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目先のことにとらわれず、多くの学びを! 長い時間をかけて得られた“知識の引き出し”は、数年後に開かれる

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東京高専で工学を学んだあとは東京農工大で農学の道へ——そして、現在は環境調査や分析を担う環境管理センターで労働衛生業務に就く福本由美さん。高専で学んだことは、今の福本さんにどう影響しているのでしょうか。

高専で「本当にやりたいこと」と向き合う

―高専に進学したきっかけを教えてください。

高専の存在を知ったのは、進学を意識するようになってからです。普通高校に比べて自由な校風に感じたこと、卒業後の進路を決めるまでに5年間の猶予があり、就職と進学のどちらの道も開かれていることに惹かれ、説明会や文化祭に足を運びました。当時から理科の実験や手を動かすことが好きだったので、実験室を見せてもらったときに「理系の道に進むのも面白いかも」と、進学の意志が明確になりました。

机に向かって作業している福本様
▲中学生の頃の福本さん。実技科目の授業で、紙バンドを用いたクラシックカーの模型を作成中の様子

とは言っても理科の成績自体はそこまで良いわけではなく、数学も苦手だったため、周囲からは「本当に大丈夫なの?」と心配されたのをよく覚えています(笑) この頃は「将来のために勉強がしたい」というよりは「ここで過ごすのも楽しそう」という好奇心のほうが大きかったですね。5年間のうちに自分が本当にやりたいものを見つけようという気持ちでした。

―そして物質工学科に入学。実際に感じた高専はいかがでしたか。

思っていた以上に自主性を重んじられるのだなというのが第一印象です。中学までは教科書が充実していたし、問題集には丁寧に解説が載っているのが当たり前でした。通っていた塾の先生も一つひとつ確認して細かく教えてくださいました。

ところが高専は違います。教科書は本当に必要なことだけが端的にまとめられていてちょっぴり味気なく、問題集は解説なしで答えだけを載せていることがほとんど。それまでの学習環境とのギャップに戸惑いました。ただ、研究室を訪ねて質問すると先生方は熱心に教えてくださったので、自分から動かないと何も変わらないのだと実感しました。

また、4、5年生のときは特に忙しくしていたなと思います。研究が佳境に入っていましたし、授業の難易度も上がって、8限の日が連続することもありました。学習面以外では吹奏楽部に入って運営を担っていましたし、校内の図書館でアルバイトもしていたので日々をこなすのでやっとでしたね。でも、すべて自分がやりたいと思って始めたものなので充実感がありました。

マーチングショーの様子
▲文化祭にて、吹奏楽部でフロアマーチングショーを披露。4年生が中心となって運営し、福本さんはピッコロを演奏されていました

―卒業後の進路はどのようにして決めましたか。

高専入学前から大学に行くことは決めていました。明確な目的があったというよりは、10代のころは社会に出て働いている人が周りにいなかったので、イメージがしづらかったのが大きな理由です。

ただ、先述した通り高専は就職の道も進学の道も選択しやすい環境にあったので、自分が本当はどうしたいのかを5年かけてゆっくりと考えられたのは、非常に良かったと感じます。

工学×農学で視野が広がる

―東京農工大の農学部 環境資源科学科を進学先に選んだのはなぜですか。

実家が八王子にあり、汚れた河川を見て育ったこと、小学生の頃から環境分野にも興味があったことが大きな理由です。高専で学んだ化学を環境に転換できないかと考えました。

2000年代後半だった当時は、ちょうど環境に対する意識が世間で高まっていたからか、「環境」と名がつく学科が増え始めたころです。しかし、農工大は昔からそういった学科があり、その道のスペシャリストである先生がいらっしゃる点が決め手となりました。

―工学から農学へ。分野の転換に戸惑いはありませんでしたか。

知らない分野を学ぶことは面白くて、毎日が発見の連続でした。特に、工学と農学では考え方が大きく異なることに気づけたのは、分野を転換したからこそだと思っています。

例えば、高専時代は、水中のリンを吸着剤で除去して農地に還元する研究をしていました。それなりに評価も得られたので、良いものができたと思っていたのですが、大学の講義で「還元とは言え、畑はゴミ箱ではない」と先生がおっしゃったのを聞き「その視点は持っていなかった」と、ハッとしたんです。

福本様の実験で使われた植物の写真
▲高専の卒業研究で、リン肥料の代わりに使用済みのリン吸収材を使用して、栽培試験を実施

また、農学と工学ではデータの取り方にも違いがあることを知りました。工学は理想的な環境を用意した上で、出てくる数字にバラつきがないように実験を計画します。「この数字にすればこんな結果が出る」という予想が、比較的容易なのです。しかし、自然環境を相手にする農学はそうはいきません。さまざまな因子があり、理想的な環境で実験ができるとは限らないからです。

液体が入ったフラスコの写真。この器具を使って実験をしました
▲高専での実験で、水中に含まれる窒素分がどの程度かを、濃度が分かっている左5つと、測定したい右3つの色の具合を機器で測定することで調査。今見ると、実験計画が甘かったとのことです

どちらの分野が優れているという話ではなく、それぞれの視点に立って物事を見る大切さを改めて学びました。これは高専で工学を専攻していたからこその気づきだと思っています。

―就職先はどのようにして選んだのでしょうか。

私は研究者を目指していたわけではないので、大学卒業後は企業に就職することを早い段階から決めていました。建設コンサルタントでインフラを整える仕事も考えましたが、高専と大学での学びに直結するのはやはりダイレクトに環境が関わる会社だろう、と。そして、地方自治体をはじめ、あらゆる企業が抱えている環境問題を分析して解決に導く、東京・八王子にある「環境管理センター」にたどり着きました。

ややミーハーなことを言えば、白衣を着て実験室で作業をしている社員の方々が格好良く、自分も一員になりたいと思ったことも理由です。昔から好きな実験を、仕事で続けられることにも魅力を感じました。

白衣を着て仕事をする福本様
▲環境管理センターの実験室で、白衣を着て仕事中の福本さん。排水に含まれる農薬の抽出をしています

なおかつ、産休明けの社員の方がたくさん働いていたり、女性社員が多かったりと、風通しが良く働きやすそうな点にも惹かれました。

skhole——たくさんの時間を使って

―環境管理センターではどんな業務を担当していますか。

入社当初は、有機系の汚染物質を分析する部署にいました。お客様から頂いたサンプルを分析して数値を伝える仕事です。一日中実験室にいるわけではなく、器具や機器のメンテナンス、データのチェック、技能試験への参加など様々な業務がありました。

6年目から3年間は、他の事業所を強化する目的で、千葉で働いていました。しかし、今まで自分が教わったものを他の方に伝授することはそう簡単ではありません。行き詰まるたびに前部署の先輩に話を聞いていただき、時には実際に来て助けてもらいながら進めました。それまでは先輩に頼りっぱなしだったので、この頃にチームでの仕事の進め方やうまくいかない時の乗り切り方が少しずつ身についたように思います。

その後、再び八王子の拠点に戻ってからは、国の全国調査や政策に関わるような案件にもいくつか携わることができ、分析の作業の楽しさだけでなく、意義の面でも満足度の高い業務を経験できました。

分析計測機器「ガスクロマトグラフ」の写真
▲分析計測機器「ガスクロマトグラフ」を使用して、水や土壌中の農薬などを測定中の様子。手前にある褐色瓶に濃縮されたサンプルが極少量入っており、その一部を導入して測定します

現在は実験室を離れ、事務面でのサポートと社内の労働衛生業務を担当しています。労働衛生業務とは、おおまかに言えば作業環境の衛生管理、労働者の健康管理です。労働衛生はここ数年で法律の大改正があり、伸びしろがある分野。誰もが健康に過ごせる環境をサポートする仕事は、大変なぶんやりがいも大きいです。

社内には私と同じく高専の卒業生がいますし、高専生がインターンシップで来ることもあります。そのおかげか、社員からは「高専生は手を動かすのがはやい」など、評判が良いのです。私自身もそう思いますし、ぜひもっと高専生が就職を希望してくれないかなと密かに期待しています(笑)

―高専での学びが役に立っていると感じることはありますか。

役に立っていることだらけです。大学入試を受ける際は、正答しているかはさておき、問題は見覚えがあるものばかりで「5年間でまんべんなく知識をインプットできたのだな」としみじみと感じました。

吹奏楽部の仲間3人と並んでフルートを吹く福本様
▲社会人になってから高専でもされていた吹奏楽の熱が再燃し、部活動の仲間を中心に演奏会を実施。幅広い世代で交流があったおかげで開催できたとのことです。写真は、開演前のフルートパートによるロビーコンサートの様子

また、高専は理系に強く文系に重きを置かれていないイメージを持たれがちですが、個人的には一般教養をしっかりと学べたことも今につながっていると感じています。

例えば、哲学の授業では「school(スクール)」の語源は古代ギリシャ語の「skhole(スコレー)」で「余暇」を表すと教わりました。その知識そのものが専門科目の理解に役立つ場面はそうそうありません。ただ、諸説あると言われていますが、かつての学校は余暇がある人たちが通えた場所、生活に直結すること以外を学ぶ場所なのだと知りました。

学生時代は「この勉強は何の役に立つのだろうか」と思うことがあるかもしれませんが、今すぐに役に立つことを学んでいるわけではありません。何年も経ってから「あれは役立つ知識だったんだ」と思うことが、私自身よくあります。たっぷりと時間を使ってじっくり勉強をするからこそ、点と点がつながってひとつの道ができるのです。

この気づきは、その後、何かあるたびに思い返していましたし、現在の私の考え方にも通ずるものがあると思っています。

―高専生にメッセージをお願いします。

無駄な勉強はひとつもありません。なんでも満遍なく学んでおくことで、知識も思考の過程も必ず役に立つときがきます。学生時代はすぐに使える知識や興味を追い求めがちですが、得意でない分野もぜひ逃げずに学んでください。そして、どうかできるだけたくさんの“知識の引き出し”を用意してほしいと思います。

また、私は高専も大学も運よく第1志望に入れましたが、他の学校でも思いがけず興味の湧くことがあったかもしれないし、大学院で学ぶ手もあったかもしれません。このように、分岐点はたくさんあるはずです。最初の希望と違ったとしても、くよくよせず、何事も前向きに取り組んだ方が楽しい生活を送れるのではないでしょうか。

高専は勉強だけでなく、長期休暇や自由度の高い研修旅行などもあるので、ぜひ活用して多くの思い出を残してください。

福本 由美
Yumi Fukumoto

  • 株式会社環境管理センター 技術センター

福本 由美氏の写真

2006年3月 東京工業高等専門学校 物質工学科 卒業
2008年3月 東京農工大学 農学部 環境資源科学科 卒業
2008年4月より現職

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