工業高校から高専に編入学し、その後も企業人として豊富な経験を積んでこられた、大島商船高等専門学校電子機械工学科の松原貴史先生。高専の教員になるまでの道のりについてインタビューしました。
もしかして5年間高専にいた……?!
―工業高校から高専へ進学したきっかけを教えてください。
小さい頃から勉強が好きで、研究者や博士に憧れていました。特に歴史に興味があり、考古学の博士になりたくて。出身が大阪なので、奈良や京都の社寺や古墳によく行っていました。文系の科目が得意でしたが、母子家庭であったことから就職に有利な道を選ぼうと思い、工業高校に進学しました。
高校2年生の時にNHKのロボットコンテストを見て「やっぱり高専は違うな。自分もやってみたい!」と思い、和歌山工業高等専門学校の編入学試験を受けました。運よく合格でき、4年生から編入することができました。
昔はロボコン専門の部活動がなかったので、先生の旗振りで有志が集まり、機械工学科の学科内で2つチームをつくっていました。私は電気工学科でしたが、先生に直訴して5年生の時にチームに参加。中学ではバドミントン部、高校では理科研究部、高専ではバドミントン部とロボコンを掛け持ちしました。電気工学科で唯一のメンバーでしたが、機械工学科の3年生とチームを組むことができ、今でも本当に「参加できてよかった」と感じます。
―編入学で苦労されたことはありますか?
やっぱり勉強ですね。大学レベルの内容を扱っている高専に編入するわけですから、4年生の最初は、人生でいちばん勉強しました。高専の友達とは仲良く過ごせたと思います。彼らは基本的に5年間同じメンバーで過ごしますが、卒業した時に「まっちゃんも絶対に5年間高専におったやろ!」と言われるくらいに溶け込めていたので(笑)
寮生活から始まり、部活動、学生会、応援団など、いろいろな経験をさせていただきました。素晴らしい先生方にも恵まれたことから、自身も高専教員になりたいと考え進学も考えましたが、高専卒の強みを生かして、第一希望であった電源開発株式会社に就職しました。インターンシップでよく面倒を見ていただいたことや、また山が好きなこともあって、水力発電に興味があったからです。
社会人になってから、苦手だった化学を克服
―その後はどのような道を進まれたのでしょうか。
そのまま電力マンになる予定でしたが、結婚を機に転勤がない環境を探すことになり、悩んだ結果、プラントエンジニアに転身しました。ところが、実は私は化学が大の苦手で……。仕事では半導体を扱うので、さまざまな薬品を使います。資格を取得する必要性も出てきて、もう一度勉強をやり直しながら大学の単位も取得しようと思い、放送大学に編入学しました。化学の知識が深まると、資格試験にもスムーズに合格できるようになりましたね。
仕事と学業の両立は大変でしたが、早朝の時間を使って何とかやりくりしていました。その当時は「大変だ」とも思っていなくて、食べていくには仕事はしなきゃいけないし、とにかく必死だったのかもしれません。
ただ、高校生の時は新聞配達のアルバイトをしていたので、幸い早起きの習慣があったのはよかったです。そもそも負けず嫌いな性格なので、「できない」ということが嫌でしたね。資格を取ると仕事の待遇も良くなるし、良い仕事や普段会えない人とめぐりあうこともできる。それは「二足のわらじ」の大きな収穫でした。
―その後、企業人から高専の教員へ。きっかけは何だったのでしょうか。
三菱化学(現三菱ケミカル)株式会社に在籍時、プラントで働く人々のヒューマンエラーによる事故やトラブルを減らす研究に興味を持ちはじめたんです。また、ちょうどその頃、岡山大学大学院の恩師である五福明夫教授と出会い、人の行動に役立つヒューマンマシンインターフェースの研究を始めました。
仕事を含めた生活と学業との両立は非常に困難でしたが、負けず嫌いなので、難しいから止めるのは悔しいから絶対にナシ(笑) 大学院を無事に卒業して、念願の博士(工学)の学位を取得しました。そして、諦めていた高専教員に挑戦し、大島商船高専の教員に採用いただいたんです。
研究テーマは、工業系プラントを中心とした、人に役立つヒューマンインターフェースです。特に、どんな人が作業にあたってもヒューマンエラーが起こりにくいようなプラントの装置や、機器の操作・保守・点検作業の手順書(マニュアル)の在り方を研究しています。
さらに、高専教員になってからは、理想的なタブレット手順書の具現化や技術伝承、交代勤務者の勤務支援(デジタルツールの活用、コロナ禍での作業リスク低減手法の検討など)に関するテーマ、さらにはドローンの有効活用の研究も扱っています。
詳細に分析を進めると、手順書の作成や操作のなかで、共通する問題点がたくさんあることがわかりました。複数の会社で手順書をつくって人を動かしてみると、若い人も年配の人も、みんな同じ部分で悩んだり間違ったりするんです。
ただ、こうした手順書は外部に公開できないことが多いので、一般的には分析しにくく、問題が顕在化しないことが多いのが難点です。また、改良するとしてもお金や手間がかかってはダメだし、現場を知っている人が考えないと現実的な改善にはつながらないですよね。たくさんの問題点を解決する必要があり、一筋縄ではいかないこともあります。
挑戦しながら「今」を楽しむ
―高専での仕事はいかがですか?
赴任したのが2020年4月なので、コロナ禍の真っただ中で……。オンデマンドでの配信授業から対面授業が増えてきて、ようやく高専で働いている実感が湧いてきました。
キャリア支援室の副室長として電子機械工学科の就職担当のサポートをしているほか、水泳部とロボット研究会の顧問もしています。水泳部では、学生の練習にこっそりお邪魔して一緒に練習したり、マスターズ水泳大会でタイムを測定して老化状態を確認したりしています(笑)
ロボット研究会では学生の頃を思い出し、ロボット製作に勝手に参加しています。着任初年度には、NHKロボコンの指導教員を担当させてもらい、協賛会社様の賞を受賞しました。コロナ禍でロボコンが遠隔となった年も、学生たちが「今まででいちばん良かった」と言ってくれてうれしかったですね。結果も大切ですが、自分たちが納得して、満足できるロボットがつくれることがいちばんです。
―未来の高専生や現役の学生にメッセージをお願いします。
私自身は、実はずっとマイナス思考で生きてきたのですが、プラントの仕事でいろんなことに挑戦してから、自分が変わった気がします。落ちこむ時は落ち込むのもいいけど、自分できっかけを見つけて上を向いていかなければ前に進みません。そこでいつまでも止まっているわけにはいかないからです。
悩んだ時は、とにかく身体を動かすのも手だと思います。ひたすらチャリンコをこいでみるとかですね。そしたら「こんなことで悩んどってどないすんの?」ってなるはず(笑) できそうにないことも、とりあえずやってみる。挑戦してみることに意義があると思っています。
何事にもあてはまりますが、その視点に立たないとわからないことがあります。勉強も資格の取得も「経験」であり、その経験自体が大切です。写真で見るよりも、実際に時間をかけて山登りして、山頂からの景色を体感すると「来てよかった~」と思えるでしょう? でも、どんな時でも、その過程を楽しまなきゃ意味がありません。何事も楽しむのがいちばんです。
念願の高専の教員になれてすぐコロナ禍になったので、学生たちとまだあまり話せていない気がして、さみしい気持ちもあります。メッセージをもらえるとすごくうれしいんですよね。ほっとします。見た目は話しかけにくいかもしれませんが、こんな性格やからどんどん声をかけてください(笑)
松原 貴史氏
Takashi Matsubara
- 大島商船高等専門学校 電子機械工学科 准教授
1992年3月 大阪市立都島工業高等学校 電気科 卒業
1994年3月 和歌山工業高等専門学校 電気工学科(編入学) 卒業
2009年3月 放送大学 教養学部 自然の理解専攻(編入学) 卒業
2016年3月 岡山大学大学院 自然科学研究科 産業創成工学専攻 博士後期課程 修了
1994年4月~ 電源開発株式会社(電力:工務系エンジニア(系統運用、変電、水力発電))
2001年4月~ 株式会社城南電機工業所(電子部品製造業:携帯電話部品全般)
2003年9月~ m・FSI株式会社(半導体装置製造業:研究所の運転管理・総務)
2007年7月~ 三菱化学株式会社(総合化学業:プラントのユーティリティ全般管理・運用)
2010年6月~ 日本エクスラン工業株式会社(繊維業:プラントのユーティリティ全般管理・運用)
2013年6月~ 株式会社林原(プラントのユーティリティ全般管理・運用)
2020年4月~ 大島商船高等専門学校 電子機械工学科 准教授
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