母校である米子高専で准教授として働く伊達勇介先生。実はその昔、勉強は不得意で、「中3の時点で自分の高専の合格確率は5%だった」と言います。それでも高専を目指した理由や、現在のユニークな研究の数々について伺いました。
まわりに助けられて「知らないことを知る楽しさ」を実感
―どのような子供時代を過ごしましたか。
小学生の頃は、プラモデルをつくったりモノを分解したりと、好きなことであれば何時間でも没頭するタイプでした。一方、勉強は苦手で、特に国語の作文ではタイトルからつまずき、よく居残りをして書いていましたね。授業中の集中力もなかったので、先生からは頻繁に注意を受けていたと記憶しています。
高専に行った人は「理系が好き」と思われがちですが、私は理科も決して得意ではありませんでした。実験は好きでしたが、物理の要素が入ってくるようになるとまったく楽しめず、成績は3ばかり。勉強は全般的に不得意だったのですが、普通高校に進むことは最初から考えませんでした。
とはいえ、進学の選択肢はたくさんあるわけではないので「専門的な分野を学びたいなら、工業高校か高専」の2択だったんです。
―米子高専を目指した理由を教えてください。
中学3年の初めの頃に高校の判定模試を受けたところ、高専に受かる確率は5%以下で、その他の高校についても散々でした。でも、高専の比較的自由な校風や自分が好きなことを学べる機械工学科の環境に惹かれて、「やっぱり高専に行きたい」と思うようになりましたね。
そこで、週に一度、家庭教師をつけることになりました。すると、少しずつ学び方がわかるようになり、自然と勉強量が増えたんです。正直に言えば「高専に行ったらお小遣いを月に1万円あげる」という母の言葉で一層やる気になった部分もあります(笑)
結果、第1希望の機械工学科には不合格でしたが、第2希望の物質工学科に合格できました。
―実際に入学してみて、いかがでしたか。
物覚えも悪く、理解力が高いわけでもなかったこともあり、低学年の頃の成績は良くありませんでした。ただ、成績の良い同級生たちがいつも勉強を教えてくれたので何とかなっていました。テスト前にはみんなで放課後に勉強をしあう環境が自然とできていて、相変わらず勉強は得意ではありませんでしたが、知らないことを知る楽しさを実感したのは、この頃です。
友人には本当に恵まれ、学年が進むにつれ少しずつ順位も上がりましたが、5年生では卒業研究に明け暮れて順位は大幅に低下しました。私が所属していたのは主に無機材料の研究をする研究室で、私自身は、耐火物(レンガ)がごみ焼却炉の環境を模した条件下で、どのように腐食するかという研究をしていました。
なにせ時間のかかる研究で、学校で寝泊まりをすることもよくありました(今の高専ではできません)。大変でしたが、先生も友人もいたので毎日が楽しく、苦痛に感じたことは一度もありませんでした。
県職員から母校の教員に転職
―高専卒業後の進路はいつから考えましたか。
やりたいと思える仕事が特になく、4年になっても就職に対してイメージがなかなか湧きませんでした。一方、母子家庭だったため経済的余裕もなく、大学進学にも迷いがありました。
ところが、母が「進学しても構わない」と言ってくれて、先生も「可能なら大学に行ったほうがいい」と後押ししてくださったんです。そこで、豊橋技術科学大学に進むことに決めました。
大学では水素吸蔵材料の水素吸着能を評価する装置をつくり、それを使った材料評価をする研究に没頭しました。寮には友人も数名いたので、よく部屋で宴会をしたのも良い思い出です。当時の友人たちとは、今でも数年に一度集まっています。
豊橋技科大は修士課程へ進学する学生が多いので、私も流れるように修士へ。修了後は、地元の鳥取に戻り、鳥取県商工労働部 産業技術センターに鳥取県職員として採用していただきました。
―地元で就職をしたのはなぜですか。
絶対に地元に戻りたいわけではありませんでしたが、母が心配で、条件に合う就職先が鳥取にあれば……とは思っていました。そんなときに募集がかかったからです。
産業技術センターは地域の中小企業をサポートするための団体です。例えば企業の製造ラインで異物が出た際には、異物の材料を研究・分析し、アドバイスをします。私が担当していたのはリサイクル分野で、食品やプラスチック、金属など、様々な材料が評価の対象でした。
―母校の教員になった経緯を教えてください。
米子高専の物質工学科の教員が退職するということで、公募がかかり、恩師からも声をかけられたからです。就職先で様々な分析を担当してきた経験も生かせるし、何より母校だったこともあり、応募に踏み切りました。与えられる課題だけでなく、高専の教員は自分がやりたい研究に時間を費やせる点にも惹かれました。
ただ、博士号を持っていないことから、当初は任期付きで、同時に論文博士での取得も目指しました。その後、恩師の小田先生が退職されるということで、無機材料分野を後継する形で今に至ります。博士号も無事に取得できました。
限界を決めずに、やりたい道を突き進んでほしい
―現在の研究について教えてください。
米子市の弓浜地区では「トクナガクロヌカカ」と「イソヌカカ」という、ハエ目に属する昆虫が確認されていて、一部の種の雌は吸血性を持ち、多数の被害報告が寄せられています。そこで、米子市からの依頼でトクナガクロヌカカの成虫の発生状況を調査し、対策に生かそうとしています。
また、食品を0度以下かつ未凍結の温度帯で冷やすと、アミノ酸や糖が増加しておいしくなるという「氷温貯蔵」の技術を使い、氷温研究所の皆さんとともに食品の高品質化にも取り組んでいます。例えば、炊飯をする前に米を浸漬(しんせき)させる工程がありますが、低温(-1℃)の水に浸漬させてから炊くと、常温(25℃)よりも柔らかさや粘りが良好になりました。
ほかには「セラミックスの腐食について」、「粘土材料を利用したセンシング材料の開発」、「電解紡糸膜を利用した固体潤滑剤の開発」といった、材料に関する研究も続けています。
―研究のモチベーションは何ですか。
「社会に貢献したい」などと言えたら格好がつくかもしれませんが、単純に謎をつきつめることがおもしろいからです。あとは「こうなるかもしれない」とたてた予測が合致した瞬間は、言いようのない達成感を覚えます。ただ、ストレートに結果に行き着いてもおもしろみを感じません。その点では、ヌカカのように生き物が関係する研究は、予想がつかない方向にいくのでやりがいを感じますね。
また、私はかなりの飽き性で、おおむね結果が見えたらそれ以上の細かいデータを突き詰めたいとは思いません。ですから、一般的な先生と比較すると、私の研究分野には共通点がないように見えるでしょう。
しかし、ジャンルにとらわれずに様々なことをやってきたので、それらの知識がつながる瞬間は非常に爽快です。今後も気になった分野にはどんどん取り組んでいきたいと思っています。
―高専を目指す方へメッセージをお願いします。
高専といえば理系の成績が良くないと入れないと思われがちですが、成績が良い・悪いではなく、好きか・嫌いかで考えてみましょう。私の場合、成績は振るいませんでしたが、苦手だった理科も毛嫌いするほど嫌いだったかといえば、そうではありません。高専で学ぶ楽しさに出会ってからはおもしろいと思えるようになりました。
もちろん「どうやったって理科の勉強が苦手だ」というなら勧めませんが、何事もやってみなければわかりません。どうか自分から壁をつくらずに、少しでも興味があるのならぜひチャレンジしてみてください。
また、大学進学を考える際には「この成績では無理なのでは」、「経済的に厳しいのでは」と悩む学生もいますが、大切なのは「できない理由」ではなく「自分はどうしたいのか」です。強い気持ちがあるのなら、まずはやってみる。そうしたら、結果はあとからついてきます。
最後に、どうか失敗を恐れないでください。そのときに失敗だと思っても、あとになれば成功に変わることだってあるからです。私は高専入学時、第1希望の学科に落ちています。世間的に見たら「失敗」かもしれませんが、今では母校の教員になり、好きなことを研究しながら楽しく暮らせていますから、「失敗」だとは1ミリも思いません。人生は、自分次第です。
伊達 勇介氏
Yusuke Date
- 米子工業高等専門学校 総合工学科 化学・バイオ部門 准教授
2001年3月 米子工業高等専門学校 物質工学科 卒業
2003年3月 豊橋技術科学大学 工学部 物質工学系 卒業
2005年3月 豊橋技術科学大学大学院 工学研究科 物質工専攻 修士課程 修了
2005年4月 鳥取県商工労働部 鳥取県産業技術センター 無機材料科 研究員
2007年4月 地方独立行政法人 鳥取県産業技術センター 無機材料科 研究員
2011年4月 米子工業高等専門学校 物質工学科 助教
2017年3月 島根大学 博士(工学) 論文博士
2017年10月 米子工業高等専門学校 物質工学科 准教授
2021年4月より現職
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