幼い頃から、自然現象や理科の実験が好きだったという香川大学教授の奥村幸彦先生。「学問を極めたい」と、舞鶴高専卒業後は大学に進学し、エネルギー工学を専攻されました。現在は脱炭素社会につながる研究をされている奥村先生に、学生時代や研究の話を伺いました。
自然現象に興味があり、何時間も火を見つめていた
―奥村先生は、どのような子供時代を送っていたのでしょうか。
昔から、自然現象に興味がありましたね。特に「火」が好きだったんですよ。火の中で炭が燃えていく様子や薪が燃える様子を、じっと見つめていました。何時間見ていても、飽きませんでしたね(笑) 小さい頃は、「火は何で燃えているんだろう」や「何で炭は長時間持つのだろう」と思いながら、観察していたことを覚えています。
小学校に上がって、火は酸素を使って燃えていることを知りました。その知識が身についてからは、「酸素を使って燃えているのに、世の中の酸素はなぜなくならないんだろうとか(笑)、世界中(地球上)のCO₂はなぜ増えないんだろう」と思っていました。
あとは、学研から出ていた科学系の雑誌の付録で実験をするのが楽しみでした。母が定期購入してくれて、試薬を使って色が変わるような実験をしたり、自動車のプラモデルやモーター付きの船をつくったりしていました。幼い頃から科学分野に触れる機会が多かったからか、理科の実験は大好きでした。
陸上で身についた「粘り強さ」が、今も生きている
―舞鶴高専では、陸上部に所属されたんですね。
中学生の頃は野球部だったんですが、中長距離が得意だったので、陸上や駅伝の大会には臨時招集で出場していたんですよ。野球部と陸上を兼任していた経験もあったので、舞鶴高専では陸上部に入部しました。
高専でも、私は長距離担当でした。1500m、5km、10kmに出場することが多かったですね。あと、駅伝では最も長い距離を務めていました。長距離はペース配分が大事です。だから、走るときは「限りあるスタミナをどのように使っていくか」を考えながら、走っていました。
坂道だと足に負担がかかるから、消耗をできるだけ減じた方法で走ることを心がけたり、全体の起伏を考えてスピードを出せるところを考えたり、ベストなタイムが出せるように意識して走っていましたね。
これって、研究に似ていると思うんですよ。ゴールに辿り着くまでは大変ですが、途中で諦めずにペース配分を考えながら持続すること、突き進んでいくことでゴールに近づきます。陸上をしていたおかげで「粘り強さ」が身について、研究でも役立っています。
工学(熱流体分野)を極めるため、豊橋技科大に進学
―豊橋技科大に進んだ理由を教えてください。
高専では流体制御(流体の可視化)の研究をしていましたが、さらに「熱流体を極めたい」と思って、大学に進学することを決めました。豊橋技科大にエネルギー工学を学べるコースがあり、私が学びたい内容とマッチしていたんです。
高専では流体分野のみの研究でしたが、豊橋技科大に進んだことで、熱・流体・化学の分野を深く学ぶことができました。燃焼研究室というところで、石炭や石油を使って燃焼研究をしていたので、いつも作業着を着ていて、顔はススまみれで真っ黒でした(笑)
熱エネルギーって、発生したエネルギーを100%使うことはできないんです。最高でも50%程度しか使えないので、残りは放熱(排気ガス)として外界に垂れ流しています。だから、熱エネルギーは「質的に悪いエネルギー」といわれているんです。そんな熱エネルギーを効率良く使う方法がないかと、当時からいつも考えていました。
「101の仕事をせよ」という言葉が、今も胸に残っている
―印象に残っている先生はいらっしゃいますか。
私の恩師である、豊橋技科大で出会った岡崎健先生です。大学時代にいつも岡崎先生には、「100の仕事を与えられたら、101の仕事をせよ」と言われていました。「101の仕事をすれば、150、200の仕事に思ってもらえるから」と。
一方、99の仕事しかしていなければ「半分の仕事しかしていない」と見られてしまうんです。だから「必ず、101の仕事をする」という言葉は、今も胸に残っていて、それをモットーに仕事(研究)に取り組んでいます。
-アメリカのユタ大学で研究員をされていたそうですが、どんな研究をしていたんですか。
学生時代は「二酸化炭素排出量ゼロ」という概念がなかったので、石炭と石油を多用して、有害物質を出さず、クリーンに安く安定的にエネルギーを供給することが当たり前でした。ところが、就職してからの2000年頃、IPCC(気候変動に関する政府間パネル)の地球温暖化の報告が真実味を帯びてきて、世界の燃焼研究は大きく舵を転換します。
ユタ大学では、CCS(Carbon Capture and Storage、二酸化炭素の回収・貯留)を目的とした燃焼を、当時先進的に研究していました。排ガスであるCO₂は大気中に放出せず、集めて加圧して、地中奥深くの岩盤内に埋めようという試みで、次世代エネルギーまでの繋ぎの技術です。
そのためには、窒素のような不純物を燃焼に入れないように純酸素投入して、排ガスを循環させて石炭(燃料)を燃やす必要がありました。簡単に言うと、CO₂のみの排ガス成分にしたいということですね。このような特殊な燃焼条件下での現象は当時何もわかっていなかったので、ワクワクしながら精力的に取り組んだことを思い出します。
装置の上から石炭を投入して、一次元的に燃やすという特殊な場での燃焼性を調査したり、窒素酸化物や硫黄酸化物が増えるのか減るのか、そして、石炭燃焼からの有害物質の生成メカニズムについても、同時に考えたりしていました。
アンモニア燃料の研究で、脱炭素社会の実現を目指す
―現在はどのような研究をされているんですか。
現在は、アンモニア燃焼についての研究をしています。石炭を使った火力発電だと、二酸化炭素を多く排出するので、地球温暖化の原因になっているんです。一方、アンモニア燃料には炭素が含まれていないので、燃やしても二酸化炭素は排出しません。
日本では、太陽や風力のみでは全エネルギーを賄いきれなく、天候による不安定性も高いので、アンモニアが21世紀の脱炭素燃料として注目されています。アンモニアは海外からの水素運搬のキャリアとしても注目を浴びていますね。
ただ、現時点では研究が始まったばかりで、アンモニア単体だけでエネルギーを賄うことはハードルが高いんです。そのため、まずは石炭火力発電所の燃料発熱量の20%を石炭からアンモニアに置き換えることで、二酸化炭素の排出量を減らす取り組みが計画されています。
アンモニアを燃料とする上で、最も厄介となっているのが「普通に火をつける方法では燃えない」という点です。「低着火性の燃料をいかに燃やすか、そしてクリーンに燃やすか」ということが課題でした。そこで、新しい装置(機械)を設計・工夫して、アンモニア専焼のバーナーを開発することに成功しました。
今後は新規のバーナーを使いながら、企業とも協力して社会実装を一部に進めていく予定です。この研究で、二酸化炭素の排出量を減らしながら、段階的かつ安定的にエネルギーが供給できるような仕組みづくりができたらと思います。そして、脱炭素社会に貢献できるよう、バイオマス利用、廃棄物利用を含めて今後も取り組んでいきます。
学生が頭の中でイメージを持てるよう講義に臨む
―奥村先生が学生に教える上で、心がけていることはありますか。
科学の内容が感覚的にわかってもらえるような教育を心がけています。例えば、化学分野の専門家であれば、分子同士がどのように結びついて、どのように結合・組み立てられているかが頭の中でイメージできるくらい、工学センスと呼ばれているハイエンド(高度)なスキルを持っていますよね。専門家の人って、知識や技術だけが身についているだけではなくて、対象物に対して高い想像力や鋭い感覚を持ちながら研究を進めていると思います。
その感覚やイメージまでを持てるよう、熱流体分野の高度な科学教育を学生に教授することが、私の役目です。知識や技術に加えて「想像と創造」が必須なんです。だから、科学に誘(いざな)う宣教師のような想いで、今後も学生の教育に取り組んでいきたいです。
研究者や開発者を目指すなら、大学進学がおすすめ
―現役の高専生にメッセージをお願いします。
「チャレンジ精神」を忘れずに、毎日の生活を送って欲しいですね。新しいことに挑戦しないと、道は拓けません。自分の将来の選択肢を広げるためにも、失敗を恐れずに何事にも取り組んで欲しいと思います。そして、生きていると必ずどこかで、人生の岐路が訪れます。どの道を選ぶか迷ったときは、自分が後悔しない道を選んで、突き進んでいってください。
研究や開発の分野に興味がある人は、大学に進んだ方が、より力が付くのでおすすめです。私自身、大学に進学したことで、プレゼン能力や論理的思考力、コミュニケーション能力など、多くの力がかなり上達しました。
学会ではフィードバックを受ける機会があるので、より高度な研究にもつながります。もし、将来は研究者や開発者になりたいと思っている人がいたら、「大学進学」という道を視野に入れておくと良いと思います。
奥村 幸彦氏
Yukihiko Okumura
- 香川大学 創造工学部 教授
1987年 舞鶴工業高等専門学校 機械工学科 卒業
1989年 豊橋技術科学大学 工学部 エネルギー工学課程 卒業
1991年 豊橋技術科学大学大学院 工学研究科 エネルギー工学専攻 修了
1994年 豊橋技術科学大学大学院 工学研究科 総合エネルギー工学専攻 修了(大学に助手として残り、後に舞鶴高専へ異動)
2000年 東京工業大学大学院 機械制御システム専攻 研究員
2007年 舞鶴工業高等専門学校 教授
2008年 ユタ大学 研究員兼スタッフ Institute for Clean and Secure Energy(米国)
2018年 香川大学 創造工学部 機械システム工学領域 教授
2018年より現職
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