明石高専の教員を経て、現在、広島工業大学の工学部で制御理論の研究を行っている上泰(かみ やすし)先生。小学校での情報教育支援やニューラルネットワークを用いたAIシステム開発など、幅広く活躍されている上先生に、これまでの経験や今後の展開についてお話を伺いました。
学生が自分の視野を広げてくれる! 明石高専での教員時代
―まずはじめに、高専と関わりを持つまでの経緯を教えてください。
当時、パソコンやプログラミングに興味を持っていたので、大学は情報工学部を選びました。ファミコン世代ということもあり、ゲームやプログラミングに関連する「情報」というワードがついている学部を、よくわからずに選択したことがきっかけです。
ただ、私が入れた学科は制御システム工学科で、残念ながら情報を中心に学べる学科ではなく、制御工学を中心に学べる学科でして……。とはいえ、そこで制御理論を専攻し、気づいたら博士課程まで残ることになっていました。博士取得後は、制御工学分野全般で公募を出していた明石高専に応募し、採用していただくことに。明石高専では18年間、教員としてお世話になりました。
―明石高専で教員になられてみて、高専生への印象はいかがでしたか?
自分の「やりたいこと」に対して熱意のある学生が多いと思います。明石高専は、優秀な学生が集まっていると感じていました。明石高専時代の活動の中で、学生に助けられる場面も多々ありましたし、学生が「これやりたいです」と新しいテーマを持ってきたりしてくれましたね。学生と同じ目線で研究に取り組むことで、視野が広がりました。
企業や自治体との連携事業、研究、教科書執筆、授業と多くのことに取り組んでいました。日々綱渡りの状態でしたが、充実した日を送ることができたと思います。
―今後、高専はどのような強みを生かしていくべきだと考えていますか?
各高専によって、学生の雰囲気や教育システムが異なる点が高専の面白さだと思います。地域連携を活発に行い、独自性を見出す高専もありますよね。今後、高専が教育機関としてプレゼンスを発揮するには、それぞれの高専が独自の強みを見出していくことが必要だと思っています。
また、高専の大きな強みとして、同じ組織が全国に点在し、ネットワークが構築されていることが挙げられます。明石高専時代に10年ほど参加していた高専機構と企業との共同教育プロジェクトは、まさにこの強みを生かしたものでした。このような取り組みを拡大することで、大学とは異なる高等教育機関としての特徴を見出せると思いますし、そのように考えてオムロン株式会社との共同教育事業の取りまとめに多くの時間を割いてきたと思います。
制御系設計(制御理論)とニューラルネットワークの共通点
―現在ご研究されている「制御系設計手法の開発」について教えてください。
私のメインテーマは制御理論で、思った通りの制御結果が得られるような制御パラメータを得る(制御系設計する)手法の研究です。高専で制御と言えば、ロボット制御など、機材を動かすイメージがありますよね。ですが、制御理論の分野では、紙と鉛筆とコンピュータさえあれば研究ができるんです。
制御の問題は、制御の目的が決定されると、数学の問題(最適化問題)として記述できます。ロボットなど個別の対象に依存せず、数学的に記述された問題を解くために必要な手法を考案する学問ですので、様々なシステムの構造や特性に注目し、一般化を行うのです。
現在は、最適化手法を活用した制御系設計手法を開発しています。具体的には、与えられたデータから予測(算出)される制御後の特性が、理想的な特性にフィットするような制御パラメータを求める方法の研究です。
他にも、明石高専時代の同僚である神戸松蔭女子学院大学の奥村先生らのグループと共同で、服のリユースを促進するAIシステムを開発しています。服の写真をもとに再利用の可否を判定する(リセール、リユース、リサイクルを判定する)ニューラルネットワークシステムと、再利用できる服から好みの服を選ぶと、他の再利用できる服を用いた全身コーディネートを提案するシステムで構成する予定で、私はコーディネートシステムの実装を主に担当しています。明石高専時代の指導学生にも参加してもらって、共同で進めているプロジェクトです。
このような研究を通じて感じることは、ニューラルネットワークと制御理論の大枠は似ているということです。どちらも、ある入力に対して望みとする出力がなされるように、その中の仕組みを決めるという点が共通項として挙げられますよね。制御理論の観点を織り込むことで、新しいニューラルネットワークシステムが構築できないかと期待しています。
―上先生はそのほかにも、デバイス開発の共同プロジェクトを進められています。
安価に入手できる感圧導電性ゴムを用いたデバイス開発に関する研究を行っています。この技術を医療現場に応用できないかと試行錯誤中です。
感圧導電性ゴムは圧力により電気抵抗値が変化するので、原理上は圧力センサになりますが、加圧力に対する特性がばらつくという課題が知られていました。しかし、加圧方法やセンサの構成方法を工夫すると、圧力センサとしての精度が上がるんです。
研究内容としては、その加圧方法や、ベッドの上の患者さんの状態を推測する方法などの検討を行っています。また、加圧をうまく利用する方法を模索したり、ニューラルネットワークを用いた加圧力の推定をしているところです。
また、感圧導電性ゴムを小さく切り、8方向に貼り付けたデバイスをつくることで、そのデバイスを押した(加圧した)方向を検出することができます。加圧方向を検出するセンサは本来高価なのですが、このデバイスで代替することで、病院などで働くロボットのコストダウンにつなげたいと考えています。
情報教育支援で、教育における地域の差を解消
―小学生向けのプログラミング教育を支援する教材やカリキュラムの開発も行っていたそうですね。
2020年に小学校でプログラミング教育が必修化されることになり、明石高専の近隣の小学校から情報教育の相談を受けたことがきっかけです。現在も、兵庫県小野市・稲美町の小学校と連携しています。
小野市との取り組みの目標は、市内一斉のオンラインによるプログラミング授業を行い、小学校の先生だけで子供たちにプログラミング授業ができるよう教育システムを開発することでした。また、教育における地域差をオンラインツールを用いて解消することも目標でしたね。2022年度には電気科学技術奨励賞を受賞することができました。
対面と比べオンライン授業は成立させることが難しいですが、これを逆手にとることで授業の成立を目指しています。私たちがオンラインで授業ができるとなれば、小学校という現場でも先生は教えることができる、と思いますので。最終的には、小・中・高と続く一連のカリキュラム例を開発して、実践できればと考えています。
―最後に、高専生を目指す中学生や、高専生へのメッセージをお願いします。
「モノ」に注力する高専生のパワーは素晴らしいと思います。自分のやりたいことができる環境は、高専生に合うのではないでしょうか。
ですが、残念ながら合わなかったという人がゼロというわけではありません。私の経歴もそうですが、「行きたいところ」に自分の将来があるわけではなく、「自分の行ったところ」に縁があり、自分の将来があったりするんです。高専も大学同様に、しっかり取り組めたかどうかで結果が決まります。力を伸ばすきっかけはあらゆるところに落ちていますので、見逃さずに拾ってくださいね。
国立高専では、「モデルコアカリキュラム」(MCC)という全高専共通の学習内容が設定されているので、ベースとなる能力はどこの高専でも学べるシステムになっています。そして、そのMCCに、各高専の地域性や特色を生かした科目が追加されているんです。
このような理由があるので、これから高専を目指される方は、各高専の特徴について情報収集をしてほしいと思います。そして、自分にぴったり「合う」高専を選んでほしいですね。
上 泰氏
Yasushi Kami
- 広島工業大学 工学部 電気システム工学科 教授
2000年3月 九州工業大学 情報工学部 制御システム工学科 卒業
2002年3月 九州工業大学大学院 情報科学研究科 情報科学専攻 博士前期課程 修了
2005年3月 九州工業大学大学院 情報科学研究科 情報科学専攻 博士後期課程 修了
2005年4月 明石工業高等専門学校 電気情報工学科 講師
2009年4月 同 准教授
2022年4月 同 教授
2023年4月より現職
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