地域産業を人材育成・共同研究の面から支援する取り組みを続けてこられた長岡高専環境都市工学科教授の村上祐貴先生。自身の研究はもちろん、研究を通した地域貢献活動など、対外的な活動を積極的に行っている村上先生にお話を伺いました。
職人技能の標準化を進め、“技能バンク”をつくりたい
―大学卒業後に就職されているんですね。その後、高専に赴任されたきっかけは?
学部を卒業後に一度、ゼネコンに就職しました。というのも父親がゼネコンで働いていたことで、そういう世界に興味があったんですが、半年くらいで退職しちゃったんです(苦笑)。
やっぱり何か研究がしたいなという思いが強く、大学院に進み、そのままドクターを取得。その後、中央大学で助教を勤め、縁あって長岡高専に2009年からお世話になっています。会社を辞めてしまったことは、当時父親は残念がっていましたね。
大学では、コンクリート構造物の材料劣化が構造性能に及ぼす影響について研究していました。コンクリート構造物の性能劣化のメカニズムを明らかにする研究です。もともとはコンクリートの研究がしたいというよりは、研究室の恩師の人柄に惹かれて、その恩師の下で学びたいという気持ちで選んだ研究だったんです。
まだ30代と若い先生だったこともあって学生との距離が近かったんで、我々と一緒に夜通し語るなどして、おもしろい話ができたことは思い出深いです。その先生の教えは今でも生きているところがありますよ。
―現在の研究テーマについて教えてください。
コンクリート構造物の点検技能や、左官などの建設技能の標準化・可視化ということに取り組んでいます。例えば左官技能の継承って、見て覚えるという徒弟的な技能継承になっているのが現状です。それって正直、はじめてサッカーをする人に、いきなり試合に出て「さぁやってみろ」というのと同じで、感覚的な鍛錬では習得するにも時間がかかると思うんです。
実際、左官の技能継承には7年の修業が必要といわれているんですが、それを1年に短縮出来る方法があれば、今後人手が少なくなっていく中でも人出不足の解消に繋がりますし、どこにいても誰でも技能を習得しやすくなるのではということで、研究しているテーマになります。
例えば、熟練の左官職人のコテの抑え方や角度と、初めて扱う人のコテの抑え方や角度が違いますよね。また人はそれぞれ骨格や筋肉量も違うので、達人のやり方をそのまま模倣しても上手くなりません。達人に共通する技能を可視化・標準化して、その人に合ったコテの動かし方や体の動かし方を数値化して技能継承ができていければと思っています。
将来的には建設技能のほか、製造業や農業の分野のノウハウも同じように技能の標準化をしていきたいと思っています。最終的には「技能の銀行」みたいなものをつくりたいんです。例えば技能を使いたい人に、その道の熟練者から技能を貸し出す代わりに、技能を貸し出した人がお金をもらうというような仕組みで、自分の技能を年金代わりにできる。そうした「技能バンク」をつくることが、いまの私の夢ですね。
地元企業に寄与する「In-Port」とは
―2019年に新設された「In-Port」について、詳しく教えてください。
私が長岡高専に着任した当時、ある地元企業の方に叱られたことがあるんです。「そもそも高専というのは、地元の産業を支えるために設置されたのに、今は大学に進学するための進学校になっている。高専は本来の使命を果たしていないじゃないか」と。
「それについて君はどう思うか」という話になったんですが、私自身まだ高専に着任したばかりでうまく答えられずにいたんです。それからしばらく教員として働くうちに、長岡高専の進学率や就職率というものが見えてきたんですね。
長岡高専は、約7割が進学し、就職は約3割。毎年約200人が卒業していきますが、県内企業に就職する学生は30人程度です。県内には素晴らしい技術を持つ企業が数多くありますが学生にはその情報が届いていません。これは何とかしなくちゃいけないなと、地域貢献について取り組んでいきたいという気持ちになり、5年ほど前に「JSCOOP(=Job Search for local companies based Cooperative education)」という事業を立ち上げました。
JSCOOPは、「課題抽出力、課題解決力を備えたイノベーション人材を地域産業界と連携して育成する実習」ということで、主に本科4・5年生と専攻科の1・2年生の4学年で取り組んでいます。地元の企業を訪問し、ヒアリングや取材を通して課題を見つけ、その課題解決に取り組むということを1年続けるんです。
学生が地元企業に就職しない一番の要因は、地元企業についてそもそも知らないからだと思っています。ですのでまずは企業を訪れ、地元企業と協働で課題解決を行う中で、地元企業の仕事や技術に加えて、企業の理念や、働く人の人柄などを知ってもらいたいと思っています。
これが企業にとても好評で、20社くらいで5年取り組んできたんですが、私自身が建設関係の専門なので、協力企業の多くが建設関係の企業でした。これをもっと他の産業にも広げるために、2019年に立ち上げた「In-Port(=Innovation Promotion Office for Regional Revitalization Task:地方創生教育研究推進室)」でJSCOOPの活動に賛同し協力いただける企業を募っています。
―地域産業についての認知度・理解度が高まる取り組みですね。授業のほか、共同研究などでも地域企業とは産学連携に取り組まれているのでしょうか。
In-Portは、「地域産業を担うイノベーション人材の教育」「産学連携の共同研究」「学生のキャリア支援と地域のリカレント教育の場の提供」という、教育・研究・キャリアを3本の軸にして、徹底的に地元企業と連携する組織です。先のJSCOOPは教育の部分になります。共同研究に関しては、特に、複数の企業対複数の教員で進める異分野融合の共同研究に力を入れています。
これまで「一教員と一企業」という共同研究が一般的でしたが、現在の問題は大規模・複雑化していて、ひとつの専門分野で解けることってほとんどありません。ですのでオープンイノベーションで産学連携ができたらと思っていたんです。地域のニーズと教員の技術シーズを把握したコーディネータがプロモートして、産業界で共通の課題を複数の教員・学生で取り組むことを進めています。
例えば先の左官の技術継承についても、専門分野の異なる複数の先生が参加して研究しているテーマのひとつです。材料の粘性を計測する先生、職人の技能を可視化する先生、練習するための材料が廃材にならないよう、繰り返し使えるクリーンな練習材料を開発する先生など、異分野融合のチームで取り組んでいます。企業側からは左官業者のほか、コンクリートの二次製品をつくる企業等が参画し、一緒に取り組んでいます。
ただ、長岡高専が持っている技術シーズだけでは解決できない課題もあるので、今後は他高専も巻き込んだ取り組みに発展させたいと思っています。例えば「長岡の企業でこんなことに困っている」というニーズを他高専でも見られるようなプラットフォームをつくったので、「この問題のここは、私だったらできるよ」という人たちが全国から集まって、課題解決に取り組むチームを構築できる仕組みをつくりたいと思っています。
―教育の部分で心掛けていること、また今後の目標などあれば教えてください。
学生に接する際は「否定はしない」ということを心掛けています。明らかに失敗するプランでも、1度やらせてみようと。その分時間が掛かりますけど、失敗した後にどのように目標や計画を再構築するかっていうところを、ちゃんとできるようにするというのが結構大事なんじゃないかなど思っています。
もうひとつは学生がチャレンジ出来る場をたくさん作ることです。自分の持っている国内外のチャネルをフル活用して学生に様々なチャレンジの場を設けています。2019年には学生と一緒にケニアに渡航して、ケニアの社会課題に取り組んだことはとても良い思い出です。
今後の目標は、イノベーションを地域のなかで起こせるような人材育成ですね。新潟県で起業をしてもらって、地域を世界に牽引するようなグローバルな大企業に成長してもらいたい。その力を長岡高専で身に付けることができる教育やフィールドを学生に提供し続けることが目標です。
村上 祐貴氏
Yuki Murakami
- 長岡工業高等専門学校 環境都市工学科 教授
2008年 中央大学理工学部 土木学科 任期制助教
2009年 長岡工業高等専門学校 環境都市工学科 助教、2011年 同准教授、2020年から現在 同教授
2017年 長岡工業高等専門学校 環境都市工学科 研究推進准教授、2020年から現在 同教授
2021年 長岡工業高等専門学校 校長補佐(研究推進担当)、地域創生教育研究推進室(In-Port)室長
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