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竹から始まる資源循環。離島の高専で挑む弓削島の課題解決と、「離島工学」の拡張性

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弓削商船高専の森耕太郎先生は、大学生のときに「資源循環」の考え方に出会い、現在は「離島工学」に基づいた取り組みに尽力されています。離島工学とはどういったもので、いかなるポテンシャルを秘めたものなのか。2026年度の学科改組にも触れながらお話いただきました。

工作好きの少年から、資源循環の研究者へ

―先生は京都市のご出身ですね。どんな学生時代を過ごされましたか。

中学生の頃からミニ四駆や模型などをつくったり、技術家庭の授業ではんだ付けや木工に取り掛かったりするのが好きでしたので、高校の理数系コースに進学しました。実は舞鶴高専も少し考えたのですが、1人で寮生活を過ごすことに不安があり、選択肢から外しました。今思えば、そのときに高専という進路を選んでいたら、また違った人生になっていたかもしれません。

高校では山岳部に所属していました。毎月1回の山登りや、行き先を考えるミーティングなど、そこまで体力的にハードなことをしていたわけではないので、どちらかというと文化系の部活動でしたね。大文字山や比叡山などといった近郊の山を中心に登りつつ、夏休みには合宿で長野県の山に登りました。今でもたまに山登りをしています。

―大学は滋賀県立大学に進学されています。

大学でも理工系の学部、中でも機械系の学科に進学したいと考え、(国立)京都工芸繊維大学を第一志望にしていました。京都市で“コウセン”といえば、こちらを想像する人の方が多いですよね(笑) 部活での自動車づくりが盛んであるなど、機械系に強いイメージでしたし、私がいた高校の理数系コースでは京都工芸繊維大学に進学する人が多かったんです。

しかし、同大学の入試で得点比重が高かったセンター試験で思うように点数が取れず、滋賀県立大学の機械システム工学科に進学しました。とはいうものの、琵琶湖沿いの良い環境で、結果的に楽しい大学生活を送りましたね。

大学では、一人乗りのカートを改造してソーラーカーの大会に出場する部活に入りました。新歓の時期に部室棟でカートをいじっている同じ学科の先輩方を見て、「大学生になると、自分で車を改造して乗ることができるんだ」と、面白さを感じたのがきっかけです。

―大学4年生でバイオディーゼル燃料の研究に出会われたそうですね。

エンジンなどを扱う「エネルギーと動力研究室」に配属となり、そこでバイオディーゼル燃料の存在を知りました。部活の先輩方はその研究室に入ることが多く、面白いという評判も聞いていたので、私も入ることにしたんです。

バイオディーゼル燃料の研究に取り組んだきっかけは、研究室の説明会でした。「天ぷら油などの廃油を化学処理して、ディーゼルエンジンに入れることができる物質に変えたものがバイオディーゼル燃料である」という説明を受け、「そんなことができるんだ」と私はびっくりしたんです。

当時は京都議定書やCO₂削減の話題が盛んだった頃で、環境に優しいエネルギーは必ず必要になると感じてはいましたが、「資源循環」という考え方に初めてしっかりと向き合ったのは、そのタイミングだったと思います。研究室ではバイオディーゼル燃料そのものの性状や燃焼特性の研究に取り組みました。

※1997年に京都で開催された国連気候変動枠組条約第3回締約国会議(COP3)で採択された、温暖化に対する国際的な取り組みのための国際条約。発効は2005年。先進国の温室効果ガス排出量について法的拘束力のある数値目標が各国ごとに設定された。日本は2008~2012年に1990年比で6%の温室効果ガスの排出量削減を義務付けられ、その目標を達成した。

研究室の雰囲気も良かったですね。やるべきことをしっかりする文化だった一方、先生と学生が一緒になってBBQや飲み会をするなど、オン・オフが絶妙なバランスだったと思います。先生はどんなに忙しくても実験などの相談に快く乗ってくださり、疲れた様子をまったく見せない方でした。この真のスゴさに気付いたのは、修士論文の添削という負担の大きい依頼をするようになったときでしたね。

このときの先生が、高専教員となった現在において一つの理想像になっていると思います。学生が気軽に話しやすい存在であることが重要だと考え、どんなに忙しい時でも学生の前では余裕がある態度をとるように意識してきました。それもあってか、空き時間には多くの学生が研究室を訪れてくれるようになりました。ただ雑談しに来る学生もいますが、時間の許す限り耳を傾けるようにしています。

企業を退職し、博士課程の道へ

―修士課程修了後は企業に就職されていますが、4年ほどで退職され、博士課程に進学されています。その経緯を教えてください。

退職後は自転車でしばらく旅をしました。2013年の夏で、29,30歳の頃です。「チャリダー」というやつですね。福井県の敦賀から船で北海道の苫小牧に向かい、北海道をぐるっと1周。そこから南下する形で東北に進みました。

その頃は東日本大震災から2年ほど経っていた時期でしたので、津波の被害から復旧した道路をあえて通りながら移動しました。このような機会はもうないだろうと思ったんです。そこで現地の方と話をするにつれ、小さいコミュニティ単位で必要なエネルギーを確保する重要さを感じるようになりました。大きい発電所から被災した場所へ長い電線を引っ張ってくるには、大変なコストがかかるからです。

そこで私は天ぷら油の話を思い出したんです。バイオディーゼル燃料はバイオエタノール燃料に比べてつくりやすい燃料だと言われていましたので、大学院の同じ研究室でバイオディーゼル燃料をもう1度研究しようと思いました。小さいエリアで資源を循環させるという、自分の今後の指標を見つけたような気がしましたね。旅先で出会った方々の自由な生き方も、30歳という年齢で博士課程に進学することへの後押しになったと思います。

―そして、博士課程修了後、弓削商船高専の教員になられたのはなぜでしょうか。

博士の学位が取れそうになったタイミングで先生から「君は大学の研究者というよりは、高専で学生とわちゃわちゃする方が合ってそうだね」とおっしゃっていただきました。先生は苫小牧高専のご出身で、高専という環境をよくご存じであったこと、私が研究室で後輩に楽しそうに教えていたことなどから薦めていただいたのだと思います。

そして、そのタイミングでたまたま公募がかかっていた弓削商船高専に書類を送り、ご縁があって初めて弓削島へ行くことになります。教職も持っておらず教育課程の授業も受けていない私が、大学生よりも若い高専生を教育することへの不安は大きかったですが、行ってみたら非常に住みやすい環境で、すっかり気に入って今に至ります。

―高専に赴任されて、研究テーマはどのように決めていったのですか。

高専に来てびっくりしたのは、助教の立場でいきなり研究室が与えられて、その運営を任されたことでした。何から取り組めばいいのか、思案するのに非常に苦労しましたね。

その中で助けになったのが島民の方々の声です。1年目は島の方々が集まるいろいろな会合、イベント、飲み会、お祭りなどになるべく顔を出し、「何か困っていることはありませんか」とお話を聞いていきました。そういった声を聞いている中で、自分はその課題に対して何ができるのかを考えていきましたね。自分は何屋なんだろうと思ったこともあります(笑)

そして2019年頃から、当時の校長であった井瀬潔先生からのご提案で「離島工学」というキーワードを研究に用いるようになりました。これは「島の課題を島の資源・人材を活かして工学的に解決する」という考え方です。

離島工学における「離島」

―離島工学をキーワードとして、具体的にはどのような研究をされているのですか。

最近は弓削島の放置竹林問題に着目し、「竹のカスケード(連鎖的・段階的)利用」を提案しています。しまなみ海道を自転車でツーリングしている方に向けたサイクルラックなどの構造物を一次利用として製作。その構造物の廃材から、土壌改良などで用いる竹炭を二次利用として製作。三次利用として竹と竹炭を用いた魚礁を製作——このように竹を島内で段階的に利用して付加価値を高めていく研究です。

竹と竹炭による魚礁製作はここ2年ほど取り組んでいます。もともとは竹炭表面にある微細孔(細かな穴)を活用して、海洋ゴミであるマイクロプラスチックを回収できればと思っていたのですが、実際に竹炭を海に沈めてみたら表面に微生物がたくさん観察できましたので、魚礁として活用できないかと考えました。

学生による竹切りの様子
▲学生による竹切りの様子

離島工学に取り組んでいると、このような想定外の活用法にどんどん派生していくことがあり、非常に拡張性が高いなと思います。だからこそ、学生にとっては「なんだかできそう」と思ってもらえる、とてもキャッチ―な分野であると考えていますね。

―竹炭に関しては、フィリピンでの浄水技術開発にも活用していこうと考えているそうですね。

「超異分野学会」の場でフィリピンの水環境問題について伺い、ろ紙メーカーや水環境問題に詳しいベンチャー企業の方とディスカッションなどをしたことからスタートした取り組みです。ただ、これは単に浄水技術を開発しようと思って始めたわけではありません。

そもそも、なぜフィリピンの水環境は日本と差があるのか。それは、学校教育によって水環境への意識を高めることができていないからだと伺いました。日本だと、例えば小学校などで「自分たちが飲んでいる水は、どこからやってくるのか?」を学ぶ時間がありますよね。そこで浄水場・下水処理場の存在などを知るわけですが、フィリピンではその時間がないようなのです。

ですので、水はどのようにして綺麗になるのかを学べる簡易的な教材をフィリピンの学校教育に導入しようとなりました。その教材の1つが、フィリピンの竹を竹炭にして活用した簡易的な浄水装置なんです。現地の子どもたちと一緒につくれる教材にすることで、水に対する意識を高めることを目標としています。この教育プラットフォームもまた、離島工学の考えを拡張したものであると言えるでしょう。

超異分野学会にて「フィリピン水教育チーム」で受賞したときの1枚
▲超異分野学会にて「フィリピン水教育チーム」で受賞したときの1枚(中央:森先生)

離島工学における「離島」というのは一つの例えだと考えていまして、「里山」に置き換えてもいいですし、「過疎地」や「海外の支援が行き届かないエリア」に置き換えても問題ありません。その場にあるものを、その場にいる人とその場で手に入る資材で工学的に解決する——これが「離島工学」の基本となる考え方です。学生時代に取り組んだバイオディーゼル燃料という、資源循環を目的とした研究にも通じる理念だと思います。

▲ビーチクリーン活動で海の環境についてお話し中の森先生

―2026年度から「高度情報専門人材の育成」や「離島工学などを容易に学べる体制構築」を目的とした改組が行われ、森先生が在籍している電子機械工学科は創造工学科に編成されます。情報分野と離島工学の関係性をどのように捉えていますか。

離島工学とITの親和性は非常に高いと思っています。実証実験など「離島」に行かないとできないローカルな体験は最後まで残る部分ですが、それをデータ化して他と共有・連携していくには、情報技術が欠かせません。

例えば、先日外部講師をお招きして、島で「竹炭づくりワークショップ」というものを開催したのですが、その方が竹炭のCO₂固定量が計算できるアプリを開発されていました。炭焼きでのCO₂固定量というローカルな情報を共有し、成果を見える化できるため、一地方の取り組みでも閉塞感なく進められます。このように、特にツールの部分で情報化の効果が発揮されるのではないでしょうか。

IT一本でもダメですし、離島に引きこもっていてもダメ。ローカルで得た経験・知識・データをグローバルに広げていくための取り組みとして、情報化の流れはすごくいい方向性だと考えています。

―高専生や中学生のみなさんへメッセージをお願いします。

私自身は高校も大学もなんとなく選んできたので、中学生で高専を選んだ学生さんには素直に感心します。せっかく島の高専へ来てくれたので、ここでしか学べないことをたくさん経験してほしいと思います。

これから高専を目指す中学生のみなさんには、身近な課題を探してみてほしいです。家族や友達が困っていることに耳を傾け、それを解決するにはどうすればいいか考えることが大切だと思います。AIに尋ねれば一瞬で答えが得られる時代ですが、それを扱うのは人間です。AIを使わないでほしいとは思いませんが、AIを使いこなし、「自分の考え」でアプローチする難しさと楽しさを忘れないでください。

森 耕太郎
Kotaro Mori

  • 弓削商船高等専門学校 創造工学科 講師

森 耕太郎氏の写真

2003年3月 京都府立洛北高等学校 卒業
2007年3月 滋賀県立大学 工学部 機械システム工学科 卒業
2009年3月 滋賀県立大学大学院 工学研究科 博士前期課程 機械システム工学専攻 修了
2009年4月~2013年7月 ヤンマー株式会社
2017年3月 滋賀県立大学大学院 工学研究科 博士後期課程 先端工学専攻 修了
2017年4月 弓削商船高等専門学校 電子機械工学科 助教
2026年4月より現職

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