大阪芸術大学をご卒業後、民間での実務やイギリス留学を経て、石川高専で副校長を務められている道地慶子先生。現在は、学生とともに「地域連携プロジェクト」に力を入れて取り組まれています。これまで行った取り組みの内容や石川高専に着任したきっかけについてお話を伺いました。
芸術的アプローチからの「建築」
―先生は芸術大学をご卒業されていますね。進学されたきっかけはなんだったのでしょうか。
私の家は代々続くお寺なんです。「僧侶」というのは、今で言う先生のような存在で、言葉だけでなく「書」や「絵」で教えを伝えます。私の曽祖父は、書や仏画が現在もボストン美術館で展示されている書家でもあったようです。曾祖父は東京美術学校(現東京藝術大学)創設時に岡倉天心から講師に招かれたのですが、仏門に専念したいとお断りした経緯を持つ僧侶でした。
私は、周囲に書や絵が描ける道具が、あたりまえにようにある生活環境で育ちました。僧侶であった祖父に書道の、僧侶の娘であった母に絵やものづくりの手習いを受け、僧侶であり教育者でもあった父から「西洋では建築学は芸術学部にある」という教えを受け、建築学科がある大阪芸術大学へ進学しました。
大学時代には私の礎となる師と友に出会い、当時学科長だった高橋禎一先生からは「建築は総合芸術」というその一言で全てのことを教わり、研究室の指導教員であった高松伸先生には私の世界観を覆す建築観を、そしてその後英国マンチェスター大学時代にとてもお世話になる田端修先生には建築の都市における役割やその重要性を教わりました。
―大学卒業後は、民間にお勤めだったんですね。
設計事務所で働きながら、大学の非常勤講師として勤務していました。一級建築士の資格を取得し、住宅や商業ビル、幼稚園などの設計業務を10年ほど経験し、英国マンチェスター大学へ留学、大学院では、「アーバンデザイン」に関する研究をしていました。
当時は、日本ではアーバンデザインという分野の学問体系が確立されておらず、勉強している人が本当に少なかったんです。「自分がやろうと思うこと」とか「自分にしかできないこと」への問いの答えが、父の教えでもあったイギリスへの留学だと思い挑戦しました。
建築は建物をデザインすると思われがちですが、建築と建築が連なる「景観」という概念からデザインすることもとても大切です。その景観をどう形成し、いろいろなものの関係性をどうデザインしていくべきなのかを考えるのがアーバンデザインです。
留学を通して、たくさんのかけがえのない経験をすることができました。特に、自分とは全く異なる文化を持つ学生たちの中で過ごした経験は、日本では得られないものでしたね。
共に学んでいた様々な国から来た学生たちは、それまでに学んできた学問や背景が異なり、1つのテーマを与えられても、アプローチの仕方が1人1人全然違います。その中で、私には何ができるのかを考えた時、それまで私が当たり前のように行ってきた絵を描き模型をつくることだと気づき、自分らしさを表現し、何とかやり遂げることができました。
このような「自分がやろうと思うこと」や「自分にしかできないこと」を実践したことが、まがりなりにも「建築」を続け私自身の自己実現を培ってきたことを、少しずつ誇りに思えるようになってきました。
―そこからなぜ、高専の教員に?
石川高専は、高専の中では珍しく「建築学科」という名前を守り続けているんですよね。計画や設計を専門とする教員が半分を占めていますし、工学だけではないアプローチを重視する考えが受け継がれています。
私は芸術学部を卒業しているため、工学系の先生たちとは違うアプローチで「表現力」を伝えることができると思い、そこに「自分にしかできないこと」があるのではないかと感じ、ご縁あって石川高専の教員になりました。また、教員という立場には、建築作品の審査や行政の審議会の委員という地域に貢献する業務への依頼があります。地域のいまの現状を知り学ぶ貴重な機会だと感じています。
「デザインで街を元気にする」地域連携プロジェクト
―現在はどのような研究をされているのですか?
ひとことで言うと「デザインで街を元気にする」という活動です。
例えば、「せせらぎMarch」というプロジェクトで、デザインを通して商店街を元気にする取り組みを行っています。プロジェクトに着手した当時はまだ知名度が低かった商店街「せせらぎ通り商店街」のロゴを制作し、地域の方に認知してもらうことから始めました。そして年に数回広場で「March」を出店し、普段は店内に入らないと分からない商品の良さの「見える化」行いました。
それにより、お店に入ったことがない方にも商品を手にしていただく機会が増え、商品の質が保障されると、再び商店街を訪れて購入してもらうことができます。商品を買う目的でなくとも、賑わいに参加したい方々に来ていただくことで、「人が人を呼ぶ」2次的・3次的な効果を実感することもできました。
実は、COVID-19の影響があった中でも、せせらぎ通り商店街では1店も閉店しなかったんです。これはもちろん、商店街の方々の努力の成果ですが、Marchでみんなが協力したことで商店街の一体感の強化に貢献でき、この10年間の継続的な取り組みは「2020年度日本建築学会北陸建築文化賞」を業績で受賞しました。
―プロジェクトには、学生も携わっているそうですね。
金沢市にプレゼンをし、資金面でも協力を得て、ロゴの制作からテントの配置、設置する旗のデザインまで全てを学生が主体となって行いました。
この「せせらぎ通りにおける空間デザイン」は、最初の年に石川県デザイン展で最優秀賞の石川県教育委員会賞をいただき、翌年にはせせらぎ通り商店街を敷地とした空間デザインで全国高専デザインコンペテイションの最優秀賞を受賞しました。学生がそれだけ「せせらぎ通り」について知り思いをつのらせ、努力したからこその結果です。地域の方々と連携しながら活動する中で、学生自身も多くのことを学ぶことができたと思います。
また、最近では、見えない景観のビジュアル化に取り組んでいます。金沢は歴史が重層的に形成されてきた他にはない魅力的な街です。
今見えているものだけで街が形成されているわけではなく、その魅力をより引き出すためには、かつてあったものが、今どのようにつながっているのかを示す必要があると思い、復元することができない歴史的遺産や景観資源を映像として見られるようにし、これまでの街の変遷と現状を重ねて体感できるようにAIを専門とする電子情報工学科の先生と協力して取り組んでいます。
学生が成長できる環境づくりが大切
―先生は2019年に教育顕彰優秀賞を受賞されていますが、研究や教育に携わるうえで、なにか心掛けていることはありますか?
1つは、タテのつながりを重視してグループを組むことです。5年生がやっていることを4年生のうちに見ておくことで、最終学年になった時、どの時期に何の作業をすべきかをおのずと理解することができますよね。これは私が芸大時代に経験した3、4年生で行っていた合同課題を受けついだ仕組みです。
私の研究室では、毎年のようにデザコンで良い成績を残すことができていますが、私だけの力で学生を育てているという感覚はありません。ただ教員から教えられるのではなく、先輩と一緒に経験することが良い作品につながっていくのだと思いその空気感を絶やさないようにしています。
また、地域の方々と関わる中で、学生は育っていくと思います。私自身がそのような環境で成長してきたということもあり、学生にも同じような環境を与えることは常に心掛けています。その中で、学生1人1人の得意なことを見つけて、実際にそれに取り組んでもらうことも大切にしています。そうして与えられたものに向き合うことで、これまでは気づかなかった自分の能力に出会うこともできると思います。
今できることに一生懸命取り組めば、先のこともおのずと見えてきます。これからも、学生と一緒に目の前のことに全力で取り組みながら、自分が経験してきたことをたくさん伝えていきたいと思います。
道地 慶子氏
Keiko Dochi
- 石川工業高等専門学校 建築学科 教授・副校長(地域・国際連携)
1985年 大阪芸術大学 芸術学部 建築学科 卒業
1997年 The University of Manchester M.A.in Urban Design and Regeneration 修了
1997年 株式会社住環境学研究所 入所
2009年 石川工業高等専門学校 建築学科 准教授
2014年 同 教授
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