大学院博士課程の在籍中に母校で教壇に立った、苫小牧高専の長尾昌紀先生。サッカーに全力で取り組んでいた高専生時代から、高専教員の道を志したきっかけ、現在の研究や教育にかける思いなどについて伺いました。
勉強よりもサッカーに熱中した高専時代
―学生時代について教えてください。
小・中学生の頃は勉強よりもスポーツが好きな少年でした。小学4年生からサッカーを始めて、ずっと外でボールを追いかけていましたね。中学でもサッカーに打ち込み、気づけば高校受験が間近に迫っていました。
―なぜ高専への進学を選ばれたのでしょうか?
「文系科目より理系科目が好きだから」という理由で、地元の苫小牧高専のオープンキャンパスに参加したんです。当時、物質工学科(現・創造工学科・応用化学生物系)の紹介で、「実験ばかりできて楽しい」と聞いていました。もちろんそんなはずはなく、文系科目もしっかりと学び、後に「騙された」と感じることになるのですが……(笑)
ただ、「座学でなく、実験なら楽しそう」と興味を持って推薦入試で受験。自転車通学の高専生活がスタートしました。
―高専でもサッカーは続けられたのでしょうか?
1年生からサッカー部に所属して、5年生まで続けました。ポジションはDFです。当時は毎日練習していて、オフは週一回程度のみ。先生や先輩方も部活動に熱心で、恵まれた環境だったと思います。
特に2年生のときに出場した高校サッカー選手権の地区予選は忘れられないですね。相手は苫小牧地区で一番強いチーム(駒大苫小牧高校)で、10点以上の差をつけられて完敗しました……。周りには「大敗だな」と言われたのですが、DFとしてはこの点差で抑えられて本当によかったです(笑) ほぼ立っているだけの試合でしたが、いい経験になりました。
―学習面はいかがでしたか。
部活に全力を注いでいたので、勉強は毎回テスト前の駆け込みです(笑) それでも何とか、学科10位以内に入っていました。進学を決断したのは3年生のときです。5年生の春まで専攻科か他大学か迷っていましたが、部活に力を入れたかったこともあり、最終的には専攻科への進学を決めました。
卒業研究は、太陽電池をいかに簡単に安く効率よくつくるかを考える「色素増感型太陽電池」をテーマとしました。酸化物半導体(金属酸化物)の表面に色素を吸着させ、光エネルギーから電気エネルギーへの変換を効率よくできるという仕組みで、次世代太陽電池として注目を集めていたんです。このときに使っていた酸化物半導体(金属酸化物)は、現在の研究でも採用しています。
高専教員になると決めた“あの日”
―専攻科ではどのようなことを学ばれていたのでしょうか。
それが、専攻科生になっても部活とアルバイト三昧の毎日だったんですよ(笑) 5年生で引退はしたものの、部活には顔を出していて、空いている時間は小・中学生の個別塾のアルバイトへ。当時はまだぼんやりとしていましたが、この頃から、「モノを相手にするよりも、人を相手にするほうが向いていそうだ」と感じていたんだと思います。教えることにも興味を持ち、大学院への進学を考えていることを、指導教員だった古崎先生に相談しました。
ところが、開口一番に「大学院進学はそんなに甘くないぞ」と諭されたんです。専攻科生が力を入れるべき研究でさえ、毎回報告会前になんとか間に合わせているような学生でしたから、それはそうですよね(笑) でも、当時の自分は「それでも行きたいから、どうにかして!」というのが本音だったんです。
今思えば見放されてもおかしくない状況だったのですが、古崎先生はいつも親身にサポートをしてくれました。そして専攻科を修了する日に、「あなたが大学院で博士を取る頃に退官される先生がいる。苫小牧高専の教員公募が出るかもしれないから準備を怠らないように」と教えてくださったんです。「高専の教師を目指そう」という思いが本気になった瞬間でした。
―そして、本当に高専教員になられたのですね!
博士課程2年次の末に公募が出て、3年次になったタイミングで苫小牧高専の教員となりました。博士課程は通常3年次で修了です。修了前の採用となると、博士論文をまとめながら、教員1年目の仕事を覚えることになり、普通は両立がかなり大変だと言われていました。このタイミングでの応募にご理解を示してくださった大学院時代の指導教員、神谷先生と大友先生には感謝でいっぱいです。
しかし幸か不幸か、当時はちょうど新型コロナウイルスが流行しはじめた年だったんです。研究の審査も学校の会議も全てがオンラインでできるようになったことが、私にとっては時間ができたことにつながり、渡りに船でしたね。
また、苫小牧高専の先生方が私の特別な事情に寛容で、「1年目は大学院の研究があるから」と、授業の数を調整してくださったんです。周りの協力があって無事に博士の学位を取得。今も何かに忙殺されることなく、楽しく仕事に取り組めています。
―現在の研究についてお聞かせください。
石炭を主燃料として稼働する石炭火力発電所から排出される石炭灰を原材料に用いて、固体触媒の開発研究をしています。研究をはじめたきっかけは、大学院修了時に、当時の指導教員の神谷先生から「せっかく自分で研究室を持てるのだから、大学院のテーマを継続するよりも自分のやりたいことを見つけたほうがいい」と助言を受けたことです。
材料系の研究は高専時代から続けていて、「新しい研究に何かいい材料はないか」と考えたとき見つけたのが、苫小牧東部にある苫東厚真火力発電所から排出される石炭灰でした。これまで石炭灰は、主にコンクリートの混和材など土木分野で有効利用されてきましたが、用途が限られていて使い切れず、結局は処分されていたんです。
また、モノを燃やせば二酸化炭素や窒素酸化物、硫黄酸化物など大気汚染の原因になる物質が発生します。汚染物質は触媒を使って分解することが一般的ですが、効率良く分解するには白金などの高価な材料触媒が必要である点が課題でした。
私はここに着目して、石炭火力発電所から排出される灰で触媒をつくり、その触媒で大気汚染物質を提言することができれば、よりクリーンで低コストな循環型の発電を目指せると考えたんです。
昨年度在籍していた卒業研究生(第1期生)がたくさん実験してくれたこともあり、石炭灰が触媒材料としてある程度利用可能であるとわかってきました。まだまだ基礎研究の段階でデータも少なく、調べるべきことがたくさんありますが、あと5年ほどで効率良く分解ができる触媒を完成させ、将来的にはSDGsに貢献できる新材料開発が苫小牧高専からできればと考えています。
「学生のため」の教育を目指して
―研究のほかに力を入れている活動があればお聞かせください。
部活動の顧問です。現在はサッカー部、フットサル部、硬式野球部と3つの部活の顧問を担当しています。実際にグラウンドに出て指導することが多いのは経験のあるサッカーとフットサルで、硬式野球は大会時の運営など補助的な仕事です。
平日・休日問わず、外にいることが多いですね。学生に混じって走り回っている時間が1番好きです。サッカーと硬式野球に同時に所属している教員はきっといないと思います(笑)
また、たくさんの学生が教員室に遊びに来てくれます。話を聞いてほしい学生や勉強を教えてほしい学生、自習室として使いたい学生など、学年や専攻の異なる学生たちが集まるので、教員室をきっかけに知り合うこともあるみたいです。
後輩であり、教え子でもある学生と関わりながら、彼らから学ぶことも多く、日々助けられているように感じます。今後も自分が理想とする教育を優先するのではなく、「学生のために」という気持ちを第一に過ごしていきたいですね。思えば高専時代の恩師も、大学院の恩師も「やりたいことは絶対にやったほうがいい」と背中を押してくれました。それが勉強であっても、それ以外であってもです。
私はその言葉に大きく救われたと感じています。学生たちにも同じように背中を押せる教員でありたいですね。
―最後に学生たちへメッセージをお願いいたします。
理系に進んだ私が思うのは、研究は実験室の中だけで完結するのではなく、社会にどう活用するかまでの「実装」が大切だということです。「社会にどう活用するか」を考えるには、まず社会を知らなければならない。TVやスマホで毎日のニュースを見るのでも、ネットから情報を集めるのでもいいので、ぜひ今からアンテナを張ってみてください。
そして、進路について迷っている学生へ。私も夢を見つけるまでには時間がかかりましたが、そのときの自分に与えられた道を歩みました。しかし、「高専の先生になりたい」と決めてからは、なりたい自分に向かって一直線に進むことができたと思います。たとえ、今、第1志望の進路を実現できなくとも、最終的なゴールが明確であれば、回り道をしても大丈夫。夢に向かうことをおそれないで挑戦を続けてください。
長尾 昌紀氏
Masanori Nagao
- 苫小牧工業高等専門学校 創造工学科 応用化学・生物系 助教
2014年3月 苫小牧工業高等専門学校 物質工学科 卒業
2016年3月 苫小牧工業高等専門学校 専攻科 環境システム工学専攻 卒業
2018年3月 北海道大学大学院 環境科学院 環境物質科学専攻 博士前期課程 修了
2020年4月より現職
2021年3月 北海道大学大学院 環境科学院 環境物質科学専攻 博士後期課程 修了
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