陸上自衛隊隊員というユニークなキャリアを経て高専教員となった茨城高専の平澤順治先生。ロボット好きの少年が、ある時期から研究の道を志し、自衛隊での経験から何を得て、高専の職員となったのか。その軌跡に迫ります。
機械をいじりながら訓練をする日々
―先生は自衛隊員としてのご経歴をお持ちなんですね。
ええ。20年ほど前に陸上自衛隊に所属していました。小さい頃、初代「ウルトラマン」の再放送が大好きでよく見ていたのですが、ウルトラマンに変身できる主人公のハヤタ隊員より、怪獣を倒す装備品の発明をしちゃうイデ隊員に憧れるタイプの子供でした。
そして高校生のとき、雲仙普賢岳の火砕流発生という自然災害が起こり、テレビに「災害派遣」の標識を掲げた装甲車両が現場に向かうシーンが映ったんですね。そこで、ウルトラマンの科特隊と、現実の自衛隊が、自分の中でリンクしてしまった。もっとも、今思い起こせば、という話ですが...。
どうしても自衛隊隊員になりたくてなったというよりは、バブル全盛期だったので公務員や自衛隊という職種の人気が低く、今よりもかなり目指しやすい職業だったから、というのも正直な話です。
高校の卒業とともに、寮で三度の食事をいただきながら勉強ができる防衛大学校へ入学。当時は、2年生に進級するタイミングで、「陸上・海上・航空の選択」と「専攻する学科の選択」をする必要がありました。
パイロットになりたくて航空自衛隊を志望する友だちや、船乗りを目指して海上自衛隊を選ぶ友だちがいる中で、私は学科の希望を優先して、何となく陸上志望にした記憶があります(笑)。人は、土を離れては生きていけない、という言葉が心のどこかに引っかかっていたのかも知れません。
学科の希望は、たまたま部活の先輩がロボットを扱う研究室にいて、学科の見学会のときに声をかけてくれたのが縁となりました。これも今思い返せば、ですが、中学時代に夢中になったマンガ・アニメ「機動警察パトレイバー」の影響で、ずっとロボットに興味があったんだと思います。
防衛大学校にもちょうどロボットの研究をされている先生がいて、精密機械工学を学びながら、穴を掘ったり体中に草をつけて走ったりする大学生活でした(笑)。でも、4年間で一番記憶に残っている授業は、江戸時代の黄表紙、洒落本に関する一般教養の科目だったりするわけですが。
―卒業後、高専教育を目指すまでのご経歴についてお聞かせください。
防衛大学校を卒業後、幹部候補生学校に進み久留米に約半年間、その後、仙台の部隊へ配属。ここでは「武器科」というトラックの修理や火砲の整備など後方支援をする部署で勤務しました。
仕事柄、隊員のほとんどが車好きやバイク好き。周りにおだてられて私も破格の値段で中古バイクを買ったものの、この時はまだ免許すら持っていなくて、バイクを持て余しました(笑)。
その後、茨城県土浦市にある武器学校というところで研修を受ける期間があり、授業の合間に隣接する自動車学校に通い、やっと二輪免許を取りました。
この頃になると初級幹部として部下の教育を任されることもあり、自分でも触ったことすらないロケットランチャーの取り扱いを教えたこともありました。教本で操作法を調べて、野外でも説明できるようスケッチブックに自分でイラスト描いたりして...。ドキドキしながらも教えること自体は嫌いじゃないと気付かされました。
一方で、大学の頃の研究を続けてみたいという気持ちも強くなり、試験を受けて防衛大学校の研究科へ進学。大学院で研究を再開すると、その楽しさを思い出したと同時に、研究から離れていた3年のブランクの大きさを思い知りました。
もう一度ブランクをつくることは考えられない――。そう感じていた矢先に偶然見つけたのが、日本機械学会誌に掲載されていた高専教員の募集です。「もしかしたら、こんな道もありかも」と感じました。当時27歳、初めての転職でした。
高専だからこそ、自由な研究ができる
―先生の研究テーマについて教えてください。
メインで研究をしているテーマは、二輪車(オートバイ)の運動解析です。例えば飛行機であれば揚力が発生して空を飛ぶ、船であれば浮力があるから海に浮かぶ。
しかし、「なぜバイクは曲がるのか」と言われると、分かっているようでいて、明確に言語化できるかと言われるといまいち論理的に説明が付かない、というところにモヤモヤしていました。
そんな中、大学院の卒業直前、たまたまラジコンを改造して遊んでいる時に、実際の二輪車の走行中にも起きる「逆操舵」という現象が、おもちゃでも確認できることに気付いたのです。
高専の教員になってから、これを学会で発表したところ、実際のオートバイに関わる研究者や技術者の方々にも興味を持っていただくことができました。それから10年以上かかってしまいましたが、今年、JKAの補助事業に採択いただき、ヤマハの電動スクーター「E-Vino(イービーノ)」を入手。念願の実車による走行実験がようやく始められました。
また、趣味の延長で「文理両道」を目指し、太宰治を研究対象として読んでいます。単純に普段の理系脳とは別の切り口で頭を使うのが楽しいんですよね。
著者の思考を分析的に読んでいくと、どうしても理系的な思考に至ってしまう自分にも気づけて、毎回新鮮な気持ちになれます。これほどに自由な研究ができるのも、高専という環境ならではかと思います。
―教育面で力を入れている活動はありますか?
高専生らが自作ロボットの性能を競う「廃炉創造ロボコン」には、茨城高専からは今年で3回目のチャレンジとなり、機械・制御系の5年生3名のチームが参加しました。今年は大きくルールが変更となったのですが、全国から12高専・13チームの工夫を凝らしたロボットが集まり、「除染」を課題とした競技に挑戦しました。
強い放射線の影響で人が立ち入れない原子炉建屋内を想定し、自作のロボットに狭い通路を走行させた後、3メートルほどの高さにある白い模造紙を青いペンで塗りつぶす作業の正確さを競います。茨城高専チームも健闘し、日本原子力研究開発機構(JAEA)の理事長賞を受賞することができました。
実際の廃炉作業は数十年にも及ぶものであり、課題を解決する力をもったエンジニアを育成することは高専の大切な使命のひとつです。今後も興味関心のある学生を募りながら継続的に挑戦していきたいと思っています。
研究は地道に、あせらず、たゆまず、おもしろく
―今後の展望についてお聞かせください。
二輪車の運動解析の研究では、将来的にライダーの走行を的確に評価できるシステムが生み出せればと考えています。
例えば、いかに気持ちよくカーブを曲がって、気持ちよく走れるか。革ジャンのポケットに入れた小型ロボットが、「肩に力が入っているよ」「視線をもっと上げて」などのアドバイスをリアルタイムにしてくれる。自分自身が高齢になってもツーリングを安全に楽しめるようなアシストロボットが理想ですね。今は地道な研究ですが、実現の過程には必要なことだと思っています。
太宰研究では、太宰が戦時中の空襲をどう捉えていたかについて関心があり、ほかにも、宮崎駿作品の声優起用から監督の『父親像』を探ることができないか、なんていうテーマを温めています。学生にも自分の興味があることややりたいことがあれば、「文系」「理系」とこだわらず、好奇心の赴くままに挑戦してほしいですね。
また、卒研生が成果を出してくれている「廃炉創造ロボコン」に、自分の研究活動をどう絡めていけるかというのも今後の課題かと感じています。学生と教員がタッグを組んで、パブリックに紹介することで学生たちの活動をより世の中にアピールする。今は理想のカタチを模索中です。
平澤 順治氏
Junji Hirasawa
- 茨城工業高等専門学校 国際創造工学科 機械・制御系 准教授
1993年 福島県立白河高等学校 卒業
1997年 防衛大学校 精密機械工学科 卒業
1997年-2002年 陸上自衛隊 勤務
2002年 防衛大学校 研究科 情報工学科 単位取得中退
2002年 茨城工業高等専門学校 電子制御工学科 助手
2003年-2006年 東京電機大学 工学研究科 電子工学専攻
2010年 茨城工業高等専門学校 電子制御工学科 准教授
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