神戸高専から岡山大学へ編入し、進路に迷いながらも博士進学まで決断した大蘆彩夏さん。ウーパールーパーを用いた再生研究に取り組み、日本の学術研究の発展に寄与することが期待できる優れた成果を挙げた大学院博士課程学生を顕彰する第16回(2025年度)「日本学術振興会 育志賞」を受賞しました。
2026年4月には岡山大学の特任助教に着任予定(取材当時)の大蘆さんに、研究内容やキャリア選択など、これまでの歩みを伺いました。
実験への憧れから始まった道。高専で見つけた自分の興味
―高専へ進学したきっかけを教えてください。
中学生の頃は、数学や理科、技術・家庭科が好きで、テストの点数も比較的安定して取れていました。中でも理科の実験、特に化学の分野が好きで、「AとBを混ぜたらCになる」といった変化が、料理のようで面白いと感じていたんです。
当時はiPS細胞やSTAP細胞が話題になっていた時期でもあり、白衣を着た研究者がピペットを使って実験している姿に「かっこいいな」と憧れを持っていた記憶があります。そうしたイメージもあり、なんとなく化学の道に興味を持つようになりました。
―神戸高専での学生生活で印象に残っていることを教えてください。
やっぱりテスト期間ですね。高専は留年の可能性があるので、プレッシャーが大きく、受験とはまた違う怖さがありました。特に応用物理の授業はとても難しくて、量子力学の内容だったと思うのですが、ほとんど理解できなかった記憶があります。
テスト期間中は、友人と電話をつなぎながら勉強することが多く、過去問を解きながら「これどういう意味?」「範囲は合ってるよね?」と確認し合ったり、「もう寝る? 徹夜する?」といった会話をしたりしていました。分からないところをその場で相談できるので、すごく助かっていました。

―今でも当時の友人とは交流が続いているそうですね。
はい。普段はそれぞれ忙しいので、自分のことに集中しつつ、SNSで近況をゆるく共有しています。お互いに無理に干渉することもなく、でも集まるときは集まって一緒に過ごす。それぞれが自分のやりたいことを大切にしながらも、必要なときには自然とつながれる、そんなちょうどいい関係です。
―岡山大学への編入時に専門分野を化学から生命科学へ変更されていますが、興味が移ったきっかけは何だったのでしょうか。
もともと生物にも興味はあったのですが、高専で化学を学ぶ中で、生体に関わる内容の授業を受けたときに、「こっちのほうが面白いな」と感じたのがきっかけです。
はっきりとした理由があったというよりは、直感的なものでした。中学生の頃は化学が好きだったのですが、実際に学んでみると、思っていたものとは少し違っていました。「自分がやりたいのは、細胞や生き物を扱う研究なんだろうな」と、高専に入ってから気づいた感覚に近いです。
そうして、もともと興味のあった「再生」という分野で動物を使った実験ができる研究室を探していたところ、ウーパールーパーを用いた再生研究を行っている岡山大学の佐藤伸先生の研究室を知り、編入を決めました。
進路に迷いながらも、憧れの研究職をめざして決断
―大学編入後は、どのような変化がありましたか。
一番大きかったのは、いわゆる一般的な大学生と知り合えたことです。高専は良くも悪くも特殊な環境だったのだと、改めて実感しました。
その中で、自分の強みと弱みの両方がはっきり見えるようになりました。実験やレポートについては、高専で身につけた力がそのまま通用して、むしろ高い評価をもらえることが多かったです。器具の扱いやレポートの書き方など、基本がしっかり身についていたんだなと実感しました。
一方で、英語や文章力といった教養面では、周りの学生のほうができていると感じることもありました。特に、自分の考えを文章で伝える場面では、高専時代にあまり経験してこなかった難しさを感じました。

―大学院への進学については、どのように考えていたのでしょうか。
修士課程への進学は、大学編入した時点である程度決めていました。研究職を目指すのであれば学部卒では難しいと考えていたので、自然な流れで進学しました。
一方で、博士課程に進むつもりは当初まったくありませんでした。実際、修士で就職活動をして、研究職ではない職種でいくつか内定もいただいていました。
―そこから博士課程への進学を決断されたのは、なぜだったのでしょうか。
内定をいただく中で、「このまま就職していいのだろうか」と考えるようになりました。もともとは研究職に就きたくてここまで来たはずなのに、その道から離れてしまうことに違和感があったんです。
入社が現実味を帯びてきたタイミングで、「この選択で人生が決まるかもしれない」と強く感じ、改めて真剣に考え直しました。内定をいただいた企業には大変申し訳ないのですが、いろいろな人に相談したうえで、最初から持っていた「研究職に就きたい」という気持ちを優先することにしました。
最終的に、進学を決めたのは修士2年の12月頃です。佐藤先生に相談した際にも、「今の研究テーマも悪くないし、成果も出ている。博士に進んでも卒業はできると思う」と言っていただき、大きな後押しになりました。
―進学にあたって、不安はありませんでしたか。
もちろんありました。周囲からは「進学したらいいんじゃないか」と前向きな言葉をもらうことが多かったのですが、最終的に頑張るのは自分なので、「本当に卒業できるのか」「就職できるのか」といった不安は常にありました。
ただ、やるべきことはシンプルで、「研究成果を出すこと」「論文を書くこと」だと割り切ることで、気持ちを切り替えました。不安があったからこそ、より頑張れた部分もあったと思います。
―博士課程での生活について教えてください。
結果としては、博士課程に進んで良かったと思っています。企業の研究職への就職も、修士のときよりスムーズに決まり、国際学会での発表や論文執筆など、多くの経験を積むことができました。
一方で、博士1年の頃は金銭面でかなり苦労しました。本来であれば、授業料や生活費の支援を受けられる制度に応募できたのですが、進学を決めたタイミングが遅く、申請できなかったんです。そのため、授業料を自分で払いながら、土日はアルバイト、平日は研究という生活を送り、実験が思うように進まないもどかしさを感じました。
それでも、「進学した以上はやるしかない」という気持ちでいました。博士から研究職に進むのは競争も激しく、周りは有名大学出身の方も多い。そんな中で、自分がやるべきことは研究しかないと割り切って取り組んでいました。
ウーパールーパーを用いた皮膚研究で育志賞。人の役に立つ研究を
―現在取り組まれている研究について教えてください。
大学編入後は一貫して、アホロートル、いわゆるウーパールーパーを用いた再生や発生、老化に関する研究を続けています。学部では肝臓、修士では筋肉、博士では皮膚をテーマに研究してきました。

研究の軸にあるのは、「ウーパールーパーの優れた力を、将来的に哺乳類へ応用するための基礎的な知見を得ること」です。ウーパールーパーは手足を失っても元通りに再生できるほど高い再生能力を持つ生き物です。
一方で、人間もある程度の再生能力はあるものの、完全な再生は難しいとされています。その違いを明らかにすることで、人の再生医療にもつながるのではないかと考え、研究を進めてきました。
―肝臓から筋肉、そして皮膚と研究テーマを変えていった経緯を教えてください。
肝臓は人間でも再生能力が高い組織なので、ウーパールーパーであればさらに高いレベルで完全に再生できるのではないかと考えていました。ただ、実際に調べてみると、肝臓に関してはむしろウーパールーパーのほうが再生能力が低いという結果になりました。
肝臓の結果を踏まえて、「それなら筋肉ではどうか」と修士課程では考えました。人間にもある程度の筋肉の再生能力がありますが、大きな損傷になると完全には再生できません。一方で、ウーパールーパーでは筋肉がきれいに再生することがわかり、その再生を支える重要な物質のひとつとして「Tenascin-C(TNC)という細胞外マトリックスのタンパク質」が関わっていることを明らかにしました。
筋肉の再生は応用の際に外科的な処置が必要になる可能性があるため、博士課程ではより日常的で応用しやすいテーマとして皮膚に着目しました。博士課程では、皮膚のコラーゲンがどうやって作られるかがわかれば、治し方(再生の仕方)もわかるという観点から、皮膚コラーゲンの作り方に着目して研究を進めました。これまで皮膚のコラーゲンは主に線維芽細胞がつくると考えられてきましたが、研究を進める中で、表皮細胞が皮膚コラーゲンの形成に関わっていることを明らかにしました。

―そうした研究成果が、今回の「育志賞」受賞にもつながったのですね。
そうですね。皮膚の研究はこれまであまり例のないテーマだったので、その新規性は一つの評価ポイントだったと思っています。
加えて、論文として継続的に成果を出してきたことも評価の対象につながったと考えています。少なくとも、研究成果をきちんと世の中に出せたことは大きかったと思います。

―受賞の連絡を受けたときは、どのようなお気持ちでしたか。
帰宅しようとスマートフォンを開いたときに、賞の事務局からメールが届いていて最初は驚きました。すぐに佐藤先生へ連絡して、「どうしよう! やばい!」といった感じで、かなり動揺していたと思います(笑)
―日本学士院での授賞式はいかがでしたか。
とても印象に残っています。会場は想像以上に人との距離が近く、秋篠宮ご夫妻もご臨席されていて、「こんな方々と近い空気を感じることがあるんだ」と圧倒されました。
また、授賞式の前後には他の受賞者の方々と話す機会もあり、同じように研究に取り組んでいる学生や、さまざまな分野で努力されている方と交流できたのも、大きな刺激になりました。
―今回の受賞によって、研究に対する意識は変わりましたか。
大きな賞をいただいたことで、周囲からの見られ方は変わるだろうと思っています。プレッシャーもありますが、期待に応えられるように頑張りたいという気持ちが強くなりました。せっかく大きな賞をいただいたので、それに恥じない成果を出していきたいと思っています。
―4月からは岡山大学の特任助教に就任されるそうですね。
はい。ありがたいことに企業からもお声がけいただいていたのですが、岡山大学から良い条件でオファーをいただいたため、今後も大学で研究を続けていく予定です。
企業への就職を志望していた時期もありましたが、その理由も、大きくは不安定な雇用期間が長いことへの不安からくるものでした。そのため、そうした不安がある程度除かれた条件であれば、大学に残ってみようと思えたんです。
今回の成果も、のびのびと研究に取り組める研究室の環境があったからこそだと思っています。これからは自分自身も学生が研究に向き合える環境づくりに貢献していきたいです。和気あいあいとした雰囲気の中でも、やるときはしっかりやる。そんな研究室づくりに関われたらと思います。
―今後はどのような研究者を目指していきたいですか。
今はウーパールーパーが対象ですが、将来的にはよりヒトに近い対象や、応用に近い研究にも広げていきたいです。基礎研究として得られた知見を、医療や化粧品など、人の生活に役立つ形へ発展させていけたらと考えています。
今回の育志賞受賞は、自分にとって大きな転機になりました。この分野でしっかり研究を続けていこうという気持ちが、より強くなったと思います。いただいた評価に見合う成果を出し続けられるよう、これからも研究に向き合っていきたいと思います。

―最後に、高専生や中学生にメッセージをお願いします。
高専から大学や大学院に進学するメリットは、選択肢や経験値を増やせることです。高専は良くも悪くも特殊な環境なので、大学のようなより開かれた場所に行くことで、自分がどんな人間なのかを改めて知ることができます。進路に迷ったときは、どの道を選んだとしても、自分なりに取り組めばその経験は必ず意味のあるものになるはずです。
中学生のみなさんにとって、高専は専門的な学びに早くから触れられる場所です。一生ものの友人と出会えるのも大きな魅力だと思います。女子学生が少ないことに不安を感じる人もいるかもしれませんが、その分、深い関係を築けることもあります。少しでも興味があるなら、ぜひ飛び込んでみてほしいです。
大蘆 彩夏氏
Ayaka Ohashi
- 岡山大学 特任助教

2019年3月 神戸市立工業高等専門学校 応用化学科 卒業
2021年3月 岡山大学 理学部 生物学科 卒業
2023年3月 岡山大学大学院 自然科学研究科 生物科学専攻 修士課程 修了
2026年3月 岡山大学大学院 環境生命自然科学研究科 環境生命自然科学専攻 博士課程 修了
2026年4月より現職
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