
九州大学のご出身で、大学院修了後は定年退職まで九州大学で教鞭をとられていた松村晶校長先生。材料工学の知識を活かし、現在は久留米高専でおもしろい取り組みをされています。そんな松村校長に、材料工学の魅力と高専での取り組みを伺いました。
原子の世界と人間界はある意味同じ!?
-松村校長先生は、九州大学工学部の鉄鋼冶金学科(現:材料工学科)に進学されています。
“材料”が全ての科学技術の基盤であり、新たな技術の実現には新たな材料の開発が鍵であるため、金属材料の分野(冶金学)に進学しました。父が理学部の物理学科にいましたが、私が物理の道に進むことにあまりいい顔をしなかったことも、材料を選んだひとつの要因です(笑)

学生時代にはまず、合金や化合物の相安定性や相転移に関する研究をしました。物質を加熱したり冷却したりすると、見かけは変わらなくても、その性質が大きく変化することがあります。それは物質の相状態(結晶構造や原子配列など)が加熱冷却で変化することによって起こるのです。例えば鉄鋼材料を「高温で熱する→加工する→急速冷却→高温で熱する→加工する→急速冷却」を繰り返しながら叩いていくと、日本刀が出来上がりますね。
そして、当時の九州大学に導入された非常に大きな電子顕微鏡「超高圧電子顕微鏡」を用いて研究を続けて色々と考えているうちに、金属の中で起こっている原子同士の配列の変化は、人間の相互作用に通じるものがあると気付きました。
例えば、2種類の金属AとBを混ぜた合金で、A原子とB原子が互いに引き合って隣同士に配置する性質があると、AとBがただ混ざるだけでなく交互に配置した新たな規則的な状態ができます。男女のパーティーに例えると、会場に集合したときはただ男女が混ざった状態だったのが、次第に男女のペアができて椅子に座って懇談し始める感じです。
ただ、AとBの原子の数が一対一になるように混ぜれば、すべての原子がハッピーなのですが、その数のバランスが崩れると、男女のグループでその数が等しくない場合と同様に、モテるグループとモテないグループができるわけです(笑) すごく単純化してお話ししていますが、原子の世界でもこのようなことが起こって、男女(AとB)が混ざってカップルをつくる反応(規則化)と余ったメンバーが集まる反応(相分離)の2種類の異なる反応が同時に進みます。面白くないですか。

指導教員の江口鉄男先生は非常に厳格な先生でした。論理に隙が全くなく、物事の考え方が非常に鍛えられたと思います。江口先生の話は分かりやすくて聞いていると分かったような気分になるのですが、物事を理解するためには、自分で一度復習しないと身につきませんでした。
また、江口先生には「誘われたところに行った方がいいよ」とよく言われました。恋愛はお互い対等ですが、就職で企業を口説くことはそんなに甘くない。圧倒的に学生の立場が弱いので、「誘われたところに行く」のは江口先生から学んだ教えです。
世界に先駆けて新しい顕微鏡を開発
-修士課程修了後は、九州大学大学院 総合理工学研究科の助手になられました。
もともとは博士課程の進学を志望したんですが、江口先生に助手の就職を勧められました。給料をもらって研究を続けられることはありがたいお話だったので、そのまま教職の道を選びました。
助教授として工学部に移ってからは、原子力材料に関わる研究にシフトしましたね。原子炉で使われる材料は、常に放射線に曝されて非常に大きなエネルギーが与えられるので、外からのエネルギー注入に対して、中の状態がどう変化するかという研究をしました。


研究ではずっと九州大学の先端電子顕微鏡研究施設「超顕微解析研究センター」を使っており、2006年からはそこの責任者を定年退職まで務めました。研究施設の拡充と海外への利用開放を進め、同施設を世界的な電子顕微鏡研究拠点に充実・発展させることに貢献できたと思います。

特に透過電子顕微鏡の性能は21世紀に入ると格段に上がり、研究でもよく使っていました。従来の電子顕微鏡は原子が並んでいる様子を映し出すもので、確かに原子の配列はよく分かるのですが、例えば金やニッケルは同じ結晶構造なので、原子の配置だけ見てもそこには元素や物質の情報はほとんどない。つまり、並び方(原子の座席配置)は分かるけれど、誰がそこにいるかは電子顕微鏡の像だけからでは分からないのです。

透過電子顕微鏡では観察のために試料に電子を当てますが、電子がもつエネルギーによって、それぞれの原子の中から固有のエネルギーのX線が出てきます。つまり、そのX線シグナルのエネルギーを見れば、誰が並んでいるのか分かるんです。
そこで、X線シグナルを高い感度で検出するための検出器を世界に先駆けて開発して、原子の分解能での元素位置解析の可能性を大きく拡げました。最近では、ナノメートルサイズの小さな金属・合金粒子の構造・状態解析を進めることで、新たな触媒機能の発現に関わる研究を進めています。

W. Yang, et al., Scripta Materialia, 158, 1, 1-5, (2019).
-オーストラリアのクイーンズランド大学の名誉教授も務められています。
オーストラリアの産業構造と日本の産業構造は全然違うので、やはり材料に関する問題意識は大きく違うと感じました。
例えば、オーストラリアは資源国ですから、資源に関わるクラシックな工業が比較的盛んです。日本のように大規模な製鐵所はなく、国内でとれる鉄鉱石や石炭が日本で鉄になっていく過程はオーストラリアでは見られません。オーストラリアの大学生に製鉄所や大規模な露天掘り鉱山の作業車で使う大きなタイヤの工場を見学させると、大変喜びますよ。そういった背景の違いは共同研究でも大きく感じました。

また、日本人は真面目なので、ある程度課題をクリアしないと論文に進まないんですが、オーストラリアの方はどんどん突き進んでいくので、ある年には年間20本近くの共同研究論文を発表することが出来ましたね。

-九大オーケストラの顧問もされていらっしゃったんですね。
九州大学の学生オーケストラである九大フィルハーモニー・オーケストラの顧問教員を2006年から16年務めました。この間に九大フィルや九州大学が創立100周年を迎え、さらに福岡市西部への大規模なキャンパス移転もありましたので、九大フィルに残されていた古い楽譜の整理と調査を行ったことがあります。

その中で100年前の1924年1月26日に九大フィルがベートーヴェンの交響曲第9番(第九)の第4楽章を日本人が初めて演奏した際に用いた楽譜が見つかり、当時の演奏内容を具体的に明らかにすることができました。不可思議な話ですが、それは第九の替え歌の楽譜だったんです。

今年は第九のウイーン初演200周年、日本人初演100周年にあたります。同曲が今日のように我が国の国民的楽曲に受け入れられていく始まりの事実として、広く関心が寄せられています。どんな替え歌を演奏していたのか、9月16日の再演が楽しみですね。
材料工学の魅力伝える「高専マテリアルコンテスト」
-現在は久留米高専の校長をされています。教育方針を教えてください
これは九大時代から気になっていたことですが、最近は先生の元気がないですよね。若い学生にいろんな刺激を与えるためには、教員自身がイキイキしていないといけないと思っています。なかなか効果的な手段を見出してはいませんが、教員・学生ともに学校内に留まらずに、広く社会とのつながりを持って問題意識を共有する機会を多くつくっていきたいと考えています。

学生にとって一番大事なことは「自信」だと思うんですよ。教員がイキイキ授業をして、学生は実習や試験、課外活動などで失敗や成功体験を積む。教員自身もイキイキとして、何かにチャレンジしているような雰囲気があり、学生に刺激をたくさん与えて、学生は何かを成し遂げた達成感で自信がつく。そういったループをつくっていきたいですね。
-久留米高専では「高専マテリアルコンテスト」を開催されています。
材料工学は中学や高校の授業の中に出てきませんし、学生には馴染みが薄い分野です(笑) だからこそ、材料工学の魅力を発信するイベントが高専全体に必要だと思い、2024年3月に「高専マテリアルコンテスト」の初めての開催に至りました。
本校に加えて佐世保高専、鈴鹿高専、群馬高専のチームが参加し、鉄鋼材料の試験片に学生チームが独自に考案した処理をすることで、破壊に対する強度を高めることを競いましたね。

材料改質は主に材料の内部で起こる目に見えない現象ですので、結果としての破壊靱性を測定する競技だけでなく、破面の観察、考案した処理やその狙いのプレゼンテーション、アドバイザーである材料の専門家との交流などを実施。学生と専門家が一緒になって材料工学の奥深さと多様性、さらには神秘性を直接感じ、互いに興味を共有する素晴らしい機会になりました。参加した学生はとても目を輝かせて、普段の勉強への興味や意欲も大きく膨らませていました。

今年度も第2回目を実施する予定で準備を進めています。今後少しずつスケールアップして、材料工学の認知度向上につなげていきたいですね。
-最後に、高専生にメッセージをお願いします。
大学の先生が「高専生は素晴らしい/優秀だ」とよくおっしゃります。それは大学入試がない環境で、5年間の長期教育をしている結果だと思うのです。高校3年間がある意味「大学入試のための準備期間」になってしまっていて、高校で習ったことが大学やその後の人生に活かされないという極端なことも起こっていると思います。
ですので、高専生には「大学入試がない」というメリットを最大限に活かしてほしいんです。大学入試があると、どうしても失敗してはいけないという恐れが生まれますが、高専なら5年間でいろいろ挑戦して、時には失敗も経験できる。伸び伸びとやって「5年間でこれをやった」という自信や達成感を身につけてほしいのが願いです。

私は「たゆまぬ挑戦、飛躍の高専(生)!」と思っているのですが、これは高専制度創設60周年のキャッチフレーズをちょっと文字った言葉です。もともとは「たゆまぬ挑戦、飛躍の高専!」なのですが、私は高専自体が飛躍するよりも、高専生が飛躍してほしい。その意味を込めて、「高専(生)」と付けました。
今は非常に変化が激しい世の中ですから、5年間もあれば世の中は変わります。常に動いていないと時代遅れにもなりかねないです。一緒に飛躍できるよう、高専・教員・学生が一丸となって進んでいきたいですね。
松村 晶氏
Syō Matsumura
- 久留米工業高等専門学校 校長

1975年3月 福岡県立福岡高等学校 卒業
1979年3月 九州大学 工学部 鉄鋼冶金学科(現・材料工学科) 卒業
1981年3月 九州大学大学院 総合理工学研究科 材料開発工学専攻 修士課程 修了
1981年4月 九州大学大学院 総合理工学研究科 材料開発工学専攻 助手
1992年2月 九州大学(乙)論文博士 博士(工学)
1992年4月 九州大学 工学部 応用原子核工学科(現・量子物理工学科) 助教授
1994年4月〜1995年4月 ドイツ・ハーンマイトナー研究所 客員研究員
1998年4月 九州大学 工学部 エネルギー科学科 教授
2000年4月 九州大学大学院 工学研究院 エネルギー量子工学部門 教授
2021年7月 オーストラリア・クイーンズランド大学 名誉教授
2022年3月 九州大学 名誉教授
2022年4月より現職
久留米工業高等専門学校の記事

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