国際合成生物学コンペティション「iGEM」への挑戦に向けて、沖縄工業高等専門学校や沖縄科学技術大学院大学(OIST)、琉球大学など、沖縄県内のさまざまな教育機関に所属する学生が集まって結成されたチーム「iGEM Okinawa」。
2026年は、沖縄の養豚業が抱える細菌感染症の課題に着目し、AIと合成生物学を組み合わせた新たなファージ療法の研究を進めています。今回は、OISTと沖縄高専の8名のメンバーに、iGEM Okinawaが生まれた経緯や現在の研究内容、多様な専門を持つ学生が集まる面白さ、そして国際大会の先に描く未来について伺いました。
【今回お話を伺った皆さん(8名)】
沖縄科学技術大学院大学(OIST):イ ジュンホさん(博士課程4年/iGEM Okinawa代表)、井上 己新さん(博士課程 1年)
沖縄高専:當銘 優介さん(創造システム工学専攻 生物資源工学コース 専攻科1年)、石垣 幹人さん(生物資源工学科 5年)、大屋 風詩さん(メディア情報工学科 5年)、大森 香花さん(メディア情報工学科 5年)、阿波根 優里さん(メディア情報工学科 5年)、大嶺 結葉さん(生物資源工学科 4年)
※所属・学年は取材時点のもの
沖縄の課題を科学で解決。約40名が集うiGEM Okinawa
―まず、iGEM Okinawaについて教えてください。どのような活動形式なのでしょうか。
イさん:iGEM Okinawaは、国際合成生物学コンペティション「iGEM」に沖縄から参加するため、2025年に立ち上がった学生チームです。沖縄から参加するチームとしては私たちが初めてでした。
初年度は14名でしたが、2026年は約40名まで増え、現在は私が代表を務めています。OIST、沖縄高専、琉球大学のほか、インターナショナルデザインアカデミー(IDA)や沖縄クリスチャンスクールインターナショナル(OCSI)の学生など、さまざまな教育機関から学生が集まっています。
iGEMでは研究だけでなく、社会実装や情報発信、資金調達まで含めてプロジェクトをつくり上げます。現在は、実験を担当する「Wet」、AIやデータ解析を担う「Dry」、地域との対話を進める「Human Practice」、資金調達を担う「Funding」、Webサイトや動画を制作する「Wiki/Video」の5チームに分かれて活動しています。
―沖縄高専の皆さんは、なぜ参加しようと思ったのでしょうか。
當銘さん:私は昨年度の成果報告会に参加したことがきっかけです。そこで、短期間で資金を集めながらプロジェクトを進めていることや、研究を実験室の中だけで終わらせず、地域課題の解決や社会実装まで目指していることを知り、魅力を感じて参加を決めました。
石垣さん:私は昨年度参加していた高専の先輩から声をかけてもらいました。世界規模のコンペティションだと知り、そのスケールの大きさに惹かれたのが最初です。
生物資源工学科で学んでいるので、これまで身につけた知識や経験を生かせると思いましたし、他のコンテストへの参加経験もあったので、さらに自分のスキルを高めたいという思いがありました。

―2026年は、沖縄の養豚業をテーマにしています。どのようにして現在の研究テーマにたどり着いたのでしょうか。
井上さん:私たちは「沖縄に貢献すること」を軸に、地域課題を合成生物学で解決する方法を考えました。
出発点は、実は養豚ではなくピロリ菌です。「細菌を退治する方法はないか」と調べる中で、特定の細菌を攻撃する「ファージ」に行き着きました。ただ、ピロリ菌は沖縄で特に発生率が高いわけではなかったため、ファージを生かせる沖縄ならではの課題を改めて探しました。
そこで注目したのが、沖縄の食文化にも深く根付いている養豚です。地域へのヒアリングから、豚の細菌感染症が課題になっていることを知り、現在の研究テーマにつながりました。
AIを活用して「胃酸に負けないファージ」を探す
―今回取り組んでいるファージ療法の研究について、具体的に教えてください。
阿波根さん:養豚の現場では、細菌による病気を防ぐために抗生物質が使われています。しかし、長期間使用すると耐性菌が生まれたり、コストが増えたりすることが課題です。
そこで私たちは、抗生物質に代わる方法として「ファージ」を使えないかと考えました。ファージは、特定の細菌だけを攻撃するウイルスですが、そのままでは胃酸に弱く、豚の胃の中で十分に働けません。そこで現在は、胃酸に負けない酸性耐性を持つファージの開発を目指しています。
ファージの性質は遺伝子の組み合わせによって変わります。ただ、組み合わせの数は膨大なので、一つずつ試すのは現実的ではありません。そこでAIを使い、酸に強くなる可能性が高い候補を絞り込んでいます。

―今後、どのような形で社会実装を目指しているのでしょうか。
イさん:最終的には、沖縄の畜産農家の経済的な負担を減らすことが目標です。現在はAIで絞り込んだ候補を実験で検証しており、その先には特許出願や農家でのPoC(概念実証)も視野に入れています。
井上さん:実際に豚へ投与する方法も検討中です。注射では負担が大きいため、水やミルク、エサに混ぜる方法などを考えています。性能だけでなく、農家の方と相談しながら「現場で本当に使えるか」まで考えていきたいです。
―AIは具体的に、どのように活用しているのでしょうか。
石垣さん:タンパク質の配列や構造をAIで予測し、条件に合う候補をランキング化しています。その中から有望なものを選び、実際の実験につなげています。
イさん:AIを使った予測プラットフォーム自体はすでに完成していて、現在は、AIの予測が正しいのかを実験で検証していく段階です。過去の論文をデータと照らし合わせたところ、13件中12件で論文と同じ構造を予測できました。従来は時間をかけて多くの候補を一つずつ検証する必要がありましたが、私たちの方法では約24時間で有望な候補を絞り込むことができました。
―今回の技術は、将来的に養豚以外にも広がる可能性があるのでしょうか。
イさん:可能性はあると考えています。もともとの出発点だったピロリ菌など、人への応用も視野に入れています。ただ、人向け医薬品は実用化まで時間がかかるため、まずは社会実装しやすい家畜分野から取り組みたいと考えています。
専門も学校も国籍も越えて。沖縄から世界へ
―沖縄高専の皆さんは、高専で学んできたことが今回の活動に生きていると感じますか。
石垣さん:授業で学んだ細菌やファージ、タンパク質の知識に加え、高専で培った「ものづくり」の考え方も生きています。学んだことを机上で終わらせず、異なる専門や教育機関のメンバーと一緒に形にできるのが面白いです。
當銘さん:私の専門と研究テーマは完全には一致していませんが、高専で身につけた、仮説を立てて試行錯誤しながら課題を解決する力は、専門が違っても生きていると感じます。
大嶺さん:私はFundingチームで資金調達を担当しています。専門知識よりも、企業や地域の方とのコミュニケーションなど、高専で学んだ研究以外の経験が役立っています。
―異なる学校や専門分野の学生が一緒に活動する意味や面白さは、どこにあると感じますか。
イさん:昨年は生物学系のメンバーが中心でしたが、社会実装を目指すには限界があると感じました。そこで今年はデザインや情報、文系など幅広い学生が加わり、AIプラットフォームも数学や物理の知識を持つメンバーがいたからこそ短期間で形にできました。
大屋さん:私はメディア情報工学科の知識を生かし、Webサイト制作などを担当しています。異なる専門や国籍のメンバーと活動することで、自分にはない知識や考え方に触れられるのが面白い点です。全体ミーティングも基本的に英語で、普段の学校生活では得られない経験ができています。

―研究だけでなく、資金調達にも学生自身が取り組んでいますね。
大嶺さん:私はFundingチームで、地域への情報発信や資金調達を担当しています。名護市のコミュニティスペースなどで活動を紹介したり、オンラインで発信したりしながら、寄付ページのQRコードも案内しています。
研究内容を知って「学生が頑張っていてすごいね」と共感してくださる方は多いのですが、そこから実際の支援につなげるのは簡単ではありません。
一方で、沖縄では豚料理が食文化として身近なので、研究の話をすると「自分たちの暮らしにつながる課題なんだ」と共感してくださる方も多いです。研究の価値をどう伝え、どう応援という行動につなげるかがFundingチームの大きな課題だと感じています。
―国際大会では、どのようなことを世界へ発信したいですか。
イさん:海外では、「日本」と聞いても沖縄を思い浮かべる人は多くありません。だからこそ、沖縄という地域と、そこにある課題を知ってもらいたいです。
iGEMには世界中から多様なチームが参加しますが、食や医療など身近な社会課題を扱う研究も多く、技術自体は似ていることもあります。だからこそ大切なのは、その技術を誰のどんな課題解決に生かすのかまで考えることだと思っています。
私たちは、「沖縄の養豚業」という地域課題から出発し、農家や獣医師と対話しながら社会実装まで見据えてきました。これが私たちチームの特色でもありますし、それが世界でどこまで評価されるのか確かめたいです。

石垣さん:私はDryチームに加え、Webサイトや動画制作にも携わっています。沖縄の学生がつくった成果を世界へ届けるとともに、この活動を県内や国内でも知ってもらえたらうれしいです。
大屋さん:私もWebサイト制作を担当していますが、今まで多くの人に見てもらうものをつくる経験はなかったので、自分の技術がどこまで通用するのか試せることも、この大会の楽しみの一つです。
―iGEM Okinawaとして、今後どのようなチームを目指していきたいですか。
イさん:モットーは「沖縄から世界へ」です。沖縄の地域課題を解決し、その取り組みを世界へ発信できるチームを目指しています。
昨年、「iGEMに参加したくてこの大学を選んだ」と言ってくれた海外の学生がいました。沖縄は学力が日本の全国平均を下回っていると言われることもありますが、iGEMのような世界への挑戦機会を増やすことが、沖縄の教育レベル向上にもつながるのではないかと考えています。将来的には高校生や大学生のチームもつくり、沖縄から複数のチームが世界へ挑戦できるようにしたいです。
當銘さん:私個人は微生物を使った環境浄化の研究をしています。将来的には経験を生かして、iGEM Okinawaで海洋汚染など沖縄の環境課題にも挑戦できればと思います。
阿波根さん:チームには、それぞれの分野にとても詳しい人がいて、その人たちから話を聞くだけでもすごく勉強になります。そうした面白さを、地域の子どもたちにも伝えていきたいです。科学に触れるイベントなどを増やして、「もっと勉強してみたい」と思う子が増えたらうれしいです。
―最後に、高専生や、これから新しいことに挑戦したい学生へメッセージをお願いします。
イさん:研究や勉強だけで終わらせず、「どう社会の役に立てるか」まで考える経験をしてほしいです。iGEMのような場を活用して、研究を社会実装につなげる面白さを知ってもらえたらと思います。興味があれば、ぜひiGEM Okinawaにも参加してください!
當銘さん:高専で身につけた問題解決力は、専門が違っても生かせるものです。「自分の分野とは違うから」と決めつけず、興味を持ったことにはぜひ挑戦してみてください。
大森さん:私はメディア情報工学科なので、生物系の活動に入るのが不安でしたが、飛び込んでみると意外と何とかなりました。分からないことがあれば誰かに聞けばいいし、自分の専門が役立つ場面もあります。異分野に踏み出す勇気をぜひ持ってほしいです。
大嶺さん:iGEM Okinawaは、これからも沖縄の課題解決に取り組んでいくチームです。今回の活動を知って、少しでも興味を持っていただけたら、ぜひ応援していただけるとうれしいです。
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