函館高専でコンクリート工学に興味を持ったことをきっかけに、企業での実務経験を経て、現在は九州工業大学で地盤災害に関する研究・調査をしている川尻峻三先生。今後は災害研究にとどまらず、北九州ならではのテーマにも取り組み、発信していきたいと話します。学生時代の思い出や、これまでのキャリアなどをお聞きしました。
インターンシップで知ったコンクリートと現場の魅力
―幼少期はどのような子どもでしたか。
人懐っこい性格だったと聞いています。実家は函館で氷屋さんを営んでおり、配達に着いて行って、いろんな人と人見知りせずに話していたようです。
また、小さい時からものづくりやものの仕組みに興味を持ち、小学3〜4年生頃にドライバーやペンチを使えるようになってからは、ものをバラして遊んでいました。ある時、ドライブ中に車2台で会話ができるようにと父がトランシーバーを購入してきたのですが、その日のうちに私がバラしてしまったこともあります。結局、そのまま元に戻すことはできませんでした。
―高専を知ったきっかけは何だったのでしょう。
当時は競走馬を見るのが好きで、北海道静内農業高校という、競走馬を育てる珍しい科がある学校に行きたかったんです。ただ、全国から人が集まるほど人気で、寮も空いておらず、進学を諦めることになりました。
そんな時、担任の先生に「ここなら将来、競馬場のような建物をつくることができる」と、高専の存在を教えてもらいました。音楽の先生でしたが、見識が広く、そんな先生ならではのアドバイスだったと思います。そうして、偏差値や入試難易度、好きなものに関われる点など、いろんな要素がマッチしたため高専への進学を決めました。
―高専に入学して、学生生活はいかがでしたか。
3年生まではあまり勉強に取り組まず、成績も良くありませんでしたが、4年生の夏休みに参加したインターンシップをきっかけに気持ちが大きく変わりました。2ヶ月間、山にこもり、コンクリートで橋をつくる現場に参加させていただくインターンでした。
そこでは、現場の方々が自ら身につけた知識や技術を駆使し、テキパキと正確に作業を進めていました。それを目の当たりにし、これまで「勉強」としか捉えていなかったことが、いずれ自分の技術として身につけるべきものだと気付かされたんです。そこから、勉強に真剣に向き合うようになりました。
また、インターンシップを通じて、コンクリートや現場のおもしろさを身をもって体感しました。コンクリートは薬剤を混ぜたり、養生させたりすることで強度を調整し、構造物の主要な材料となります。自分の手でそのプロセスに関わり、構造物をつくり上げることに魅力を感じました。さらに現場には監督や職人たちがいて、ミキサー車(アジテータ車)で運ばれてきたコンクリートをその場で橋に流し込んで、つくり上げていく。その臨場感や一体感は、当時も今も、非常に刺激的でおもしろいと感じています。
―専攻科に進学された理由を教えてください。
インターンシップをきっかけに勉強に打ち込んだことで、どんどん成績が上がり、上位を取れるようになりました。5年生の研究室配属は成績で決まると聞いていたので、コンクリートの研究室に行くためにも勉強に励んでいました。
しかし、蓋を開けてみると研究室は成績で決まるわけではなかったようで、希望ではない地盤の研究室に配属されてしまったんです。今振り返ると、ここで地盤の勉強をしたことにはとても大きな意味があったのですが、当時はすっかりモチベーションをくじかれてしまい、勉強も身に入りませんでした。
その後は就職も考えましたが、やはりコンクリートの研究に対して未練があったため、専攻科へと進みました。元々興味を持っていた分野だけに研究に没頭し、当時は夜遅くに帰って、家では寝るだけ、という生活を送りました。指導教員はゼネコン出身の現場を熟知されている方で、いろんな現場や打ち合わせに連れて行っていただき、貴重な経験ができました。
恩師に導かれ、会社を辞めて大学でのキャリアがスタート
―専攻科卒業後の進路を教えてください。
専攻科に進学してから、コンクリート工学が専門の指導教員から「上(コンクリートでできた構造物)を良くするためには、下(構造物の基礎となる地盤)が重要だ」というお話をよく聞くようになりました。本科時代はピンと来ていなかった地盤研究の重要性というのがようやくわかり始めたんです。
そんな時に、高専の地盤の先生から「神戸大学にいる先生の恩師のもとで地盤を学び直してみてはどうか」と提案いただいたため、もう一度地盤を学ぶために神戸大学の大学院に進学し、博士後期課程まで在籍しました。
大学院に来て思ったのは、学部卒と高専の専攻科卒では身に付いているものが違い、それぞれに良さがあるという点です。学部卒の学生たちは、勉強の仕方がわかっていて、基礎知識が豊富で学力レベルが本当に高い。一方、高専の専攻科卒の学生は、習ったことを道具として実験や現地調査で使うのが得意です。ただ、学部卒の方が、習ったことを実験や現場調査で使うやり方を覚えた時の伸び代は圧倒的ですから、慢心するとすぐに追い抜かれてしまうという危機感を抱きながら研究に励みました。
専攻科時代に研究に没頭する生活を送っていたため、修士・博士課程では良い意味で肩の力を抜き、研究以外のことも楽しみながら生活を送ることができました。当時はフィルムカメラにはまっていたので、撮影スポットが豊富にある京都や滋賀、奈良に写真を撮りに行っていました。
―3年間企業に勤めた後に、北見工業大学の助教としてアカデミアにチャレンジされていますね。
大学院博士後期課程を出て、定年退職までお世話になるつもりで鉄道総合技術研究所(※1)に入社しました。配属されたのは、防災技術研究部という災害時にJRの現場に出向いて復旧の技術支援を行う部署です。災害が起き、現場に着いてから数時間後には列車の運行を安全に復旧させなければならないような場合もあり、大変でしたが、新しいチャレンジではありました。
※1)鉄道総研あるいはJR総研と呼ばれるJRグループの研究所
ただ、もう少し科学的なアプローチで研究を行い、その成果を現場へ生かすチャンスがほしいとは日頃から考えていました。するとある時、神戸大学への進学を後押ししてくれた高専の地盤の先生から連絡があり、「北見工業大学に転籍するので助教の公募を出すよ」とお話しいただいたんです。今思うと、学会でお会いした時に、私の鉄道総研での日頃の思いを見抜いたのでしょう。
妻から「先生から誘っていただけているのかもしれないから、応募してみたら」と背中を押してもらったこともあり、東京から北海道に戻り、北見工業大学でアカデミアの研究者としてのキャリアを始めました。
―現在の九州工業大学に来られるまでの経緯を教えてください。
北見工業大学のある北見は、5月には30度になり、冬はマイナス25度を記録するほど寒い土地で、同時に多くの地盤の問題が発生するようなところでもありました。地盤が凍ってインフラが機能しなかったり、高速道路がすぐに壊れてしまったりと、地盤研究者の研究拠点としてはやりがいのあるところでした。
2019年、北見工業大学に防災研究センターを設置することになりました。私は教員の中でも末席だったのですが、「センター長は川尻先生でお願いします」とまさかのご指名が入り、2019年4月に准教授になってからすぐにセンター長に着任しました。当時35歳です。
センターでは年間予算の管理や配分などの運営業務を行うため、論文を書く時間や学生に寄り添う時間が減っていく状況を日々感じていました。そんな環境だったため、ある時外部の先生から「今はもっと研究をして論文を書く立場だよ」とお叱りを受けてしまいました。私を期待してのお言葉だったと思います。そうして、もっと研究の時間をとるために、タイミングよく公募のあった九州工業大学へ転籍しました。
実は北九州の地には思い出がありまして、鉄道総研での最初の研修先が北九州だったんです。ですが、社会人になりたてで打たれ強く無かったということもあり、当時一緒に赴任した同期3人とは「北九州で生活することはないかもね」と愚痴を言っていました(笑) それが今や研究の拠点となっていることには、本当に不思議な縁を感じますね。山があり、海があり、夜景がきれいで出身地の函館にも似ている北九州が大好きです。
新しいエコな地盤材料の創出・発信で北九州を盛り上げたい
―現在の研究内容を教えてください。
まず、粘り強い河川堤防の構造に関する研究を行っています。気候変動での洪水による堤防決壊被害を少しでも減らしたいと思い、北見工業大学にいる時に始めた研究です。
2016年には北海道豪雨災害が発生し、それから全国的に豪雨による洪水被害が続いていました。今までの堤防の構造では水が溢れたときに一気に堤防が壊れてしまう事例もありました。そこで国交省が急激には壊れない堤防をつくる取り組みが始まり、我々も研究を始めました。最近では、国交省が関連する技術評価に関する会議に呼んでいただくなど、委員として関わっています。
次に、地震発生時の地盤の崩壊・高速流動化メカニズムの解明に関する研究です。これは2018年の北海道胆振東部地震によって、北海道の厚真町で発生した広域での土砂崩れの調査がきっかけです。厚真町での被害は悲惨なもので、住人への注意喚起だけではどうにもならないフェーズに来ていると感じました。
地震で発生した土砂崩れが、斜面の途中で止まることなく流れ出て、民家に到達し、住民を巻き込むと災害となります。その土砂が流れ出てくるメカニズムは昔から研究がなされていますが、ザ・土質力学とも言うべき室内せん断試験とAIや画像解析などの最新技術を組み合わせて、より防災に役立つように成果を出したいと思っています。この流れ出るメカニズムは、地域の土によっても異なるため、その地域性を解き明かし、防災に活かすことが目標です。
他にも、鉄をつくるときの副産物である鉄鋼スラグを有効利用した地盤材料の創出を行っています。これは、鉄をつくっている北九州に来てから始めた研究です。鉄鋼スラグを利用すれば、セメントを使わず二酸化炭素の削減につながりますし、本来はゴミとなる鉄鋼スラグを有効活用できるという点が本研究の魅力です。
この鉄鋼スラグを活用した地盤材料はいろんなシーンで使われることを想定しています。例えば、最近問題となっている盛土を改良するための地盤材料への活用が1つ。あとは、火山が噴火して灰が降り積もった土は地盤材料としてはあまり適さない場合があるため、鉄鋼スラグを混ぜることで地盤材料とする使い方も考えています。
北九州は人口が多く昔から工業の街として栄えていますが、「昔はもっと栄えて街に活気があった」と今では地元の人たちが少し盛り下がってしまっているように感じています。そのため、この鉄の街・北九州ならではの新しいエコな地盤材料を創出し、つくり方や使い方までをもパッケージとして発信することで、もう一度北九州が盛り上がるための起爆剤になればという思いで取り組んでいます。
―川尻先生の研究室の学生たちはどのような方々なのでしょうか。
私の研究室には、失敗を恐れないチャレンジングな学生が多くいます。失敗したとしても、「次、どうしたらうまくいくのか」と考えるのが得意で、そこに楽しさを見出している人が多いです。
私自身も研究がうまくいかないときは周囲の人と一緒に必死に悩み、解決の糸口を見つけるという過程に楽しさを感じるタイプなのですが、同じような学生が集まっているように思います。学生たちからは「先生は失敗した時のほうがニヤニヤしていて楽しそう」とよく言われています(笑)
―今後の目標を教えてください。
仕事とプライベートのバランスを大切にしています。小6、小3、3歳の3児の父で、プライベートでは子どもたちと一緒にいる時間が多い中で、この時間をいかに充実させて仕事へのモチベーションにつなげるかが、最近の目標です。
また、子どもたちの学校関連の集まりでは役員をお引き受けして自分の仕事・業種以外の方とも積極的にコミュニケーションを取るよう心がけています。環境を変えるのは大事なので、仕事以外の場所でも何かコミュニティに所属していたいという思いと、私の専門である防災は地域性が大事なので、その地域の方たちと繋がりたいという思いで取り組んでいます。
―最後に、高専生へのメッセージをお願いします。
高専は、本科で5年、専攻科まで行くと7年、学校に通うことになります。同じ環境に慣れてしまうと新しいことを受け入れるのに時間がかかることがあるでしょう。私自身、環境の変化がすごく苦手で、踏み出すことを躊躇うこともありました。
ただ、高専にいるからこそ、外の世界にも目を向けてほしいと思っています。最近の高専では、学校が学生に対して外でのさまざまな機会を用意してくれていると聞きます。環境の変化を恐れずに、与えられた機会をうまく生かして、ぜひいろんなチャレンジをしてください。
川尻 峻三氏
Shunzo Kawajiri
- 九州工業大学 大学院工学研究院
建設社会工学研究系 准教授
2005年3月 函館工業高等専門学校 環境都市工学科 卒業
2007年3月 函館工業高等専門学校 専攻科 環境システム工学専攻 修了
2009年3月 神戸大学大学院 工学研究科 市民工学専攻 博士前期課程 修了
2011年3月 神戸大学大学院 工学研究科 市民工学専攻 博士後期課程 早期修了
2011年4月 公益財団法人鉄道総合技術研究所 防災技術研究部 地盤防災 研究員
2014年4月 北見工業大学 工学部 社会環境工学科 助教
2019年4月〜2022年3月 北見工業大学 工学部 社会環境系 准教授
2019年5月〜2022年3月 北見工業大学 地域と歩む防災研究センター センター長
2022年4月より現職
函館工業高等専門学校の記事
アクセス数ランキング
- どんどんと分かるようになった“目で見て感じる”生命の魅力。日本海の生態系の変化を追う
- 広島大学 大学院統合生命科学研究科
テニュアトラック助教
豊田 賢治 氏
- 発祥は「薬売りのための富山売薬信用組合」。地域とともに歩み、お客様と真摯に向き合う
- 富山信用金庫 常勤理事 営業推進部長
牧野 収 氏
- 大切なのは初心を貫く柔軟な心。高専で育んだ『個性』は、いつか必ず社会で花開く!
- 株式会社竹中土木 東京本店 工事部 土壌環境グループ 課長
大西 絢子 氏
- 世界の研究者と肩を並べる廃水処理研究! 経験を活かし高専生の国際交流教育にも注力
- 長岡技術科学大学 大学院工学研究科
環境社会基盤系 准教授
渡利 高大 氏
- 養殖ウニを海なし県で育てる! 海産物の陸上養殖普及に向けて、先生と学生がタッグを組む
- 一関工業高等専門学校 未来創造工学科 化学・バイオ系 教授
渡邊 崇 氏
一関工業高等専門学校 専攻科 システム創造工学専攻1年
上野 裕太郎 氏
- 技術開発職から知的財産アナリストへと転身! 一歩踏み出す勇気さえあれば、新たな景色が広がる
- 関西ペイント株式会社 開発・調達部門 技術企画本部 技術知財戦略部 開発戦略グループ
眞貝 友希恵 氏
- 研究はうまくいかないからおもしろい! 災害被害の低減と、メイドイン北九州のエコ材料の創出をめざして
- 九州工業大学 大学院工学研究院
建設社会工学研究系 准教授
川尻 峻三 氏
- 教え子は高専学会で最優秀学生にも選出! 企業や社会人博士を経たからこそ感じる、学生指導の重要性
- 高知工業高等専門学校 ソーシャルデザイン工学科 教授
近藤 拓也 氏
- 高専からJAXAへ。追い続けた宇宙の夢を、次世代の子どもたちへつないでいく
- 国立研究開発法人宇宙航空研究開発機構(JAXA)
宇宙輸送技術部門 宇宙輸送安全計画ユニット
研究開発員
浅村 岳 氏