中学生3年生の時に選んだ進路から、研究員になるための道をたどってきた名古屋大学 理学研究科 研究員の貴嶋紗久さん。高専卒業後、専攻科や大学院へ進学する中で起きた転機や出会い、そして大好きな研究への思いについて伺いました。
とにかく研究が楽しかった高専での7年間
―高専に進学されたきっかけを教えてください。
宮崎県えびの市にある実家は、園芸農家で花を育てていました。植物が身近にある環境で育ったので、将来は家業を継いで農家になるか、植物に関する研究者になるかと考えていたんです。高校進学も当初は普通高校を志望していました。
しかし、中学3年の三者面談の日に担任の先生が「都城高専という学校がある。貴嶋さんの進路に合っているような気がしたから、見学に行ってみたら?」とおっしゃって、父と都城高専を訪問しました。
自由な校風や、1年生からの専門的な教育、5年生になれば研究室に配属されて本格的な研究に取り組めることなど、高校とは全く違うカリキュラムで驚いたことを覚えています。
家から通うのは少し遠かったため、寮に入るかどうかで少し悩みましたが、とにかく大好きな理科を勉強したかったこと、白衣を着た研究員に憧れたこと、そして何よりも自分が楽しそうだと思うところに進もうと決心し、受験を決めました。
―高専での学生生活についてお聞かせください。
高専1年生から5年生まで、15歳から20歳までの5年間を学生寮で過ごしました。最初はホームシックにもなって毎週帰りたくなっていたのですが、だんだん学年を追うごとに学校生活や寮生活が楽しくなりました。
寮の生活は上下関係には厳しい社会でしたが、一人暮らしの力もついたと思います。学内行事、部活、学生会活動、寮長など学生生活を思いっきり楽しみました。5年間一緒に過ごしたクラスメートはもちろん、様々な活動を通して学科や学年を超えたつながりもでき、今でも連絡を取り合う友人がたくさんいます。
勉強面では、入学直後からほとんど毎週、化学実験とレポート作成の課題に取り組みました。大学受験がないので普通高校より勉強が少ないかと思いましたが、実際は学年が上がるごとに勉強量も増え、4年次はいつも課題に追われていましたね。
しかし、ここで培われた「実験する」「結果をまとめる」「調べる」「考察する」力は、今でも研究に取り組む上で大切な基盤となっています。工場見学旅行やインターンシップ、研究発表会など、高専ならではのユニークな授業も楽しかった思い出です。
―貴嶋さんは、専攻科へも進学されたのですね。
はい。もともと高専の後は大学に編入しようと思っていたのですが、大学院に行くつもりだったら研究経験を積める専攻科もオススメだよ、大学の3・4年の2年分研究できるよと当時の研究室の先生に誘われて、さらに学費の面でも魅力的ということで最終的に専攻科を選択しました。
専攻科では実際に思う存分研究に没頭でき、学会発表やグループワークを通して貴重な経験を積みました。特に印象に残っているのは、他の学科とグループをつくり、与えられたテーマに即してモノづくりを行う課題です。
当時は東日本大震災の直後であったこともあり、「災害」をテーマにアイデアを出し合って取り組みました。2年を費やした課題で、後半は卒業研究と同時で進めるのが大変でしたが、異分野融合が推進される現在の研究現場でも、このときの経験を思い出すことが少なくありません。
「アクチン」研究で、植物の制御技術開発を目指す
―その後の進路についてお聞かせください。
専攻科1年生の時には、これまた「研究が楽しい」という単純な理由で、大学院に進学すると決めていました。
高専時代に出会った「アクチン」という細胞骨格タンパク質が本当におもしろく魅力的だったので、当時たまたま植物のアクチンに関する共同研究を始められるとおっしゃっていた指導教員の出身研究室がある筑波大学に進学したいと思ったんです。専攻科のインターンシップを利用して実際に研究室を訪問したり、教授に何度も面談をしていただいたりして気持ちを固めました。
筑波大学へ進学後は、連携大学院の制度で、ほとんどの時間を研究室のあった産業技術総合研究所で過ごしました。研究所は設備がかなり充実していて、ポスドクの方や研究員の方に囲まれながら研究活動に取り組む毎日でしたね。
博士課程では次世代人材育成事業のインターンシップを利用して、アメリカインディアナ州のパデュー大学で植物アクチンの研究されている研究室に短期留学しました。初めての海外で、英語も全く話せない状況でしたが、4カ月間現地でシェアハウスをしながら生活して、帰る頃には英語を使うのは恥ずかしくなくなっていました。
見聞きする全てのことが新鮮だったこの初めての海外での生活は、大変なことも多かったですが、自分の世界が広がる本当に貴重な体験となり、行ってよかったなと思っています。
―貴嶋さんの研究分野について教えてください。
私が初めて取り組んだ研究テーマが「アクチン」でした。最初から興味があったわけではなかったのですが、「アクチン」は形態形成や細胞分裂、細胞運動をはじめ、動物でも植物でも全ての真核生物で生命に必須の機能をたくさん担っていると知ってから興味を持ったんです。
高専時代はアクチンの生化学的な解析から研究をスタートしました。アクチンは生理的塩濃度下で自発的に重合するタンパク質でして、重合したアクチン繊維やアクチン結合タンパク質によって切れたり束化したりする様子を、顕微鏡で観察するのがとても楽しかったんです。
現在は名古屋大学で植物の細胞壁形成に着目しながら、アクチンがどのように植物細胞内で機能しているのか顕微鏡を使ったライブイメージングを中心に解析に取り組んでいます。
―研究について、今後の目標を教えてください。
将来の目標は、アクチンがどのようにして多様な機能を担うことができるのか、その分子メカニズムを明らかにすることです。現在は主に「シロイヌナズナ」というモデル植物を使って研究しているのですが、やっぱりイメージングが楽しいんですよね。
顕微鏡をのぞいたときに見えるダイナミックな動きや、その美しさに魅せられています。また、遺伝子組み換えによって植物の様々な形態を調べることができるのも植物研究の魅力の1つだと感じています。
分子のメカニズムを理解することは、植物の形態や成長、性質を制御する技術を開発することにつながります。ゆくゆくはバイオプラスチックやバイオマス資源の開発、植物成長の制御など細胞壁や細胞骨格研究からイノベーションによる社会への還元を目指しています。
進学は、時間を与えてくれる
―最後に、進学を目指す10代の学生たちにメッセージをお願いします。
私が進学してよかったと思うのは、興味を持った研究に思う存分打ち込む時間が持てたことです。私は博士課程まで進学しましたが、博士の学位を取得すれば、社会人としても研究を生業にできます。キャリアパスの選択肢の1つに海外に行く機会があるのも魅力的ですね。
また、高専で研究活動の経験があるので、他の大学生より経験値があるというメリットもあります。そして何より大学院で研究活動を通して、課題・問題設定力、調査力、計画力、実施力、考察力、プレゼンテーション力、コミュニケーション力など社会に出るために必要な力を鍛えることができました。
一方で、学費など経済的な面で心配がある人も多いと思います。私も進学時には、積極的に奨学金や授業料免除の制度を利用してきました。現在は多くの大学、研究機関、企業、財団で研究費や奨学金など様々な大学院生の経済支援があるので、進学先を選ぶ際は重要な情報として調べてみてください。
私は現在30代になりましたが、これまでにいろいろなキャリアパスの方に出会いました。高専卒業後に就職を考えている人も、ぜひ社会人から大学院に行くという選択肢があることを覚えておいてください。博士取得後の就職活動では、「学位取得後○年」というように、年齢ではなく学位取得後の年数で公募が出る場合もあるので、興味があればいつでもチャレンジできます。
最後に、進学の最大のメリットは、社会人になる前にさまざまな人に出会う機会と、将来何をしたいか考える時間が持てることです。高専で7年間過ごした私にとって、大学院に進学してからは「井の中の蛙だったなあ」と刺激を受ける日々でした。たくさんのご縁があり、学生時代から「研究が楽しい!」という気持ちのまま現在に至りますが、やっぱり研究が楽しくて毎日が幸せです。
貴嶋 紗久氏
Saku Kijima
- 名古屋大学大学院 理学研究科 細胞時空間統御グループ 研究員
2011年3月 都城工業高等専門学校 物質工学科 卒業
2013年3月 都城工業高等専門学校 物質工学専攻 卒業
2015年3月 筑波大学大学院 生命環境科学研究科 博士前期課程 修了
2018年3月 筑波大学大学院 生命環境科学研究科 博士後期課程 修了
2017年4月〜2019年3月 学振DC2-PD(産業技術総合研究所、1年目 バイオメディカル研究部門 セルメカニクス研究グループ、2年目 生物プロセス研究部門 植物機能制御グループ)
2019年4月〜2020年3月 産業技術総合研究所 生物プロセス研究部門 植物機能制御グループ 特別研究員
2020年4月〜2022年3月 国立遺伝学研究所 細胞形質系 細胞制御研究室 遺伝研博士研究員
2022年4月より現職
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