高専教員である父の影響を受け、有明高専に進学された呉高専の氷室貴大先生。高専在籍時に取り組んだ父子での共同研究をきっかけに、異分野融合型の研究にご尽力されています。高専時代の思い出や現在のご研究内容についてお話を伺いました。
父が教員を務める有明高専へ入学
―高専に入学されたきっかけを教えてください。
父(氷室昭三先生。現:鹿児島高専 校長)が高専の教員を務めていたことによる影響がかなり大きいです。幼少期から有明高専の官舎で生活していたこともあり、高専は身近な存在でした。
もともと理数系が好きだったこともあり、中学校で進路を決定する際には、迷わず高専を選びましたね。
―高専時代の思い出はありますか。
球技大会にかなり力を入れていて、朝と昼と放課後にクラス単位でバスケットボールの練習をしていました。クラスマッチのために、朝6:30から体育館で練習し、放課後は部活動にも参加するという生活をしていたと記憶しています。
本科の3年生から5年生まで3連覇をしていたのですが、3年生のときには、校長先生が不在だったことから、副校長を務めていた父から賞状を渡されるという経験もしました。
1年次に他学科の紹介を行う「導入教育」で父の授業を受けることもありましたし、全校集会で父の話を聞かされるというのもお決まりでしたね。なかなか刺激的な学生生活を送れたと思います(笑)
―専攻科では、お父さまと共同研究も行われたそうですね。
私の知らない他学科の先生からも「ジュニア」と呼ばれるなど、すこし特殊な環境でしたが、それが全く嫌ではありませんでした。むしろ、「この環境でしかやれないことをやってみよう」と思い、「父との共同研究を実現すること」を目的に専攻科への進学を決意したんです。
その思いを理解してくださった恩師のもとで、私が行っていた高分子膜の研究と父が持っているマイクロバブルの技術を併用した共同研究を始めました。実際に、それらが相乗的な効果をもたらすという結果も得ることができ、とても貴重な経験を得ることができましたね。
―そこからなぜ、高専の教員を目指したのですか。
高専に通っているときから「将来は父子で教員か?」と言われ続けていて、「本当になったら面白いかな」という気持ちから、高専教員としての道を少しずつ意識するようになっていきました。
そして高専や大学院での研究を通じて、技術に価値を持たせることの難しさや達成できたときの喜びを知り、これを多くの学生に伝えていきたいと考え、本格的に教員を目指すようになりました。クラスメイトの大半は、私が高専教員になったことに対して「やっぱりか」と思っていることでしょう(笑)
DNAの電気的特性を利用して病気を検出!? 血液診断チップの開発
―現在のご研究内容について教えてください。
DNAの電気的特性を利用した血液診断チップの開発を行っています。実は、DNAには電気を流すという特性があるんです。そのため、もともと電気科出身ということもあり、DNAをセンサの材料として、病気の原因を見つける足掛かりにならないかと考え、日々研究しています。
具体的には、血液中に含まれる悪い酵素やタンパク質を電気的に検出する方法です。それらは、DNAの構造を破壊し、心筋梗塞や胃がんといった特定の疾病に関与していると言われています。そして、それらによって構造が破壊されたDNAは電気的特性が変化し、電流を流さなくなるんです。
チップを開発するにあたって目指しているのは、チップ自体を小さくすることですね。そうすれば、診断に用いる血液の量も少なくて済むのです。呉高専には江口正徳先生がお立ち上げになられたクリーンルームがあり、手のひらサイズのデバイスをつくることができます。その場合の診断に必要な血液の量は、1滴でも多いくらいです。
まだ人間の血液から検出できるような段階には達していませんが、最終的には、そういった段階まで持っていければなと思っています。
―この研究を始めたきっかけは何だったのでしょうか。
専攻科の卒業研究で父と共同研究を行ったことで、「異分野融合」を意識するようになっていきました。そして、当時から注目されていた「ナノバイオテクノロジー」というキーワードに惹かれ、「電気の知識」を「医療に活用できるものづくり」に生かしたいと思い、大学院ではそれを実現できる研究室を選んだんです。
そこで始めたのがDNAに関する研究でして、DNAを金属材料でコーティングして、配線材料をつくっていました。DNAの配線は低い抵抗値で電流を流すことができ、配線材料として優れていることを確認することができましたね。
ただ、DNAをコーティングしてしまうと、DNAと酵素の反応が起こらず、疾病を見つけることができないんです。それならば、金属材料でコーディングせずに、そのままのDNAを利用したほうが面白いものづくりが行えるのではないかと思い、現在の研究を始めました。
学生の成長につなげたい。キーワードは「学生とともに」
―現在、他大学との共同研究も行われているのですね。どのような研究なのでしょうか。
ひとことで言うと、「体組成計」をつくるための研究です。最近の体組成計は、体脂肪率をはじめ、筋肉量や代謝など、上に乗るだけでいろいろな情報を知ることができますよね。
体組成計の仕組みとしては、その人の体がどれだけ電流を流しているかを調べているんです。たとえば、油は電気を通さないため、あまり電流が流れない人は、体脂肪率が高いと判断されるなど、同じ体つきでも電気の流れ方で筋肉量や体脂肪率を数値化することができます。
そこで、呉高専には微細加工を行うための設備が整っていたことから、せっかくなら細胞レベルでヒトの体を評価する体組成計のようなものがつくれないかと考えました。これが実現すれば、がんの治療をはじめとした薬効評価に活用できると考えています。
たとえば、ある人から採ってきたがん細胞の電気的特性を、抗がん剤を投入した後のがん細胞と比較し、電気信号がどのように変化するのかを調べる。その結果から、「電気信号が大きく変化したから効果がある」といった評価をすることが可能になるのではないでしょうか。
また、患者さんに新しい薬剤を使う際、実際にその患者さんから採った細胞を調べることで、本当に効くかどうかをあらかじめ判断できるようになるとも考えています。まだ社会実装を実現できるレベルには達していませんが、これからの地域社会に技術を還元できるよう、研究を進めていきます。
―学生と接するうえで心掛けていることはありますか?
授業では、できるだけコミュニケーションをとるようにしています。基本的には、演習問題に取り組んでもらい、その間に私が1つ1つのグループを回って、学生が質問しやすい環境をつくっていますね。「解説を聞いても分からなかったら呼び止めて」と言って教室内を行き来しているので、夏を過ぎても半袖なのに汗だくです(笑)
研究室では、「学生とともに」をキーワードに研究活動を進めています。教員と学生だけでなく、学生同士においてもさまざまな情報や悩みを共有し、自発的に活動できる環境づくりを行う。そして、学生の成長と問題解決能力の向上につなげられたらと思っています。
私がバイオナノテクノロジーの分野に進んだように、電気工学科だからと言って、その分野だけに縛られる必要はないと思うんです。分野横断的にさまざまな可能性を示しながら、今後の研究・教育活動にも尽力していきたいですね。
氷室 貴大氏
Takahiro Himuro
- 呉工業高等専門学校 電気情報工学科 特命准教授
2007年3月 有明工業高等専門学校 電気工学科 卒業
2009年3月 有明工業高等専門学校 専攻科 修了
2011年3月 九州工業大学大学院 生命体工学研究科 博士前期課程 修了
2016年3月 九州工業大学大学院 生命体工学研究科 博士後期課程 修了
2016年4月 九州工業大学大学院 生命体工学研究科 研究職員
2017年4月 成蹊大学 理工学部 システムデザイン学科 助教
2020年11月より現職
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