オゾンを利用した陸上養殖システムを開発し、今年3月には養殖ウニの初出荷を予定しているという一関高専の渡邊崇先生。陸上養殖の普及に向けて会社設立準備中の上野裕太郎さん(専攻科 システム創造工学専攻 1年生)と共に、システムの社会実装を進めているとのこと。渡邊先生と上野さんに、研究内容や事業への思いを伺いました。
内陸でウニ養殖を実現! 「好き」から始めた異分野の研究
―現在進めている、陸上養殖システムの社会実装に向けた取り組みについて教えてください。
渡邊先生:現在、主に取り組んでいるのが、オゾン浄化技術を導入した閉鎖循環式陸上養殖システムの開発です。閉鎖循環式陸上養殖とは、陸に設置した水槽内で魚介類を育てる養殖法(陸上養殖)の中でも、飼育水を浄化して繰り返し利用するため、水替えの必要がほとんどない方式を指します。
この方式は、海へ出ずに安全に養殖ができる点に加えて、災害や温暖化、赤潮、寄生虫などの影響を受けないという大きなメリットがあります。また、海から離れた場所で養殖ができるのも特徴です。
しかし、この方式は飼育水の浄化のために、「魚介類から排泄される有害なアンモニアの除去」「病気の原因となる雑菌の殺菌」「色やにおいの除去」など、複数の処理が必要です。従来のシステムはこれらの処理が別々に行われ、複雑化しているという課題がありました。
そこで私が開発したのが、オゾン(※)を利用してこれらを安全に一括で処理できるシステムです。いま、埼玉県で温泉複合施設を営む企業や、高専機構の事業である「GEAR5.0農林水産分野」の採択校(中核拠点校:鳥羽、協力校:函館・一関・和歌山・阿南)、さらには陸上養殖の普及のため会社設立を目指す専攻科1年の上野裕太郎くんと連携しながら、ウニ養殖にこのシステムを用いて、社会実装を推し進めているところです。
※酸素原子(O)3つからなる分子(O₃)。3つの酸素原子のうち1つを別の物に与えて、安定な酸素分子(O₂)になろうとする力が強い(反応性に富む)ため、細菌やウイルス、色やにおいの元になる成分を分解することができる。オゾン自体は生物に有害な気体であるが、分解すると酸素分子になるため、残存性はないというメリットがある。
―閉鎖循環式陸上養殖の研究を始めたきっかけは何だったのでしょうか。
渡邊先生:第一のきっかけは2011年、徳山高専の大成博文先生(現:名誉教授)による震災復興プロジェクトへ参加したことです。このプロジェクトは、岩手県の大船渡湾内に104機のファインバブル(当時は“マイクロバブル”と表現)発生装置を沈め、海水の水質浄化と養殖牡蠣の成長促進を図るものでした。
プロジェクトではファインバブルの技術を学び、実際に牡蠣の成長を目の当たりにしました。ただ、潮の流れの影響か、ファインバブルを当てていない牡蠣も成長していたため、成長の要因が本当にファインバブルなのかがわからなかったんです。
そこで、ファインバブルと成長促進の関係をより明確にするため、閉鎖的な環境の中で常に一定量のファインバブルを供給できるようなシステムを使い、実証実験を行う必要があると考えました。ここから、閉鎖循環式陸上養殖の研究がスタートします。
まずは独自に閉鎖循環式陸上養殖の技術を蓄積し、ファインバブル技術を組み合わせて、現在の基本モデルとなる「セパレート型閉鎖循環式陸上養殖システム」を開発しました。3ヶ月の試験運用の結果、キタムラサキウニの成長が1.2~1.3倍促進され、成長に最適なファインバブルの濃さまで明らかにできました。
研究にオゾンを用い始めたのは、2017年に沖縄のある企業から「オゾンガスを細かい泡にして、飼育水の脱色を効率的に行いたい」という技術相談があったのがきっかけです。オゾンは今まで扱ったことがなかったのですが、この要望に応えるために手探りで研究を進め、「セパレート型閉鎖循環式陸上養殖システム」にオゾン浄化技術を組み込んだ現在のシステムが完成しました。
―もともと、水産養殖は専門外だったと聞いています。異分野の研究を行うにあたって、苦労した点や大変だった点などはなかったのでしょうか。
渡邊先生:一関高専への赴任前は、大学で主に哺乳類の酵素の研究を行っていました。大学は博士を取るために指導教員の先生の専門に関わるテーマに縛られて研究を行ってきましたが、博士を取った後は絶対に自分の好きな研究をしようと決めていました。私は海産物を食べるのが少し苦手で、現在養殖対象としているウニも食べられないのですが……、育てるのは好きだったこと、岩手県では水産業が盛んだったことが、研究テーマに水産分野を選んだ理由です。
高専赴任後は、1〜2週間程度ですが魚介類の飼育や研究を行っていたため、養殖の研究にシフトする際も違和感なく進められましたし、異分野の研究でもモチベーションを高く保ちながら取り組めました。
苦労した点で言うと、長期間、水槽内の水換えが必要ないシステムをつくるノウハウがなかったことです。浄化にオゾンを利用する以前は微生物を使っていたのですが、特に微生物の住処(ろ材)の選定には苦労しました。ろ材にはさまざまな種類があるため、1つ試して失敗したら次のものを試して、と地道に進めていました。理論から入るのではなくトライアンドエラーを繰り返す、まさに高専の実験です。
―社会実装に向けて現在取り組んでいる内容や、今後の展開について教えてください。
渡邊先生:社会実装の第1弾として、養殖したウニの初出荷を予定しています。海なし県である埼玉県で温泉複合施設を営む株式会社山竹と連携し、スケールアップしたシステム(4~6 t規模)2基の構築と試運転が2023年に完了しました。2024年2月にキタムラサキウニを収容し、同年3月末には出荷できる見通しです。
出荷先は、山竹さんが運営する温泉のお食事処がメインとなります。そこで評判が良ければ、注目され広がっていくと思いますので、まずは山竹さんのお食事処で試し、いずれは都心への出荷を考えています。
また、今のシステムはウニに特化したものですが、今後は他の魚介類へも展開していきたいと思っており、システムのブラッシュアップが当面の目標です。資金の問題もありますが、1〜2年ほどで展開を進めたいですね。
それと、今学生たちと一緒にウニの餌の開発に取り組んでいます。ウニは餌によってガラッと味、風味が変わり、とても面白い研究対象です。ウニ用餌のベストレシピを明らかにし、おいしいウニを消費者にお届けしたいと考えています。さらなる技術が必要ですが、メイドイン高専の技術を最大限活用して、陸上養殖が花開けばと思っています。
陸上養殖の普及に向けて、学生と二人三脚で法人化
―学生の上野さんと共に法人化を進めているとお聞きしました。
渡邊先生:閉鎖循環式陸上養殖システムの社会実装の準備と並行して、2024年2月に陸上養殖の普及を目指す学生主導の新会社を立ち上げる準備を進めています。会社は私が技術開発を担い、本校専攻科1年の上野裕太郎くんがビジネス展開担当という、二人三脚での本格的な事業化です。
上野くんは、国立研究開発法人 新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)が実施する「研究開発型スタートアップの起業・経営人材確保等支援事業/ディープテック分野での人材発掘・起業家育成事業(NEP)」に選出されました。現在、上野くんはこの事業の支援下でプロからの指導・助言を受けながら、起業に必要な準備を進めています。
上野さん:新会社では閉鎖循環式陸上養殖の普及を推進するコンサルティングと養殖システムの販売に取り組みます。一口に養殖といっても、扱う水産物やシステムの種類はさまざまです。養殖事業を行いたい方の多くは自社に適したシステムを熟知されていないので、システムをただ販売するだけではなく、養殖事業者のニーズに応じたご提案を実施していく予定です。
渡邊先生はオゾンに限らず陸上養殖の豊富な知識をお持ちなので、その知識やノウハウを、お客さまのために提供していけたらと思っています。すでに岩手県だけでなく、北海道や青森県の企業から「コンサルティングを受けたい」との相談が多く寄せられています。
―上野さんご自身の研究と「水産物の養殖」は全くの別分野だそうですね。そのような中で、なぜ事業化を思い立ったのでしょうか。
上野さん:私は主に細胞分野を専門とし、養殖は完全に専門外です。ただ、高専入学後にロボット工学に携わったり、他の分野の研究を行ったりと、専門外へ挑戦する機会が何度もありました。最初は一からの手探りではありますが、最終的には成果につながったことが多く、今では専門外に対する抵抗は全くありません。
上野さん:また、私はビジネスにおいて、思いのある人たちと一緒にやっていきたいという考えがあります。養殖に本気で取り組みたいと考えているお客さまが実際にいらっしゃるため、やらない理由はありませんでした。
上野さん:渡邊先生からも同じように強い思いを感じています。私たちが支援を行う事業者は養殖に関して初心者の方が多く、こちらで一からサポートする必要があり、大変な労力を要します。それでも渡邊先生が事業に取り組む理由は、もちろん自身の研究を成し遂げたいという思いは大前提として、震災復興や、事業者を助けたいという思いからです。私は、そんな渡邊先生の姿を見て賛同し、一緒に事業を行うことを決めました。
渡邊先生:私は新しい技術を生み出していくことに関しては得意なのですが、経営の能力があるのかどうかは疑問でして、おそらく苦手領域だと思います。一方、上野くんはすでに自分で事業を行っており、経営は得意分野です。今はまだ学生ではありますが、経営は適任の上野くんにお任せして、二人三脚で一緒に進めていきたいと思っています。
学内ファンドによる起業は3件! 挑戦しやすい環境を提供
―一関高専は以前からスタートアップ教育に力を入れているイメージがあります。
上野さん:そうですね。2018年から全学年を対象に「起業家人材育成塾」を開講しています。自分のアイデアを事業化するためのノウハウやプロセスを学べる講座で、私も数年前に受講しました。本校は学生を応援する手厚い支援や仕組みが多いのが特徴だと思います。
2023年からは「アントレプレナーシップチャレンジ」という起業家育成プログラムも実施しており私もメンターを務めています。学生が地域企業に訪問し、課題を発掘し、技術やアイデアで解決に取り組むプログラムです。昨年12月には無事に1期目が終わりました。
上野さん:また、3年前、私が学生会長だったときには、学生会の中に学生を支援するための学内ファンドをつくりました。起業に限らず、例えば研究や地域活動など「何か新しいことに挑戦したい」「自分の思いを形にしたい」といった学生に向けて、ファンドから支出する形を設けており、これまで学生による起業がそこから3件、加えて任意団体や部活動なども生まれています。
―高専生や、これから高専を目指す方に向けてのメッセージをお願いします。
渡邊先生:中学生の段階で自分のやりたいことを見つけている人は、昔と比べて最近は少ないような気がしています。ですので、自分のやりたいことがわからなくても、まずは「実験やものを作るのが好き」とか「理科が好き」とか、高専への入学理由はその程度で問題ないのではないでしょうか。
特に高専では、基礎をしっかりと身につけることができます。基本を学ぶうちに、後々自分の好きなことが見えてきたり、やりたいことにつながったりするものです。まずは高専で基礎をしっかりと学んでもらい、自分の将来の可能性を広げてもらえたらと思います。
上野さん:最初から大きな目標があって高専に入学する人は本当にごくわずかです。私も最初は目標もなく親に勧められて入学したものの、結果、やりたいことを見つけ、挑戦を続けられています。在籍中に研究対象や進路は自由に変えられるので、少しでも高専に興味があるなら、入学を検討してみてほしいなと思います。
高専に入学しても、履歴書上では「●●高専 入学」「●●高専 卒業」のたった2行でしか表されませんが、この2行の間に何をするのかが非常に重要です。たった2行に見えて、実は5年間もある。この5年間を有効活用して、失敗を恐れずに挑戦する人が増えてくれたらうれしいです。
渡邊 崇氏
Takashi Watanabe
- 一関工業高等専門学校 未来創造工学科 化学・バイオ系 教授
1992年 一関工業高等専門学校 化学工学科 卒業
1994年 長岡技術科学大学 工学部 生物機能工学課程 卒業
1996年 長岡技術科学大学大学院 工学研究科 修士課程 生物機能工学専攻 修了
1997年 長岡技術科学大学大学院 工学研究科 博士後期課程 材料工学専攻 中退
1997年 一関工業高等専門学校 物質化学工学科 助手
2005年 博士(工学)(長岡技術科学大学)
2006年 一関工業高等専門学校 物質化学工学科 助教授
2007年 一関工業高等専門学校 物質化学工学科 准教授
2017年 一関工業高等専門学校 未来創造工学科 化学・バイオ系 准教授
2023年より現職
上野 裕太郎氏
Yutaro Ueno
- 一関工業高等専門学校 専攻科 システム創造工学専攻1年
2023年1月 Next IWATE 開業
2023年3月 一関工業高等専門学校 未来創造工学科 化学・バイオ系 卒業
2023年4月より現在
2023年7月より岩手県政策メンター(若者活躍分野)就任
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