高専での卒業研究をきっかけに研究の面白さに目覚めた函館高専の阿部勝正先生。現在は微生物研究を軸に、環境問題の解決や日本酒づくりなど、地域と結びついた取り組みにも力を注いでいます。そのキャリアや函館への思い、学生との向き合い方についてお話を伺いました。
原理がわかれば解ける。得意を生かして高専へ
―函館高専に進学したきっかけを教えてください。
もともと暗記がメインの文系科目が苦手で、式や原理を理解すれば解ける数学や理科のほうが好きだったのが理由です。また、高専に進学した先輩の話を聞く中で、「自由な校風で自分に合いそうだな」と感じたのも大きかったと思います。
工業化学科(現:物質環境工学科)を選んだのは、機械の仕組みそのものよりも、「燃える」「反応する」といった現象に面白さを感じたためです。
―高専での生活はいかがでしたか。
先生は個性の強い方が多く、今振り返るとユニークな環境でした。授業についていくのは必死で、難しさはありましたが、その分刺激も大きかったです。
授業以外では、アルバイトをしながら友人や先輩と遊ぶことが多かったです。キャンプに行ったり、夜中に4時間かけて車で札幌まで行ったりと、限界まで遊んでいました。スノーボードから帰って徹夜でレポートを書くこともありましたね。いつもは遊んだりバイトをしたりして、テスト前は集中して勉強してと、メリハリのある生活だったと思います。
―卒業研究についても教えてください。
高分子(ポリマー)を合成し、抗菌性のある材料をつくる研究に取り組みました。単一分子(モノマー)を合成し、それらをつなげて高分子にしていく実験です。
配属された研究室は先生が着任されたばかりで、ゼロからのスタートでした。どうなるか分からない状況でしたが、実際にはうまく進み、きちんと“モノ”ができました。初めて「研究ってこんなに楽しいんだ」と感じた瞬間でした。
もしこのとき失敗していたら、大学への進学は考えていなかったかもしれません。それほど大きな経験でした。
―編入先として長岡技術科学大学を選ばれた理由を教えてください。
長岡技術科学大学は高専からの編入生が多く、環境として馴染みやすいと感じたのが大きな理由です。また、当時は「環境」という分野が注目され始めた時期で、環境システム工学科で環境問題を幅広く学べる点にも魅力を感じました。
実際に進学してみても、高専出身者が多く、授業もそれを前提に設計されていたため、大きなギャップはありませんでした。共通点の多い学生が集まっていたので、非常に過ごしやすい環境だったと思います。

―修士課程ではどのような研究に取り組まれたのでしょうか。
D-アミノ酸を生成する酵素「ラセマーゼ」に関する研究に取り組みました。具体的には、赤貝からラセマーゼの遺伝子を取り出し、それを特定するという内容です。
この分野は非常にニッチではあるのですが、真核生物からアスパラギン酸ラセマーゼの遺伝子を取得した例としては初めてのケースで、さらに補酵素を必要とするタイプとしても初めての発見でした。小さな分野ではありますが、研究としては意義のある成果だったと思います。
―博士課程では京都大学へ進学されています。
修士で取り組んでいたD-アミノ酸の研究分野で世界的に有名な研究室が京都大学にあり、より高度な研究ができると考え、進学を決めました。
ただ、入学後にその研究室の先生が異動されることになり、研究テーマを変更することになりました。指導教員の「同じテーマを続けるだけでは成長につながらない」という考えもあり、新たに「セレン」という元素の代謝に関わる酵素の研究に取り組むことになりました。

研究の延長線上にあった“教える”という選択
―教員を志したきっかけについて教えてください。
修士・博士と研究を進める中で、後輩に実験を教える機会が増え、後輩が理解したり成長したりする姿を見ることにやりがいを感じるようになりました。一人で黙々と研究を進めるよりも、誰かに教えながら取り組むほうが楽しいかもしれないと思い、徐々に教育機関でのキャリアを意識するようになりました。
また、企業や研究所ではテーマがある程度決まっていることが多い一方で、教育機関では比較的早い段階から自分の研究テーマを持てます。そうした自由度の高さも、アカデミアの道を選ぶ理由のひとつでした。
―長岡技術科学大学への着任から、母校である函館高専に戻られるまでの経緯を教えてください。
博士号取得のタイミングで長岡技術科学大学の公募に応募し、採用していただきました。その後、約12年間在籍し、研究と教育に携わっています。

ただ、もともと「いつか函館に戻れたら」という思いはあり、生まれ育った函館や函館高専に何かしら貢献できればと考えていました。ちょうど子どもが幼稚園や小学校に入るタイミングで函館高専の公募が出たので、応募を決め、母校へ戻ることにしました。
―久しぶりに函館に戻られて、どのように感じましたか。
戻ったのは2020年で、ちょうど新型コロナウイルスの流行が始まった時期です。4月からは緊急事態宣言が出て、すぐにリモート授業に切り替わりました。
しばらくは思うように動けず、学生と対面でじっくり関わることも難しい状況でした。ただ、街の雰囲気自体は大きく変わった印象はなく、「自分の知っている函館のままだな」と感じました。
―現在の研究について教えてください。
長岡技術科学大学に在籍していた頃、環境汚染物質を分解する微生物の研究に関わったことをきっかけに、微生物を対象とした研究に取り組んでいます。自然界には分解されにくい物質も多く、埋立処理場から溶け出して地下水を汚染する可能性があるため、それらを分解できる微生物の存在は重要です。
現在は、函館港の海水から、ゴムを分解する微生物を見つける研究を進めています。海洋プラスチックごみの中でもゴム製品は多く、塩分環境でも機能する微生物が見つかれば、環境浄化やリサイクルへの応用が期待できます。

また、微生物によっては油を生産するものもあり、長岡技術科学大学と共同で研究に取り組んでいます。食用油の多くはアブラヤシ由来ですが、生産には広い土地や温暖な気候が必要で、日本での生産は容易ではありません。微生物を利用した培養によって油を生産できれば、将来的には油の自給率向上につながる可能性があります。
―研究の面白さややりがいは、どんな点に感じますか。
微生物には、まだ解明されていない可能性が数多くあります。採取する場所や方法によって全く異なる性質のものが見つかることもあり、それはまさに宝探しのようです。
見つけた微生物を詳しく調べていくと、新しい遺伝子や代謝経路が明らかになることもあります。宝箱を開けた先に、さらに宝探しが続いているという、二度美味しい感覚です。
世界中でまだ誰も知らない結果を、自分が最初に知ることができる。それが研究の醍醐味だと思います。自分で考えた方法が新しい発見につながったときの喜びは、何にも代えがたいものです。
函館の発酵文化を、研究の力でもっと面白く
―もうひとつ、地域連携の取り組みとして、日本酒の研究もされているそうですね。
はい。函館にある酒蔵「五稜乃蔵」と連携し、「オール函館の日本酒」づくりや米麹の研究に取り組んでいます。五稜乃蔵には函館高専醸造ラボが併設されているのですが、酒蔵の中に高等教育機関のラボが入っている例は全国的にも珍しく、こうした取り組みは函館高専ならではです。
以前は函館高専の教員でした小林淳哉先生(現:一関高専 校長)が中心となり開発した「菜の花酵母」と、函館の水、米、そして地元の酒蔵といった地域資源を生かし、毎年1回、「五稜 特別純米 菜の花酵母」という日本酒をつくっています。また、日本酒だけでなく、チーズをはじめとした発酵食品への応用や、酒粕の有効活用についての研究も進めています。メディアに取り上げていただく機会も多く、今後はさらにこの取り組みを加速させていきたいです。

―研究と地域が結びつくことに、どのような意味を感じていますか。
函館を少しでも盛り上げたいという思いがあります。観光も大切ですが、まずは地元に住む人たちに函館をもっと好きになってほしい。そのためには、「函館らしいもの」が身近にあることが大事です。
例えば地酒は、地域への愛着を持つきっかけになりますし、贈り物としても手に取りやすい存在です。そこに研究が加わることで、より価値のあるものになると感じています。思い入れのあるお酒のほうが、よりおいしく感じられますしね。
また函館には日本酒に限らず、塩辛やチーズ、味噌、ウイスキー、ビールなど、発酵に関わるものが多くあります。どれも微生物が関わる分野であり、発酵という切り口で函館の魅力を発信することで、観光や地域活性化にもつながると考えています。
高専のラボを設けていただいた五稜乃蔵のためにも、函館全体のためにも、プラスになるような研究を続けていきたいです。
―教育において大切にしていることを教えてください。
勉強を堅苦しく捉えず、身近なものと結びつけながら面白く学んでほしいと考え、授業ではできるだけ日常生活と結びつけて話すようにしています。例えば放射線であれば、なぜ鉛の防護服を着るのかといった例から入ったり、熱化学であれば、紐を引くと温まる弁当の仕組みを題材に熱量の計算につなげたりもします。
座学だけだと「紙の上の話」で終わってしまいますが、自分たちの生活との関わりが見えてくると、学びはぐっと面白くなります。そうした「知っていると少し得をする」感覚を大切にしています。

―教員としてのやりがいはどのような点にありますか。
やはり、学生たちに未来があることです。私は今46歳ですが、自分自身がこれから大きく変わることはほとんどないと思っています。一方で、学生たちは15歳から20歳の間に大きく成長し、考え方や将来の方向も変わっていきます。
入学当初は漠然とした考えだった学生が、5年生になる頃には「こういう仕事がしたい」と自分の言葉で語るようになる。その変化を間近で見られるのは、とても面白いですし、その過程で少しでも助言できることに意味を感じています。
―今後の目標について教えてください。
研究や取り組みを通じて、函館高専がもっと知られる存在になってくれたらうれしいです。そして、それが函館市のためにもつながればと思います。
例えば東京で「高専といえば?」という話になったときに、「函館高専」の名前が自然に挙がるような存在になれたら理想ですね。「あそこ、面白いことをやっているよね」と言ってもらえるような学校にしていきたいです。
―阿部先生の函館への愛着は、どこからきているのでしょうか。
正直なところ、自分でもうまく説明できない部分があります。長岡や京都にも住みましたが、どちらも良い場所でした。それでも、やはり地元には特別な感覚があります。
生まれ育った場所ですし、自然と安心するんですよね。寒さや不便さもありますが、地元には不思議な力があるのかもしれません。

―最後に、進路に迷う中学生や現役の高専生へメッセージをお願いします。
中学生のみなさんには、理科や数学が得意でなくても「新しいものをつくりたい」「まだ分かっていないことを解き明かしたい」という気持ちがあれば、高専という進路をぜひ考えてほしいと思います。そうしたことを15歳から本格的に学べるのは、高専ならではです。
そして現役の高専生には、「勉強は面倒なもの」と決めつけず、自分の中の“好き”を見つけてほしいですね。面白いと思える分野に出会えれば、学びや研究は一気に楽しくなります。高専は大変さもありますが、その分、若いうちから多くの経験ができます。楽しみながら技術を学び、これからの日本を支える力を身につけていってください。
阿部 勝正氏
Katsumasa Abe
- 函館工業高等専門学校 物質環境工学科 准教授

2000年3月 函館工業高等専門学校 工業化学科 卒業
2002年3月 長岡技術科学大学 工学部 環境システム工学科 卒業
2004年3月 長岡技術科学大学大学院 工学研究科 環境システム工学専攻 修士課程 修了
2008年1月 京都大学大学院 農学研究科 応用生命科学専攻 修了、博士(農学)取得
2008年4月 長岡技術科学大学 助教
2020年4月より現職
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