インタビュー

研究の道を極めるために大学へ。挑戦し続けた先にある、化学の可能性を信じたい。

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東京高専 専攻科を2011年にご卒業後、東京工業大学への進学を選んだ山科雅裕先生。現在は同大学の理学院で助教を務め、「空間」を持つ分子の研究に力を入れておられます。山科先生が考える研究の魅力とは一体何なのか。そして、進学をするメリットとは?

高専ならではの自由さが、研究を楽しくしてくれた

―高専に進学を決めた理由を教えてください。

私が自ら決定したというより、何かに導かれて進学した、という表現の方が正確かもしれませんね。

中学生の頃、理科の授業で「アンモニアの噴水実験」をしました。アンモニアガスが入ったフラスコに少し水を加えると、下にある無色透明の水溶液が、ピンク色になって噴き出すという実験です。何もないフラスコに突如ピンク色の液体が現れた瞬間「化学って手品みたいですごい!」と感動したのを、今でもよく覚えています。

それ以前から理科は得意科目だったこともあり、「将来は実験をする化学者もいいな」という想いがずっと頭の片隅にありました。

中学3年生になって進路を決める際、将来の夢を念頭に進学先を考えました。当時、ピアノと手品に夢中でしたので、化学者の他にピアニストやマジシャンも進路候補だったんですね。ですが悩みに悩んだ結果、結局運に任せることにしたんです(笑)。

つまり、A高校に受かったらピアニスト、B高校に受かったらマジシャン、高専に受かったら化学者、という感じです。兄が機械工学科に通っており、「高専では実験を沢山できる」と聞いていたので、化学者を目指すには高専一択でしたね。

そして、3校受けた中で一番先に合格したのが東京高専だったんです。ここが私の人生の大きな分かれ道だったと今でもつくづく思いますし、この選択は間違ってなかったと確信しています。ただ、実際に通い始めると思った以上に大変で……授業→実験→レポート→課題→バイト→授業→…と毎日がめまぐるしく過ぎていきましたね(笑)。

―高専に進学して良かったと感じたことはありますか?

環境ですね。まず、高専では高校生と同じ年齢から大学と同じ博士号を持った先生に教えてもらえるんですよ。これは高専でないとなかなかできない体験だと思います。

そして、高専の先生方は大学の先生と違って学生と距離が非常に近いんですね。大学に行くと、授業以外でほとんど先生に会えません。一方で、高専の先生たちは授業の質問に答えてくれるだけではなく、忙しい中夜遅くまでお茶や談笑をしてくれました。実際、私は勉学以外の多くをここで学んだと思っています。これは高専の校風である「型にはめない自由を尊重」する象徴のひとつだと感じますね。

型にはめない自由な風土は、研究面でも大いに築かれていると感じます。

東京高専の物質工学科は、3年生になると「物質工学創造実験」といって、夏休みに好きな研究をしていい期間を与えられるんです。私は人と違う面白いことをしてやろうと思い、友人と一緒に天然の成分を使った殺虫剤をつくることにしました。

この研究には、検体となる昆虫がたくさん必要となります。ところが、緑豊かだから虫なんて山程いるだろうと思っていたら、これまた全然見つからなかったんですよ。そこで困った私は「殺虫剤の会社にコンタクトをとろう」と思い立ちました。

実際にお客様相談センター連絡をしてみたところ、試験センターにつないでいただき無事に大小数百匹ほどのゴキブリが詰まった小瓶をわけてもらえたんです。それを紙袋に入れて電車に乗ったときの感情は色んな意味で忘れられません(笑)。

おかげで無事に研究が成功できましたし、このときの「自由にテーマをつくって、大人達を巻き込み自分の実力以上の事を達成した」という経験があったから、実験や研究の楽しさをより感じられたのではないかと思っています。

ストーンヘンジのような、石のモニュメントを背景に、工藤先生、市川先生とポーズ
左:工藤翔慈先生(群馬高専)中央:市川裕子先生(東京高専)、右:山科先生
「数学担当の市川先生の教員室は、私が高専在学7年のなかで最も入り浸った部屋です。工藤先生は私と同じチームで創造実験を行い、またハードな高専生活5年間を共に過ごした『戦友』です。写真は私がイギリスで研究生活をしている際、遊びに来てくれたときのもの。世界遺産のストーンヘンジを背にしてニッコリ笑」

夢をかなえるためには、大学院進学しか考えられなかった

―その後は専攻科に進み、さらに大学院にも進学していますよね。

はい。専攻科に進んだのは、4年生から5年生にかけて力を入れていた「ビチオフェンユニットを含むπ共役系化合物の合成とその物性評価」の研究をさらに2年間追究できると思ったからです。

化学が好きで高専に進みましたが、実は一時期「自分はあまり好きじゃないのかも」と悩んだ時期があったんです。一言で「化学」といっても、非常に細分化された学問です。高専で色んな「化学」を学ぶほど、中学生のときに思い描いた世界と異なる現実を目の当たりにし、日を増すごとに化学を億劫に感じる自分がいたんです。

そんなときに出会ったのがナノサイズのモノづくりを主体とする「有機化学」の分野でした。有機化学は、フラスコの中で原子同士を繋ぎ合わせ、まるでレゴブロックのように分子を「創る」ことができます。まるで私の中でパズルのピースが「カチッ」とハマったかのようでしたね。

そこから有機化学にのめり込み、バイト代で大学院レベルの教科書を買い、毎日憑りつかれたかのように勉強をしていました(笑)。振り返ると、「化学者」になるという漠然とした夢は、高専3年時に「有機化学を専門にした化学者」に自然と決まりましたね。

高専5年を卒業後、大学3年生に編入するより専攻科へ進学した方が研究に集中できると研究室の指導教員から助言を受け、専攻科進学を決めました。実際その通りだと思います。また、人に教えることで自分の学びにつながると考えていて、専攻科では大学3年生の年齢で後輩指導ができるという点にも惹かれました(通常、大学院でようやく後輩がつきます)。

その後に大学院へ進学した理由は、ただひとつ。博士号をとりたかったからです。日本国内だけではなく世界を渡る化学者として、有機化学の道を極めるには大学院に行かない選択肢はありませんでした。それは入学した頃から強く意識していましたね。

ドクター卒業式にふさわしい格好をして、はにかむ山科先生
東京工業大学で博士号を取得した日(2016年3月)
「苦労の末に獲得した博士号、清々しい顔をしていますね」

―院ではどんな研究をされていたんですか。

修士課程では「フォトレドックス触媒を用いた新奇反応の開発」、博士課程では「ナノ空間をもつ超分子カプセルの開発と機能評価」です。大学・高専までは教科書に書いてあることを学びます。一方、大学院では「教科書の内容をつくる」、いわゆる研究活動が仕事となります。答えはどこにも書いていませんが、その分やりがいがあります。

修士課程では、「太陽の光で分子をつくる」研究をしていました。2021年のノーベル賞化学賞を受賞した先生と同じ研究分野ですね。太陽の光を使って物質をつくるため、環境に優しい方法として注目されています。

博士ではさらに物質のかたちと機能の美しさに魅了され、「空間をもつ分子」にテーマを変えました。大工さんが木材で巨大で精巧な建物をつくるように、私達は小さな分子を材料に、大きくて複雑な分子をつくれちゃうんです。分子の「デザイナー 兼 建築家」といったところでしょうか。もちろんトンカチは使えませんが、その代わりに化学の力を使って組み立てます。この分野は非常にやりがいがあり、現在でも同じ分野の研究を続けています。

研究対象が3Dで表現されている
山科先生が研究対象としている『空間をもつ分子たち』
「水分子(左)と比べるとその大きさがよくわかりますね。大学院時代は『分子カプセル』(中央)を使った研究をしていました。ケンブリッジ大学では正四面体の『分子ケージ』(右)を世界で初めて作り出し、その性質を研究していました。このような『空間をもつ分子』は他の分子を取り込むことができます。狭い空間に閉じ込められた分子は、通常とは全く違う性質を示すんですよ!」

なんで目に見えない分子なんかを?と思うかもしれません。確かに、分子はとても小さく、一つひとつの機能は微々たるものです。ところが、そんな分子がたくさん集まると目に見える機能となって、やがて世界を変える力を発揮します。小さくても力持ちなんですよ!

―ずばり、進学して良かったと感じますか。

もちろんです。大学は一般知識や教養を深く学べる場所ですし、大学院は学問を切り拓く場所です。ここには、さまざまな環境で過ごしてきた学生が集まっているので非常に沢山の刺激があります。高専とは非常に狭い社会です。高専の外に出て、社会を体験するのは非常に重要だと身を持って実感しています。

昨今は高専の社会的認知度がどんどん高まっているので、大学編入・大学院進学だけがすべてではありませんが、もし大学・大学院へ行ったほうが良いと少しでも思うなら、迷うことなく進学の道を選択してほしいと思います。

その一方で、目的が無くても進学を選ぶべきでしょう。私はたまたま早い時期にパズルのピースがハマりましたが、まだそうでない人も沢山いると思います。人には適材適所があります。高専に進学した人は高いポテンシャルを秘めていますが、その可能性に気づけず、才能を開花できないのは非常にもったいないし不幸なことです。

高専で自分のパズルの穴を見つけられなくとも、周りの環境をガラッと変え、新しい刺激をたくさん受ければキッカケは必ず見つかるでしょう。そういった意味でも、あえて進学することは大事なんじゃないかなと思います。長い人生からみれば、少しの寄り道なんて大した事ありません。

ケンブリッジ大学の伝統的な建築物を背景に、三原先生と吉沢先生とともに
三原のぞみ先生(左)と、大学院時代の恩師である吉沢道人先生(中央)と。@ケンブリッジ大学
「吉沢先生からは空間をもつ分子や『研究活動』の面白さを存分にご教授頂きました。大学院時代の経験は私の研究生活のまさに原点となっています。高専在学時はこんな『美しい化学』があるなんて全く知らず、進学することで新たな世界の扉を開けたと思っています」

研究者は「自分がこの世に生きた証」を残せる

―今後の目標を教えてください。

前例のない構造・機能をもつ分子を開発し社会に還元することで、人々の暮らしを豊かにすることです。また、この研究分野に進学する学生が一人でも増えるよう、「構造美・機能美」をもつ分子開発も目標のひとつですね。自分の作った分子が教科書に載る事を夢見て、学生とともに日々研究活動に邁進しています。

さらに言うなら「人材育成」も目標に掲げています。高専で非常勤講師を務める中で気になることは、挑戦を避けようとする学生が多くなってきたことです。「挑戦」とは字の如く戦いに挑む行為です。実力以上の困難に向き合う活動の積み重ねこそが、自分自身を成長させることが出来る唯一の手段なんですね。

もちろん、失敗が続けば心がくじけてしまうのが人間というもの。でも、あきらめなければ結果は必ず出ると思うんです。挑戦することに限界はないと、伝え続けていきたいですね。

研究室の、PCデスクの前に座って、両手を突き上げて伸びている姿
2017年に分析装置を使って『分子ケージ』の存在を確認した瞬間の写真
「博士号を取った後、イギリスの研究室で分子ケージを作ろうとしましたが毎日失敗の連続でした。写真のこの日、苦労の末ようやく実験が成功しました。まるで天にも昇る心地だったことを今でも鮮明に覚えています。みなさんも失敗続きで辛い時もあると思いますが、諦めなければ必ず成功します!」

―最後に、高専生にメッセージをお願いします。

研究活動とは、好奇心を原動力に「新しい事実や解釈」を発見する知的活動です。一般的に「研究」や「研究者」と聞くと地味なイメージを抱かれがちですが、実は「自分が生きた証」を学術成果としてこの世に遺すことができるんですよ。

研究者の主な仕事は、研究を進めその成果を論文として発表することです。この学術論文は、未来永劫残り続ける「人類の知の財産」となります。実際に、私自身も100年前に発表された論文をもとにした研究を展開しており、時折その人物に思いを馳せることがあります。

ドイツ語で書かれた論文の一部
山科先生が研究の参考にしている1919年に発表された論文の切り抜き(ドイツ語)
「1919年って、日本では大正8年、板垣退助が薨去、カルピスが発売された年なんです。さすがにこの論文の著者も、自分の論文が100年経った世界で、とある日本の化学者に影響を与えているなんて想像していなかったでしょうね笑」

発表年代に関係なく、先人の研究成果を参考に「新たな知」を探求する。そして、自分の成果や名前が時空を超え、未来の研究者の思考や感情に影響を与えるかもしれない――そう考えるだけでもロマンに溢れていると思いませんか!

高専生は「乾いたスポンジのように技術と知識を吸収する力」や「粘り強く実験に向かい合う忍耐力」など、研究活動を推進するうえで欠かせない素質を十分に持っています。ぜひ、大学院に進学し、研究活動とモノづくりの喜びを通じて「日本発の知」を共に創造していければ良いなと心から願っています。

山科 雅裕
Masahiro Yamashina

  • 東京工業大学 理学院 助教

2009年 東京工業高等専門学校 物質工学科 卒業
2011年 東京工業高等専門学校 専攻科 物質工学専攻 修了
2013年 東京工業大学 大学院 総合理工学研究科 修士課程修了
2016年 東京工業大学 大学院 総合理工学研究科 博士課程修了
2016年 博士号取得(工学)
2016年 東京工業大学 特別研究員
2017年 日本学術振興会 海外特別研究員(英国 ケンブリッジ大学 化学科)
2019年 東京工業大学 理学院 助教 現職
2020年 東京工業高等専門学校 非常勤講師 兼任

山科 雅裕氏の写真

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