2026年4月に鹿児島高専の校長に就任した道地慶子先生。前回のインタビューでは、建築を学び、イギリス留学や実務経験を経て、石川高専で地域と連携した教育・研究活動に取り組んできた歩みをお話しいただきました。今回は、校長就任への思いや「Well-being」を軸にした教育、新たな学科改組の狙いについて伺いました。
目の前のことに向き合った先に、校長という役割があった
―2026年4月に鹿児島高専の校長に着任されました。まず、お話を受けたときのお気持ちを教えてください。
私は奈良県の出身ですが、大学院時代のイギリスのマンチェスターや17年間在籍した石川高専など、これまで寒い地域で過ごすことが多かったんです。
そのため、鹿児島と聞いたときは「あたたかいところでよかった」と率直にうれしかったですね。夫の転勤で福岡に拠点を置いていた時期もあり、九州には親しみがありました。豊かな自然や食にも魅力を感じています。
―校長に就任することについては、どのように受け止められましたか。
私はこれまで、明確なキャリアプランを描いて歩んできたタイプではありません。むしろ、その時々で目の前のことに一生懸命取り組んでいるうちに、次の道が開けてきたという感覚があります。
以前、鹿児島高専の前校長でいらっしゃる上田悦子先生(現:福井高専 校長)が、学生に「計画的偶発性理論」についてお話しされていたことがありました。これは、今取り組んでいることに真摯に向き合うことで、思いがけない機会や出会いが訪れ、次のキャリアにつながっていくという考え方です。
その話を聞いたとき、「まさに私のことだ」と思いました。前回のインタビューでもお話ししましたが、私自身も学生たちに、「結果を急がず、目の前のことに一生懸命取り組んでいたら、きっと何かにつながる」と伝えてきました。
今回の校長就任も、自分が目指していたというより、石川高専で副校長として取り組んできたことを周囲の方々に見ていただいた結果だと思います。自分では十分だったとは思っていませんが、その時々でできることに精一杯向き合ってきたことが、今につながっているのだと感じています。
―着任から2ヶ月ほどが経ちました。鹿児島高専の学生や教職員には、どのような印象をお持ちですか。
まだ学生と直接話す機会は多くありませんが、全体として、おおらかで元気がある印象を受けています。明るく、表現も素直で、鹿児島という土地の豊かさの中で育ってきた雰囲気を感じます。建築を学ぶ中で、気候や風土が人の営みに与える影響を強く意識してきました。建物や街並みだけでなく、人の雰囲気にも、その土地らしさは表れます。鹿児島高専の学生にも、この地域ならではの伸びやかさがあるように感じています。
また、自主性の高い個性的な学生がいるようで期待感が高まっています。先日もデザコンに取り組む学生と校長室でディスカッションを行い、これまでの教員としての姿勢を継続し、なるべく学生に寄り添う時間を持ちたいと思っています。

―実際に校長に着任してみて、想像していたこととの違いはありますか。
初めて経験することばかりです。教員や副校長として学校運営には関わってきましたが、校長になると見える範囲が変わります。これまで自分が安心して働けていた背景には、こうした仕組みや判断があったのだと実感する場面も多いです。
校長になってからは学生と関わる機会が少なくなり、少し寂しさもありますが、先生方の姿を見ながら、かつての自分を振り返ることも多くなりました。
―校長として、今もっとも難しさを感じていることは何でしょうか。
みんなが納得できる結論を大切にしたい一方で、校長として判断しなければならない場面もあることです。私は、強いリーダーシップで引っ張るというより、みんなの意見を大切にしたいタイプです。
この数ヶ月の間にも「ここは自分が決断して、言葉にすべきだった」と反省することもありました。全員の意見を大切にしながらも、ここぞというときには自分が判断する。その見極めが、今の課題です。
―石川高専でのご経験は、現在の学校運営にどのように生きていますか。
同じ高専であっても、学校ごとに文化や実情は異なります。石川高専で長く勤めてきたからこそ、鹿児島高専に来たときに「同じ部分」と「違う部分」を比較しながら理解できていると感じます。
もちろん、石川高専で取り組んできたことをそのまま持ち込むのではなく、鹿児島の地域性や学生、教職員の文化・雰囲気に合った形を考えていきたいです。そのうえで、地域と連携しながら学生が実践的に学ぶ環境づくりは、これからも大切にしていきたいと思っています。

鹿児島高専を「夢をかたちに」できる学びの場へ
―鹿児島高専は、2026年度に「創造デザイン工学科」の1学科3類5コースへと学科改組しました。まず、その狙いについて教えてください。

鹿児島高専は、1963年の創立以来、5年一貫教育によって実践的技術者を育成してきました。その専門教育の強みを大切にしながら、これからは学生一人ひとりの個性や創造力をのばし、自ら考え、行動できる力を育てていきたいと考えています。
今年度からの学科改組によって、専門性を深めながら分野を越えて学び、多様な考え方に触れて自分の可能性を広げられるような学びの場を目指します。学生たちには失敗を恐れず挑戦し、「夢をかたちに」する経験を積んでほしいです。
―「個性や創造力をのばす」ために、具体的にはどのような取り組みを行っているのでしょうか。
特徴の1つが、1年生の段階で混合学級にしていることです。5つのコースの学生が同じクラスで学び、早い段階から分野を越えた横のつながりを持てるようにするためです。隣にいる学生は、考え方も、興味も、得意なことも違う。そうした環境の中で「違うから面白い」と感じてもらうことが、ものづくりのヒントになると思っています。
また、自ら挑戦したいテーマを持ち、それを進めていく気概やリーダーシップのある学生を受け入れるWell-being Innovator 特別選抜も行っています。今年は8人の学生が入学しました。
その学生たちには、支援企業からご提供いただくプログラムを通じて、1年生のうちから企業の課題解決に取り組んでもらいます。実際の課題に触れ、「自分たちに何ができるのか」を考える経験が、周囲の学生にも波及していくことを期待しています。

―特別選抜の名称にもあるように、鹿児島高専は「Well-beingを軸にした教育」も大切にされています。先生にとって、どのような考え方でしょうか。
私自身の歩みを振り返ると、目の前のことに一生懸命取り組むうちに、人や社会とつながり、自分の幸せ、つまり「Well-being」にもつながっていきました。
高専の教育は、工学を体系的に学べる非常に優れた仕組みです。一方で、その力を社会でどう生かすのかを考える経験は、もっと増やせると思っています。
鹿児島高専では、4限目の授業をなくし、学生が社会と関わる活動や、自分の関心に応じた挑戦に使える時間をつくっています。専門知識を身につけるだけでなく、社会の中で課題を見つけ、人と協働し、価値を生み出す。そのような「総合知」を育てることが、Well-beingを軸にした教育につながると考えています。
―先生のご専門である建築やデザインの視点は、鹿児島高専での教育にどのように生かしていきたいですか。
建築を学ぶ中で、恩師からは「建築は総合芸術である」と教わり、建物単体ではなく、街や景観、そこに暮らす人の営みまで含めて考える視点を大切にしてきました。
イギリス留学で学んだアーバンデザインも、社会の中で技術がどのように価値を生み、人と人をつなぐのかを考える原点になっています。石川高専では、学生とともに地域に入り、デザインの力でまちを元気にする実践的な活動にも取り組んできました。
デザインは、自分だけが良いと思っても成り立ちません。誰かに共感されて初めて社会の中で価値を持ちます。工学的な知見の上に、社会に伝わる表現力やデザインの視点を重ねることは、これからの高専教育でも大切だと思っています。
創造デザイン工学科という名前にふさわしく、実を伴ったデザインを学べる場にしたい。将来的には、「鹿児島高専デザイン」と言えるようなブランドが育っていくといいですね。
自分らしく挑戦できる社会であってほしい
―今後も研究活動は続けていかれる予定ですか。
これまで私は、地域をフィールドにした研究活動に取り組んできました。石川高専時代に関わっていた「せせらぎMarche」にも、先日、鹿児島から戻って参加してきたところです。
校長という立場になると、以前のように自分が前に立って研究を進めることは難しくなりますが、鹿児島でも新しいテーマを見つけていきたいですね。鹿児島高専には建築を専門とする先生方もいらっしゃるので、地域をフィールドにした取り組みを一緒に考えていけたらと思っています。
―高専では女性の教員や研究者のロールモデルが少なく、女子学生もまだ少ない現状があります。先生ご自身が校長を務めることには、どのような意味があると感じていますか。
私自身、建築の世界で女性として壁を感じたことがあります。ただ、それ以上に、社会の仕組みが女性の継続的なキャリア形成に対応できていない課題を感じてきました。
だからこそ、性別に関係なく、自分が取り組んできたことを正当に評価される社会であってほしいと思っていますし、そうした気概を持って頑張る人を応援したいです。
―先生ご自身は、どのように仕事を続けてこられたのでしょうか。
夫とは離れて暮らす期間も長く、右往左往しながらでしたが、それでも続けてこられたのは、やはり建築が好きだったからだと思います。仕事と生活が分かれていない感覚で、校長になった今も、自分の根本は「建築の先生」です。
そして、ここまで続けてこられたのは、周囲の支えがあったからです。若い頃は父がイギリス留学の際に背中を押してくれましたし、今回、校長への挑戦を後押ししてくれたのは夫です。数年前、少しキャリアに悩んでいた時期に、「校長になったら、どこかに行くことになるんでしょう。自分で環境を変えようとしなくてもいいじゃない」と言ってくれました。
その言葉を聞いて、「そうか、最後のキャリアは自分で選ぶのではなく、選ばれることにもう一度チャレンジしよう」と思いました。その言葉がなければ校長への道に手を挙げていなかったかもしれません。
―最後に、高専生へのメッセージをお願いします。
専門知識や技術を身につけたうえで、社会とのつながりの中で自分を表現し、自分の力をどう生かせるのかを考えてほしいと思います。そして、鹿児島高専で学んだことに誇りを持ち、「鹿児島高専ブランド」と言えるような価値を生み出せる人になってほしいですね。
学生たちが「鹿児島高専で学んでよかった」と感じられるよう、これからも「夢をかたちに」する挑戦を応援していきたいです。
道地 慶子氏
Keiko Dochi
- 鹿児島工業高等専門学校 校長

1985年3月 大阪芸術大学 芸術学部 建築学科 卒業
1997年3月 The University of Manchester M.A.in Urban Design and Regeneration 修了
1997年4月 株式会社住環境学研究所 入所
2009年4月 石川工業高等専門学校 建築学科 准教授
2014年4月 同 教授
2026年4月より現職
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