企業で働いている時に、もう一度アカデミックの道を目指したという市川裕子先生。その後、東京高専に着任し、さまざまな授業方法を試行錯誤。「トライアンドエラー」を繰り返してたどり着いたという授業の方法や、現在のタイ高専での取り組みなどを伺いました。
「答えが必ずある」から数学が好き
-幼い頃から数学がお好きだったんですか?
小さい頃からずっと「やりたいことに一直線」な性格でした。パズルを解くのが好きだったこともあり、数学は得意科目でしたね。受験の数学は答えが必ずあるから大好きでした。小学校の時は「先生になりたい」と思っていましたね。
でも、大学で勉強した数学はあまり楽しいと思えなかったんです(笑)。体系的に理論を勉強したんですけど、「これを学んで、いったいどこで使うんだろう?」と思ってしまって。数学の理論は証明がほとんどで、問題を解くと言う感じではない。理論より解く作業が好きだったんです。「あまり面白くないなあ」と思いつつ、それなりに頑張っていました。
いったん就職した後に進んだ大学院で「ここでやっと使うんだ!」とつながったんですけど、大学の時は「やっぱり私、数学好きじゃないや。早く就職してお金を稼ごう!」と思っちゃったんですよね(笑)。
「なんとなくじゃなくて『理由』が知りたい」と会社を辞めた
-なるほど、それで企業に就職されたんですね。
キヤノンに就職して、開発部隊に配属されました。ソフトウェアの開発だったんですが、プログラミングは大好きでしたね。作りたいものがあって、自分の中でアルゴリズムを考えて、でも思うようにいかなくて、トライアンドエラーを繰り返していく。ちゃんとゴールがあるから、プログラミングは面白かったんです。
隣にハードウェアの開発部隊があって、ハードを作っている社員が図面通りに設計したものをつくるんですけど、動かないことがあるんですよ(笑)。大きい基盤をじっと眺めて、「このへんかな〜」って言いながらコンデンサーを2~3個差したら急に動くようになったりするんです。
その人に「なんで動くようになったの?」って質問するんですけど、「なんとなく」としか答えてくれなくて(笑)。「なんとなくじゃなくて理由が知りたい!」と強く思ったんです。数学をきちんと勉強してこなかったことを激しく後悔しましたね。
同じ頃、大学院に進んだ同級生に「大学院に来れば?」と誘われ、「その手があったか!」と進学を決意しました。もしあの時、ハード製作者が「これはこういう理由でね」と理論を説明してくれていたら、今と違う道を歩んでいたのかなと思います。
-それで大学院に進まれたのですね。
「2年間で、出来る限りのことを身につけなきゃ!」と、大学の時とは比べ物にならないほど勉強しました。「修士が終わったら企業に戻ろう」と思っていたんですけど、2年じゃ何も出来ないことに気付いて。研究を進めるうちに「先生」への夢を思い出し、大学院修了後、教職の道に進むことにしました。
試行錯誤を繰り返して、アクティブラーニングに辿り着いた
-その後、東京高専に着任されたのですね。
出身の山梨県には高専が無いので、就職するまでは知らなかったんですよね。ロボコンのイメージがあるぐらいでした。実は、慶應義塾志木高校で臨時講師をしていた経験から、「自分は授業が上手い。私の授業は分からないはずがない!」と思っていたんですよ(笑)。本当に傲慢でしたね。
でも高専に来たら、なかなか伝わらないことが多くて。左から板書しながら説明するんですけど、学生がノートを取るのに時間がかかり、私が右側を説明している時に学生はまだ左を見ているんです。「説明している部分を見ていないから、分かるはずがない」と思い、そこからなんとかしなければ、と試行錯誤を始めました。
数学って、実際に自分の頭で考えて初めて解るようになるんですよね。だからコピーマシーンでは意味がなくて、とにかく90分間、目の前の問題を考えてもらいたかった。数学はトライアンドエラーの繰り返しでしか解るようになりませんから。
-そして反転授業とアクティブラーニングに辿り着いたんですね!
トライアンドエラーの部分は「宿題」が担ってくれていたので、「宿題を一緒に解けば解決するのでは?」と思ったんです。それにたまたま反転授業がハマりました。講義で話すことは事前にビデオで見てもらい、授業で一緒に問題を解く。すると、今度は説明時間が必要なくなるので、授業の時間をどう使うかという授業設計が必要になりました。
だからグループワークに切り替えて、分かる友達に解き方を教えてもらう。いわゆる「アクティブラーニング」ですよね。教える子は説明することで理解が深まるし、教えてもらう子も先生より質問しやすい。両方にメリットがあるんです。
私はグループ間をぐるぐる回るんですけど、学生同士教え合うのを見て毎回のように「分からないのってそこ?」と驚きます(笑)。学生の小さな疑問点って、講義形式の授業では見えなかったんですよね。アクティブラーニングの授業では「学生が寝ない」「落ちこぼれがない」という手応えを得ています。
-学園祭ではクラシックコンサートを担当されていたらしいですね!
群馬高専の工藤翔慈先生と東工大の山科雅裕先生と私で「Classical Concert」を1996年に立ち上げました。彼らは当時学生だったので、2人ともアカデミックに残るとは思ってもみませんでした。
毎年かなり盛り上がるんです!今年はタイにいて参加できないので、後任の先生に託して来ました。今年で15回目になり、このコンサートを見るために近隣地域の方が学園祭に来てくださるほどなんですよ!
英語力より、本来のコミュニケーション能力の方が大切
-海外赴任は、どのようなきっかけだったのですか?
英語が喋れないことがずっとコンプレックスで、「絶対無理!」と思っているところから抜け出したいと思ったんです。独学で英語を学びつつ、海外に行けるチャンスがあれば積極的に手を挙げていました。
すると2015年に豊橋技科大の「教員グローバル人材育成力強化プログラム」のチャンスが回ってきたんです! 研修を受けたあと、半年間ニューヨークで英語を学びました。そして最後の3カ月間はマレーシアで実際に英語を使って授業をしました。
海外で感じたのは「喋れるか喋れないか」ではなくて、「喋るか喋らないか」だということ。文法が気になって言葉が出なくなることは多々ありますが、それでも口に出さないと始まらない。世界の果てまでイッテQの「出川イングリッシュ」の素晴らしさを感じています(笑)。
-現在はタイ高専にいらっしゃるんですね!
マレーシアでの経験があり、なんとか英語でも授業やれるかな、という自信がつきました。タイ高専も現在はオンライン授業なので、反転授業の経験が生きています。実は、グループワークはオンラインではやりにくいんですよ。ブレークアウトルームで学生をグループにして勉強してもらっていますが、1つのルームに入ったら他のルームの動きが分からないので、そこは改善していきたいですね。こちらでも早く対面の授業が始まることを願っています。
この2つのプログラムに参加して思うのは、英語力より人間力や本来のコミュニケーション能力の方がずっと大事だということ。「英語を喋る」のではなく「英語で喋る」。「喋れる何を持っているか」が大切なのだと改めて感じています。
-今後の展望を教えて下さい。
アクティブラーニングをもっと広めていきたいですね。2016年にアクティブラーニングの勉強会を開きましたが、参加してくださった先生方はすでにアクティブラーニングを実施している人が多かった。実験実習は、もともとアクティブラーニングですよね。興味に関わらず、座学の授業も見直すひとつのきっかけになればいいなと思います。
私は学生の「ああ!分かった!」の顔が見たいんです。講義型の授業って、料理を並べて、「どうぞ」って感じで、食べるか食べないかは学生にお任せというイメージだと思います。アクティブラーニングは、「さあ、一緒に食べようよ」という感じ。でも結局はお腹が空いてないと食べないんです。「どうやったらお腹を空かせてくれるんだろう?」というのがやはり究極の課題です。
お腹が空く状態を作る。つまり学生のモチベーションを高めるために、より試行錯誤して、積極的なクラス作りをしていきたいですね!
市川 裕子氏
Yuko Ichikawa
- 国立高専機構事務局 教授/国際参事・KOSEN KMUTT(高専-キングモンクット工科大学トンブリ校 タイ国)
1980年 山梨県立甲府西高等学校 卒業
1984年 津田塾大学 学芸学部 数学科 卒業
1984年~1989年 キヤノン株式会社
1991年 津田塾大学大学院 理学研究科 数学専攻 前期博士課程 修了
1993年~1996年 慶応義塾志木高等学校 非常勤講師
1996年 慶応義塾大学大学院 理工学研究科 数理科学専攻 後期博士課程(単位取得退学)
1996年 東京工業高等専門学校 一般教育科 講師
2003年 東京工業高等専門学校 一般教育科 助教授
2007~2009年 金沢大学大学院 自然科学研究科 電気電子専攻 修了
2009年 東京工業高等専門学校 一般教育科 准教授、2015年 同 教授
2015年~2016年 豊橋技術科学大学 教員グローバル人材育成力強化プログラムに参加
2021年より現職
KOSEN KMUTTの記事
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