インタビュー

「トポロジー人生の始まりは大学生の頃だった」 難問に挑戦し続ける伊藤先生の根幹とは

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高校時代に「学問を深める」ことに興味を持ち、研究者への道を志した茨城高専の伊藤昇(のぼる)先生。大学生の頃に出会った「トポロジー」という分野の研究をされています。そんな伊藤先生に学生時代のエピソードや、高専生に対する思いについてお伺いしました。

中村校長先生のゼミにのめり込んだ高校時代

-伊藤先生が、学問を深めたいと思ったきっかけは何でしたか。

私が通っていた松本深志高校の当時の校長先生は、西洋哲学が専門で東京大学出身の中村 磐根(いわね)先生でした。校長講話はいつも内容が深いものでした。中でも印象に残っているのが、ギリシャ語でいう「エトス(日常)」と「パトス(情熱)」の話です。

起床時に見た花の話から始まって、最終的には「もしもエトス(日常)の勉学の研鑽がないならば、文化祭におけるパトス(情熱)は意味あるものにならない」という中味で終わりました。簡単に結論(答え)を話してくれることはなく、言葉を選び考えられながらの講話で、今思えば自主的に答えに至ることへの促しだったのだと感じます。

また、先生主催のゼミでは海外諸国を旅されたときの話を哲学的な考察と共にお聞きしました。当時は哲学にすごく興味がありましたので、運動部のキャプテンでしたが、監督に頼んでゼミを優先させてもらっていました。このゼミは、私の根幹になるくらい影響を与えてくれました。

頭を動かし続けなければならないのが「数学」

―大学の数学科に進学されましたが、印象に残っている出来事はありますか。

授業で江田勝哉先生がおっしゃった言葉が、今でも印象的です。「退学・転科をしたい人がいれば、今すぐ申し出てください」。これが第一声でした。

他の科学の分野だと、理論だけではなく実験もしなければならなくて、実験の交代で時間が空くこともあるかと思います。だから、研究を進めながら仮眠を取ることもできるのではないかと思います。

しかし、数学は自分の頭を動かし続けない限り、問題を解くことはできません。そういう意味で根気が必要な分野ですので、江田先生は「辞めたいなら、すぐに辞めた方が良い」と親切心でおっしゃったのだと思います。私はその言葉を聞いて、「むしろ自分の性に合う分野かな」と思いました。

江田先生から渡された本で、「トポロジー」に出会う

上下二段になった黒板に、イラスト等を書き、講演している伊藤先生
▲学生時代の講演(ドイツ・ダルムシュタット大学留学時)

―それから江田先生との交流はあったのですか?

江田先生に憧れた私は、夏休みに入る前に「修行したいので稽古をつけてください」と直談判をしに行きました。今思えば当然ですが、江田先生には全く相手にしてもらえませんでした。でも代わりに、大学院生や専門家が読むような本を、「これ面白いよ。君に合っていると思うから」と言って渡してくださいました。

今考えれば、おそらく江田先生は私のことを試していたのかもしれません。ただ、私は大学に入ったばかりで、大学院生が読む本を簡単には読み進めることができなかったのです。確か最初の部分はトポロジーの分野で、「近さの概念」を厳密な数学で説明している内容だったように思います。

教室で、外国の教授とともに。
▲ワルシャワ大学での招待講演でスウコウスキ教授(‪Piotr Sułkowski‬、理論物理)と。研究は理論物理学と数学の境界線となります。

トポロジーとは、例えば「床に円盤を置いて、円盤の大きさによって自分と相手との距離を測る」といった雰囲気を「正確な数学」にして話を進めていくものです。

一般には,この円盤を増やしたり、繋げたり、三角形にしたり、四角形にしたりと、さまざまな場合を含む形で「人間が考え得る、近さの概念」を厳密な数学として形作り,それを応用できるよう理論を構築していくのですが、最初は抽象的な言葉ばかりで馴染みがなかなか湧きませんでした。

そもそも当時は、将来的にトポロジーが自分の研究分野になるとは思っていませんでしたし、どうして先生がそれを勧められたのか、わかりませんでした。枕元にその本を置いて毎晩過ごしたことが思い出されます。

ただ、これがきっかけとなり、ずっと後に「体積予想」で有名な村上順先生の研究室の門を叩くことになりました。私たちは形から体積が決まると思っているのに「体積から、ものの形が決まる」。これってドキドキしませんか。この予想は代数・幾何・解析等全てを使って世界中で研究されています。

気がつくと学生時代から一貫して「量(観測値)から形(実体)の決定」という難しい問題に惹きつけられ、取り組んできたように思います.普段、私たちが目にしているものは何らかの量(観測値)であり、背後に深い数学的実体が隠されているのです。

屋外にて、海外の先生たちとお出かけ
▲博士課程から助手時代にかけて、村上順先生に薦められ海外で武者修行に。結び目の関数を「影」とする「実体」ホバノフ・ホモロジーの創始者ホバノフ先生(Mikhail Khovanov、コロンビア大学)とニューヨークで数学の話をしながら散歩に出かけました。

―茨城高専で働くようになったきっかけを教えてください。

2019年、その頃は東大の数理科学研究所に所属していたのですが、そこで、ある先生に高専への就職を勧められたのです。それまで、あまり縁がないと思っていたのですが、同級生が先生になっていたり、知り合いの研究者が教員として勤めておられたりしたので、意外と身近な存在だということに気づきました。その後、実際に訪問して自分の目で現場を見て教授の方々とも相談した上で、高専での応募をすることにしました。

数学者というと何故か堅いイメージがあるかもしれませんが、私にはいろいろな分野の方と交流してきた経験があります。例えば大学生の頃、シンクロ日本代表のフィギュアスケーターのチーム練習や合宿に参加する機会があり、ジュニアチームでは学校の算数や数学の勉強を補助していたこともありました.それとは別に芸大の音楽家の方々との交流もありました。

また早稲田大学高等研究所からの繋がりで古代エジプト調査をしている研究者、あるいは美術史・聖史劇の研究者、はたまたサブカルチャーの研究者やアレルギーの研究者などとの交流が今も続いてます。

このような経験を独自の観点から高専の授業に活かせるのではないかと思いました。

学生のハートを掴めるような、授業の入り口をつくりたい

―高専で働かれてみてどうでしたか。

教室にて、前方の黒板を使って、学生に指導する様子
▲指導学生の山田海音(高専機構理事長賞受賞、当時本科4年生)さんと。

教壇に立ってみて、より若い学生さんが大勢いる前で話すことの難しさを感じました。私は数学を担当しているのですが、最初の年(2020年)の遠隔授業で三角比の話をするときに古代文明の大河を例に出したのです。「川を渡るために一番近い岸を探すとき、川に直角三角形を描いて三角比を使ったら求められるね」と。

しかし、イメージができなかった学生さんもおられるようで「教科書と結びつかなかった」と言われてしまいました。それから「最近の学生さんにも馴染みのある例は何かな」などとも考えるようになりました。

数学って専門的な内容になればなるほど、日常生活でどのように使われているか、イメージがしにくいと思うのです。だからこそ、授業の入り口は入念に考えています。なるべくなら学生さんのハートを鷲掴みにできるような「ゆさぶる話」をして、授業を進めていきたいものです。

―今後の展望について教えてください。

左に女性の先生、真ん中に学生さん、右に伊藤先生
▲山田海音さんのプレスリリースに際して、共に指導にあたった奥出真理子先生(茨城高専)と。

まだまだ私も修行中の身ですので、高専生と一緒に成長していきたいと思っています。私が今一番大切にしているのが、学生さん・職員・先生がフラットな関係でいるということです。

そして日常的に学生さん・職員さんの方々から実にいろいろなことを学んでいます。例えば学生さんからは今現在の若者の感覚、職員の方々からは正確な文書管理や円滑な職場運営等々、日々「なるほどな」と感じております。

一番難しい問題を解くか、別の研究をするかの2択

―研究で大切にされていることはありますか。

海外の聴講者を相手に、講義をする伊藤先生
▲国際研究集会での招待講演(ドイツ・ダルムシュタット)

「後追いではなく、自分で0から1をつくる仕事をする」ということです。これは海外で武者修行をしていたときにお世話になったOleg Viro(オレグ・ビロ)先生のおかげで、気づくことができました。

以前ビロ先生から「フィールズ賞を取りたいか」と聞かれたことがありました。フィールズ賞は数学におけるノーベル賞といわれており、実際は4年に一度で40歳未満、ノーベル賞以上に難しいものです。聞かれたときは何も答えることができませんでした。

すると「可能かどうかを聞いているのではなく、取りたいかどうかを聞いているのだよ」とおっしゃられたのです。それに対して私は「もちろん、ほしいです、可能なら」と答えました。

屋内、廊下にて、海外の先生と議論する伊藤先生
▲ビロ先生とサイモンズ幾何学物理学センターにて。先生からは会うたびに「君の新しい結果を説明してもらえるかな?」と尋ねられます。

私の答えを聞いたビロ先生から、「フィールズ賞を取るためには、一番難しい問題を解くか、(問題すら知られていない、0から1をつくるような)別のことを研究するかの二択しかない」と教えられました。

そこで、「世の中の役に立つために、今まで誰も成し遂げていないことを研究する」ことを選びました。それと同時に「一番難しい問題に関係する研究」にも取り組んでいます。

高専は、ドキドキ・ワクワクできる場所

黒板を写した写真
▲茨城高専でプレスリリースされた圏論化の結果(吉田純氏(東大、当時)との共同研究)。私たちが見ている数を背後から空間が制御しています。

―小中学生や現役の高専生にメッセージをお願いします。

高専に地味なイメージを持っている方々が多いようです。しかし実際はドキドキ・ワクワクするような研究をしている先生がたくさんおられ、夢がいっぱいある場所だと思います。通信衛星を飛ばす、ブラックホールを「見る」、農作物の工作機械を改良し、その年の収穫に喜ばれる研究している方々等々もおられます。そんな高専だからこそ、学べることがたくさんありますし、自分の夢を実現できる、または自分の夢をかなえることができるところだと思います。

それに、高専は5年間勉強するところなので、所謂、大学受験がありません。大学受験の対策をする必要がない分、専門的な内容をじっくりと学ぶことができます。

また更なる研究を志望する人は大学の編入試験の併願もできます。だから、小中学生の皆さんは、進路の選択肢に是非とも「高専」を加えてほしいと思います。

教室で講義をする伊藤先生
▲茨城高専での教室にて。高校生の年齢で最先端の数学に触れられます。

次に現役の高専生には、「自分なりの物差し」をつくってほしい、と思っています。「最短で有名企業や有名大学に行く」ということが良く見えるかもしれませんが、本当にそれが自分なりの物差し(価値観)に沿うものかはわかりませんから…。

自分の夢を叶えるためにも、他人の意見や世間体に左右されるのではなく、自分の願いに沿った道を進んでほしいものだと思っています。

ちなみに「自分の物差し」をつくるために数学は最もいいトレーニングができる科目ですので10代の皆さんたちには特にオススメです。自分が価値あると思う定義や式変形は、一回ごとに自分で価値づけているのですから。

伊藤 昇
Noboru Ito

  • 茨城工業高等専門学校 国際創造工学科 一般教養部 数学科

伊藤 昇氏の写真

2010年 早稲田大学 大学院 数学応用数理専攻 修了
2010年 早稲田大学 基幹理工学部 助手
2011年 早稲田大学 基幹理工学部 助教
2013年 早稲田大学 高等研究所 助教
2015年 早稲田大学 高等研究所 准教授
2016年 東京大学大学院 数理科学研究科 特任研究員
2020年 茨城工業高等専門学校 国際創造工学科 講師
2020年より現職

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