神戸高専をご卒業後、長岡技術科学大学への進学を経て、母校で教鞭をとられている神戸高専の大塩愛子先生。高専時代の思い出や教員になったきっかけ、大学時代に出会った“コケ”の研究についてお話を伺いました。
極度の人見知りだった学生時代
―高専に入学されたきっかけはなんだったのでしょうか。
私は兵庫県伊丹市の出身で、地元近くには高専がありませんでした。そのため、私が通っていた中学校では高専についてあまり理解されていなくて、進学先としては全く視野に入っていなかったんですよね。
そんなとき、母から「理科も好きなら高専の見学に行ってみよう」と言われて、オープンキャンパスに行くことになったんです。当時は、高専に行くことを全く考えていなかったため、「まあ、行ってみるか」程度の気持ちでした。
しかし、いざ行ってみると、とても高度な勉強をしているし、卒業後の進路も多様だし、「聞いていた話と違うぞ」と驚いてしまって(笑) 座学だけでなく、手を動かすことができる環境が整っている点にも魅力を感じ、高専に進学することを決めました。
―高専時代の思い出について教えてください。
母が昔、薙刀をやっていた影響もあり、高専から剣道を始めました。高専時代の思い出はほとんど部活ですね。当時は電車で1時間半かけて通学していたので、部活から帰ると、家では寝るだけという生活をしていました。
実験は大好きで、それ自体の成績は良かったものの、専門教科全般の成績はあまり良くなかったです。もともと生物系が好きだった私は、化学科へ進学したことを「間違えたかも」と思いながら、留年だけはしないように頑張っていました(笑)
また、当時は就職氷河期だったことから、入学当初から、「高専卒業後には大学編入する」ことを決めていました。ただ、学生の頃は極度の人見知りでして、面接練習はおろか、先生との面談をするときですら過呼吸を起こすくらいだったんです。そのため、編入生が少人数の大学ではうまく馴染めるか不安で。学年のほとんどが編入生(高専卒業者)という環境を望んで、長岡技術科学大学に進学しました。
―そこからなぜ、高専教員へ?
大学の研究室の後輩に指導しているなかで、とても面白い研究をしているにも関わらず、人前でうまく話せないために、その良さを伝えきれていない学生が多いことに気づき、極度の人見知りだった自分と重ねることが増えていきました。
それで、私自身はなかば荒療治でどうにか克服したけれど、もっと若いうちにどうにかしてあげられないかと考えるようになったんです。また、大学の同級生や先輩後輩から、ことあるごとに「高専教員に向いている」と言われていたこともあり、高専教員としての道を意識するようになりました。
それから神戸高専の非常勤講師として働いている間に、一般科には高専卒業の先生が少ないことに気づいたんです。低学年時は、まだ高専生活にも慣れず、不安な点も多いと思います。そこで、低学年のうちから交流の多い一般科の先生の中に高専出身者がいれば、もっと学生の助けになれるのではないかと思い、一般科の教員を進路とすることに決めました。
コケの奥深さに魅了されて。「古典文学におけるコケ」の研究
―学生時代の研究について教えてください。
大学で所属していた研究室で「コケ原糸体を用いた屋上緑化資材の開発」という研究が新たに立ち上げられ、環境問題にも関心があった私は、すぐに手を挙げて、その研究を始めました。
屋上緑化は、デパートなどのさまざまな場所で行われていますが、植木を植えると土が必要なことから、建物の荷重制限に引っかかったり、水やりをすることでコンクリートを痛めたり、といった問題があるんです。そのため、土がなくとも生育し、水やりをしなくてもすぐには枯れない「コケ」が向いているのではないかと考えられています。
ただ、コケは生長が遅いため、採算が合わずに撤退する会社が多かったんです。そこで、実験室や工場の中で培養して、大量に増やす方法を見つけることができれば、屋上緑化に活用できるようになるのではないかと考え、現在まで研究を続けています。
コケには、とにかくたくさんの種類があるんです。国内だけでも1800種近くあり、緑色のなかにもさまざまな緑があって、大きさや形も全く違っています。花こそ咲きませんが、じっと見て過ごしていられるほど、綺麗なんですよ。
―現在はどのような研究をされているのですか?
2年ほど前から、国語科の先生と共同で「古典文学におけるコケ」に関する研究を行っています。きっかけは、お茶を飲みながら何気ない話をしているときでした。
文字の成り立ちを研究されていた国語の先生が「“苔”という漢字はいつ頃から使われるようになったの?」と言い出したんです。すぐに辞典で調べてみると、萬葉集では「苔」ではなく「蘿」が使われており、「蘿」の意味として「サルオガセ。松の梢から糸屑のように垂れ下がった苔である。」とされていました。ここで、「蘿」と「我々が現在認識している苔」は同様のものなのかという疑問が生まれ、今の研究が始まりました。
サルオガセというのは、地衣類の仲間です。ほかにも、歌のなかには「松蘿(マツノコケ)」もあり、「ウメノキゴケの類か」とされています。ウメノキゴケも地衣類の仲間ですね。
これまでの研究から、萬葉集で見られる「コケ」の歌には、「苔」そのものを詠んでいるものが少なく、「苔生す(読み:こけむす)」という成句として、「長い年月」を表すものが多いことがわかりました。また、古代人たちが、苔生した岩を「畏れ多い、神々しいもの」と捉えていたことも明らかになっています。
また、日本では、コケは生長が遅いというイメージが強くあり、昔から長い年月を表すことに用いられてきました。「君が代」の中にも「苔のむすまで」という表現が使われていますよね。
一方、西洋のことわざには“A rolling stone gathers no moss.”があります。訳としては「転石苔を生ぜず(転がる石に苔は生えない)」です。我々日本人は、「①活発に活動する人は時代に取り残されない」「②転職や転居を繰り返す人は大成しない」という、相反する2つの意味をシチュエーションで使い分けています。
しかし、アメリカなどでは「転職や転居を繰り返すことは、よりいいモノを探してチャレンジすることであり、大事なこと!」と、ポジティブな意味でしか使わないそうです。
また、中国の漢文では、「絹のように綺麗だ」というように、いいイメージで使われるなど、国によってコケに対するイメージが異なります。
これは、国語の先生の力を借りなければできない研究です。学生のなかには「理系だし、国語なんて勉強しなくていいじゃないか」と言う人もいますが、「どこかではつながっているんだよ」といういい見本になればと思っています。
学生との「対話」を大切に
―先生が、学生と接する際に大事にしていることはありますか?
着任してすぐ、大阪公立大学高専で行われていたティーチングポートフォリオの作成に参加したんです。そこで、どういったことに力を注いでいるのかなどについて、メンターと話をしたときに、私が「会話」ではなく「対話」という言葉を使っていることに注目してくださりました。
それで、会話は後ろを向いていてもできるけど、対話は目と目を合わせないとできないイメージを無意識的に持っていたことに気づき、私の教育理念が「学生との対話を大事にする」ことであると確認することができたんです。
もちろん勉強も大事ですが、私は高専の一般科教員を目指す要因にもなった「人と対話できる高専生を育てる」ことを最も大切にしています。
その甲斐あってか、担任の先生には相談しづらいことを話に来てくれる学生もいます。大人と話をするのは時に緊張しますが、いろいろなことを知るいい機会です。先生たちとたくさん話をして、外に出ても物怖じしない学生に育ってほしいなと思います。
大塩 愛子氏
Aiko Oshio
- 神戸市立工業高等専門学校 一般科(理科) 准教授
2002年3月 神戸市立工業高等専門学校 応用化学科 卒業
2002年4月~2003年3月 神戸市立工業高等専門学校 応用化学科 研究生
2005年3月 長岡技術科学大学 工学部 生物機能工学課程 卒業
2007年3月 長岡技術科学大学大学院 工学研究科 生物機能工学専攻 修了
2013年4月~2014年3月 神戸市立工業高等専門学校 非常勤講師
2014年3月 長岡技術科学大学大学院 工学研究科 生物統合工学専攻 修了
2014年4月 神戸市立工業高等専門学校 一般科(理科) 助教
2015年4月 同 講師
2018年4月より現職
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