前職の公務員の経験を生かし、現在は広島商船高専で行政事件訴訟法を研究されている、流通情報工学科の金子春生先生。授業でアクティブラーニングを導入し、今後アントレプレナーシップ教育を取り入れようとしている金子先生に、学生時代の思い出や研究内容についてお話を伺いました。
四苦八苦しながら、自分なりのルールを編み出した
―金子先生はどのような幼少期を過ごされたんですか。
僕が担任をしている学生には自虐を込めて話すこともあるのですが、学生時代は、教室の隅っこにいるような影の薄い学生でした(笑) 仲間外れにされていたわけでもなく、学校に行くのが嫌だというわけでもなかったのですが、クラスで決めごとをするときに意見を聞かれるようなタイプではありませんでした。
ですので、小学生のときは、集団に混ざることを意識していましたね。共通の話題である漫画やアニメの話ができれば、周りの友達と困ることなく喋れました。しかし、中学生になると漫画やアニメだけでは話が続かなくなることに気付き、必死にバラエティー番組や音楽番組を追っていた記憶があります。あの時はある意味、必死に勉強しました(笑)
―法学分野に興味が出たのは、いつからだったのですか。
中学時代に見始めたドラマで、「人との関係をうまく構築できないと、社会ではやっていけない」ということに気付き始めました。そのためには「人が何を考えているか」を知る必要があると思ったんです。
そこから心理学の分野に興味が出たのですが、高校のときの進路指導の先生との進路相談で卒業後のこともしっかり考えるように言われ、よく考え、心理学者やカウンセラーになりたいわけではないことに気付きました。その後、いろいろと卒業後の進路のことを考えた結果、「社会人としてやっていくなら、ルールを知らないといけないな」と思い、法学に興味を持ち始めたんです。
-大学ではどのような勉強をしたのですか。
せっかく大学に入ったからにはしっかり法律の勉強をしようと思っていたので、司法試験の勉強サークルに入りました。直近で司法試験に合格した先輩のサポートがあったり、OB弁護士の先生の授業を受けたり、勉強漬けの毎日でしたね(笑)
司法試験対策の勉強のために、法律学の基本書・専門書、予備校が出している司法試験対策用の本などいろいろな本を読みました。勉強し始めた頃だと、予備校の本は基本書の要点が簡潔にまとめられていたので便利に使っていましたね。
しかし、徐々に理解が進み、いろいろと原典である基本書にあたるようになった際、基本書から要点が読み取れないことがありました。予備校の本は簡潔にまとめられているのですが、先生の見解を基本書で確認してみると、「どこに予備校の本にある見解が書いてあるんだろう」と、理解が難しかったんです。
そこで、「予備校の本は、試験に合格した頭のいい人が一定の理解のもと要点をまとめているものであり、僕がするべきなのは、大学の先生が書いている基本書を読んで要点を捉え、自分で理解していくことだ」と気づき、意識を変えました。恥ずかしながら、気づくのにだいぶ時間が掛かったと思います。接続詞や段落を意識し、流れをつかみながら、行間を読み解く技術を体得するまでも時間がかかりましたね。
ただ、勉強を続ける中で、いったん深く理解して、根本から見るようにすると、基本書に書かれていることが立体的に捉えられることが分かりました。ひとつ自分なりのルールができたのが、大学1年生の後期から2年生にかけてでしたね。
パワーバランスを取り、公平にするために
-その後、大学院に進学されています。
僕が大学に入学した頃、ちょうど「ロースクール(法科大学院)構想」が盛り上がっており、つくられたばかりの各法科大学院が積極的に学生を確保しようという動きが起こっていました。その流れに乗る形で、進学を決意することになります。
学部では「憲法・民法・商法・民事訴訟法・刑法・刑事訴訟法」の基本六法を、法科大学院では基本六法に加え、2006年から司法試験に必修科目として復活した「行政法」の基礎固めをしました。法科大学院では取らないといけない授業が結構あり、かつ授業ごとに膨大な量の判例や資料を読まないといけなかったので、一番忙しい年は平日の睡眠時間は3時間を切っていましたね(笑)
その中で、最初からただ漫然と読むのではなく、ポイントを押さえて読むことを体得していきました。ある程度パターンさえ掴むことができれば、「原告もしくは検察官の主張・被告もしくは被告人の主張・裁判所の判断・控訴理由・それに対する反論・裁判所の判断」などの要点のおさえかたが分かりました。
1週間で20以上の判例の要点を一審から頭に入れなければいけなかったので、必死に読みまくりました。クラスメイトが自主的に役割分担を決めて、判例の読み込みを含めた予習範囲の勉強をしたりしていたようですが、なんとなく他人の勉強の責任を負うことに抵抗があり(笑)、基本的には1人で勉強をしていました。効率も悪かったですし、ヘトヘトでしたが、「知識を入れながら文章の構成を意識し、日本語をきちんと読んで理解する」部分で大きく成長しましたね。ひとつの転換期だったと思います。
―その後、町役場で働かれたんですね。
法科大学院を修了し、1度司法試験を受けましたが受からず、そのまま司法浪人する経済的余裕はなかったので、公務員試験を受けて、なんとか採用してもらいました。
「新人であっても責任を持った大きな仕事をするべきだ」という課長の方針で、1年目は公会計制度導入の下準備と役場の大型施設の電力利用契約の変更の仕事をしました。主要な電力会社の発電が地震等で止まってしまうと大打撃になるので、リスクを分散させるために民間企業に参入してもらう入札に関わる仕事です。
3.11を契機に発送電の分離という発想のもとに生じていた流れに乗る形で、役場施設の契約の見直しが始まり、契約内容を確認し、参加企業を探しました。新しい分野でマニュアルもない中、四苦八苦した記憶があります(笑)
2年目は産業観光の分野で、猿が出たと通報があれば、威嚇用のエアガンを持って公用車で町内を駆けずり回っていました(笑)
しかし、忙しい公務員生活の中、行政書士の試験に受かり、公務に携わる中で、法学部・ロースクールで学んだ法律の知識を生かし切れていないと思い、本当に自分がやりたいことが何かを考えるようになったんです。また、父親が大きな病気になり、実家の手助けも必要な状態になりました。せっかくなれた公務員ではありましたが、退職し、実家の手助けをしながら大学院入試の準備をしました。
そのきっかけの1つとなったのは、法科大学院時代に学部の演習の授業に参加させてもらううちに、法制度を理解し、それを教えていくことがすごく楽しかったことです。自分は「何か武器を持って戦う戦士としての法曹になるよりは、その武器のことを知りつくし、その可能性を引き出せる鍛冶屋になりたい」と思い、研究職を目指すことにしたんです。
―現在は広島商船高専にいらっしゃいます。
学部では民事訴訟法のゼミに参加していましたが、公務員時代に行政法にも興味をもったので、現在は民事訴訟法と行政法の交差する「行政事件訴訟法」をメインに研究を行っています。民事訴訟は個人同士の戦いなので一応は対等な個人が想定されていますが、行政事件訴訟法は個人vs国家や、個人vs地方公共団体の戦いなので、パワーバランスが崩れている状態が前提なんですよ。仮に個人ではなく、企業vs国家の戦いだとしても、やはり国家に比べると企業側の力は弱いですよね。
そのような場で、どのようにすればパワーバランスが取れた公平な訴訟になるのかを考えています。制度設計自体が難しい中、最後の救済の場である「訴訟」が公平であるために、いろいろな制度を四苦八苦してつくっているのが、面白さであり難しさでもありますね。
日本語と向き合って、挫折も経験してほしい
―授業中は、さまざまな工夫をされていらっしゃるそうですね。
アクティブラーニングまではいかないですが、授業中に学習シートを導入しており、学生に毎回コメントを書いてもらうことで、進捗状況の確認をしています。分量などは指示をしていませんし、たくさん書いたからといって評価に反映もしないのですが、学生には「将来の投資だと思って、やりたいならやりなさい」と伝えています。
「先生が90分かけて言いたかったことはこういうことですよね」といったコメントがくることがあり、感動することもありますね。学生とのコミュニケーションツールにもなっており、意思表示の場として効果的だと感じています。
また、授業にアントレプレナーシップ教育を導入するために、教材づくりも進めています。法学の世界でもアントレプレナーシップが定着しているとは言えないため、アントレプレナーシップを取り入れた法学教育の構築にも取り組んでいきたいです。
―現役の高専生にメッセージをお願いします。
就職担当をしていて思うのが、「交通費や宿泊費が企業支給」「インターンシップにいった企業から採用される」など、高専生は大学生より優遇されていることですね。
そういった部分はメリットですが、逆に言えば「社会に出れば高専卒は数%」ということもよく理解してほしいんです。「自分の就職体験」をスタンダードに考えてしまうと、社会から大きく外れていきますし、それが一般的ではないことをきちんと理解してほしいですね。
また、「挫折知らず」で社会に出る高専生も多いので、いい意味で高専時代に挫折を経験してほしいです。弱い状態で社会に巣立っていってほしくないですし、また、機会があれば、もっとアカデミーの世界にも触れてほしいと思います。
僕の場合は、広島大学の大学院生のときにライティングセンターのチューターになるために学び直した文章の構成や書き方が、今に生きているんです。なかなか本業の論文がうまく書けず、チューターとしても多くの失敗をしてかなり挫折しましたが、おかげで今があると思っています。多くの刺激をライティングセンターで受けました。
高専生には、手始めに自分が好きだと思う本に出会ったら、なぜ好きなのかを分析して、日本語を味わい尽くしてほしいです。そして、できれば学術的論文。それもとても重要な勉強だと思います。
日本語と向き合って、挫折を経験して、そうやってちょっとずつ貯金したものが、未来で自分を助けてくれると思うので、社会ではレアキャラの高専卒生が、もっともっと活躍できるような社会になったら面白いのかなと思っています。
金子 春生氏
Haruo Kaneko
- 広島商船高等専門学校 流通情報工学科 准教授
2002年 東京高等学校 卒業
2006年 専修大学 法学部 卒業
2010年 金沢大学大学院 法務研究科 修了
2011年 真鶴町役場 入庁
2015年 広島大学大学院 社会科学研究科 法政システム専攻 博士課程前期 修了
2023年 広島大学大学院 社会科学研究科 法政システム専攻 博士課程後期 在学中
2018年より現職
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