大学院修了後、高専に着任したことで高専教育に関わるようになったという市坪誠先生。その後、国立高専機構本部、長岡技術科学大学の勤務を経て、現在は豊橋技術科学大学の教授として、高専を核とした地域創生を目指し活動されています。そんな市坪先生から見た、高専や技科大の特徴について話をお伺いしました。
理論は教えられても、実務の面白さは伝えられなかった
-市坪先生は、高専出身ではないとお伺いしました。
そうですね、私は高専の出身でも技科大出身でもありません。大学院を出た後、縁あって、高専に採用されたというのが、高専と関わるきっかけですね。
着任当初、学生に理論を教えることはできたのですが、実務、特にその面白さを伝えることができなかったんですよ。自分の技術が追いつかず、技術職員の方から学ぶことも多かったんです(笑)
だから高専で働き始めた最初の1年間は、土日ずっと実務の勉強をしていたことを覚えています。技術職員の方に頭を下げて、休みの日に機器や道具の使い方を教えてもらったこともありました。自分が受けた高校や大学での教育との違いに、最初は驚きましたね。
―市坪先生の経歴を教えてください。
高知高専、呉高専、機構本部、長岡技科大を経て、現在、豊橋技科大にいます。高専関連の教育現場とマネジメントという様々な部署を渡り歩いた経験から、一般の高校や大学と違った、高専教育の優れた実態、高専生の凄さを実感できましたね。
高専とは「(学生が)技術を理論とスキルの両面から習得し、自らこれを適用・駆使できる」教育です。15~20歳という柔軟な発想の時期に、博士号や技術士を持つ教員と対峙して理論と実務から論理的思考力や創造力、責任感、エンジニアリング・デザイン能力などを身につけます。高専勤務で、技術者教育の意味、真の価値に気付きました。
併せて、機構本部勤務により全国の高専と関わったことで、それぞれの高専の特長や違いを知ることができました。高専現場で働いていたときは、東日本など他地域の高専との交流はほとんどなかったので、高専全体の教育の特長や文化を知る機会がなかったんですよね。
高専生が“さらに伸びる”大学、技科大
―技科大の良いところはどこだと思いますか。
技科大は、高専生を“さらに伸ばす”ことが使命です。それくらい、高専生にとって良い環境が整っています。進学に際し、(両技科大の定員もあって)高専生は一般の大学に行く人が多いのですが、(技科大以外の)大学に行けば一年次から在籍する学生数の規模の大きさから高専生はそれぞれの大学で少数派となります。
一方、高専生受入のために創設された『技科大』は、その定員の8割を元高専生とすることから、高専生が多数派になるんですよ。技術者教育の基礎は全国高専で同じとしながら、応用力や創造力、実装力の育て方は高専別に異なるとしており、その結果、技科大には技術者としての実践力という基礎を持ちながら、その個性や特長が異なる高専生が全国から多数集まり協働できる、自信を深める状態となります。
つまり、技科大では、さらに工夫してチャレンジする仲間(実力のある元高専生)が多くいて、皆と協力しながら切磋琢磨し、(自分が目指す)何かに全力で打ち込むことができる場、さらに自信を深めて技術科学を磨く場なのです。
―長岡技科大と豊橋技科大の違いを教えてください。
両技科大に共通して言えるのが、産業界から高い評価を得て、(一般の大学と比べて)就職が抜群に強いということですね。
なかでも長岡技科大は5ヶ月間の長期インターンシップが特徴です。大学4年生のときに卒業研究が免除され、5ヶ月間インターンに行ってから大学院に進学し、2年後に就職するという流れです。インターン先の会社では外部の人が一切入れない研究所でも社員待遇で業務や研究ができるところもあります。
国や大学から補助を受けて、ベトナムやオーストラリアなど海外インターンに行く学生もいます。早いうちから就職を視野に入れて活動したいなら、長岡技科大もおすすめです。
豊橋技科大の特長は、大学全体の技術者教育が国際協定で認定されている点ですね。豊橋技科大卒者は、海外有名大学卒の技術者と同格となる、つまり、世界中どの国でも技術者として評価され同じ給料がもらえることになります。一般的に機械系や建設系だけ認定されているといった大学が多い中、大学全体(全ての学科・系)が認定されているのが強みです。
また、豊橋技科大では、一般的にインターンシップ期間が2ヶ月です。ただし、“もっとインターンがしたい”と思えば、期間を延長し5ヶ月とすることもできます。大学院で海外に行くチャンスが多いのも豊橋技科大の特長です。さらに、豊橋技科大は学部で卒業研究も行うので、研究もさらに力を入れたいという人には豊橋技科大もおすすめですね。
高専と技科大、中小企業が協働し、全国に新たな産業を!
―現在の取り組みを教えてください。
地方創生を担う社会実装や事業化をテーマに、教育研究や高専ネットワーク構築に取組んでいます。全国高専や両技科大、中小企業が連携して、地方に新規の産業を興すことを目標にしています。一般に、大学では基礎研究や応用研究が主となりがちですが、高専と技科大は、中小企業と協働で社会実装や事業化研究を担うことも責務の一つと思っています。
ここで、大学発の研究シーズの地域展開において、事業が継続しない事例も散見されます。その理由はいろいろありますが、「ハイテク技術の展開」を目的の一つとしたためにプロジェクト終了時にお金(推進力)が無くなり事業が終了ということもよくあるんですよ。
つまり、事業継続には地域課題解決型シーズが重要であり、高専が得意とする社会実装やローテク活用による事業化は地域の期待に直結すると思うのです。高専や技科大が中小企業と連携し、他の大学をも巻き込みながら、地域に新たな産業を生み出したいですね。
そして、高専生や大学生にとっても、社会実装や事業化の経験は役に立つはずです。もしも失敗したとしても、失敗の経験とこれに奮起することが重要で、失敗経験のある高専生は社会でさらに大きく伸びると思うのです。
“良い”大学とは、“自分が伸びる”場であるかどうか
―現役の高専生にメッセージをお願いします。
高専生と話すとき、「良い大学、良い会社をみつけてください」と伝えています。私が思う“良い”大学や会社とは一般にいう評価とは違って、自らが“伸びる”場という意味です。「実力、実践力のある、皆(みんな)なのですから、自らを伸ばす場を選んでください。」
そして、自分を成長させてくれる場で、“良い”先生や上司、仲間を見つけてください。15歳で高専入学という大きな決断し、創造力や実践力を培ったみんなは「普通のままだと、もったいない」と思うんです。
理論とスキルから、創意工夫、技術開発に全力で打ち込むという“高専マインド”、そして、このマインドを持つ仲間が多くいる、というのが高専生です。私は、高専という履歴を持つ者がこれから先のイノベーションや地方創生の中核にいると信じて疑いません。高専生には、面白い未来、ワクワクする現在が、待っていると思うのです。
市坪 誠氏
ICHITSUBO Makoto
- 国立大学法人豊橋技術科学大学
学長特別補佐、高専連携地方創生機構 教授
1990年 大学院修了後、高知工業高等専門学校 着任
1994年 呉工業高等専門学校 着任
2006年 呉工業高等専門学校 教授
2007年 国立高等専門学校機構 本部事務局 室長、教授
2014年 長岡技術科学大学 教授
2015年 長岡技術科学大学 学長補佐
2020年 豊橋技術科学大学 教授
2022年 豊橋技術科学大学 学長特別補佐 現在に至る
高専、大学など教学マネジメント、技術者コアカリキュラム、SDGs教育の推進にて活躍。「技術者教育」「SDGsブランディング」など講演多数。技科大のユネスコチェア、世界ハブ大学(国連アカデミックインパクト)などSDGs戦略の企画立案、実践に携わる。
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