがあればぜひ教えてください。
私は今までたくさんの言語に触れてきました。大学や大学院では、「調査や研究に必要な資料は何語でも何とかして読む」が当たり前でした。毎日こつこつ勉強するのは苦手なので、特別なことをしてきたわけではありません。
高名な言語学の先生の言葉で思い出すのは、「語学の勉強のコツは、やめないこと」という一言。期間が少し空いたとしても、やめない以上は「継続」なので、そうしてとにかくやめないことが大事なのだと思います。おかげで私自身も、腐れ縁といった感じで、細く長く外国語と付き合うことができています。
奥 真裕氏
Masahiro Oku
- 北九州工業高等専門学校 生産デザイン工学科 (一般科目(文系)) 講師
【学歴】
2006年3月 福岡県立伝習館高等学校 卒業
2006年4月~2011年3月 大阪大学(旧:大阪外国語大学) 外国語学部 地域文化学科(トルコ語専攻)
2011年4月~2015年3月 東京外国語大学大学院 総合国際学研究科 博士前期課程 言語文化専攻
2015年4月~2021年3月 東京外国語大学大学院 総合国際学研究科 博士後期課程 言語文化専攻
2021年4月~2023年3月 佛教大学大学院 通信教育課程修士課程 文学研究科 文学専攻(英米文学系)
【職歴】
2012年9月~2014年3月 トルクメニスタン国立アザディ名称世界言語大学 東洋言語・文学部 日本語講座 常勤講師
2014年4月~2015年11月 駐日トルクメニスタン大使館 通訳・翻訳官
2017年5月~2019年5月 在トルクメニスタン日本国大使館 専門調査員
2022年11月~2024年3月 筑波大学 人文社会系 特任研究員
2024年4月より現職
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