
子供のころの官僚になるという思いを叶え、文部省(現:文部科学省)で法改正や人材育成に関する立案など幅広い分野の仕事をされた後、2023年4月に福島高専に着任された田口重憲校長先生。官僚時代のお仕事や、福島高専ならではの取り組み、教育への思いなど、さまざまなお話を伺いました。
文部省や研究機関での幅広い経験が高専での教育に役立つ
―東京大学の法学部をご卒業されて、文部省へ入省されています。
親の仕事である国家公務員に小さい頃から興味を持ち、いつしか「国家に関わる大きな仕事をしてみたい」と官僚に憧れるようになりました。当時は東京大学を出て官僚になる人の割合が多く、その道へ進むために東京大学へ進学しました。
高校生の頃には、テレビドラマ化もされた、官僚内部のドラマを描いた小説『官僚たちの夏』を読み、とてもやりがいのある仕事なのだろうと、思いを強くしたものです。
中でも文部省を選んだのは、大学生のときの塾講師のアルバイトがきっかけでした。バイトという形でも「教育」に携わり、今後も深く関わっていきたいと魅力を感じたのを覚えています。
―文部省でのキャリアの中で、印象に残っている仕事について教えてください。
1992年頃、入省して4年目の若い頃に、著作権法の改正作業を行いました。当時、国内では前例のない制度である「私的録音録画補償金制度※」を著作権法の中で規定し、それを導入。画期的な法制度に携わることができたのは、とても思い出深い経験です。また、2000年前後の行政改革の際に、独立行政法人制度が導入され、独立行政法人通則法の立案を当時4人のチームで担当したのも印象深く残っています。
※デジタル上で録音・録画できる機器を用いた私的複製に対して補償金を権利者に分配する制度
―文部科学省では理数系人材の育成にも携わったそうですね。
省庁統合がなされた後に、文部科学省に科学技術・学術政策局という新しい局ができ、理数系の人材育成に関する立案に携わりました。人材育成の重要さをより考えるきっかけになったのは、言うまでもありません。
その後、国立教育政策研究所では理数教科書の国際比較調査を担当し、理数教育に関する興味関心がさらに深まっていきました。ちなみに、理数系の科目は幼い頃から好きで、高校では理数系進学者向けの授業を受けていたことも、興味関心を深める一つの要因だったと思います。
―官僚としてさまざまなご経験を積んだ後に、「高専」という新たな環境に着任されたのですね。
福島高専には2023年の4月に着任しました。官僚から高専の校長先生というのは珍しいルートかもしれませんが、私は一般的な官僚とは少し異なる経歴を送っています。大学の教員、研究者としての期間が比較的長いことです。著作権法の立法を担当した経験から、後に3年間、大学教員として横浜国立大学で知的財産権法の教育・研究に携わり、国立教育政策研究所でも合計4年ほど研究活動を行っています。
また、官僚は2年ほどで異動するのが一般的です。私も、さまざまな局で幅広い分野のお仕事に携わらせていただきました。例えば、出向先の内閣府で法医学の先生たちと一緒にお仕事をさせていただいたときには、法医解剖の課題をお聞きし、社会を支える課題を、様々な角度から見てなければ物事を解決に導くことはできないのだと考えさせられました。このような今までの幅広い経験が、教育への考え方やアプローチの仕方、高専運営にも影響を与えているのだと思います。
自ら考え行動できる「次世代技術者」の育成に向けて
―福島高専で実施している特徴的な取り組みについて教えてください。
福島高専は「持続可能な社会発展を目指し、グローバルに活躍する次世代技術者を育成する」というスローガンに基づき、さまざまな取り組みを行っています。スローガンの「次世代技術者」とは、「自ら課題を発見し、考え、解決に向けて行動できる、次の時代を切り拓いていく技術者」を指していると私は考えています。
この教育方針に伴い、本校では昨年度からアントレプレナーシップ教育に力を入れ始めました。国や高専機構による推進が大きなきっかけではあるものの、起業家のような精神や心構えを醸成するために、取り組みを進めています。
今の高専の学生たちは、貴重な中学生時代をコロナ禍に過ごし、なかなか思うままに行動できない経験をしてきた人たちです。アントレプレナーシップを身につけてもらい、行動は自ら考えて起こすものであると、そして自分たちはできるのだと、そのような成功体験をしてもらえたらと思います。
具体的には、1年次に「アントレプレナーシップ入門」を、4年次に「アントレプレナーシップ実践」という科目を新設しました。1年生には、今年度は、いわき市教育文化事業団と協力し、地域課題の解決に取り組んでもらっています。例えば、教育文化事業団が指定管理者として運営を行う博物館などをアピールするグッズ等の制作です。昨年末(2024年11月)には、どのようなグッズをつくるのが良いのかと構想を練る段階に入っています。

また、これらは選択科目ですが「アントレプレナーシップ入門」を履修してくれた1年生が、4年生になって、身につけた知識や力を「アントレプレナーシップ実践」で発揮してもらうことにも期待しています。
―アイデアを形にする工房である「磐陽(ばんよう)テックガレージ」について教えてください。
磐陽テックガレージは、「モノづくり」ができる工房と「コトづくり」に活躍するスタジオを兼ね備えたスペースです。校内には実習工場はあるのですが、機械システム工学科がもっぱら使用する施設となっていました。この磐陽テックガレージは学科・学年を問わず誰でも利用でき、学生たちに自由な使い方をしてもらっています。

「コトづくり」の定義づけは難しいのですが、映像制作を通して地域の魅力の発信などに活用してもらえたらと思い、コトづくり用のスタジオにカメラや編集機器、クロマキー用の背景幕など、映像作品をつくれるような機材を置いています。学生に福島高専の文化祭「磐陽祭」のショートムービーや、地域の夏祭り「いわき踊り」のショートムービーをつくってもらいました。

本校にはものづくりサークルがあり、部員は、ほぼ毎日磐陽テックガレージの工房を出入りしています。スタジオは、無線通信部の活動の場となっています。低学年・学科を問わず使ってもらうため、缶バッチがつくれる道具を置いて「缶バッチコンテスト」を開催するなど、人が集まりやすい、工房を見に来てもらうための工夫を施しています。
―他にも、福島高専では学科の枠を超えたグループ活動を実施しているそうですね。
福島高専の特徴は、高専では珍しいビジネス系の科目を学べる学科「ビジネスコミュニケーション学科」を有している点で、工学系とビジネス系のシナジー効果を狙っています。例えば、学科を超えたグループで学習を進める「ミニ研究」を2年次に配置し、刺激し合う関係をつくる工夫をしています。
ミニ研究は、それぞれの先生方が提示するテーマに対して、学生たちがやりたいと思うテーマを選び、集まったメンバーで研究を進めるという内容です。例えば、いわき市の海岸には、踏むとキュッと音がなる「鳴き砂」があります。これは砂に不純物が少なく綺麗だからこそ起こる現象であり、この鳴き砂の仕組みの研究や保全活動に取り組むチームがありました。

変わった研究であれば、最「硬」の泥団子を研究したチームもありました。高専にある計測機器で実際に数値測定をし、固さなどを計測し研究を進めていたようです。他にも、地域防災について考えるチーム、数学にちなんだ研究や国際交流に関わる研究など、さまざまなテーマに対して学科の域を超えて取り組んでもらっています。
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高専を「知のワンダーランド」として楽しんでほしい
―福島高専で取り組んでいる、地域貢献活動にはどのようなものがありますか?
福島ならではと言えば、やはり震災復興や廃炉に関する活動でしょう。
浜通りの震災復興に関する活動として、まず、公益財団法人福島イノベーション・コースト構想推進機構の支援を受けて、復興知事業に取り組んでいます。その取り組みを広野町で展開し、「みかんプロジェクト」としています。
「みかんプロジェクト」では、広野町のみかんやバナナ栽培の持続性を高める取り組みとバイオ技術を利用して有用酵母菌を探す取り組みを、本校学生だけでなく、地元の小中高生も参加して行われています。また、地域のビール会社と連携して、海藻の酵母を活用したビールづくりをする取り組みなども「みかんプロジェクト」で行っています。
加えて、福島復興のシンボルとして、2023年4月に浜通りにできた福島国際研究教育機構(F-REI)が設立されました。F-REIは東北地方の復興や科学技術の強化に向けて、世界から研究者を集め、研究活動を行う組織です。この機構の設立により、福島復興の新たなフェースが始まりました。F-REIは研究施設の建設の準備を進めている段階ですが、F-REIによる研究活動は始まっています。福島高専もF-REIが行っている委託研究に対して、積極的に参加するなど貢献に努めています。

参加している研究ですが、例えば原子力災害後の街づくりの委託を受けた先生や、他大学と連携しながらダイヤモンド半導体に関する研究に参画する先生が福島高専に在籍しています。今後、F-REIの活動はより具体化していくため、しっかりとした連携が福島高専に期待されていることだと考えています。
次に、廃炉や原子力規制人材の育成に係る活動です。特に関心を持っていただきたいのが、廃炉創造ロボコンの開催・運営です。これは若い世代に廃炉への関心を持ってもらうために始まったコンテンストで、廃炉作業で必要だと考えるロボットを学生たちが製作し、競い合うものです。毎年12月に福島・浜通りで開催され、2024年で第9回となります。毎年、全国の高専に呼びかけて十数チームが参加し、中には海外の大学からの参加もあります。

―地域の子どもたちへの体験授業の開催もされているそうですね。開催への思いや取り組み内容を教えてください。
私は東京で生まれ育ち、福島高専への着任で初めて福島県のいわき市で生活を送ることになりました。そこで実感したのが、いわきと東京では子どもたちの学校外での科学体験の格差です。東京には科学館や博物館が数多く点在しています。一方、いわき市には、子どもたちが日常的に科学やテクノロジーを体験できるような環境がありません。子どもたちに対する取り組みを充実させなければならないと痛感しました。
福島高専では、小中学生を対象としたモノづくりの体験教室、理科に対する取り組みを通年実施しています。福島高専の文化祭でも、各学科が子どもたちを対象とした科学の実験教室を開催しています。例えば化学・バイオ工学科では人工いくらやフェイクスイーツをつくる教室を、他の学科ではアクリル板に模様を書いてキーホルダーをつくる教室もありました。

2024年度は、F-REI主催の科学教室に福島高専の先生と学生が出向き、放射線の通り道を見られる霧箱での実験を行いました。F-REIからの委託授業の中では、小学生を対象に一泊二日のサマースクールを開催し、震災学習やものづくりなど複合的なテーマで体験学習を実施しました。
今年3月には新たに企業と連携した小学生向けのサイエンスフェアの開催も計画しており、地域の子どもたちを地元企業とともに育てていくような取り組みに発展していけばと考えています。
―今後、田口校長先生が取り組みたいことや目指しているビジョンを教えてください。
先生方や地元の企業などの協力がなければ難しいことですが、授業で学べること以外の、より高度な内容を学生が少人数でも学べる環境をつくっていきたいと思います。福島高専は原則15時までに授業が終りますので、15時以降の時間を活用し、授業で習ったことの次のステップである高度な内容を体系的に学べる環境をつくれたらと考えています。
また、福島高専の学生は非常に素直で、同時に奥ゆかしさを持った人たちばかりです。積極的に前に出て、さまざまなことに取り組む学生はまだ少ない。高専にはいろんなことに挑戦できる環境があるので、ぜひ積極的に取り組んでほしいと思います。
ただ、コロナ禍に自主的な活動が制限され、学生たちが取り組み方をわかっていないのも事実です。私たちが今後すべきは、取り組み方、モデルを示しながら、学生たちの自主性、自主的活動につなげていくことだと考えています。
昨年 2024年末に、科学技術とアートの融合の取組として、60周年で整備した屋外のコモンスペースを活用し、新たに「光と音の祭典」を開催しました。音楽、演劇やダンスと照明制御技術を組み合わせたイベントです。技術と社会の関りには様々な形があります。自由な発想をもって挑戦してほしいと思います。この祭典が将来的には地域を巻き込んだものに発展していくという夢を見ています。
―最後に、高専生へのメッセージをお願いします。
高専では授業だけでなく、モノづくりやコトづくりを行う環境が整備されています。その設備を使い倒すくらい、楽しんで取り組んでほしいと思うものの、楽しむためには知識が前提になります。
例えばモノづくりのために3Dプリンタを使いこなすには、3Dデータに関する知識が必要です。知識と知識の組み合わせで、新たなものを生み出すことが可能になります。高専は、知識を基盤とした自由な発想でのモノづくり・コトづくりができる「知のワンダーランド」であるといえます。福島高専で、知の活用を楽しんでほしいと思います。
そして、授業での勉強だけでなく、モノづくりを通じて地域社会にどう貢献できるか、ぜひチャレンジをしてみてください。ロボコンをはじめとしたコンテストは、自分のアイデアやスキルがどのくらい社会に通用するのかを確認できる場でもあります。どんなことでも良いので、高専生の積極的な挑戦を心から応援しています。
田口 重憲氏
Shigenori Taguchi
- 福島工業高等専門学校 校長

1983年3月 東京都立戸山高等学校 卒業
1989年3月 東京大学 法学部 卒業
1989年4月 文部省(現:文部科学省) 入省
2001年4月 横浜国立大学 助教授
2004年4月 文部科学省 科学技術学術政策局 企画官
2012年8月 文化庁 著作権課長
2013年7月 内閣官房 知的財産戦略推進事務局 参事官
2015年9月 国立教育政策研究所 研究企画開発部長
2017年4月 内閣府 死因究明等施策推進室 参事官
2021年11月 文部科学省 研究振興局 主任学術調査官
2023年4月より現職
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- 9回の転職を経験し、うつ病を発症——だからこそできる「学生の避難所」としてのかかわり方
- 米子工業高等専門学校 技術教育支援センター
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