高専教員校長

1つの正解より多様性を求めて研究を。今、校長として旭川高専らしさを守り、未来へとつなぐ

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物理学の研究者として北海道大学で長く研究・教育に携わり、2025年に旭川高専の校長に就任された矢久保考介先生。研究分野の転換や研究・教育を通して変化してきた価値観、高専教育に感じている可能性について、これまでの歩みとともにお話を伺いました。

ゴールが1つではない世界を求めて、応用物理学の道へ

―高校時代、兵庫県の高校から札幌旭丘高校へ編入されたそうですね。

札幌旭丘高校を選んだのは、ちょうど編入枠が空いていたからです。父が転勤の多い仕事をしていたこともあり、幼い頃から引っ越しが多い環境でした。生まれは北海道北見市ですが、ほとんど記憶はありません。札幌、横浜、兵庫県芦屋市と移り住み、高校は芦屋で進学しました。

高校2年生のとき、単身赴任をしていた父の転勤先が札幌に決まりました。そのとき自然と「札幌ならついていきたい」と思ったんです。幼い頃の記憶の中で、札幌は人との距離感がちょうどよく、居心地のいい街だという印象が残っていました。

とはいえ、札幌の高校事情はまったくわからないので、札幌時代の友人に相談したところ、「うちの高校はどう?」と勧められたのが札幌旭丘高校でした。直接高校に電話をすると、ちょうど編入枠が空いているとのことで、受験を経て、編入が決まりました。

▲取材中の矢久保先生

―その後、北海道大学の理学部 物理学科へ進学されています。

そこを選んだ理由は、素粒子物理学を研究したかったからです。小さい頃から理科が好きで、化学実験や電気回路に夢中になっていました。材料や回路を組み合わせることで思いがけない反応や動きが生まれる。その「組み合わせの面白さ」に惹かれていました。

実は料理も好きで、材料を組み合わせてまったく違う味になる点では、化学と似た感覚がありました。子どもの頃の将来の夢は、科学者か料理人かで本気で迷っていたほどです。中学・高校では、科学の啓蒙書をよく読み、物理学の世界に自然と引き込まれていきました。

―大学院では応用物理学専攻に進まれています。

大学に入った当初は、疑いもなく素粒子物理学の道に進むことを考えていました。ただ、実際に研究室に入って研究を進めるうちに、世界中の研究者が1つの「究極のゴール」に向かって競い合う分野なんだと感じました。天才的な頭脳がそこには集中するので「この中で戦い続けるのは大変だ」と感じた上に、ゴールが1つしかない世界に違和感を覚えたんです。

この世界には、まだわからないことが無限にある。にもかかわらず、目指す先が1つに定まっている。自分のやりたい科学とは少し違うと思いました。

一方、応用物理学はさまざまな研究が有機的に繋がりあって前に進んでいく学問分野です。多様な自然現象に対して、それぞれの研究者が自分なりの問いとゴールを持つような、そんな研究スタイルに魅力を感じ、応用物理学専攻へと進みました。

―その後、研究者の道へ進む決断をされます。

子どもの頃から漠然と研究者に憧れはありましたが、博士課程に進んだ時点でも、具体的な将来像を描いていたわけではありません。転機になったのは、博士課程の途中で指導教官から「助手にならないか」と声をかけられたことです。当時は教授の推薦によってポストが決まることも多い時代でした。

その言葉をきっかけに、「研究者として生きていく」という選択が一気に現実味を帯びました。結果的に博士課程を中退し、助手として研究の道を歩み始めましたが、そのとき初めて自分の進む道がはっきりと見えた気がします。

研究・教育の先にあった、学校を支えるという視点

―長く大学で研究や教育に携わる中で、「自分の価値観が変わった」と感じる出来事はありましたか。

大きく視点が変わったのは、先ほども言った学部から修士課程へ進学したときです。より広く、多様な研究の世界に触れることになりました。1つの正解に向かうだけでなく、研究者それぞれが自分の問いを立てて進んでいくような学問のあり方に目を向けるようになりました。

もう1つの大きな転機は、教授になってしばらく経ち、大学の中でさまざまな役職を任されるようになった頃でした。研究と教育だけでなく、学部や大学全体の運営に関わるようになり、「良い研究や教育が生まれる環境をどう整えるか」という視点が、自分の中で大きくなっていきました。単に自分の研究心を満たすだけではなく、人が力を発揮できる場をつくることもまた、大切な仕事なのだと考えるようになりました。

▲北海道大学大学院の矢久保研究室でのゼミ風景(後列右から3番目:矢久保先生)。量子物理学や統計物理学に関するディスカッションが、毎日のように行われていたとのことです

―米・カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)でも研究をされていますね。

10か月ほどの滞在でしたが、非常に刺激的な経験でした。当時は北海道大学で量子力学の理論研究をしており、自然の法則を明らかにする、いわゆるナチュラルサイエンスの研究に取り組んでいました。

カリフォルニアでは、共同研究をしたこともある同世代の先生のもとに滞在しました。その先生は著名な理論物理学者でしたが、理論研究だけではなく、研究成果をもとにした起業も考えておられました。私たちが一緒に取り組んでいた理論をベースに、脳の状態を効率的に可視化する技術の開発が進められており、理論が実際の応用へと結びついていく現場を目の当たりにしました。

印象的だったのは、そのスピード感です。滞在中に研究室は次第に起業のためのラボのような環境へと変わり、人も増え、構想が次々と現実になっていきました。後に、その会社の役員にならないかという話もいただきましたが、私はあくまで在外研究員として滞在していた身だったためお断りしました。

その後、その先生は亡くなられ、中心となる原動力を失ったことで会社も長くは続きませんでした。人を動かし、物事を前に進めるバイタリティの大切さを、強く実感した出来事でもあります。

▲20年ほど前にドイツのイルメナウで開催された国際会議での一場面。右手前の研究者の方とは、今でも家族ぐるみの付き合いが続いているとのこと

―2025年、旭川高専の校長に就任されました。オファーを受けたときの率直なお気持ちを教えてください。

「びっくりした」というのが正直なところです。大学の研究室には高専出身の学生もいて、非常に優秀で真面目だという印象は持っていました。ただ、高専という教育機関の仕組みや実態については、ほとんど知識がありません。そこで、知り合いの元高専教員に雰囲気や仕組みなどを聞きながら、少しずつ理解を深めていきました。

―実際に着任してみて、どのような印象を持たれましたか。

驚くことは本当に多かったですね。まず感じたのは、教員・職員の皆さんの負担の大きさです。大学の教員は基本的に教育と研究に集中できますが、高専ではそれに加えて学生指導、担任業務、生活面のケア、寮の対応、トラブル対応など、非常に幅広い役割を担っています。

さらに、事務職員の数も大学に比べると圧倒的に少ない。その中で、皆さんが本当によく頑張っておられると感じました。同時に、「このままでは負荷がかかりすぎてしまうのではないか」とも思いました。まだ具体的な解決策があるわけではありませんが、仕事の内容や役割を整理し、より高いパフォーマンスを発揮できる環境を整えていく必要があると感じています。

―旭川高専では、どのような教育方針・取り組みに力を入れているのでしょうか。

本校の教育理念は、「国際的視野を持ち、社会に資する人間性に富んだ高度で実践的な技術者を育成する」ことです。技術革新のスピードが加速する今の時代においても、この理念を軸に、地域社会、そして国際社会の発展に貢献できる人材を育てることが、旭川高専の使命だと考えています。

その一環として、AI・数理データサイエンス分野では、富山高専とともに全国51の国立高専の中の拠点校としての役割を担っています。拠点校の大切なミッションの一つは、文部科学省の「数理・データサイエンス・AI教育プログラム認定」をすべての高専が受審し、認定を受けさせることです。すでに「リテラシーレベル」の認定は全51高専が取得済みで、現在は「応用基礎レベル」の認定に関して展開しているところです。

今年度からはAmazon.comのグループ企業であるAWS(Amazon Web Services)とも連携し、同社がもつAI関連のクラウドコンピューティング環境やコンテンツを活用した教育プログラムづくりにも取り組んでいます。将来的には、こうした取り組みを他高専にも展開していきます。

▲AWS(Amazon Web Services)との包括連携協定の調印式の様子(右から2番目:矢久保先生)

また、半導体分野においても北海道地区の拠点校としての役割を担っています。北海道では関連産業の動きも活発化しており、地域の子どもたちを対象に「半導体とは何か」「半導体産業とはどんなものか」をわかりやすく伝える活動も行っています。

▲道内4高専半導体人材育成連携推進室×道庁半導体戦略室として、小学生向けの科学イベント「2025サイエンスパーク」へ出展。写真は、半導体の素材となるシリコンウェーハについて説明中の篁耕司副校長(電気情報工学科 教授)

自由と責任が根づく場所で、次の世代を育てる

―校長として大切にしたい信念や、日々意識していることがあれば教えてください。

旭川高専がこれまで培ってきたカラーを壊さないことです。校長という役職は、3年から5年ほどで交代します。校長が変われば、多少の色合いは変わりますが、学校の雰囲気や文化は、長い時間をかけて形づくられてきたものです。それを一時の判断で大きく変えてしまうのではなく、良い部分を理解したうえで、より良い方向に伸ばしていくことが校長の役割だと思っています。

旭川高専には、良い意味での「自由さ」があります。過度に束縛されない一方で、やったことに対する責任はきちんと取る。その空気感は、学生だけでなく、教職員にも共通しているように感じます。この「自由と責任のバランス」は、ぜひ守り続けたいです。

▲高専ロボコン2025での優勝を祝し、ロボット・ラボラトリの学生と記念撮影
※優勝した旭川高専「天旋」への取材記事は、こちらからご覧いただけます

―今後、力を入れていきたいことはありますか。

大きく2つあります。1つは、地域との連携をより強固なものにすることです。旭川高専が地域社会の中で果たす役割は、とても大きい。優れた人材を地域に送り出すことができなければ、地域の活性化はありません。地域の特性や課題を理解し、力を発揮できる人材を育てるためにも、地域とのつながりをさらに深めていきたいと考えています。

2つ目は、先端科学技術を支える人材の育成です。北海道では、半導体関連をはじめとする大きな産業の動きがあります。こうした拠点が生まれることで、周辺産業も含めた発展が期待されます。その土台を支えるのは、やはり人です。高度な技術に関わる人材を育てることは、これからの旭川高専にとって重要な使命だと考えています。

▲これまでの4学科を廃止し、2026年度から5学科が新設される旭川高専。動画は平智幸先生による新学科「半導体・電気情報通信工学科」の紹介動画

―これから高専を目指す中学生や、その保護者の方に伝えたいことはありますか。

特にお伝えしたいのは、女子のお子さんを持つ保護者の方です。小学生向けのSTEAM教育の現場では、理科や技術に興味を持つ子どもたちの数に男女差はほとんどありません。それにもかかわらず、高専進学の段階になると男子学生が多くなります。その背景には、進路相談の中で「技術系に進んで将来どうするのか」といった不安やイメージが影響している面もあるのではないでしょうか。

ただ、今は企業側も女性技術者の活躍の場を積極的に広げており、理系分野で女性が力を発揮できる環境は、確実に整いつつあります。お子さんが理科や技術に興味を示しているのであれば、その芽を大切にし、応援してあげてほしいと思います。

また、これからは文理融合の時代です。高専は「理系の学校」という印象を持たれがちですが、AI技術ひとつをとっても、プログラミングだけで成り立っているわけではありません。人文社会学的な視点や、デザイン、倫理など、さまざまな分野が交わりながら発展していきます。高専は、そうした複合的な学びにも十分対応できる環境です。

保護者の方全体にお伝えしたいのは、高専は「当たり前の道」ではないからこそ価値があるという点です。多くの人と同じ進路ではなく、自分自身を見つめ直し、自分の道を切り拓いていきたい。そんな思いを持つ若者にとって、高専はとても相性の良い選択肢だと思います。

―最後に、高専生へのメッセージをお願いします。

高専生の印象を挙げると、2つあります。1つは、「自分の軸を持っている」こと。多くの人が普通高校に進学する中で、理系に特化した5年一貫教育という道を選ぶ時点で、すでに自分なりの考えを持っていると言えます。場合によっては、「頑固」「協調性がない」と受け取られがちな資質ですが、高専生を見ていてそう感じることはありません。科学技術者として非常に重要な資質だと思いますので、ぜひ大切にしてほしいです。

もう1つは、良い意味でも悪い意味でも「まじめ」だということです。何事にも全力で取り組み、手を抜かない。その積み重ねが、高専生の成長の速さにつながっているのだと思います。この姿勢は、信頼される技術者になるための大きな強みです。

ただ一方で、真面目さゆえに「遊び」が少なく、折れやすくなってしまう面もあるのではないかと感じることがあります。遊び心がなければ、大胆な発想は生まれません。真面目さと遊び、そのバランスをうまく取ることを意識してほしいと思います。

▲高専ロボコン2025の優勝旗と一緒に

矢久保 考介
Kousuke Yakubo

  • 旭川工業高等専門学校 校長

矢久保 考介氏の写真

1979年3月 市立札幌旭丘高等学校 卒業
1984年3月 北海道大学 理学部 物理学科 卒業
1986年3月 北海道大学大学院 工学研究科 応用物理学専攻 修士課程 修了
1987年3月 北海道大学大学院 工学研究科 応用物理学専攻 博士後期課程 中退
1987年6月 北海道大学 工学部 応用物理学科 助手
1992年4月 同 講師
1993年10月 同 助教授
1994年1月 米・カリフォルニア大学ロサンゼルス校 日本学術振興会在外研究員(10か月)
1996年5月 北海道大学大学院 工学研究科 量子物理工学専攻 助教授
2005年4月 北海道大学大学院 工学研究科 応用物理学専攻 助教授
2008年9月 同 教授
2025年4月より現職

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