高知新聞社の記者として16年間地域を歩き、在野の研究者として地域文化の「記録」「継承」に挑んでこられた高知高専の楠瀬慶太先生。5年一貫のキャリア教育の中核を担う「地域協働演習」を担当されているほか、キャリア支援室長も務められている楠瀬先生に、これまでの歩みと、高知高専でのキャリア教育について伺いました。
文献史学におけるフィールドワークに魅了
―楠瀬先生は九州大学の文学部に進学されています。その理由を教えてください。
歴史小説が好きだったので文学部に進んだという、なんとなくの理由でした。九州大学を選んだのも、当時は高知でキャンプをしていた福岡ダイエーホークス(現:福岡ソフトバンクホークス)の試合を福岡で見たかったからです。それなら学費の安い国立大学に進もうという発想でしたね。
この話は、高専のキャリア教育の授業でよくしています。今の学生は「何を勉強するか」で進学先を選ぶと思うのですが、趣味がきっかけで進路を選ぶことも良いと思っているんです。私自身、ホークスの試合を生で見たい一心で勉強したら、成績がぐんと伸びて、選抜クラスに入ることができました。目標を持つと、日々の行動が変わるんです。
―九州大学に入学後、転機があったそうですね。
はい。1年生のときに受けた服部英雄先生の授業です。フィールドワークと村落史に関する内容でした。バスで福岡から佐賀まで移動し、古文書をもとにフィールドワークで住民の方から聞き取りをして、その地域の歴史を明らかにしていく。これは自分がやってみたい学問だと、ピンときました。
また、当時「中世総合資料学」という大型プロジェクトが進められていて、いくつもの分野が融合した「学際研究」に魅力を感じました。その影響で、日本史だけでなく地理学や民俗学、考古学、東洋史、工学部の建築史、法学部の法制史まで、学部を横断して授業を受けましたね。当時としては、結構珍しい学生だったと思います(笑)
―学部生の頃は、考古学の研究室に入られました。
本当は服部先生の研究室に入りたかったのですが、大学院生以上の学生しか指導されていなかったので、考古学の研究室に入りました。発掘成果が次々と蓄積されていて、歴史を変えるような発見が多く報告されていた点に魅力を感じたんです。今でいうデータサイエンスも学べる環境で、科学的な分析方法を習得することができました。
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加えて、福岡市教育委員会のアルバイトで、中世の遺跡の発掘や、遺物整理もしていました。技師さんから測量や測図などといった技術を学べるので、後々の就職にも有利だと思いました。
ちなみに、当時、中世の遺跡発掘は農村より、開発が多い都市部で多く行われていました。私は服部先生の影響で農村に興味があったので、学部生のときに考古学で都市を、大学院生のときに文献史学で農村を研究し、その2つを融合させた総合資料学をしようと考えていました。
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―大学に進学された理由は「なんとなく」と仰っていましたが、さまざまなことに興味を持って勉強していたように見受けられます。
高校までの「勉強のための勉強」ではなく、「学問の勉強」ができたことに面白さを感じていました。歴史って、普通は暗記科目だと思うんです。しかし、今の社会や制度、建物などにも源流があり、それがどういう過程を踏んで出来上がっていったのかを明らかにするのが学問としての歴史学なのだと気づき、とても新鮮な気持ちで勉強していました。
「記録」の先にあるもの
―大学卒業後は大学院に進学され、服部先生の研究室に入られました。
念願の服部先生の研究室に入ることができ、考古学から文献史学に転向となりました。考古学とは異なり、文献史学において新しい発見が生まれることはそこまで多くないですが、先ほど少しお話しした通り、服部先生は古文書に記録されている地域に赴き、フィールドワークで住民と直接お話しすることで、その読み方を広げていくスタイルでした。
例えば600年前の古文書に記録されている小さな地名をネットや辞書で検索しても、どこか分からないことが多いです。しかし、実際にその地域に伺い、住民の方に聞いてみると、その地名が残っていることがあるんです。その地名が開発や生業の変化で忘失、消失している。フィールドワークによって消えゆくものを記録する「社会的意義のある研究」だったことが、私にはとても魅力的に映っていました。
―修士課程修了後、楠瀬先生は高知新聞社の記者になられました。その経緯を教えてください。
大学院生のときに服部先生からお誘いいただき、故郷・高知の限界集落を歩いたところ、古老が語る村の記憶の豊かさに衝撃を受けました。一方で、つないできた文化が継承されずに消えていく現状も目にしました。
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ですので、歴史学でできることは「記録」だと考え、120人の古老に聞き取りをし、本にまとめたんです。本ができて持っていくと、ある集落の古老は亡くなっていましたが、その奥様が本を読んで「これで主人が生きてきた村の記憶が残る」と涙を流して喜んでくださいました。私は「記録」の意義を感じた一方で、地域にはそれを「継承」する次世代がいないことも痛感しました。
「記録」の先には何があるのか。私はそれを追い求めるために、高知新聞社の記者として徹底的に地域を歩き回ろうと考えたんです。
―記者として働きながら、さまざまな市民団体を立ち上げたそうですね。
20代の支社局勤務でいろいろな地域を歩き回る中で、地域文化の継承に関心を持つ多くの住民の方々と出会いました。そこで私は、住民と一緒に市民団体を立ち上げ、地名や屋号・民具・景観・地域祭礼などの地域文化の記録活動を始めたのです。本社勤務になって少し落ち着いた32歳頃から、休日を利用して活動を本格化させました。
住民のみなさんも記録整理の方法論をどんどん学び、最終的には私1人では到底できない量の成果をまとめることができました。これこそ市民科学(シチズンサイエンス)の実践です。2012年以降の約12年間で私が活動に関わった市民団体は12団体、刊行された調査報告書類は22冊という驚異的なペースでして(2025年1月時点)、地域協働の先進例として、学会でも注目されました。
さらに、冊子だけではなくデジタルアーカイブとして誰でも簡単にアクセスできる地域資源情報のプラットフォームを構築しました。データの見せ方にも工夫を凝らし、地理情報システム(GIS)によるデジタルマッピングで地域資源情報の可視化を実施。「記録」するだけでなく、次世代への「継承」につなげることを目指しました。2023年にはこれらの実践活動を博士論文としてまとめ、博士号(学術)を取得しています。
そのほか、地域祭礼の支援活動や、大正浪漫ファッションショーの運営などといった地域づくり活動、高知工科大学の先生からお誘いいただいた文理融合の「里山工学」プロジェクトなど、多くの取り組みに携わってきました。「楠瀬くんは何人いるんだ」と、よく言われましたね(笑)
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ただ、私は新聞記者をしている在野の研究者であり、記者として培った人脈を生かした「コーディネーター」の役割を担っていたと思っています。自分一人でやったのではなく、市民の方々との協働の成果であり、自分の役割は10分の1程度だったと思っています。
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高専は「自分に合った場所」だった
―2025年、16年間勤めた新聞社から高知高専の教員になられた理由を教えてください。
高校の教員免許を持っていたこともあり、もともと教育には関心がありました。博士号を取得し、高知県での実務経験や研究歴が生かせるのではないかと考え、高知高専の教員に転職しました。
―高知高専の教員になられて、いかがでしたか。
たまたまタイミングよく募集があり、ご縁があって採用いただいたのですが、正直なところ高知高専には「理系の学校」というイメージしかありませんでした。
ところが、いざ働いてみると、私のイメージとは大きく異なることが分かりました。2016年度の学科改組で1学科5コース体制となり、学科名を「ソーシャルデザイン工学科」と名付け、地域づくりや社会づくりのために専門技術を生かす方向へ大きく舵を切っていたんです。
また、高専生は理工系なので、地域に関心を持っている学生は少ないと思っていました。しかし、高知県には少子化や高齢化、南海トラフ地震など様々な社会課題があり、小さい頃からそういったことを実感して暮らしてきたからか、地域づくりや地域課題に対して強い思いを抱いている学生が非常に多いと感じました。
―高専では主にどのようなことに携わっているのでしょうか。
高知高専では5年一貫の「キャリア教育」を行っており、その中核を担う4年生の通年授業「地域協働演習」の主担当を務めています。学生たちが地域企業や団体と実際に連携して、1年をかけて社会課題の解決に取り組む授業です。
このキャリア教育は、「課題先進県」「課題解決先進県」と呼ばれる高知県の特性を生かし、社会課題や社会実装を重点的に学ぶものです。1・2年生では、高知県の社会課題を題材にしてグループワークを行い、そこで生まれた解決アイデアを発表する「ソーシャルデザイン入門・基礎」が、3年生では県内起業家による講義を聞いて課題解決・事業化のノウハウを学ぶ「地域学」があります。
2025年度の「地域協働演習」では、170人の4年生が45班に分かれて社会課題の解決に取り組みました。最初は何をしていいのかわからなかった学生も、連携企業・団体や地域の方と対話を重ねるうちに変わっていきます。自分の技術を社会にどう実装すれば解決の糸口になるのか、もがきながら考えるようになるんです。あえて違うコースの学生を同じチームにしていることも、新しい発想につながっていると思いますね。連携する企業や団体からの評価もすごく良いんですよ。
資金を自分たちで獲得している班もあります。里山維持をテーマにした班は「南国市学生まちづくり補助金」に採択され、川の調査用具の購入や、化石調査の講師への謝金に充てていました。外来植物を使った草木染をテーマにした班は、高知オーガニックマーケットで1日お店を出して、広報や商品開発、在庫管理などを体験したんです。このような学生の創造性を養う起業家精神教育では、新聞社での企画立案や市民団体の運営で培った経験が生きています。
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そして、1~4年生での経験を生かし、5年生は卒業研究を行うことになります。こうした「高知県全域をフィールドとした5年間一貫・全学生必修の社会実装教育の構築と実践」の取り組みは、第30回(2025年度)工学教育賞を受賞しました。
―その成果を、「それゆけ!高知高専CaLabA(キャラバ)」プロジェクトとして発信されているそうですね。
2025年度から始めたプロジェクトです。5年一貫の社会実装型キャリア教育の成果を地域に還元し、広く発信していこうと、1〜4年生の約640人の成果をまとめ、実践報告書やパンフレットとして発刊したんです。CaLabAは、高知高専が導入した移動式ラボの車両の名前ですね。
授業をしたらそれで終わりになりがちですが、社会課題に対してせっかく学生がしっかり考えたのですから、そのレポートや発表内容を形として残したいという思いがありました。ポートフォリオ(学習記録)として成果を可視化すれば、奨学金の申請や就職・進学のアピール材料にもなります。
―さらに、キャリア教育でいうと、楠瀬先生は1年生後期の授業などで「ライフラインチャート」を使われているそうですね。
自分の人生の浮き沈みを描いてもらうことで、自分の強みや「自分とは何か」を見つめ直すことができるツールがライフラインチャートです。学生と歳の近い方を授業にお招きし、その方のライフラインチャートをもとに講演いただくことで、学生がキャリアについて考える材料になればと思っています。学生自身にも書いてもらっていますね。
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今のキャリア教育で最も重要だと言われているのが「マルチステージ」の考え方です。人生100年時代。仕事だけでなく、趣味や地域活動など複数のステージを生きることがキャリアアップにつながります。
私自身、新聞記者をしながら研究や市民活動に取り組んできました。そのマルチステージの人生こそが、今の高専教員という仕事につながり、教育をする上での強みになっていると思います。授業でも、なるべくマルチステージを生きてきた方にご登壇いただくようにしています。
―今後の目標を教えてください。
新聞記者として社会を広く取材してきた経験や、市民団体で地域づくりに関わってきた経験、在野の研究者として研究を続けた経験を、学生に伝えたいと思っています。
例えば、多くの人に取材をしてきた中で、アイデアや知識、技術が充実している人は多くいますが、それを形にできる人は少ないと感じています。「なぜ必要か」「どのように実現できるか」を理解して分かりやすく伝える「デザイン力」を持つ人材が求められていると思います。独りよがりでなく、多くの人が賛同する納得解を見つける力、と言い換えても良いかもしれません。
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加えて、若い人たちと一緒に、実践的な地域の社会課題解決の取り組みをより広げていけたら良いなと思っています。教員1年目から地域協働演習を中心に、地域への思いを持つ学生たちと、地域の生態系や景観保全の取り組みが実践できています。また、地域づくりから研究にまで発展するものも出てきていて、非常に充実した毎日を過ごさせてもらっています。
私も42歳になりました。今でも市民団体などでの活動は続けていますが、これからの目標は、次の世代を育てることです。文化継承も地域づくりも、若い世代が担い手になってくれて初めて続いていくものですので。
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―最後に、高専生へメッセージをお願いします。
みなさんが学ぶ工学は、社会実装に重きを置いた学問です。学んだ知識や技術が、どう社会の役に立つのか、どう発展させれば社会に実装できるのかを意識してほしいです。
そのためには、身近な地域で起きていることや社会課題に目を向けることが大切です。私が思うソーシャルデザインは、「個人のもつ技術や知識、アイデアを社会の中に位置づけ、未来を構築していくこと」です。「好き」と「協働」を大切に、その土台をつくってもらえたらと思っています。
楠瀬 慶太氏
Keita Kusunose
- 高知工業高等専門学校 ソーシャルデザイン工学科 准教授

2002年3月 私立土佐塾高等学校 卒業
2007年3月 九州大学 文学部 卒業
2009年3月 九州大学大学院 比較社会文化学府 修士課程 修了
2009年4月 株式会社高知新聞社 記者
2023年9月 高知工科大学大学院 工学研究科 基盤工学専攻 博士後期課程 修了、博士(学術)
2025年4月より現職
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