熊本大学の学長を務められた後、国立高専機構の理事長に就任されて今日に至る谷口功氏。高等専門学校制度創設60周年は「高専をアピールするには良い機会だった」そうです。谷口理事長がアピールにこだわる理由が随所に感じられるインタビューとなっています。
「高専はすごい」と理解しているだけではダメだった
―2022年は、高等専門学校制度創設60周年でした。
そうですね。人間でいうと還暦です(笑) ある意味「第2の人生」というか、「生まれ変わるきっかけ」になると思い、今年は、高専制度創設60周年記念式典・祝賀会はもとより、海外の連携大学などとの学長国際フォーラム、一期校といわれる最初にできた12高専の60周年記念事業など、様々な取り組みを行いました。
開催は2023年ですが、第1回高専研究国際シンポジウム(KRIS)も、60周年をきっかけに行うイベントです(月刊高専No.314)。卒業生が高専人会という同窓会組織も創ってくれています。
そもそも、「海外からの注目を高専が得ること」は、2016年4月に理事長に就任してからの大きなテーマでした。高専の国際的な認知度を上げ、高専の人財(※人は社会の宝であることを示すために、「人材」を「人財」と表現しています)育成を正しくご理解いただくことはもとより、国内で正しい評価を得るためにも重要だからです。高専生や高専を卒業した方々は特定の領域では深く注目・評価いただいていますが、世間一般から見るとまだまだだと考えています。
例えば、とある素晴らしい業績を上げた高専卒の研究者がいたとして、メディアがその人の学歴を「○○高専卒」と紹介することってあるのでしょうか。おそらく高専卒業後に大学に編入していたり大学院に進学していたりすれば、「○○大学卒」と記載されることが大半でしょう。高専卒業生がノーベル賞などを受賞されて、その際、「私は高専で学びました」と言っていただくのを期待しています。事実、ノーベル賞候補者が複数おられますので。
東京工業大学の益一哉学長は神戸高専出身です。私は国立高専機構の理事長で、神戸高専は公立ですが、お互いに高専の認知度を上げ、正しく理解してもらえるように努力することを約束していますね。実際、「高専出身」であることを益学長は積極的に発言されています。本当にうれしいことです。
私はまだまだ“高専”の存在を対外的にアピールする必要があると考えており、「海外からの注目」は、高専の評価向上に大きく貢献しています。
―国際協力として、モンゴルやタイ、ベトナムで行っている事業もその一環でしょうか。
「モンゴル支援事業」「タイSBTCプレミアムコース支援事業」「ベトナム支援事業」は、もちろん日本も含めた社会からの需要も踏まえたうえでの事業ですが、別の狙いとしてはそれぞれの国でも「日本独自の高専制度が海外でも通用する、むしろ、必須なものであることを証明する」ことでした。現在タイには、日本型の高専を移植(輸出)した形の高専が2つできています。
もちろん、日本の高専制度をそっくりそのまま海外で適用してもうまくいかないと思います。その国々の文化・歴史などに合わせて必要に応じて形を変えつつも、理工系の高度で創造的な技術力を基礎として、その力をその国の発展に貢献する社会実装の実現に大きく貢献する技術者の育成を目指すという「高専の人財育成のエッセンス」を大事にして展開しています。
高専は5年間の本科卒業でも、学術の基礎から応用、さらに社会実装までを実現しようとするマインドを持って、4年制大学卒業生以上の実力を持つ人財に育てることを基本としていますので、それを海外でも大事にしたのです。
日本オリジナルの制度である“高専”が海外でも拡がり、卒業生のみなさんが日本やモンゴル・タイ・ベトナムで大きく活躍してくれたら、こんなに素晴らしいことはないですよね。それによって、海外からの注目も得られ、相乗効果で国内での注目も増え、現実的な話ではありますが、その結果として政府からの支援予算もより増えるのです。
実際、先日成立した令和4年度第2次補正予算には、「高等専門学校スタートアップ教育環境整備事業」として60億円が含まれています。これもまた高専生や卒業生のこれまでの頑張りや、高専関係者のみなさんが高専の良さや考え方(高専の真髄)をアピールしてきたからこそだと考えています。
「高専はすごい」ということは、高専関係者からすれば当然のことだと“理解”されていると思いますが、それだけではダメです。「高専は本当にすごい」と皆様に納得いただけるように“説明”しないといけません。その説明が政府の方にも届き始めていることで、今回の第2次補正予算などに繋がっているのだと思います。
1クラス当たりの人数を減らした意味を問い直したい
―高専への注目度は高まっているし、今後もさらに高めていこうとされているのですね。
その通りです。ですが、高専にも課題はまだまだあると思います。専門力と共に人間力も身につける必要があり、そのための施設整備も必要です。例えば、「学生個人個人の将来を見据えて、また多面的に考慮した環境整備・教育」は、今の時代に合わせて、より強化していかないといけません。
例えば、現在は増えてきてはいますが、女性の理工系技術者・科学者の人数は、先進国の中ではまだまだ少ないという課題があります。高専の中で生活環境の観点から必要なこととして、「トイレ(化粧室)をきれいにする」ところから、しっかり整備しないといけません。
寮に関しても、個室を今以上に増やす必要があると考えています。今の学生はプライベートの時間を重要視していますからね。2人部屋や4人部屋は人間関係を養う場になるという声もありますが、みんなで集まるサロンのような空間と個室を共存させることで、「人間関係の養成」と「1人の時間」どちらも担保できると思います。
国際寮の場合ですと、異なる文化や宗教をバックグラウンドに持った学生が集まりますので、個室の整備はより重要視しないといけません。ハラル対応の個別のキッチンの設置など、ほかにもまだまだありますが、多様な学生を受け入れる環境を用意し、学生それぞれに対して多様に教育できるように、より一層整備していきたいですね。
高専ができた当時、高校は1クラス55人でしたが、高専は1クラス40人で編成されています。設立当時、クラスの人数を減らした意味を今一度考えないと、高専教育の真髄が理解されませんし、目まぐるしく変わる世界から取り残されてしまうでしょう。高専教育は、学生それぞれの個性に合わせた教育を行い、学生それぞれに「社会のために、自分のすべきこと」を考えてもらい、その実現に向けた勉強・研究をしてもらわないといけないのです。
それに、「就職率が高い」だけでは、高専は生き抜いていけない時代に来たと思います。つまり、技術力が高いだけの人を育てるのではいけない、ということです。
これからは、世の中の様々な製品についても、どのような考え方で、どのような職場環境下において性能の良い製品がつくられているのかを踏まえて、世界は評価します。だからこそ「社会のために、自分のすべきことは何か、また、どのように進めていくのか」を考えるのが大変重要なのです。
SDGsでは、地球上の「誰一人取り残さない(No one left behind)」ことを誓っていますが、これは「みんなで仲良くゴールしよう」ではなく、「みんなに役割がある:全員参加」ということだと私は思っています。誰1人として、存在する意味のない人間なんていません。それぞれの人、学生、組織など、全てに、それぞれの役割があるのです。
―谷口理事長がよくおっしゃる「高専生は『社会のお医者さん:Social Doctor』になってほしい」という言葉にも、そのような意味が込められているのでしょうか。
その通りです! 社会の課題を診察して、薬を処方する人になってほしいんです。「Innovator:イノベーター」という言葉にも「社会を改革する」意味合いがあると思います。「社会のお医者さん」同様に使用している言葉ですね。
社会の課題を解決するためには、何事にも「無理だ、できない」と思わず、どうすればできるのかを考えながら「挑戦」することが大事です。そもそも、高専の基本的な精神は「挑戦」であり、チャレンジすること、それが高専の1番良いところだと思っています。
高等専門学校制度創設60周年の記念事業のキャッチフレーズは「たゆまぬ挑戦,飛躍の高専!」でした。これは奈良高専の中村さんが応募してくれた言葉で、多くの方の投票で決まったんです。「挑戦」が大事ということを学生も理解してくれていて、嬉しかったですね(笑) 何度失敗したとしても、成功するまで挑戦し続ければ最後は成功するということです。そういう精神を大事にすれば、高専の将来は極めて明るいですよ。
ちょっとした工夫で、高専を取り巻く環境は大きく変わる
―理事長になられる前から、高専との関わりはあったのでしょうか。
1番最初に関わりを持ったのは、熊本高専が(八代高専と熊本電波高専が)統合したときです。そのころ私は熊本大学に勤めていたのですが、統合を進めていくための委員会の委員長を務めていました。
もちろん、熊本大学の私の研究室にも高専卒生が何人かいましたよ。彼らはいろんなことに挑戦してくれたので、研究室の雰囲気も良く、学生さんたちはみんな出身校など全く気にせずに仲良くやっていましたね。私は、学生一人ひとりをとにかく伸ばしていくことに注力していました。
私自身、研究者として「教科書を書き換えるぞ!」という勢いで研究していましたし、実際書き換えたこともあります(笑) 人真似をせずに独自の道を拓くための「挑戦」というスピリットは、私が東工大で教わったことで、私自身が大事にしていたことですし、熊本大学のときから学生にも伝えていました。
私の研究室からは、大学や企業の研究者や研究所長、社長を含めた役員を多く輩出しています。政治家になった方もいます。それぞれが自分の役割が何かを考えて努力した結果だと思いますね。人は如何様にも成長し、変わるんです。
―そこから、国立高専機構の理事長になった経緯について教えてください。
熊本大学の工学部長を務めだして以降、文部科学省による工学教育の委員会に呼ばれることが時々ありました。そして、学長の任期がもうそろそろ終わるという時期に、高専を良くしていくための委員会の協力者会議に呼ばれたんです。高専関係者の方々からヒアリングをする機会をいただいたり、どうすれば高専が良くなるかを議論させていただいたりしました。
すると、「高専は大学になりたい?」と聞こえるような声が高専関係者から複数見受けられたんです。私は「それは違うだろう」と思いました。大学は大学、高専は高専で違う組織ですから、高専としての良さをより磨き上げていく方が重要だと思いました。
そうこうしているうちに、「高専の仕事をしますか?」とご提案いただき、高専を本来のユニークな人財育成機関として発展させたくて理事長になったわけです。大学と比べるのではなく、高専本来の姿を取り戻そうとして、今日に至るまで、これまで様々な取り組みを進めてきたのです。
―これまでの取り組みへの手ごたえは感じていますか。
そうですね。先ほど「高等専門学校スタートアップ教育環境整備事業」のお話をしましたが、このような支援事業は今までなかったです。高専生の特徴をアピールしてきて良かったですよ。今では、世界中で新しい社会を創り出すInnovator:これまでとは異なる高度な理工系人財の育成が、その国の発展や世界にとって極めて大事だと認識されています。我が国の政府・社会もその重要さを認識して、高専に対する期待が益々高まっているのだと思います。
例えば、国際情勢も関係して、現在、半導体の需要が高まっていることはご承知の通りです。半導体関連産業の人財育成が急務ですが、九州地域の国立高専を手始めに体制を整え始めています。これも社会の要請を受けて2カ月ほどで専用の教育体制を整えスタートしました。大学だと、普通、3年間はかかりますよ。このように機動的に動くのも高専の特徴です。
「半導体」をコースや授業の名前に入れて、学生さんや専門家以外の方に「高専って半導体の勉強・研究をしているんだ!」ってすぐわかるようにしました。半導体という言葉は、現在の学生さんにも新鮮に受け取られて、高い関心を示してくれています。
授業の一部では、企業の方にもお手伝いいただいています。企業の方にお越しいただいて話を聞くだけでも、学生は俄然やる気が出ますよ。ちょっとした工夫とスピード感で、学生の興味はどんどん深まることを理解しておくことが大切です。
今後も世界はどんどん変わっていくでしょうし、それに合わせて、高専そのものも内部から変わっていくことになると思います。『月刊高専』さんには、高専や高専生が頑張っている姿をぜひ取り上げていただいて、高専から日本の人財育成のあり方を変えよう、変わろうとしていることを伝えてほしいです。日本の元気を大いに醸成するような記事を出してほしいですし、私たち高専関係者もそのような役割を果たしたいと思っています。
谷口 功氏
Isao Taniguchi
- 独立行政法人 国立高等専門学校機構 理事長
1970年 東京工業大学 理工学部 卒業
1972年 東京工業大学大学院 理工学研究科 化学工学専攻 修士課程 修了
1975年 東京工業大学大学院 理工学研究科 化学工学専攻 博士課程 修了
1975年 東京工業大学工学部附属高等学校(現:東京工業大学附属科学技術高等学校) 専攻科 非常勤講師
1977年 熊本大学 工学部 助手
1979年 同 講師
1981年 同 助教授
1990年 同 教授
2002年~2008年11月 熊本大学 工学部長
2009年 熊本大学 学長
2016年4月より現職
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