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世界の研究者と肩を並べる廃水処理研究! 経験を活かし高専生の国際交流教育にも注力

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高専時代に“水”に関心を持ったことをきっかけに、ベトナムやオランダで研究を重ね、現在は世界トップレベルの研究者たちと共に廃水処理の研究に取り組む長岡技術科学大学の渡利高大先生。海外での豊富な研究経験を活かし、教育にも熱意を注ぐ渡利先生に、現在の研究内容や学生指導への思いなど、多岐にわたるお話を伺いました。

先生の言葉で「水」に興味を持ったのが研究人生の起点

―豊田高専へ進学したきっかけを教えてください。

父が島根県にある松江高専の出身で、高専というものの存在はずっと知っていましたし、他の生徒よりも身近に感じていたと思います。また、当時の豊田高専には、内申点より試験当日の成績を重視する入試制度があり、内申点に自信のなかった自分に合っていると思いました。そうして試験内容や入試倍率を考慮し、豊田高専の環境都市工学科に進むことを決めました。

―高専での思い出を教えてください。

5年間の寮生活には非常に鍛えられました。全員参加の早朝の体操や決められた自習時間など、当時は当たり前に感じていましたが、今思うとなかなかハードな毎日だったと思いますが、おかげで鍛えられました。

―現在の研究である水処理に興味を持ったのは、高専在学時だったそうですね。

今も豊田高専にいらっしゃる松本嘉孝先生の言葉で水処理の研究に興味を持ちました。松本先生は当時新任で、とても熱意を持った先生だったと記憶しています。松本先生から「世界一危ない物質は、一番身近な物質である水だ」と教わり、とても興味をそそられました。その後、高専では松本先生の研究室に、大学では水処理を専門とする山口隆司先生の研究室に進んでいます。

―高専卒業後、長岡技術科学大学への編入学を決めた理由を教えてください。

長岡技術科学大学には当時は珍しい「学部生実務訓練制度」という、海外・国内企業や海外大学への派遣制度がありました。「なんとなく海外へ行ってみたい」という思いがあり、海外で研究できる環境を提供しているという点に魅力を感じました。

ほかにも、父が長岡技術科学大学の出身校であることや、祖父母の家が大学から徒歩1分の場所にあり、そこから通えば通学に苦労しないというのも決め手でした。

大学卒業後の進路は、研究者である父のアドバイスも受け、就職ではなく大学に残って研究を続ける選択をしています。その後博士課程まで進み、そのまま助教としてキャリアをスタートさせることができました。

―実際に、学部生の時に制度を使って海外で研究を行ったそうですね。

ベトナムのハノイに半年間滞在しました。小さい頃、研究者である父の転勤先についてアメリカに1年間住んでいたことがありましたが、一人で、かつ研究のために海外に訪れるのはもちろん初めてです。

初めてにハノイに降り立った時は、雑多な街並みや、人やバイクがたくさん行き交っている光景を見て、漠然と「とんでもないところに来てしまった」と思いました。ただ、このハノイでの経験がきっかけとなり、長岡技術科学大学での博士学生時にダブルディグリー制度(※1)に挑戦し、ハノイ工科大学にも通ってどちらの大学でも博士課程を修了することができました。

※1)日本と海外の両大学の学位を取得できる制度

2023年12月 ハノイ工科大学での最終審査後。ベトナム側の指導教員 Nguyen Minh Tan准教授(右)と
▲2023年12月 ハノイ工科大学での最終審査後。ベトナム側の指導教員 Nguyen Minh Tan准教授(右)と

当時はダブルディクリー制度で2つの大学の博士課程を修了するのは非常に大変なことで、前例も少なかったんです。ただ、高専での厳しい寮生活を経て「どこに行ってもやっていけるだろう」という根拠のない自信——「鈍感力」とでも言いましょうか、そのようなスキルが身についていたので「ダメだったらダメで仕方がないから、とりあえずやってみよう」という思いで挑むことができました。

ベトナムやオランダなど海外での豊富な経験が今に活きる

―ハノイ工科大学と、日本の高専や大学とで、どのような違いを感じましたか?

日本のような充実した研究設備はベトナムにはありません。機材もなければ薬品もない。いかに工夫して研究を進めるのかを常に考えなければならない環境でした。ただ、私は東南アジアの廃水処理に関する研究をしていたため、現地で調査できる点はとても魅力でした。

それと、ハノイでは飲み会が多く、ほとんど毎日みんなで飲みに行っていました。ある時は昼から飲み会が開かれることもありました。当時、現地には英語を喋れる人があまりおらず、ベトナム語やフランス語が使われていましたが、みんなでお酒を飲めば言語の壁を超えられるのだと感じましたね。「飲みニケーション」と言われるものは、世界どこでも同じのようです。

―また、ベトナム以外にオランダでの研究にも従事されています。どうしてオランダに行かれたのでしょう。

東南アジアでの研究ばかりしていたので、博士課程の時に将来研究者としてやっていけるのか不安になったというのが理由です。東南アジアでは廃水処理の問題に代表するように、命に関わる課題に日常的に直面しているため、研究のゴールとして社会実装が求められています。

ただ一方で、研究者としてやっていくには、いかに研究に打ち込み論文を発表できるかも重要な要素です。現場での社会実装をゴールにした研究ばかりでは、将来的に食べていけないのではないか、と不安を感じていました。

そんな時に長岡高専のOBである国立環境研究所の珠坪一晃先生に、水処理で世界トップの研究室であるオランダのデルフト工科大学のvan Lier教授を紹介いただきました。van Lier教授は世界的に有名な嫌気性廃水処理の教授で、私が修士学生の時からずっと論文を読み続けていた方です。

残念なことに当時はデルフト工科大学で受け入れていただく余裕はなかったのですが、同じデルフト市内にあるUNECO-IHEで10ヶ月研究を行う機会をいただきました。オランダで一緒に研究していた方々は今や世界トップレベルの研究者ばかりで、そのような方たちに名前を覚えてもらえたことは、今でも研究に役立っています。van Lier教授のみならず、当時出会ったインドネシアやケニア、ブラジル、ベルギーの研究者たちとは、今でも一緒に研究を進めています。

2024年7月 トルコ・イスタンブールでの国際会議にて (左から、大久保教授(木更津高専)、渡利先生、van Lier教授(デルフト工科大学)、Tyagi 博士(インド国立水文学研究所))
▲2024年7月 トルコ・イスタンブールでの国際会議にて (左から、大久保教授(木更津高専)、渡利先生、van Lier教授(デルフト工科大学)、Tyagi 博士(インド国立水文学研究所))

―オランダのUNECO-IHEでの経験が、現在の教育方針にもつながっているようですね。

オランダで、van Lier教授やCarlos准教授と研究のやり取りをしている際、先生方はどれだけ忙しくても迅速に論文へのレスポンスをしてくれましたし、新しいアイデアもどんどん出していただき、「これが世界レベルか」と感じました。また、怒りや否定を挟まずに対等な対話を重ねてくださる姿勢は、私のモチベーションを高め、研究を進める上でのやりやすさにもつながっていました。

そのため、私が助教になってからは、学生の論文チェックやフィードバックの仕方には気をつけています。論文は学生にとって卒業がかかっているものなので、ゆっくり進めている余裕はありません。学生たちのためにも特に早いレスポンスを心がけています。

同大学の研究室の偉大な先輩方に「追いつけ追い越せ」

―学生時代から続けているという現在の研究について教えてください。

産業廃水は下水と比べて10倍から100倍以上汚染されており、特に廃水処理技術が未熟な東南アジアでは、まだまだ課題が残っています。そこで、修士学生の頃からインドネシアやベトナム、タイなどの東南アジアで、微生物を使用した廃水処理技術の研究を続けています。

ベトナムでの天然ゴム廃水サンプリングの様子
▲ベトナムでの天然ゴム廃水サンプリングの様子

また、本研究室のオリジナル技術であるスポンジを使用したバイオリアクターの社会実装に向けて、世界中へのリアクターの設置を進めている最中です。これは1990年代後半から本研究室の先輩方が取り組んでこられた研究で、最初はインドで現地の人も簡単に動かせる廃水処理装置を開発しようとしたのが始まりでした。今は、マレーシアやタイ、エジプト、インド、コスタリカなど、いろんな国で採用されています。

さらに、そのオリジナル技術を応用して、新しい微生物を利用した水処理装置の開発にもオランダ留学時代から取り組んでいます。この装置は、実際に能登半島地震の際に介護施設に置かれて使われました。もともと東日本大震災の際、下水処理場が崩壊し、すぐに使える水処理装置が欲しいという報告が上がっていました。これを受けて、コンパクトですぐに使える装置開発のため、東京電力と共同で研究を行い、実際に震災の現場で使われるまでに至りました。

災害時に被災地の皆さんに使っていただけるのはありがたいことだなと思います。その後被災者の方々からお手紙や感謝状をいただき、やはり被災現場で綺麗な水を使えるというのは、ただ単に手が綺麗になるというだけではなく、心理的にも良い影響があったようです。

ただ課題はあり、現状、石鹸を使えないという点に関して改良中ではあります。石鹸には微生物で分解しづらい成分が多く含まれています。この問題解決のために、石鹸の開発から取り組まなければならないと考え、現在進めている最中です。

この他にも、微生物間の相互作用を利用した新規産業廃水処理システムの開発や、これまで開発してきた水処理を陸上養殖へ活用する研究など、さまざまな水処理研究に携わっています。

―水処理の研究でおもしろさややりがいを感じるのはどのような瞬間ですか。

日本のみならず世界中に研究フィールドがあり、多くの方々と連携しながら世界の課題解決ができるのが大きな魅力だと思います。世界中のいろんな人たちと友達になれますし、普通に生きていたら会えないような人たちと会えるのもおもしろさの一つです。

また、自分が学生時からベトナムやインドネシアなどでの国際共同プロジェクトに参加し前線で戦ったように、高専生や技大生に積極的に国際共同研究プロジェクトに入ってもらい、チーム一丸となって取り組んでいるのも、おもしろい点だと感じています。

インド·ガンジス川上流の沐浴場でインドに派遣された学生と一緒に
▲インド・ガンジス川上流の沐浴場でインドに派遣された学生と一緒に(渡利先生:中央)

―今後の目標を教えてください。

偉大な長岡技術科学大学の研究室の先輩に追いつき、追い越すことです。研究室からは、今や世界で活躍する研究者が多く輩出されています。活躍する先輩方の多くは先見の明があり、今後の世界の変化を見据えながら研究されている方ばかりです。これが多くの社会実装につながっている所以なのだろうと思います。

偉大な先輩方ばかりなので、追い越すことは一生かけても難しいかもしれません。ただ、先輩方のように次世代を育てられるような研究者・教育者になることは一つの指標です。

私が受け持つ学生には、積極的に国際プロジェクトに参加してもらっています。私は基本的に「行ってこい」としか言わず、国際会議や現場での調査などに足を運んでもらい、実際にリアルでの現場を体感してもらうことを重要視しています。また、研究プランを学生に立ててもらうなど、能動的に研究に参加してもらっています。

―先生が事務局を務めるJICA高専オープンイノベーションチャレンジについて教えてください。

これは、高専生がアフリカの社会課題を解決するプロジェクトです。北九州高専の先生から始まり、今年度で3期目になります。2期目には、高専生がアフリカの課題解決に取り組んだ成果を日本にも役立てるリバースイノベーションが高く評価され、本プロジェクトが「第5回日本オープンイノベーション大賞」の中で最高賞である内閣総理大臣賞を受賞しました。

「第5回日本オープンイノベーション大賞」の授賞式
▲「第5回日本オープンイノベーション大賞」の授賞式(渡利先生:後列中央)

今、私は事務局としてアフリカの課題抽出や、年に1回の審査会の調整、今年度のプログラムで採択されたチームの技術的なサポートなどを行なっています。今まで高専を中心に運営していたプロジェクトを、全国の高専生が集まってくる長岡技術科学大学を拠点とすることで、プロジェクト自体を全国に訴求していくという狙いがあります。

―最後に、高専生へのメッセージをお願いします。

今の時代、常にアンテナを張っておかなければ欲しい情報は得られません。何を目的として取り組むのかを意識して、欲しい情報を自ら取っていくことが、今後高専生の皆さんに求められることだと思います。

また、世間的にコストパフォーマンスを重視する風潮が広まっていますが、今取り組んでいることが将来どれだけの見返りをもたらすかは、事前には分かりません。そのため、あまり深く考えすぎず、いろいろなことに積極的に挑戦してほしいと思います。そして、その挑戦を支援するのが私たちの役目です。私たちも皆さんをもっと巻き込みながらサポートできるよう努めていきますので、高専生の皆さんも恐れずに挑戦を続けていってください。

ケニアでの実証実験で仲良くなった子供達と記念撮影
▲ケニアでの実証実験で仲良くなった子供達と(渡利先生:右端)

渡利 高大
Takahiro Watari

  • 長岡技術科学大学 大学院工学研究科
    環境社会基盤系 准教授

渡利 高大氏の写真

2011年3月 豊田工業高等専門学校 環境都市工学科 卒業
2013年3月 長岡技術科学大学 工学部 環境システム工学課程 卒業
2015年3月 長岡技術科学大学大学院 工学研究科 環境システム工学専攻 修士課程 修了
2018年3月 長岡技術科学大学大学院 工学研究科 エネルギー・環境工学専攻 博士課程 修了
2022年12月 ハノイ工科大学 Department of Chemical Engineering 博士課程 修了
2016年9月 UNESCO-IHE Institute for Water Education, Environmental Engineering and Water Technology Department, Visiting Researcher
2017年3月 長岡技術科学大学 大学院工学研究科 環境社会基盤系 助教
2023年3月よりHanoi University of Science and Technology, School of Chemical Engineering, Visiting Assistant Professor 兼任
2024年12月より現職

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